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いま、歩く人が増えている。コロナ禍でその傾向にさらに拍車がかかった。歩くことは即できて手軽。コストもほぼゼロ。それでいて御利益満載の万能トレーニングである。今回、温故知新なウォーキングの魅力を大解剖する。
目次
腹八分目がいい、夜更かしするな、呼吸はゆっくり大きく…。現代にも通じる健康作りの神髄を江戸時代に説いたのが、儒学者・貝原益軒の『養生訓』。しかし、そこに「歩け」という教訓は含まれていない。
「自動車も電車もない江戸時代は歩くことが当たり前。現代人は歩かないからこそさまざまな不調に悩まされています。病気の9割は、歩けば治りますよ」(医師の長尾和宏さん)
それは兵庫県で町医者として多くの患者さんと接する長尾先生の実感でもある。生活習慣病で悩む人の多くは、歩く習慣を失っていたのだ。
対照的に先生が診療で多忙な日々のほぼ唯一の息抜きであるゴルフに出掛けると、そこには元気潑剌でグリーンを闊歩する高齢者が大勢いた。
「ゴルフは歩くスポーツ。健康だからゴルフができるのではなく、ゴルフで歩いているから健康なのだと思い直し、患者さんにも歩くことを薦めたら、薬なしでも生活習慣病から抜け出せる人が続出しました」
歩いて健康を手に入れるには継続が大切。まずは長尾先生自らが実践するポイントを参考にしよう。
→ポジティブになりストレスに強くなる
コロナ、インフレ、ハラスメント。世の中にストレスの種は尽きない。適度なストレスは人生のスパイスといわれるが、過度で慢性的なストレスはスパイスどころか劇薬。脳に深刻なダメージを与え、やる気を削いだり、不安を強めたりする。
そんな劇薬から、私たちを守ってくれるのが、ウォーキングでもある。
ウォーキングのような軽度でリズミカルな運動を続けると、脳内でセロトニンというホルモンが増加。セロトニンは、脳の前頭前野というエリアに作用し、ストレスや不安への耐性を調整してくれるのだ。
うつ病患者では、脳内でセロトニンレベルが低下し、それがストレスや不安に対して弱くなる一因となる。ウォーキングでセロトニンレベルが保てれば、ストレスにも不安にも負けない、しなやかなメンタルが身につく。
「私の患者さんでも、普段からよく歩いている人は、いつもご機嫌で満たされた顔をしている。私はそれを“セロトニン顔”と呼んでいます。スーパーボランティアの尾畠春夫さんがその典型。尾畠さんのような笑顔になれるように歩きましょう」
心が疲れた日こそ、散歩に出よう。
→創造性が高まり、認知症も防げる
18世紀の哲学者イマヌエル・カントは散歩を欠かさず、歩きながら思索を深めたとか。カントのような偉人でなくても、歩行中に新たなアイデアが湧いた経験は誰しもあるはず。
では、歩くことが脳にどう効くのか。まず全身の血行が良くなり、脳の血液循環が促される。すると思考を司る脳の働きがアップ。
加えて、歩くと筋肉からイリシンというホルモン様物質が分泌される。このイリシンは脳へ侵入。脳で記憶や学習に関わる海馬という部分に作用すると、BDNF(脳由来神経栄養因子)という物質が分泌される。
このBDNFの働きにより、脳の神経細胞が増えたり、神経細胞同士をリンクするシナプスと呼ばれる接点が増えたりして、記憶や学習能力が高まることがわかっているのだ。
歩いて脳が活性化すれば、認知症予防にもつながる。海外で行われた研究では、1日約3km以上の歩行が、認知症予防に効果的だと判明している。若い世代にとって認知症は遠い対岸の火事にしか思えないだろうが、認知症は20〜30年ほどかけて発症するもの。
将来ボケないためにも、いまのうちから歩いておこう。
→不眠の9割は歩くだけで治る
日本人の5人に1人は、眠りに関して何らかの障害を抱えており、不眠に悩んでいる。この不眠も、歩くことで解消できると長尾先生は言う。
「薬よりも散歩。『不眠症の9割は歩くだけで治る』という本を書いたくらい、ウォーキングが有効です」
最も効果的なのは、朝のウォーキング。朝に歩いて朝日を浴びると、脳内の体内時計が24時間周期に正しくリセット。同時に脳内では前述のセロトニンが分泌される。
もともとヒトは暗くなると眠くなるようにできている。朝、体内時計が始動してから14〜16時間ほど経ち、あたりが暗くなるとセロトニンではなくメラトニンというホルモンが作られる。メラトニンは、いわば眠りの精。睡眠に相応しい体内環境を整えるスイッチを入れてくれるのだ。
