ダイエットからメンタルまで。腸を整える6つのメリット
食物繊維を摂って腸が整えば、なんとなくいいことがありそうなのはわかる。でも、せいぜい太りにくくなるとかその程度でしょ?と思っていたら甘い。生活習慣病に、メンタルヘルス、運動パフォーマンス、アンチエイジングにいたるまで、想像以上にありがたい恩恵があるのです。
取材・文/井上健二 イラストレーション/岡田丈 取材協力/内藤裕二(京都府立医科大学大学院医学研究科教授)
初出『Tarzan』No.840・2022年8月25日発売
① 肥満・生活習慣病の予防
食物繊維で腸内環境を整えるいちばんのメリットは何なのか。ひと言で言うと、スリムでヘルシーになれるのが、何よりの利点。肥満と、そこから生じる生活習慣病の双方が回避できるのだ。
ポイントになるのは、短鎖脂肪酸。酪酸、酢酸、プロピオン酸である。(詳しくはこちらの記事:体にいいこと色々。腸内細菌が作る「短鎖脂肪酸」とは?)
腸内細菌が食物繊維を代謝すると、最終的に短鎖脂肪酸が生じる。ヒトにとってウンチが不要であるように、腸内細菌にとって短鎖脂肪酸は不要なもの。
だが、ヒトには必要で、短鎖脂肪酸を吸収すると、体内のエネルギー代謝が適正化される。低下した代謝を高める交感神経を刺激したり、余分な体脂肪を溜める脂肪組織の働きを抑えたりできるのだ。
太ってお腹に内臓脂肪が溜まる内臓脂肪型肥満に陥ると、全身の代謝が乱れて、糖尿病や高血圧などを併発するメタボリックシンドロームの危険度が上がる。メタボは、心臓病や脳卒中といった死に至る生活習慣病を招く、動脈硬化のリスクファクターだ。
念のために付記すると、動脈硬化とは血管が老化し、血液を運ぶ動脈の柔軟性が落ち、血液が詰まりやすくなった瀕死の状態である。
腸内環境が整い、短鎖脂肪酸でエネルギー代謝が最適化できたら、内臓脂肪は減り、お腹も凹む。それでメタボと動脈硬化が避けられたら、健康長寿への明るい道が拓ける。
② 免疫力アップ
カラダの玄関は口ではなく、腸管。外の世界とつながる腸管内は“外”で、腸管の外側が“内”。外敵が入ってこないよう、いわば国境にあたる腸管には多くの免疫細胞が集まる。
なかでも大切なのが、制御性T細胞という免疫細胞。免疫グロブリンA(IgA)を作らせる。腸管で作られたIgAは全身の粘膜に広がり、病原体の侵入をブロックする。
腸内細菌が作る短鎖脂肪酸のうち、酪酸はおもに腸管内で作用しており、制御性T細胞を増やしてくれる。
「日本で新型コロナの重症者や死者が他国より少ない“ファクターX”の有力候補は、日本人のお腹に酪酸産生菌が多いことではないかという意見もある。重症者も死者も比較的少ないのは、酪酸が誘導する制御性T細胞がIgAを作らせて、IgAがコロナの侵入を防いだことも考えられます」(京都府立医科大学大学院の内藤裕二教授)
また、新型コロナでは、免疫が暴走するサイトカインストームが起こると、重症化しやすい。制御性T細胞は免疫の暴走を抑えるので、サイトカインストームも避けられる。コロナ重症者では、酪酸を作るフィーカリバクテリウム属という腸内細菌が減っていたという報告もある。
酪酸が減り、制御性T細胞が活躍できないと、自らを誤って攻撃する自己免疫疾患が起こりやすい。その典型例がアレルギーや花粉症。思い当たる人はお腹を整えよう。
③ メンタルヘルス
脳腸相関という言葉をよく聞く。脳と腸は離れているが、連絡し合い、影響を与え合っているというのだ。脳腸相関で大きな役割を担うのが、迷走神経。迷走神経は、自律神経の副交感神経の一種。消化吸収を司るため、胃腸に広く分布する。
神経を構成する神経線維には、脳から末端へ情報を伝えるものが多い。だが、迷走神経の神経線維の多くは、逆に末端から脳へ情報を伝えており、メンタルに深く関わると考えられる。
たとえば、うつ病の患者には、下痢や便秘などでお腹の調子が悪い人も少なくない。うつ病だと、状況次第で悪玉にもなるバクテロイデス属に分類される腸内細菌が増えたり、酪酸を作るフィーカリバクテリウム属が少なくなったりしていることも判明している。
お腹の不調が、うつ病に影響することも考えられそうだ。脳でドーパミンという神経伝達物質が減る難病、パーキンソン病でも、腸との関わりが指摘されている。
「パーキンソン病には震えなどの中核症状がありますが、それに先立ち、便秘などお腹の不調が表れるケースもある。また、胃潰瘍治療のために迷走神経を切る手術を行うと、パーキンソン病の発症率がかなり低減することも知られています」
