• なぜIMGアカデミーではトップ選手が育つのか。日本にないものとは何か|米国スポーツ見聞録 vol.10
COLUMN
2019.08.01

なぜIMGアカデミーではトップ選手が育つのか。日本にないものとは何か|米国スポーツ見聞録 vol.10

ブルーにライトアップされたロッカールーム。プロさながら、集中してサッカーの講義を聴くIMGアカデミーの子供たち。
ブルーにライトアップされたロッカールーム。プロさながら、集中してサッカーの講義を聴くIMGアカデミーの子供たち。

錦織圭も在籍していた最高峰のスポーツ教育機関「IMGアカデミー」。そのアジアトップを務める田丸尚稔氏が、アメリカで実際に見た、聞いたスポーツの現場から、日本の未来を変えるヒントを考える。第10回は、いかに「環境」が人を育てるか。

IMGアカデミーには何があるのか。

マリア・シャラポワや錦織圭を育てたIMGアカデミーに、特別なメソッドはあるのか? これまで何度となく受けた質問である。特に日本からやってきたコーチやトレーナーなどスポーツのエキスパートたちと会った際に、何か魔法のような最先端のトレーニングがあって、それを行うと途端に世界で戦える選手になれるような、期待のようなものを少なからず感じることがままある。

確かにメソッドはある。例えば、テニス。アカデミーの創設者、ニック・ボロテリーが提唱する「ボロテリー・メソッド」というものがあり、テニスコートを5分割して、適切な動きやショットの考え方を示すものなのだが、しかし、それは基礎的なアイデアであって、トレーニングをすれば明日からアンドレ・アガシになれるわけではない。

さらに言えば、スポーツのトレーニングは日進月歩で“これがベスト”というものは常に存在しないし、アメリカが最先端かといえばそうとも限らない。これまで、日本国内にいながらにして幅広い知見を持った多くのコーチやトレーナーに会ってきたし、細かに作られたドリルや選手のケア方法など世界でも類を見ない素晴らしさに感嘆することだってあった。

IMGアカデミーには選手だけでなく、たくさんの指導者も世界中から訪れる。メディアが発達した時代だから、ビデオは手軽に撮れるし、それを発信したり持ち帰ったりするのも簡単だ。もし魔法のようなトレーニングがあったとして、それを世界中で行うことだってそれほど難しくないはずだ。ではなぜ、IMGアカデミーだからこそ人は育つのか。

環境は映像のように持ち帰れない。

日本にはないもの、あるいは日本には持ち帰りにくいものは何なのか。突き詰めると、それは「環境」ではないかと思い至った。

ある日、夏休みのキャンプに参加した、ボストンから来たという男の子が敷地内を走るトラム(電動で走る列車)に乗っていた時に「ディズニーワールドみたいで楽しい!」とテンションをやたらと上げていたのが印象的だった。東側と西側のキャンパスをつなぐ橋の両サイドは、ちょっとした自然保護区になっていて緑が生い茂っている。

トラムに乗って、その間を抜ける時は確かにテーマパークのような雰囲気になっていて気分がアガる。それ以外にも、フィジカルトレーニングを行うウェイトジムの壁一面にはアスリートたちの写真がでかでかとプリントされ、重低音が響く音楽がずっしりと鳴っていて、やる気を搔き立てる。

東京ドーム50個分にも及ぶ広大なIMGアカデミーの敷地内を走るトラム(電動列車)
東京ドーム50個分にも及ぶ広大なIMGアカデミーの敷地内を走るトラム(電動列車)

テニスのプログラムを見れば、毎週金曜の午後には試合形式の練習があって、そこではアップテンポの曲が大音量で流れていて、子供たちが楽しく真剣に勝負に挑んでいる(日本人コーチが、大好きな知念里奈の『DO-DO FOR ME』をかけていた時は、個人的にテンションが上がったけれど、外国の子たちは「?」という顔をしていた…)。

そして何より、環境を作るのは「人」だ。世界中から選手が集まり、場を作る。テンションが高まり、やる気は伝播していく。隣のコートを見れば、錦織圭のようなトップ選手がトレーニングをしていたりする。単に“憧れの選手と会える”ということではなく、同じ目線でボールの迫力を感じ、練習に対する真剣さを知り、自分との差をまざまざと見せつけられる環境は、実に刺激的だ。

スポーツのスキルを向上するにはトレーニングが大事である。しかし、それ自体にばかり目が行きすぎていないだろうか? どれだけいいトレーニングでも、モチベーションや集中力が低ければ、上達を促すことにはならない。たかが装飾、たかが音楽、たかが他人。スポーツには直接関係がないので侮りたくなるが、その効果は非常に高い。

トレーニングの質は「環境」で上げられる。

かの夢の国に足を踏み入れた時の感覚はわかりやすいかもしれない。ボストンの彼が言っていたようにテンションがアガる。一歩、その世界に踏み込めば、景色も音もキャラクターやキャストたちも相まって物語の中に入り込む。

アトラクションそのものも楽しいけれど、さまざまな視覚的、心理的な仕掛けが施され、外界と遮断された完璧な環境が、気持ちを“グググ”と引き上げて、楽しさを倍増してくれる。まるで魔法だ。

スポーツでも似たようなことが起こる。魔法のようなトレーニングはないけれど、環境が整えば魔法は発動する。IMGアカデミーには世界中の多種多様なライバルたちが集まり、55面のテニスコートが広大に並び、大胆な装飾と気持ちのよい音に囲まれたトレーニング環境で、人は育っている。

ちなみにディズニーワールドはIMGアカデミーから車で2時間程度のところにある。もう米国のフロリダに来てしまうのが何かと手っ取り早い気もするが、そこまで極端でなくとも、日本でやれることもあるだろう。

自分の目や耳が喜ぶ場所にいるだろうか。周りにいる人たちは、あなたの気持ちを高めてくれるだろうか。スポーツクラブでも職場でも学校でも、「環境」に着目すれば、成長を促すために、案外簡単にできることがあるかもしれない。

田丸尚稔(たまる・なおとし)

出版社でスポーツ誌等の編集職を経て渡米。フロリダ州立大学教育学部にてスポーツマネジメント修士課程を修了。2015年からスポーツ教育機関、IMGアカデミーのフロリダ現地にてアジア・日本地区代表を務める。


文/田丸尚稔
(初出『Tarzan』No.769・2019年7月25日発売)

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