• 一流トレーナーふたりが、アスリートの柔軟性に物申す! 「スポーツとストレッチの関係」の真実
TRAINING
2020.08.25

一流トレーナーふたりが、アスリートの柔軟性に物申す! 「スポーツとストレッチの関係」の真実

清水忍(しみず・しのぶ)と岡田隆(おかだ・たかし)
写真左:清水忍(しみず・しのぶ)/IPF代表。健康運動指導士、NESTAジャパンエリアマネージャー。一般人のカラダ作りのほか、メジャーリーガーをはじめトップアスリートのパフォーマンス向上をサポートしている。
写真右:岡田隆(おかだ・たかし)/日本体育大学体育学部准教授。柔道全日本男子チーム体力強化部門長。理学療法士。現役ボディビルダーであり、大学でも教鞭を執りつつ、「バズーカ岡田」の異名で骨格筋評論家としても活躍する。

がっちがちの筋トレ派トレーナー、岡田隆さんと清水忍さん。二人が考える、筋肉の柔らかさ・硬さの功罪とは?

岡田隆さん(以下、岡) アスリートでも、ストレッチに関して誤解している人もいますね。

清水忍さん(以下、清) 誤解しているというより、そう教えられているのでしょうね。いちばん多いのは、ストレッチをしすぎるとパフォーマンスが下がるという思い込み。静的ストレッチでは筋肉の出力が一時的に落ちるので、競技直前に熱心に励むのは良くない。でも、日頃からストレッチで筋肉の柔軟性を高め、関節の可動域を広げることは大切です。

 確かに、筋肉の柔軟性が高いほどランニングエコノミーは低く、エネルギーをたくさん使わないと速く走れないというエビデンスがあります。筋肉と腱の弾性を介して跳ねるように走った方が、より少ないエネルギーで進めるから、ランニングエコノミーは高まる。柔軟性が高すぎると弾性は下がるので、ランニングエコノミーは悪くなるのです。

 伸びて緩んだスプリングより、硬く締まったスプリングの方が弾性は高く出力が大きいのは当然です。

 ランのように決まった動きを限定された可動域で繰り返す競技なら、硬いスプリングの方が有利かもしれませんが、すべての競技で柔軟性が高い方が不利になるわけではない。

 かといって単純に柔らかいほどいいわけでもない。可動域を十二分に保ち、その範囲内で柔軟性を自らコントロールできるのが理想です。

柔軟性と可動域次第でパフォーマンスは変わる。

 アスリートに柔軟性が重要な証拠に、岡田さんも指導する柔道選手はストレッチを欠かしませんよね。

 柔道の基礎トレーニングにはストレッチ的な要素があり、子どもからオリンピック選手まで毎回準備体操として取り入れています。これは、大昔から続く日本柔道の伝統の一つ。筋骨隆々の選手でも、カラダはみんな驚くほど柔らかいのです。

 準備体操にストレッチが組み込まれているのは、怪我の予防という意味合いが大きいのですか?

 というよりも、やはりパフォーマンスアップのためだと思います。柔道で怖い怪我は、膝の前十字靱帯損傷や肩の脱臼ですが、どちらも柔軟性と可動域をいくら高めても防ぐことはできませんからね。

 やはりパフォーマンスですか。

 柔道では対戦相手がどんな動きをするかが予測できない。柔軟性が高くて可動域が広いほど、どんな体勢でも重心がコントロールできるようになり、対応できる動きの幅が広がります。とくに軽量級の選手は猫のような動きをしますから、柔軟性がないととても対応できません。

 技の切れ味にも柔軟性は影響しそうですね。

 おっしゃる通り。たとえば、背負い投げが得意な選手と対戦する際、当然背負い投げを警戒します。しかし、肩の柔軟性を高めて可動域を広げておけば、警戒している相手の裏をかいて予測できない体勢で背負い投げが打てるようになります。

 海外勢も、日本人選手と同じように基礎トレーニングにストレッチを取り入れていますか?

 日本人ほど熱心ではありません。欧米人は柔軟性が不十分でも、それをパワーで補い、力で強引にねじ伏せる柔道をするから厄介なのです。

無差別級で勝つために、ストレッチを武器にする。

 清水さんはメジャーリーガーをはじめとする多くのプロ野球選手のフィジカルトレーニングをサポートしていますよね。野球選手にとっても、ストレッチは大事ですよね。

 少なくともピッチャーには柔軟性と可動域が非常に必要です。ことに肩関節と胸椎の柔らかさは、ピッチングという動きの良し悪しを大きく左右します。それにピッチャーも野手の一員ですから、フィールディング(守備)を巧みにこなすには、股関節が硬くては話になりません。

 野球でプロになれるのは、ほんの一握りのエリートたちだから、みんな柔軟性も高そうですね。

 いやいや、そうでもない。オフにプロ野球選手を集めて行う僕の合宿に、今年初めて参加したピッチャーがいます。彼は腰椎に持病があり、股関節、肩関節、胸椎の柔軟性が一般の人より低い状態でした。それでも甲子園に出て、プロ入りしているから大したものです。

 その選手は何を求めて合宿に参加したのですか?

