安全&効果的。いいとこ取りストレッチ 「AIS」って?

コンディショニング・トレーニングのプロの間ではよく知られ、安全性が高く、誰がやっても効果を得られやすいストレッチ方法、それがアクティブ・アイソレーテッド・ストレッチ=AISだ。他のストレッチとの違いは? なぜ、安全で効果が得やすい? 今注目のAISストレッチを解説。

取材・文/石飛カノ 撮影/山城健朗 スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/村田真弓 イラストレーション/野村憲司(トキア企画) 監修・取材協力/桜井智野風(桐蔭横浜大学大学院教授)、齊藤邦秀(ウェルネススポーツ代表)

初出『Tarzan』No.838・2022年7月21日発売

AISストレッチってなんだ?

そもそも、ストレッチにはいろいろ種類があるのをご存じ?

スタティックストレッチ

スタティックストレッチ

反動や勢いをつけずにゆっくりと行い、フィニッシュのポーズを数十秒間キープする静的ストレッチ。1975年に発表されたボブ・アンダーソンの著書『ストレッチング』で中心的に紹介されたメソッド。その後、急速に普及し、現在でもストレッチの代表格として位置づけられている。

ダイナミックストレッチ

ダイナミックストレッチ

関節を大きく屈曲・伸展、あるいは回旋させるといった関節運動で筋肉や腱を伸ばすメソッドで、縮む筋肉と伸びる筋肉の関係を利用して行うストレッチ。複合的な動作なので実際のスポーツのパフォーマンスに近い動きを取り入れることも多く、競技特性に合った柔軟性の向上に有効とされている。

バリスティックストレッチ

バリスティックストレッチ

反動や弾みをつけて行うストレッチ。スタティックストレッチが静的ストレッチと呼ばれるのに対し、ダイナミックとバリスティックはともに動的ストレッチの部類に入る。開脚座位で後ろから誰かに背中を押してもらいながら行う前屈、またはラジオ体操の多くの動きがこれに当たる。

注目なのが、裏を縮めて表を伸ばす2秒ストレッチ

AIS(アクティブ・アイソレーテッド・ストレッチ)

AISストレッチってなんだ?

2秒かけてひとつの筋肉を縮め、対の関係にある筋肉を伸ばす。平たく言えば、裏の筋肉を縮めたら表の筋肉が勝手に伸ばされる。これがアクティブ・アイソレーテッド・ストレッチ、AISだ。

なにそれ? 聞いたことないけど? さもありなん。一般人にとっては未知のこのメソッド、実はコンディショニング・トレーニングのプロの間ではよく知られたストレッチ。

カラダの仕組みを利用してピンポイントの筋肉を確実に伸ばし、しかも安全性も高いという。これまで玄人が独占していた秘密の技法、すべてお教えいたしましょう。

はじめに考えたい「ストレッチの目的」

最初にストレッチ本来の目的を見つめ直そう。

筋肉はぐっと力を入れると収縮し、だらんと力を抜くと弛緩する。筋肉細胞の最小単位をサルコメアといい、これはアクチンとミオシンという2種類の線維でできている。収縮するとアクチンがミオシンの隙間に滑り込み、弛緩するとアクチンがミオシンの隙間から遠ざかる仕組み。

筋繊維 サルコメア 図

筋肉は筋線維という細長い組織が何本も束になって構成されている。これをさらに拡大していくと筋原線維というより細い細胞の束に辿り着く。この筋原線維の構成単位がサルコメアだ。

アクチンとミオシン

アクチンとミオシンは繊維状のタンパク質。Z線に挟まれた部分が1単位で、これが延々と連結して筋原線維を構成している。筋肉が収縮するとアクチンがミオシンに近づき、弛緩すると遠ざかる。

つまり、筋肉は収縮・弛緩するのみで決して伸びない。

ストレッチをする理由がここにある。うまく弛緩できない筋肉はダイナミックな収縮もできず、筋活動自体が低下する。筋肉が硬く縮こまれば血流も低下しケガをしやすい。運動不足の現代人にとってストレッチの第一目的は、「伸張」という刺激を入れ本来の弛緩状態を取り戻すことなのだ。