日中にウォーキングを行うなどして活動的に過ごしていると、余計に眠りは整いやすくなる。
暗くなったら眠るという仕組み以外にも、ヒトには「疲れたら眠くなる」という性質がある。歩いて日中できるだけアクティブに過ごしていれば、睡眠圧(眠気)が高まり、ぐっすり眠れるようになるに違いない。
→腸内細菌の多様性がアップ
かつて腸内環境は、便通の良し悪しと絡めて語られる機会が多かった。加えて近年、腸内環境の乱れは生活習慣病から自閉症まで、あらゆるトラブルと深く関わると判明している。
腸内環境を整えるには、主である腸内細菌の餌となる食物繊維や乳酸菌といった有益菌を取り入れることが重要。なんと、ウォーキングは腸内環境の改善にも有効なのだ。
「腸の動きは、交感神経と副交感神経からなる自律神経によって調節されています。過度な運動は自律神経の負担になりますが、ウォーキングのような軽めの有酸素運動なら自律神経のバランスが整い、腸の働きが良くなることから、腸内環境も整いやすくなってくるのです」
また、多様な腸内細菌が棲んでいる方が腸内環境は良くなり、心身にポジティブな影響を及ぼす。
ウォーキングのような有酸素運動を続けると、心肺機能(スタミナ)が徐々に向上する。その心肺機能の指標である最大酸素摂取量と、腸内細菌の多様性には正の相関があり、最大酸素摂取量が多いほど、腸内細菌の多様性も高くなり、腸内環境が良くなることも確認されているのだ。
→血管の老化をブロックする
「人は血管から老いる」といわれる。その血管の老化を進める真犯人として注目されるのが、食後高血糖。
血糖とは、血液中の糖質(ブドウ糖)。血糖値を上げるのは基本的に糖質だけ。糖質過多な食事を摂り、食後の血糖値が上がりすぎるのが食後高血糖だ。食後高血糖が起こると、血糖値を下げるインスリンが大量に分泌される。結果、インスリンが効きすぎて、血糖値が下がりすぎるケースも(反応性低血糖)。
食後高血糖&反応性低血糖で血糖値が乱高下する状態は「血糖値スパイク」と呼ばれる。血糖値スパイクは糖化と酸化という危ない反応で血管を傷つけ、老化を進めるのだ。
この危険な血糖値スパイクを防ぐのが、食後の軽いウォーキング。
カラダを動かして筋肉を使うと、血糖を取り込む輸送体が細胞表面へ移動。血糖がエネルギー源として消費されるので血糖値が下がり、食後高血糖も血糖値スパイクも防げる。
食後すぐの激しい運動は願い下げだが、ウォーキングならできるはず。とくに丼物や麺類のように糖質過多の食事をした後は、ウォーキングで“腹ごなし”するクセをつけよう。
→「第二の心臓」を活性化してやる
コロナ禍で外出の機会が減り、テレワークのためパソコンの前に張りついていると、知らない間に坐っている時間が長くなる。
この坐りっ放し、実は喫煙よりもカラダに悪い。全身の血液循環が悪くなり、細胞に酸素と栄養が行き渡らなくなり、老廃物や疲労物質が排出されずに溜まってしまうのだ。坐ってばかりだと血液循環が悪化するのは、足腰の筋肉で血液を巡らせるミルキングアクションという働きが作用しないため。
心臓より下を流れる血液は、重力に逆らって心臓まで戻ってくるが、その手助けをするのが、足腰の筋肉。筋肉の伸縮で血管の圧迫と弛緩を繰り返し、血液を下から上へ送り出す作用をミルキングアクションという。
ゆえに、「足は第二の心臓」と言われるのだ。
立ち上がって歩き出すだけで、ミルキングアクションは活発になり、血液循環が良くなる。「老化は足腰から」とも言うように、坐りっ放しで運動不足だと30代から筋肉は足腰を中心に1年1%の割合で減り、ミルキングアクションが衰える。
ウォーキングなら、こうした足腰の弱体化を避けて強化できるのだ。
→歩く降圧効果は、減塩に匹敵する
高血圧の患者は、全国で推計4300万人。日本人の3人に1人が高血圧を抱えている計算である。
高血圧は別名サイレントキラー。自覚症状に乏しいが、高い圧力が血管にかかり続けるため、動脈壁が硬くなって血液の流れが悪くなる動脈硬化の引き金となる。高血圧だと、新型コロナに罹患した際、重症化しやすいという気になる報告もある。
高血圧対策の筆頭に挙げられるのは減塩。ただし、高血圧患者の4人に1人は、残念ながら減塩しても血圧は思ったように下がらない。では、どうすべきか?