 動かすボールが得意な技巧派のピッチャーなのですが、速球は140km台後半でした。速球がもっと速くないと、動かすボールも生きてこないので、一軍に定着できない悔しい日々が続いていました。そこで速球を磨くために合宿に来たのです。

 スピードを上げるためにどんな指導をしたのか。興味があります。

 ウェイトリフティングの要素を加えた動的ストレッチで、動的な柔軟性と可動域の底上げを狙いました。すると肩関節の外旋(上腕を外向きに捻る動き)と肩甲骨の内転(肩甲骨を背骨に寄せる動き)がスムーズになり、前鋸筋の伸張反射(縮んだ筋肉が反射的に伸びる動き)が上手に使えるようになった。その結果、速球が150km台前半まで伸び、今シーズンは一軍に定着し、嬉しいことに大活躍しています。

 筋力が変わらなくても、動的ストレッチで柔軟性と可動域が広がり、フォームが最適化されると、それだけで球速が伸びるんですね。階級制が基本の柔道と違い、野球はどのポジションもいわば無差別級。自分より大きな選手とも戦わないといけない。柔道も無差別級では容易には世界で勝てませんが、日本人選手が桁外れのパワーを持つメジャーリーガーと対等に渡り合うには、柔軟性でパフォーマンスを高める戦略が正しいのかもしれない。

 メジャーに行った日本人選手に聞くと、ユニフォーム姿だと自分より小さく見える選手でも、脱ぐと馬鹿でかい筋肉をしているそうです。向こうの選手はストレッチをあまりやらないようですが、柔軟性が低くても他の筋肉のスペックが高いので、かなりのレベルまで行けちゃう。野球に限らず、筋肉のスペックが見劣りする日本人アスリートが海外勢と戦うには、ストレッチで柔軟性と可動域を広げる努力は欠かせない。

 柔道でも、欧米人にパワーでは敵わない日本人には、相手にはない高い柔軟性が大きな武器です。しなやかさが求められるのは、一般のトレーニーでも同じですよね。

 目指す体型がどうあれ、少なくとも“フィットネス”を高めるためにトレーニングをしているなら、ストレッチで柔軟性と可動域を上げることはマストだと思っています。

 そもそもフィットネスとは、望ましい健康状態でいること。筋肉が硬かったり、関節の可動域が制限されたりすると、それだけフィットネスが下がりますからね。

 とくに生活習慣病を予防するために運動をするなら、前後のストレッチを重視すべき。筋肉の緊張が抜けず、硬いままで放置していると、運動が何らかのネガティブな影響を心身に与える恐れがあります。

 僕はフィットネスではなく、ボディビルディングのために筋トレをしていますが、ボディビルディングでも柔軟性は大切だと思っています。バックプレスや、首の後ろに引くビハインドネックのラットプルダウンのような種目は、肩関節が柔軟でないと正しいフォームが取れない。全盛期のアーノルド・シュワルツェネッガーダンベルフライなんて、肩関節が外れるんじゃないかと心配になるくらいの可動域でやっている。あらゆる角度でフルにストレッチしてフルに縮めてやらないと、筋肉の“鍛え漏れ”が出る。

 一つひとつの筋肉を完璧に仕上げるのがボディビルディングの狙いですから、鍛え漏れがあるとコンテストでは勝てませんね。

 たとえば、スクワット一つでも、いろいろなスタンスでやらないと、脚もお尻もパーフェクトに仕上がらないから、コンテストでは減点の対象になってしまいます。

 ならば、岡田さんはストレッチにかなり時間を割いている?

 それが、そうでもない(笑)。ボディビルダーはとにかく筋トレがしたいから、トレーニングを60分するなら60分フルに筋トレしたい。前後のストレッチに5分ずつ割くより、「10分あれば、もう1種目筋トレができちゃうぞ」と思ってしまうのが、ビルダーの性なのです。

 わかります(笑)。

 僕はこれまでの積み重ねで基礎的な柔軟性は確保できている。そこで、筋トレをやりつつ、そこにストレッチの要素を加えて柔軟性をメンテナンスするイメージです。仮にベンチプレスで100kg上げるなら、60kgくらいの軽めの負荷でアップを行います。その際、動的ストレッチの感覚で可動域を広げるように意識すると、必要な柔軟性は担保できる。いいトレーニングができて筋肉を追い込みすぎた日は、30分かけて丁寧にストレッチすることもあります。

筋肉に疲れを残さない工夫も欠かせない。

 清水さんは、トレーニング前後のストレッチはどうしていますか?