ストレッチで柔軟性が向上する理由

さて、筋肉が無事、きちんと弛緩するようになったら続いてのストレッチの目的は、長期計画での柔軟性の獲得だ。筋原線維はサルコメアでできていることは前述した通り。このサルコメアをストレッチで増やすことができるのだ。

一定数のサルコメアがあるとして、そこに日常的にストレッチで伸張の刺激を入れていく。すると、脳が「このままでは筋肉が壊れてしまう」と危険を察知。細胞分裂の指令を出し、数か月かけてサルコメアの数を増やすのだという。

サルコメア と 柔軟性 関係

サルコメアの数は生涯変わらないわけではない。使わなければ減ることもあるし、刺激を入れれば増えることが分かっている。ストレッチでサルコメアの数が増える=柔軟性アップということ。

筋肉の長さは変わらず、サルコメアの数が増えたらどうなるか? そう、たわんだロープのように多少引っ張られても余裕で対応可能になる。これがすなわち、ストレッチで柔軟性が高まる仕組み。

運動パフォーマンスを上げるのもストレッチの重要な目的

ゆっくり行うスタティックストレッチはストレッチの王道。でも、目的が運動能力の向上となると話は別。多くの研究によると、スタティックストレッチを運動前に行うとパフォーマンスが低下するという報告がなされている。

たとえば下のグラフをご覧の通り、ジャンプ力やスプリント力の結果はストレッチ後に行った方が成績が低い。ただし、ひとつの筋肉に対して60秒以上の伸展刺激を入れるなど、実際のスポーツの現場ではありえない実験例も多く、今のところ賛否両論。

ストレッチ と 運動パフォーマンス の 関係

太腿のスタティックストレッチを行った後、20kgのバーを担いでスクワットジャンプを行った実験。反動あり・反動なしのいずれも跳躍の高さが低下。実験自体は下半身のスタティックストレッチをセルフとパートナーで行い、その前後に20m走のタイムを計測したもの。どちらもタイムは低下。(左)Cornwell et al, J Hum Mov Stud 40: 307-324, 2001, (右)Fietcher & Jones J Strength Cond Res 18: 885-88, 2004より抜粋

これに対して、ダイナミックストレッチでは運動パフォーマンスが向上するという研究報告が数多くある。運動能力への影響という意味では、ダイナミックストレッチに軍配が上がると言えそうだ。

バリスティックでは、筋肉が痛みやすい

では、これまでお馴染みのストレッチとAISの特徴を検証していこう。まずは反動をつけて行うバリスティックストレッチについて。

サドっ気満々の同級生に思い切り背中を押されて前屈し、悲鳴を上げた経験があるという人、あなたの太腿裏で起こっていたことは以下の通りだ。これ以降、実際に動作を行う筋肉を「動作筋」、伸ばしたい筋肉を「ターゲット筋」と呼ぶことにしよう。

背中を押された反動で予期せぬ伸展動作をするのが動作筋のハムストリングス。筋肉が急激に伸ばされると、筋紡錘という筋肉内のセンサーが「ヤバい! 切れちゃう!」と反応する。

その信号が脊髄に伝わり、速やかに収縮するよう動作筋に指令を出す。で、伸ばしているつもりなのに逆に縮むという逆転現象が起こる。この間、100分の1秒。「伸張反射」と呼ばれるこの反応、肉離れを起こすこともあってケガのリスクは大。

バリスティックで 起こりやすい反応

スタティックでは、狙った筋肉に効かせられないことも

肘を曲げて二の腕に力を入れてみよう。このときモリッとなる力こぶが上腕二頭筋で、その裏側にある上腕三頭筋はだらっと緩んでいる。表裏で対になる動きをするこれらの筋肉は、一般的に主動筋と拮抗筋の関係にある。そもそも筋肉には主動筋が縮めば拮抗筋が弛緩するという仕組みがあるのだ。

スタティックで起こりやすい反応

スタティックストレッチを正しく行えば、この反応が起こるはず。ところが、多くの人は伸ばそうとする部位に注目してしまいがち。

頭上で曲げた肘を逆の手で引っ張るという上腕三頭筋のストレッチがあるが、やみくもにグイグイ引っ張っても対になる上腕二頭筋が収縮しない限りは緩まないし伸びない。よって効果が得られない可能性も。

