体幹トレってなんのため? 体幹作りの“意味”がわかる9つのキーワード
今や当たり前のように使われる「体幹」という言葉。実は、初めて注目を浴びたのは今から10年以上も前の話。そこで、今回は最新の研究成果でわかってきた“体幹のいま”を知るために9つのキーワードをご紹介。これを読めば、不調なく、快適に過ごせるハイスペックなカラダに、いかに体幹作りが重要かがご理解いただけるはず。
取材・文/井上健二 イラストレーション/uca di Battista 取材協力/金岡恒治(早稲田大学スポーツ科学学術院教授)、友岡和彦(CREED PERFORMANCE)、川谷 響(マンマビレッジ代表パーソナルトレーナー)
初出『Tarzan』No.857・2023年5月25日発売
目次
キーワード① モーターコントロール
体幹作りのゴールは? そう聞かれたら何と答えるべきか。バランスボールから落ちないように器用に姿勢を保つ? 両肘と爪先でうつ伏せ姿勢を保つプランクを1分以上続ける? どちらも体幹作りには一役買うけれど、ボールにうまく乗ったり、プランクをできるだけ長くキープできたりすることが、体幹作りのゴールではない。
「体幹作りの目的をひと言で表現するなら、背骨のモーターコントロールを高めることです」(早稲田大学スポーツ科学学術院の金岡恒治教授)
モーターコントロールとは、関節が負担なく動ける「ニュートラルゾーン」内で動けるように、筋肉で制御する仕組み。関節には、各々ニュートラルゾーンがあり、それを大きく超える動きに備えて構造的なロック機能を持つ。おかげで、たとえば肘や膝は180度以上開かないのだ。
でも、モーターコントロールが低下し、ロック機能に毎度頼りすぎたり、動きやすいところばかりで動いたりすると、特定の筋肉や靱帯などにダメージが蓄積。腰痛や肩こりといった不定愁訴を招きやすい。
モーターコントロールの鉄則は、骨格に近い深層筋(インナーマッスル)で関節を安定させて、馬力のある浅層筋(アウターマッスル)で関節をパワフルかつダイナミックに動かすこと。体幹作りの古典でもあるヨガやピラティスも、煎じ詰めると背骨のモーターコントロールを高めるためのエクササイズにほかならないのだ。
キーワード② 腹横筋
体幹と体幹作りが世界的に脚光を浴びるきっかけになった筋肉がある。それが腹横筋。
「1990年代に、オーストラリアの理学療法士ポール・ホッジスが、腰痛の予防と改善に果たす体幹の腹横筋や多裂筋などの重要性を指摘して以来、腹横筋などを鍛える体幹作りの必要性が世界に広まった経緯があります」(金岡先生)
腹横筋は、腹筋群の深層にあり、コルセットのように体幹を取り巻く。さらに、筋膜(胸腰筋膜)を介して、全部で5つある腰椎の一つひとつとリンクする。
また、腰痛持ちでは、腹横筋の活動(発火)が、他の腹筋群と比べて遅く、モーターコントロールが乱れる傾向がある。腹横筋は、息を吐くと動きやすい。重たい物を持つとき、「どっこいしょ」とつい言うのは、息を吐いて腹横筋を先に働かせようという本能的な行いなのだ。
運動不足だと、筋肉は30代以降、年1%の割合で衰えるといわれる。でも、意外にも、腹横筋は、高齢者が寝たきりになるまでほとんど衰えないという特徴がある。
「ただじっと坐っているだけでも、背骨を支えるために腹横筋は密かに使われています。使われているからこそ、それだけ衰えにくいのです」
衰えにくくても、腹横筋が思い通りに使えなければ、宝の持ち腐れ。腰痛の予防&改善にも、パフォーマンス向上にも役立たない。求められるのは、腹横筋にも効くモーターコントロールエクササイズとしての体幹作りだ。
骨盤後傾時の体幹・下肢筋活動量
ドローイン時、立位で骨盤を後傾させた際、体幹と下半身の筋肉の活動量を調べたもの。腹横筋の活動量が、他の筋肉と比べて突出して大きくなっていることがわかる。
キーワード③ 呼吸と腹腔内圧
体幹作りにおすすめなのがドローイン、ブレーシング、IAP呼吸法の3つ(詳しくはTarzan Webの記事:「体幹のインナーマッスル」を刺激する3つの呼吸)。なぜ、この3つの組み合わせが有効なのか。その理由はそれぞれ体幹に対して異なる作用があるから。
まず、初めに登場したのは、体幹作りの代名詞的な存在であるドローイン。ヘソを内側へ引き込むように、腹から深く長く息を吐き切る呼吸法だ。前述のホッジスらが、腹横筋を優先的に働かせる腰痛改善のエクササイズとして推奨したことから、世界的なブームとなった。
だがその後、ドローインの課題もわかってきた。
第1に、ドローインしたまま動き続けるのは困難だ。第2に、ドローインで腹を凹ますと体幹は細くなる。樹木の幹が細いと倒れやすくなるように、体幹がドローインでスリムになりすぎると、安定性はダウンする。