 僕も岡田さんと同じように、ストレッチのためだけに時間を割くことはしません。インターバルのとき、使った筋肉をケアするために軽くストレッチする程度。何もしないと筋トレ後の筋肉は縮んだままで拘縮する。柔軟性を上げるためというより、拘縮を防ぐために縮んだものを伸ばして終わりたいからストレッチする感じです。それなのに先日、10年ぶりに立ち上がれないくらいの激しい腰痛になりました。経験上、関節障害でも靱帯損傷でもなく、純粋に筋肉に由来する腰痛です。

 トレーニングが原因ですか?

 完全にそう。重たい負荷でスクワットとデッドリフトを集中的にやっていたので、いつもよりも入念にストレッチを行い、毎回可動域を筋トレ前より広げて終えていた。それでも筋肉にストレスが蓄積し、ダメージを防ぐために筋肉が防御本能でガチガチに固まった結果、腰痛が生じたのでしょう。ストレッチで腰の可動域が徐々に広がり、もう痛みはずいぶん軽くなりましたけど。

 僕にも似たような経験があります。ビルダーには無性に重たいウェイトで攻めたくなるフェイズがある。どんな種目でも体幹は共通して酷使しますから、ケアをしても緊張と疲労がリミットを超えると体幹に痛みが出ます。可動域があるのに腰痛が出たなら、筋肉だけではなく、脳など神経の活動で筋肉の緊張が高まり、腰痛が生じた可能性もあります。

 プロ野球選手も「トレーナーに丁寧にストレッチを施術してもらっても、シーズン後半は筋肉の張りが抜けなくなる」とよく言っています。ストレッチさえしておけば大丈夫と過信せず、筋肉に過度なダメージを残さないように注意すべきです。

筋トレよりストレッチをした方が強くなれる?

 単に重たいウェイトを持ち上げるのが目的なら、柔軟性のプライオリティは必ずしも高くありません。面白いことに、スクワット、ベンチプレス、デッドリフトの3種目で合計挙上重量を競うパワーリフティングのトップ選手には、むしろカラダが硬い人が多いくらい。

 可動域は狭い方が重たい負荷に耐えられるので、パワーリフティングではあえてカラダを硬めにした方が有利な面もあると思います。

 対照的なのは、ウェイトリフティングの選手。カラダが異常に柔らかい。クリーン&ジャークにしても、スナッチにしても、スタートのボトムとフィニッシュのトップでは、可動域の限界に近い動きが要求されるからです。それに失敗したとき、どんな体勢でも落下するバーベルから咄嗟に身を守る必要がありますから、柔らかくないと怪我をします。

 ウェイトリフターの例からわかるように、カラダが柔らかくても、高重量が上がらないわけではない。

 一般の人がボディメイク狙いで行う筋トレでは、可動域の限界に迫るフォームで高重量を扱うことはありませんが、やはり柔軟性は高い方がいい。カラダが柔らかくフォームが余裕で取れる人と、硬くてフォームを取るのがやっとで余裕がない人を比べると、余裕度がある方が安全かつ効率的に筋トレが行えます。

 とくに胸椎の柔軟性が低いと胸や背中のトレーニングがやりにくいし、股関節に柔軟性が足りないと足腰のトレーニングがやりにくくなります。

 筋トレだけではなく、趣味レベルのスポーツパフォーマンスは、ストレッチで可動域を広げるだけで、想像以上にアップします。限界を感じているなら、筋トレに手を出す前に、ストレッチに励んでみるべき。ストレッチで可動域を広げたのち、筋トレでパワーをつけたら鬼に金棒です。

 子どもが柔道をやっている親御さんから、「どんな筋トレをすれば、強くなれますか?」という質問がよく寄せられます。技術をとことん突き詰め、筋力不足でできない技術があるなら、筋トレでより強くなれますが、技術を追求する前段階で「とにかく筋トレ!」という考えになるのは正しくない。それなら、筋トレより時間も体力も奪われないストレッチを普段より熱心に行い可動域を広げ、余裕のある可動域で技術を磨く努力をした方が強くなれる。筋トレ伝道師を自負する僕が、筋トレよりストレッチを薦める場面が最近増えました(笑)。

取材・文/井上健二 撮影/山城健朗

初出『Tarzan』No.793・2020年8月6日発売

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