認知症予防に創造性向上。カラダに恩恵をもたらす「正しい歩き方」とは?
歩くとカラダにいい。これは100万回聞いたかもしれない。事実、歩くことでメタボや認知症予防などをはじめとする6つの効果が期待できる。しかしそれは「正しい歩き方」を続けた場合の話。歩くことでもたらされる6つの効果と、効果的な歩き方のメソッドについて、専門家に話を聞いた。
取材・文/井上健二 撮影/下屋敷和文 取材協力/大谷義夫(池袋大谷クリニック院長) 参考文献/『1日1万歩を続けなさい―医者が教える医学的に正しいウォーキング』(大谷義夫著、ダイヤモンド社刊)
初出『Tarzan』No.889・2024年10月10日発売
歩くことの6大効果を知ろう。
1.メタボが防げる。
歩く効用として真っ先に思い当たるのは、メタボリックシンドロームの予防だろう。メタボの元凶は、お腹の内臓脂肪の溜まりすぎ。全身の代謝が乱れ、高血圧、高血糖、脂質異常症が連鎖し、心臓病や脳卒中を招く動脈硬化の危険度が上がる。ウォーキングのような有酸素運動は、酸素を介して体脂肪を燃やす働きがある。なかでも有酸素で消費されやすいのは内臓脂肪。ゆえにウォーキングはメタボを元から断つ。
御利益はまだある。歩いて血流が良くなると、血管の内皮細胞からNO(一酸化窒素)が分泌される。NOには血管を広げる作用があり、高い血圧が下がりやすい。また運動中のエネルギー源として血糖(血液中の糖質)を消費するため、高血糖も抑えられる。
2.13種類のがんが防げる。
働き盛り世代にとり、もっとも恐ろしい病気はがん。日本人の死因の第1位であり、4人に1人はがんで死ぬ。このコワいがんのリスク低下に、歩くといういちばん身近な運動が寄与するという心強いデータがある。
これは19歳から98歳までの男女144万人を対象とした大規模なもの。それによると、ウォーキングなどの運動により、全部で13種類のがんのリスクが下げられるという。がんは複雑系だから、ウォーキングの何がどうがんを抑えるのかを指摘するのは難しい。でも、男女ともに死亡率が高い肺がんと大腸がん、女性の罹患率1位の乳がんの予防にも有益だというのだから、もう歩かないわけにはいかないのだ。
- 食道腺がん:0.58倍
- 肝臓がん:0.73倍
- 肺がん:0.74倍
- 腎臓がん:0.77倍
- 胃噴門部がん:0.78倍
- 子宮がん:0.79倍
- 骨髄性白血病:0.80倍
- 骨髄腫:0.83倍
- 大腸がん:0.84倍
- 頭頸部がん:0.85倍
- 直腸がん:0.87倍
- 膀胱がん:0.87倍
- 乳がん:0.90倍
19〜98歳(平均年齢59歳)の144万人が協力した研究で、ウォーキングを含む運動で13種類のがんリスクが低下すると判明。
3.感染症の予防に効く。
コロナ禍ではメディアで正しい情報の発信に努めた立役者の一人が、呼吸器専門医の大谷義夫医師。最新のエビデンスに詳しいことから、某出版社から「ウォーキング本を書いてほしい」という依頼を受けた。本一冊分の新しい話はないだろうと思いつつ調べたところ、ウォーキングの効能を説く論文が世界中で数多く出ていると再発見。
「意外だったのが、私の専門の呼吸器分野でも、歩くことが有効というエビデンスが多数あったこと。コロナの重症化予防、40代以降が気をつけるべき肺炎の死亡率の軽減に役立つのです」
激しい運動は免疫力を下げるが、歩くような軽い運動は免疫力を上げる。それで呼吸器疾患が防げるのだろう。
4.うつ・認知症が避けられる。
フィジカル面だけではない。ウォーキングはメンタル面のトラブルの特効薬でもある。働き盛り世代のメンタル面で気になる問題といえば、うつ。