「ドローインは、体幹の深層の筋肉をアクティベーション(活性化)させて、内側から背骨を安定させます。それに対して、バイオメカニクスを専門にするカナダのスチュワート・マギルらが提案したのが、ブレーシング。ブレーシングでは、体幹の深層&浅層の筋肉を総動員し、一時的に息を止めて体幹の剛性を高めることを目指しています」(日本人初のメジャーリーグヘッドストレングスコーチとして活躍した友岡和彦さん)
続いて近年登場したのが、IAP呼吸法。IAPは「Intra-Abdominal Pressure」の略。腹腔内圧つまり腹圧のことであり、体幹の深層筋によって腹圧を高めて、体幹を円柱状に膨らませて安定させるのが狙いだ。
キーワード④ フィードフォワード機構
キーワードを見た多くの人は、「フィードバックなら聞いたことはあるけど、フィードフォワードって何?」と思うだろう。でも、使える体幹を手に入れるためには、フィードフォワードは忘れてはならない言葉である。
フィードバックとは本来、システムから外部に出力された信号が、元のシステムに戻って制御すること。そこから、「意見や反響を生かす」という一般的な使い方が生まれた。カラダ作りでも、フィードバックは大切。たとえば、鏡を見ながら筋トレをする際、フォームの乱れをチェックしながら修正するのが、フィードバックだ。
ところが、もっと速い反射的な運動だと、フィードバックする時間的な余裕がない。そこでカラダに備わるのが、フィードフォワード。あらかじめ運動の制御に必要なプログラムを予測し、脳にインプット。フィードバックに頼らず、正確かつ負担のない運動を成功へ導く。
では、体幹におけるフィードフォワードとは?
「それは、背骨につく腹横筋などのインナーが先に活動し、やや遅れて内・外腹斜筋や腹直筋といったアウターが活動するプログラムを指します」(金岡先生)
立ち幅跳び時の腹筋群の活動開始時間
立ち幅跳びを行った際、最後に爪先が離れた時間を基準として、インナーの腹横筋とアウターの外腹斜筋、腹直筋の活動状態を調べたもの。腹横筋が先に働いている。
インナーで背骨がしっかり安定していれば、アウターで動いても腰などにかかる負担は減り、軸をブラさずに大きく正確な出力ができる。腰痛やスポーツ障害に悩む人の多くは、このフィードフォワードがきちんと働いていない。その再教育も体幹作りの狙いの一つ。
キーワード⑤ DNS
陸上競技でDNSといえば「棄権(Did Not Start)」の略語だが、体幹業界ではDNSは「動的神経筋安定化(Dynamic Neuromuscular Stabilization)」の頭文字を取ったもの。チェコの理学療法士パベル・コラージュらが発案したリハビリテーションメソッドである。
DNSがヒントを得ているのは、生まれたばかりの赤ちゃんが、独りでに姿勢や動きのコントロールを習得するプロセス。専門的には「発達運動学」の一分野だ。
赤ちゃんは、水分と脂肪の塊のようなもの。大人と比べると、カラダを支えて動かす筋肉のボリュームはかなり少ない。それでも赤ちゃんは重たい頭を支えながら、寝返りを打ち、ハイハイをして、つかまり立ちができるようになり、最終的には立ち上がって歩き始める。
「赤ちゃんは、中枢神経の成長とともに、生まれてから1年ほどかけて、姿勢の制御や動き方をマスターします。体幹を上手に活用しながら、背骨を安定させることを覚えて、寝返り→ハイハイ→つかまり立ち→立って歩くという長足の進歩を遂げるのです。そこで鍵を握る役割を果たすのが、呼吸を通じた腹腔内圧の調整機構です」(パーソナルトレーナーの川谷響さん)
赤ちゃんのときは、誰でも本能的に体幹が使えていたはずなのに、大人になって筋肉が発達してくるとそれを忘れ去り、自然に備わっていたモーターコントロールが崩れる。それは、カラダのあちこちにトラブルを起こす引き金となる。
キーワード⑥ マッスル・シナジー
ヒトのカラダは、300個以上の関節を、400以上の筋肉が動かしている。歩く、走る、階段の上り下りといったシンプルな動きも、複数の関節と筋肉がスムーズに協調しながら働いているおかげなのだ。
違う動きをするたびに、脳からいちいち指令を出し、多くの関節と筋肉を順序よく稼働させるのは大変だ。そこで脳は、よく使う関節と、それを動かしたり支えたりする筋肉の組み合わせパターンを事前に記憶。そのパターンの使い分けにより、モーターコントロールを効率的に進める仕組みがある。
なかでも、同時にセットで働く筋肉の組み合わせは「マッスル・シナジー」と呼ばれる。シナジーとは“協調”という意味である。体幹の筋肉は、背骨の安定にも稼働にもダイレクトに関わっているから、多くのマッスル・シナジーで中心的な働きを担っている。
