老化だけじゃない。深刻な病態も引き起こす「AGE」の正体
大好きな糖質を好きなだけ食べていたら、やがてカラダは恐怖の物質を溜め込み、未来にはさまざまな不具合が待っている。糖化のスピードを緩めるために、今日からできることを始めよう。
取材・文/石飛カノ 撮影/小川朋央 料理製作・スタイリング/美才治真澄 取材協力/山岸昌一(昭和大学医学部内科学講座 糖尿病・代謝・内分泌内科学部門教授)
初出『Tarzan』No.804・2021年2月10日発売
加熱調理の反応がカラダの中でも進行している?
こんがりキツネ色に焼けたトースト、鉄板の上でジュージューいってるステーキ。そりゃもうたまらなく美味しそう。
食欲をそそる焦げ目の正体は、食品に含まれる糖質とタンパク質が加熱によって結びつくメイラード反応(またの名を糖化反応)で生じる褐変物質。1912年にメイラードさんがこれを発見し、食品化学の世界では香りや風味が増していいじゃないのとされてきた。
ところが、時代が下ってカラダの中でも同じような反応が起こっていることが判明すると、さあ大変。体内でのメイラード反応ならぬ糖化反応は、病的な老化や生活習慣病などさまざまな不具合を引き起こすことが明らかにされ、健康を害する悪因としてひときわ注目されるようになったのだ。
ご存じの通り、ヒトのカラダは水分と脂質を除いたほとんどがタンパク質の塊。体内の糖質がタンパク質に結びつくと、複雑な反応を経てさまざまな化合物に変異していく。その一部は分解され無毒な物質となって体外に排出されるが、約10%は後戻りのきかない老化や病気の原因物質となる。これが終末糖化産物(AGE)と呼ばれるもの。
AGEはこうして作られる。
こうしてできたAGEはカラダの中に徐々に蓄積し、体内のさまざまなタンパク質の働きを阻害するので、老化や病気を促進する。カラダにとっては異物なので白血球によって一部は分解されるが、分解され小さな断片になってもAGEは効力を失うわけではない。切られてもなお体内の他のタンパク質をAGE化させる能力を保っているという不死身の物質なのだ。あな恐ろしや。
糖質の種類によってAGEが作られるスピードは異なる。
トーストのカリカリやステーキのジュージューがカラダの中で引き起こされている? 問題はタンパク質にベタベタくっつく糖。じゃあ、今目の前にある大福を食べたら即、AGEができちゃうということ?
糖化反応のスピードは糖の血中濃度と糖の種類によって異なる。たとえば果物に多く含まれる単糖類の果糖は、ブドウ糖に比べて約10倍のスピードで糖化反応を進めることが分かっている。というのは、ブドウ糖と果糖の化学式はまったく同じだが、炭素に水素がつく場所がほんの少し異なる果糖の方がタンパク質と手を繋ぎやすいからだ。
大福を食べると血糖値が上がる。測定器で数値を見れば、ほとんどの人はビビってひとつでやめるだろう。でも果糖の場合、今のところ血中濃度を測定する手立てはないし、血糖値も上がらないので、果物なら、とついたくさん食べてしまう可能性はある。1日に小さなリンゴ1個、もしくはミカン2個くらいなら問題ないが、100%のフルーツジュースをぐびぐび飲むのは禁物だ。
さらに、果糖ブドウ糖液糖、高果糖液糖といった果糖を大量に含む清涼飲料水や加工食品には要注意。そうと知らずにAGEをどんどん作り出してしまうリスク大だ。
AGEの量は高血糖×時間で決定づけられる。
糖質はヒトにとって最も効率よくかつ重要なエネルギー源。適量を摂って余すことなく消費できれば極めて健全。問題なのはカラダの中でだぶついてしまうこと。
ポイントはふたつ。体内に糖がたくさんあればあるほどAGEは作られやすい。今この瞬間の血糖値がAGEの元凶となる。もうひとつのポイントは時間。血糖値が高い状態が長く続くほどAGEの量は増える。
大福を食べて一瞬血糖値が上がるだけなら健康を害するほどAGEは作られない。ところが30代、40代から血糖値の高い状態がずっと続くとAGEは溜まり続け、その後の人生の老けっぷりは甚だしいものになる。
これが世にも恐ろしい高血糖の「記憶」、もしくは「呪い」。今日から悔い改めて食生活を整え、運動に取り組んで血糖値を落としても、すでに溜め込んでいるAGEがすぐに帳消しになるわけではない。喫煙と同様、借金を返すには高血糖状態が続いた年数分、ひょっとするとその倍の時間がかかると考えてほしい。
空腹時血糖値が110mg/dl以上という糖尿病予備群の人は要注意。ただちに生活習慣を改めるべし。
糖化と酸化のダブル攻撃でいずれ深刻な病気に。
体内で作られるAGEはひとつではない。数十種類存在するといわれていて、どのタンパク質にどう作用するかは実に多種多様。皮膚のコラーゲンに作用すればたるみやしわになり、目に作用すれば白内障、骨に作用すれば骨粗鬆症の引き金となる。つまり、老化によって生じる不調のほとんどにAGEが関与しているといってもいい。
で、ここまではAGE単体が引き起こす老化や不調の話。AGEがもたらす害にはさらに先がある。
カラダの細胞のひとつひとつにはもれなくRAGE(Receptor for AGE)というAGEの受容体が備わっている。このカギ穴にAGEがはまり込むと酸化反応を促す酵素が活性化され、活性酸素が発生する。活性酸素は細胞を錆びさせると同時にタンパク質の糖化を後押しする。活性酸素の近くのタンパク質は糖と結びつきやすくなるのだ。こうなると、糖化が酸化を促し、酸化が糖化を押し進めるという最悪の状況に。
AGEが肌や骨などの老化を促すのに対して、AGE―RAGE複合体がもたらすのは動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、がん、アルツハイマー病といった極めて深刻な病態だ。
肌や骨のタンパク質は結構ドラスティックに分解と合成を繰り返して入れ替わるが、脳の神経細胞や心臓を構成しているタンパク質は一生もので取り替えがきかない。よってこうした部位にAGE―RAGE複合体が悪い作用をもたらせば、ひとたまりもない。
この事実を知ってなお、ちょっとくらい血糖値が高くても痛くも痒くもないのでへっちゃら、と言えますか?