ある企業に勤務する180人を対象とした東京大学大学院の調査では、1日1万歩を2か月続けたところ、不安や抑うつが減ると判明。とくに男性ではたくさん歩くほど、不安や抑うつが軽くなっていたという。
中高年以降で怖いのは認知症。脳科学で知られるスウェーデンのカロリンスカ研究所が中高年男女1450人を約20年間調べた結果、ウォーキングをはじめとする軽運動を週2回以上する人は、認知症の発症率が半減した。認知症の一歩手前の「軽度認知障害(MCI)」の改善にも、歩くことと食事療法が効くという報告もある。
5.眠りの質が上がる。
ストレスや疲労に対する何よりのクスリは睡眠。でも、ストレスや疲労があると、眠れないという悩ましい矛盾がある。
この矛盾を鮮やかに解決するのが、ウォーキング。大分大学が男女860人(平均年齢73歳)を調べたところ、2つのことがわかった。1日の歩数と睡眠時間には関連はないが、歩数と睡眠の質には関わりがあり、歩数が多い人ほど睡眠の質が高かったのだ。
ここでいう睡眠の質とは、睡眠効率のこと。具体的には、寝床に入っている時間と実際に眠った時間の差を意味している。すぐに寝入り、途中起きて眠りが中断されたり、朝早く起きたりすることがない人ほど、睡眠効率が高い=質が良い。日中たくさん歩いて睡眠の質が良くなれば、ストレスや疲労の解消が促されると期待できそう。
6.創造性が60%アップする。
執筆のためウォーキングに関する多くの論文を読破した大谷先生が何よりびっくりしたのが、創造性アップにも役立つ点。
「生活習慣病の予防に良さそうだとは何となく想像できたのですが、歩くことでアイデアが湧きやすいという確かなエビデンスもあったのです」
坐った状態とウォーキング中でスコアを比較したら、創造的思考はウォーキング中の方が平均60%も高かったのだ。なぜそんなことが起こるのか。
「個人的な意見ですが、周辺情報を処理し、路面に応じて安全に歩くのは意外にマルチタスク。それが脳を刺激している可能性はあると考えています」
アイデアに行き詰まったら、デスクを離れて散歩に出掛けてみよう。
スタンフォード大学が学生48人を対象に行った「創造性と脳」の研究。創造性を求める課題と、数学的思考で正解を求める課題を、屋内で坐った状態とルームランナーで歩いた状態で解いてもらった。ウォーキングでは後者の得点は下がった反面、創造性に関する課題のスコアは約60%上がっていたという。
正しい歩き方を習得するための6つのルール。
1.1日1万歩を目安とする。
昔から「1日1万歩がいい」とされてきたが、それは単にキリがいいというだけではなく、科学的な裏付けもある。
その一つが、アメリカ国立がん研究所の研究グループが、40歳以上の男女約5000人について1日の歩数と死亡率を調べたもの。
「1日の歩数が多いほど死亡率は下がる傾向がありました。ただし、そのピークは1日1万5000歩。1万歩以上では大きな差がないことから、私は1日1万歩を目安にするのがベストだと考えているのです」
日本の成人の1日の平均歩数は年々じわじわ減っており、最新データでは男性で6465歩、女性で5820歩に留まっている。1日1万歩をクリアするために、男女ともにもっと歩く機会を増やしてほしい。
40歳以上のアメリカ人(平均年齢56.8歳)の男女4840人を約10年間追跡したところ、歩数と死亡率の間には有意な関係があり、1日1万歩がもっともリーズナブルだと判明。
2.まとめてではなく、こまめに歩く。