「たとえば、前述のように重たい物を持ち上げる際、“どっこいしょ”と息を吐きながら腹横筋が働くときは、床を両足で踏ん張り、両腕に力を伝えています。これもマッスル・シナジーの一例です」(金岡先生)
だが、浅い呼吸や坐りっぱなしなどの理由で体幹を使う機会が激減すると、体幹が関わる運動パターンの出番も減り、マッスル・シナジーは正しく作動しなくなる。それでフォームが乱れたり、特定の場所にダメージが集中したりすると、スポーツ障害につながるのだ。
キーワード⑦ スパイナル・エンジン
体幹の背中側を貫く背骨は、大黒柱にたとえられる。背骨はカラダを支える肝心要の骨格。同じように大黒柱は家屋を支えるいちばん大切なパーツだからだろう。でも、このたとえは、必ずしも背骨の特徴を正確に捉えていない。むしろ背骨=大黒柱という表現は、ちょっとした誤解を招く恐れだってある。
建物を支えている大黒柱は、微動だにしないものだが、背骨はしなやかに稼働するべき。建物にはたとえ大きな地震が来ても、じっと動かないことが要求されるけれど、対照的にカラダは必要とあればいつでも望み通りに動かせることが求められるからだ。
「スポーツトレーニングにおける体幹作りの主眼は、背骨を思い通りに動かすこと。トップアスリートほど、背骨がよく動くのです。背骨(スパイン)がパワーを存分に出すエンジン役となることから、“スパイナル・エンジン”と呼ぶこともあります」(友岡トレーナー)
運動指導の現場では“手投げ”や“手打ち”を戒め、「背中から腕を使え」とか「ヘソから脚が生えていると思え」といったガイダンスが盛んに行われている。これは体幹≒背骨から、末端の手足へ運動エネルギーを効率よく伝えることの大切さを表現したものにほかならない。
安定したいときはブレずに安定できるし、動きたいときは負担が分散できるように背骨を偏りなく駆使しながら動ける。そんな臨機応変な体幹が理想なのである。
キーワード⑧ 過緊張
現代人の多くは、フィードフォワードもマッスル・シナジーもうまく使えなくなり、アウターマッスルを使いすぎた結果として腰痛や肩こりといった不定愁訴、ランナーズニーなどのスポーツ障害に悩まされている。
なぜそんな悲劇が起こるのか。悪いのはコロナ禍で拍車がかかった運動不足か、それによる体力の低下か。
「それも多少あるかもしれませんが、いちばん大きな要因は、現代人が常時ストレスに晒されて過度に緊張しているからでしょう」(金岡先生)
ストレスがあると、自律神経のうちでも交感神経が優位となり、呼吸が浅くなって、深い呼吸に関わる体幹のインナーが働きにくくなる。
加えて、本来ならアウターより先にインナーが働くフィードフォワードが作動すべきだが、緊張下ではこのメカニズムが崩壊。逆に、インナーより先にアウターが働きやすくなりやすい。これではモーターコントロールが崩れるので、カラダの細かい制御(巧緻性)が失われるケースも少なくない。
「アスリートたちは、オリンピックなどの大舞台で平常心を失うと、せっかくの実力が発揮できなくなります。その背景の一つには、過緊張によるモーターコントロールの乱れがあると考えられます」
忙しく緊張感が強いときほど、肩こりや腰痛がひどくなりやすい一因も、体幹の乱れにありそう。体幹のインナーを動かしながらほぐし、心身をリラックスへ誘おう。
キーワード⑨ 脳の可塑性
体幹作りが働きかけるのは、筋肉だけではない。筋肉の動きは、脳が司っている。体幹と手足のモーターコントロールやマッスル・シナジーを活性化するには、筋肉と脳のリンクの強化も不可欠だ。
英語に「Use it or Lose it.」という表現があるように、筋肉は使わないと衰えるが、使うほど発達する。それは、脳も同じ。使えば使うほど活性化していく。これは「脳の可塑性」と呼ばれている。脳を構成している神経細胞が新たなネットワークを作り出し、生まれ変わることを意味する言葉だ。
体幹作りでは、筋肉への刺激で脳の可塑性を引き出し、カラダの使い方を根本から変えられる。
筋トレで筋肉を肥大させるには、最低でも3か月ほどかかる。でも、体幹作りでは、体幹の腹横筋や多裂筋などのインナーマッスルを分厚くする必然性はない。筋肉と脳のリンクが強化できたら、それでOK。個人差はあるが、早い人は1週間ほどで体幹が使えるようになったという自覚が得られる。
なかでも、運動神経が発達する9〜12歳前後の「ゴールデンエイジ」に多彩な運動経験をしていた人は、脳の可塑性のポテンシャルが高く、体幹作りの効果も早く出やすい可能性がある。
むろん、子どもの頃はインドア派だったタイプも、地道に続ければ、遅かれ早かれ成果は着実に出る。なぜなら、筋肉と同じように、脳は刺激すれば一生成長し続けるからだ。