ダイナミックでは、運動不足や加齢で衰えた筋肉には少しハードかも

ダイナミックな関節運動で筋肉が急に引っ張られ、筋紡錘がこれを感知すると、筋肉は縮む。これが前述した伸張反射。この後に起こるのが筋肉と骨を繫ぐ腱の中にある腱紡錘の反応だ。

筋肉が縮むと腱が引っ張られるので、やはり「ヤバい! 切れちゃう!」と反応して脊髄に信号を送り、脊髄は縮んだ筋肉を弛緩させる。同時に対になる拮抗筋に収縮の指令を送る。こちらは目的の筋肉の弛緩をサポートするためだ。

ダイナミックで本来起こる反応

ダイナミックストレッチは主動筋と拮抗筋の働きを利用したストレッチなので、本来はこうした筋紡錘と腱紡錘の連携が正しく働く。ただ運動不足や加齢によって連携がスムーズにいかないことも。で、最悪の場合は筋肉を痛める事態に。

AISはストレッチのいいとこ取り。安全だから、誰がいつ行っても良い

さて、最後は真打ちAISの登場。ロジックはとてもシンプル。2秒かけて動作筋を収縮させ、ターゲット筋を弛緩させる。主動筋と拮抗筋の関係を利用し、最大限の効果を得るのだ。

ダイナミックストレッチの理屈もこれと同様だが、全身の筋肉を連動させる動きなので、効果は運動経験に左右される。運動不足の人がいきなりダイナミックストレッチを行ってもおそらく十分な効果は得られない。その点、特定の筋肉をアイソレート(分離)して狙うAISなら誰が行っても効果は絶大。

しかも、1回につき2秒という動作時間なので仮に伸張反射が起きてもすぐリリース可能。動作筋の収縮に焦点を当てているので、ターゲット筋は黙っていても勝手に緩んで伸ばされる。

間違ったスタティックストレッチのようにターゲット筋をグイグイ引っ張る勘違いはまず起こらない。効果は確実で、しかも安全性に富んだAIS、試してみる価値は十二分だ。

AISで起こる反応

スタティックは運動前、筋や腱が固まった起床後には不向き。ダイナミックは心拍数が上がり過ぎるので就寝前にはおすすめできない。バリスティックは基本的に運動経験豊富な人のウォームアップ専用。これに対していずれのタイミングでも行っていいのがAIS。安全性は◎、いやハナマル!

運動前 運動後 起床後 就寝前 安全性
AIS
スタティックストレッチ ×
ダイナミックストレッチ ×
バリスティックストレッチ × × × ×

AISは3ステップで行う。キモは2秒と10回

ステップ①|まずは可動域をチェック!

AIS ステップ1 可動域をチェック

AISのファーストステップは可動域のチェック。太腿裏が硬いなあという人なら、まずは写真のような姿勢で片脚を上げ、今の自分の可動域を確認する。

もちろん、太腿裏の筋肉に痛みを感じるまで動かすのは厳禁。キープもしなくてよし。痛みを感じずにここまでが目一杯というところまで片脚を上げ、その可動範囲を覚えておこう。

ステップ②|AISストレッチ2秒×10回

AISストレッチ やり方

コンディショニングの現場で主に行われているのが、このセカンドステップ。太腿裏のAISなら片足にタオルを巻き付け、イチ・ニで引っ張って動作筋の太腿前を縮める。するとターゲット筋が緩む。

いったん脱力して再び太腿前を2秒で縮める。これを10回繰り返すことによって次第に太腿裏の筋肉が勝手に伸ばされていく。

ステップ③|もう一度可動域をチェック

AIS ステップ3 もう一度可動域チェック

最後のサードステップで改めて可動域をチェックする。断言してもいいが、行う前より確実に可動域が広がっているはず。目一杯の可動域まで脚を上げたまま、最後にもう一度太腿前の筋肉を縮めてフィニッシュ。

ただ縮めていただけなのに、お目当ての筋肉がしっかりほぐされているこの感覚、ぜひ体験してみてほしい。

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