トレーニングは、こまめにやっても、まとめてやっても成果に大差はないとされる。ゆえに平日が忙しいなら、週末に集中して運動する「ウィークエンド・ウォーリアー(週末戦士)」という選択肢も肯定されている。でも、少なくともウォーキングに関しては、週末戦士は推奨できない。1日1万歩の大半を週末2日で取り返そうとすると足腰への負荷が大きすぎ、膝などを痛める恐れもある。
さらに一日のうちでも、時間を作ってまとめて歩くより、気づいたときにこまめ・少なめに歩くのが正解。その方が手軽だし、健康的でもある。
「気になる血糖値も血圧も、こまめに歩いた方が、まとめて歩くより下がりやすいという研究があります」
3.食べたら歩くと決める。
まめ・少なめに歩くとしたら、何をきっかけにするのがいいのか。大谷先生が実践しているのは「食べたら歩く」こと。食後は食事に含まれる糖質が血中に出てきて血糖となり、血糖値が上がりやすい。食後高血糖は血管にダメージを与えて心臓病などのリスクとなる。また、上がった血糖値を下げるために分泌されるインスリンには、体脂肪の分解を抑えて合成を促す作用があり、血糖値が上がりすぎると太りやすい。
「食後に運動すると、エネルギー源として血糖が使われるため、血糖値は下がりやすい。食後に激しい運動はできませんが、軽く歩くなら支障がない。私はかつて毎日のようにジム通いしていたのに痩せませんでしたが、ジムをやめて毎食後歩くと決めたら体重が減り、血糖値も落ちました(笑)」
4.歩幅を65cm以上に広げる。
歩くフォームはどうあるべきか。理想のフォームはあるけれど、細かい点を気にしすぎると面倒に感じてやる気が落ちる。1日1万歩の達成を優先しよう。何か一つだけ注意を向けるとしたら歩幅(ストライド)。
「国立環境研究所の谷口優氏の研究では、歩幅が狭い人は広い人と比べると、約3年後の認知機能低下のリスクが3倍以上になるとされています」
研究では、広い歩幅は男性で70㎝以上、女性で65㎝以上と定義されている。大雑把に65㎝以上の歩幅を心掛けて歩くと、認知機能の落ち込みが避けられると捉えるといいだろう。横断歩道の白線の幅と白線同士の間隔が、ともに45㎝。横断歩道を渡る際、白線の幅or間隔×1.5倍の歩幅で歩けているかをチェックしたい。
5.猫背ではなく胸を張る。
幅以外に、歩くときに留意すべきポイントをもう一つ挙げよう。それは、肩甲骨を寄せて背すじを伸ばすこと。坐っている時間が長いと、背中が丸まり猫背になりやすい。その姿勢をリセットせずに歩き始めると、呼吸が浅くなる。猫背だと肺を収める胸郭の動きが制限されるため、深い呼吸がスムーズに行えないからだ。
肩甲骨を寄せて背すじを伸ばすと胸郭が広がり、呼吸がラクになる。酸素がたっぷり吸えたら、歩く間に無駄な内臓脂肪も燃えやすい。また因果関係は不明だが、胸を張ると猫背に比べて男性ホルモンのテストステロンが増えて、ストレスホルモンであるコルチゾールが減るという報告もある。テストステロンはやる気を高めるほか、男性更年期の改善に寄与する可能性がある。
6.余裕があれば速歩を取り入れる。
ウォーキングに関して世界的に著名な日本発の研究がある。それが群馬県中之条町を舞台とする「中之条研究」。住民約5000人が参加する20年超の大規模リサーチで、歩数を増やすにつれて多くの病気が防げることを明らかにした。
中之条研究は、歩数という“量”以外にも、強度という“質”についても重視しているのが特徴。ウォーキングにおける強度=速さ。1日8000歩、そのうち20分を速歩にすると、メタボなどの生活習慣病が避けられるとしている。
「速歩を織り交ぜた方が歩く健康効果は上がるという研究は他にもある。1日1万歩がクリアできるようになったら、速歩の時間を少しずつ延ばしましょう」