なぜ深い呼吸で心落ち着く? 自律神経と呼吸の関係
人が意識的に自律神経をコントロールできるのは呼吸のみ。すなわち、呼吸を自由に扱えれば、これほど頼もしいことはない。今回は、呼吸の仕組みから自律神経との繋がりを紐解き、呼吸によって自律神経をコントロールできるメカニズムを解説。
取材・文/井上健二 イラストレーション/AZUSA OKUMURA 取材協力/根来秀行(ハーバード大学医学部客員教授、医師・医学博士)、赤井利奈(アメリカンクリニック東京、医学博士・公認心理師)
初出『Tarzan』No.858・2023年6月8日発売
呼吸と自律神経の繋がりとは?
私たちは1分間に12〜20回、1日2万回以上の呼吸を行う。この“呼吸”こそが、自律神経を整えるうえでとても重要な役割を果たしている。
睡眠時も止まらないことからわかるように、呼吸は無意識で行うことが可能だ。それをコントロールしているのが、他でもない自律神経。息を吸うときは交感神経が優位に、吐くときには副交感神経が優位になる。
ヨガやピラティスで深呼吸をするときは、意識しながら呼吸をするだろう。呼吸に関わる呼吸筋は、筋トレで鍛える胸の大胸筋などと同じく、自らの意思で動かせる随意筋。随意筋は、自律神経ではなく、運動神経によってコントロールされている。
このように無意識下でも行えるし、意識しても行えるのが、呼吸の面白いところ。このユニークな特性を活用すれば、乱れた自律神経のバランスがうまく整えられるのだ。
「呼吸筋のなかでも、中心的な役割を果たしているのが横隔膜。横隔膜は随意筋ですが、運動神経だけではなく、自律神経も張り巡らされています。吐く息を意識した深くゆったりした呼吸で横隔膜を十分に動かしてやると、副交感神経が優位になりやすいのです」(ハーバード大学医学部客員教授の根来秀行さん)
まずは呼吸の仕組みを知っておこう
そもそも呼吸とは、酸素と二酸化炭素を交換する仕組みのこと。それには、大きく2つの役割がある。
1つ目は、大気から酸素を取り込み、体内の二酸化炭素を放出するもの。これが「外呼吸」。もう一つは、細胞に酸素を送り、二酸化炭素を運び出す「内呼吸(細胞呼吸)」。自律神経が関わるのは、おもに外呼吸だ。
外呼吸の主役は、左右1対の肺。肋骨や胸椎などからなる「胸郭」という鳥カゴのようなフレームに収められている。肺が膨らむと内圧が下がり、酸素を多く含む空気が肺に入る。そして、肺が元に戻って縮むと、内圧が上がり、二酸化炭素を多く含む空気が肺から外へ出ていく。
しかし、肺自体は風船のようなものであり、自ら膨らんだり、縮んだりはできない。そこで活躍するのが、前述の呼吸筋。胸郭の底をドーム状に覆う横隔膜の他にも、肋骨につく肋間筋などがある。
息を吸うときには横隔膜が収縮して下がり、胸郭が拡大。同時に、肋骨につく外肋間筋が胸郭を引き上げながら広げる。息を吐くときには横隔膜が緩んで上がり、胸郭が縮小。同時に、外肋間筋の内側にある内肋間筋により、胸郭は下がりながら狭くなるのだ。
胸郭の動きに応じて肺は伸縮し、外呼吸を行っている。息を吸うときはドーム状の横隔膜が収縮して下がり、外肋間筋と協力して胸郭のスペースを広げる。
一方、息を吐くときは横隔膜が緩んで上がり、内肋間筋と協力して胸郭が狭まる。呼吸筋が緩むと肺は自然に元の形に戻るので、安静時には息を吐くのに特別な努力は不要である。
意識的でも無意識でもない第3の呼吸
すでに触れたように、呼吸には自律神経による「無意識の呼吸」と、運動神経による「意識的な呼吸」という2つのタイプがある。
ところが、それ以外にも“第3の呼吸”と呼べる呼吸がある。
「それが“情動呼吸”。緊張や不安といった情動(感情の動き)と連動する呼吸です」(心理師でアメリカンクリニック東京の赤井利奈さん)
びっくりすると息が止まるし、緊張すると呼吸は浅く速くなる。逆にリラックスすると呼吸は深くゆったりしてくる。これが情動呼吸。おもに呼吸数の変化として表れる。
自律神経による無意識の呼吸と情動呼吸はシンクロしながら行われているが、それぞれのコントロールタワー(中枢)が異なる。無意識の呼吸の中枢は、脳幹の延髄と呼ばれる場所にある。脳幹は、生きるために必要な機能を司る。情動呼吸の中枢は、大脳辺縁系の扁桃体という場所にある。その名の通り、アーモンド(扁桃)のような形をした神経細胞の集まりである。
情動が変化すると呼吸は変わるが、呼吸が変わると情動も変化する。つまり、意識して深くゆったりした呼吸を心がければ、不安や緊張が取れて気持ちは自然に穏やかになるのだ。
過呼吸から脱するにはどうする?
ネガティブな情動が起こす困った呼吸に、過呼吸(過換気症候群)がある。発端は、不安や緊張などから、情動呼吸で発作的な息苦しさを感じること。それを打破したいと必死に呼吸しようとすると、交感神経のスイッチが入って浅く速い呼吸を繰り返すようになる。過呼吸だ。
「ストレスや不安を感じやすいタイプがなりやすい。女性に多いと考えられてきましたが、最近では男性の相談者も増えています」(赤井さん)
過呼吸だと入る酸素に比べ、体外へ出ていく二酸化炭素が増える。結果的に血液中の二酸化炭素濃度が下がり、本来は中性の血液がアルカリ性に傾くアルカローシスという状態に。それがしびれや震えを起こし、脳の血管が収縮して失神することも。また、二酸化炭素濃度が下がると、吸った酸素を細胞に供給しにくくなり、内呼吸も滞る。
過呼吸から脱するにはどうするか。
過去には、不足した二酸化炭素を補うため、両手や紙袋などで口を覆い、二酸化炭素濃度が高い自分の呼気を吸う方法(ペーパーバッグ法)が推奨されていたが、窒息の危険があるので今はNG。ゆっくり息を吐くことに集中すれば、気分が落ち着いて過呼吸は徐々に解消される。