パーキンソン病に関わるα-シヌクレイン、アルツハイマー病に関わるタウタンパク質は腸内で作られて、脳へ運ばれるという説もある。近い将来、腸内環境を介し、脳を整える方法が見つかることに期待したい。
④ カラダづくり
「筋肉をつけたいならタンパク質を摂れ」が長年の合言葉だったが、今後は「筋肉をつけたいなら食物繊維を摂れ!」に変わるかもしれない。鍵を握っているのは、胆汁酸だ。
胆汁酸は、肝臓が分泌する胆汁に含まれる。その約95%は小腸で吸収されて肝臓でリサイクルされるが、残りは大腸で腸内細菌が代謝する。
肝臓が分泌する胆汁酸は、アミノ酸のグリシンかタウリンと合体した「抱合型」だが、腸内細菌はこのカプセルを解きほぐし、利用しやすい二次胆汁酸に変える。二次胆汁酸を他の胆汁酸に変える菌もいる。
「二次胆汁酸が大腸がんを起こすという話もありますが、それは間違い。カラダのあちこちにTGR5という胆汁酸の受容体があり、むしろ胆汁酸が来るのを待ち構えています。骨格筋(筋肉)もその一つ。骨格筋のTGR5が胆汁酸をキャッチすると、筋肥大の遺伝子のスイッチが入り、筋肉の合成が促されるのです」
腸内細菌は胆汁酸の代謝で重要な役割を果たしており、その栄養源として食物繊維が不可欠というワケ。腸と筋肉の関わりは他にもある。
「筋肉の合成ばかりに目が行きがちですが、分解が亢進したら筋肉は肥大するどころか、減ります。食物繊維が足りないと腸管のバリア機能が崩壊し、炎症を促す物質が侵入しやすい。それで慢性炎症が起こると、筋肉の分解を進めるスイッチが入ってしまうのです」
⑤ 運動パフォーマンス
アスリートの子どもが、アスリートとして大成するケースは多い。その理由には、筋肉の質の高さや運動を好む生活環境といった要因も挙げられるが、腸内細菌が一枚嚙んでいる可能性もある。腸内細菌は運動パフォーマンスにも影響するからだ。なかでも注目なのは、持久力。
ボストンマラソン出場者の腸内細菌を調べたところ、ベイロネラ属という腸内細菌が多いランナーのタイムが良かった。
マラソンのような持久的な運動を続けると、筋肉で作られた乳酸が溜まる。ベイロネラはこの乳酸から、プロピオン酸という短鎖脂肪酸を作る。プロピオン酸は筋肉のエネルギー源にもなるので、ベイロネラが多いと持久力は高まり、ゴールタイムも良かったのだろう。
日本人で持久力を左右するのはベイロネラ属ではなく、バクテロイデス属のようだ。これは慶應義塾大学の福田真嗣特任教授らの研究で明らかになった話。大学駅伝選手と一般人の腸内細菌を比べると、駅伝選手にはバクテロイデス属が多かったという。バクテロイデス属が作る短鎖脂肪酸もエネルギー源になるのだ。
ただし、両親がアスリートでなくても、悲観するのはまだ早い。福田先生の研究では、一般人にバクテロイデス属のエサとなる食物繊維を摂ってもらうと、8週間でその菌が増加。10km自転車走のタイムが約10%速くなったという。パフォーマンスアップのためにも腸を大切に。
⑥ アンチエイジング
日本の100歳以上の百寿者数は、約8万人と世界トップクラス。なかでも、人口当たりの百寿者が全国平均の約3倍という長寿の町が、京都府の京丹後市。その謎を解くべく、京都府立医科大学は、京丹後市に住む65歳以上の住民を対象とした「京丹後長寿コホート研究」を進める。
この研究で明らかになったのは、京丹後市の高齢者は、全粒穀類、イモ類、海藻類、豆類などをよく食べ、水溶性食物繊維の摂取量が多いこと。腸内フローラを調べると、発酵性の高い水溶性食物繊維を好み、酢酸や酪酸といった短鎖脂肪酸を作る腸内細菌が多く棲むとわかった。
前述のように、短鎖脂肪酸は疾病リスクを下げ、酪酸は免疫力を底上げする。
アンチエイジングのため、誕生日に1歳ずつ歳を重ねる暦年齢以外に、老化度を反映する“生物学的年齢”を知ろうという試みも盛んだ。そこでも、腸内細菌は一翼を担いそう。
「欧米諸国では、DNAがどの程度傷ついて“メチル化”したかを生物学的年齢の指標とする試みが進んでいます。ただ日本では、個人のDNAを読むことに法的規制があるので、その方法は使いにくい。
そこで私たちは、腸内細菌とその代謝物から、生物学的年齢を探る“腸年齢時計”の作成を試みています。メチル化の背後に慢性炎症があり、慢性炎症に腸内環境が関わるからです」
腸内環境で生物学的年齢が把握できるようになれば、自分に合ったアンチエイジング法がわかるはずだ。