救世主は、他ならぬウォーキング。ウォーキングで血液循環が良くなると、血液が流れる方向に沿って「ずり応力」という力が血管に働く。
その刺激を受けると、血管内側の内皮細胞から、NO(一酸化窒素)という物質が分泌。NOが血管を広げる働きをするので、血圧は下がりやすくなるのだ。ウォーキングのような有酸素運動が血圧を下げる効果は、減塩に匹敵するという研究もある。
血圧は太りすぎても上がるが、ウォーキングで無駄な体脂肪が減り、減量できれば血圧は一層下がるはず。
→骨から若返りホルモンが出る
歩行、自転車、水泳はすべて有酸素運動。体脂肪は燃えやすいが、歩行には他にない利点も。なんと、着地時に骨に刺激が入ることで、アンチエイジングに役立つホルモンが出るのだ。重力が加わりにくい自転車等では、同等の効果は期待できない。
歩くと骨から出る善玉ホルモンが、オステオカルシン。オステオカルシンは、脂肪細胞に働きかけてアディポネクチンという万能ホルモンの分泌を促す。アディポネクチンには酸化を抑える抗酸化作用があり、血糖値を下げて糖化も抑えるので、血管を保護してエイジングを抑える。
オステオカルシンは、男性ホルモンのテストステロンの分泌も促す。テストステロンは骨量と筋量を保ち、やる気や社会性を高める。加齢でも運動不足でもテストステロンは減りやすく、心身の機能低下から老化を加速させる。
オステオカルシンでテストステロンを増やして対抗しよう。最後に、歩くと骨から出る有益なホルモンをもう一つ紹介しよう。
「それはオステオポンチン。骨の中心にある骨髄で造血幹細胞を活性化し、免疫を担う白血球を増やして、免疫力を高めてくれるのです」
→肩こりや腰痛がうんと軽くなる
デスクワークで坐って前傾する時間が長くなると、いつの間にか猫背になり、腰も丸まりやすい。それが頑固な肩こりや腰痛の一因となる。
歩いていると、猫背や腰の丸まりといった不良姿勢が矯正されて、肩こりや腰痛の緩和につながる。歩けば歩くほど、姿勢が良くなるのだ。
歩くときは自然と視線が前方を向き、背すじが伸びる。その際、肘を後ろに引いて左右の肩甲骨を寄せるように意識すると、より効果的だ。固まっていた肩甲骨が動き、周辺の血行が促進されるので、背中のこわばりがほぐれて肩こりは軽くなる。
背すじを伸ばして肩甲骨を寄せるように気をつけると、連動して骨盤が動くようになる。お腹に軽く力を入れると、骨盤が軽く前傾するので、腰の丸まりも解消できるように。すると腰へのストレスが軽くなり、腰痛もリセットできる。
歩くスピードを少しずつ上げると、1歩ごとに肩甲骨と骨盤が反対方向にツイストされるようになり、背骨を軸として体幹がねじれる。大黒柱の背骨周辺もほぐれるので、姿勢は一層ニュートラルに整っていく。
歩くのがいいのはわかった。では、どのくらい歩けば、どんな病気が予防できるのか。実はそれを明らかにした研究がある。2000年から群馬県中之条町に住む65歳以上の住民約5000人を対象に行われている「中之条研究」だ。
研究の中心者は、東京都健康長寿医療センター研究所の青栁幸利先生。この研究では、参加者500人には小型の身体活動計を着けてもらい、1日の歩数、運動強度が中程度(安静時の3倍の活動量)以上の活動時間を記録した。
その結果、1日8000歩、そのうち20分は中強度の歩行(速歩)を行うと、ほとんどすべての生活習慣病を予防し、健康長寿の実現に役立つとわかったのだ。
まずはこのラインをクリアできるよう、日々のウォーキングを楽しもう。
取材・文/井上健二 イラストレーション/三上数馬 取材協力/長尾和宏(長尾クリニック院長、医学博士)
初出『Tarzan』No.828・2022年2月24日発売