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ウォーキングでは物足りなくなってきて、これからランを始めたい人におすすめしたいのが「ランニングエコノミー」の考え方。歩きからランへの移行で焦りは禁物。気合を入れると空回り、焦って走ると頑張る、無理をする。その先に見えるは、おなじみ三日坊主だ。楽しくランを続けるためにはランニングエコノミーを知っておこう。まずはその基礎理論を解説する。
目次
歩くことが習慣になり、スピードが徐々に上がってきたら、走りたくてウズウズしてくるはず。そろそろランナーデビューする好機だ。実際、ウォーキングとランニングで消費するエネルギーは、時速7km前後で逆転する。そこを境に、歩くよりも、走る方がラクになるのだ。だから、歩く速度を速めると、助走を終えた飛行機がふわりと離陸するように、自然体でランへ移行できる。
ウォーキングからランへ切り替えるとき、知っておくとお得なキーワードがある。それが、「ランニングエコノミー(ランニングの経済性)」。略してランエコだ。
「ランエコは、ある速度で走ったときの体重1㎏当たりのエネルギー消費量、または体重1kg当たり、距離1km当たりのエネルギー消費量で表されます」(電気通信大学教授で、同陸上競技部監督の岡田英孝さん)
つまり、ランエコとは、ランナーの燃費のようなもの。
エコカーのようにランエコが高く、より少ないエネルギーで走れたら、長く走っても疲れない。
ラン=辛いという苦手意識があったり、三日坊主で終わったりする人の多くは、ランエコが悪すぎる。ビギナーが無理なくランを続けるために重要なのは、ランエコを学び、ランエコの高いラクな走り方をマスターすることだ。
何がランエコを決めるのか。それを詳しく知るために、運動を因数分解してみよう。ランを含む運動を分析すると、次の3ステップがある。
ステップ1では、運動するためのエネルギーを生み出す。運動の主役となる筋肉では、ミトコンドリアで酸素を介して代謝エネルギーを生む。通常、1Lの酸素消費で約5キロカロリーのエネルギーが発生する。
ステップ2では、筋肉が生んだ代謝エネルギーを力学的エネルギーに変換する。ヒトは動くとき、筋肉を収縮させて関節を動かしている。そこで生まれるのが、力学的なエネルギーである。
「代謝エネルギーのうち、力学的なエネルギーに変換されるのは30%前後。残りは熱などで発散されています」(岡田さん)
ステップ1→ステップ2が、どれだけロスなく行われたかを、専門用語で「効率」と呼ぶ。
ステップ3は、力学的なエネルギーを用い、本人が望む運動(運動課題)を行う。ランなら、着地時の反発力を利用しながら、ぐんぐん前進することだ。これはよりカジュアルに「パフォーマンス」と言い換えられる。
ステップ2→ステップ3が、いかに無駄なく進められたかを、専門用語で「有効性」と言う。
以上、3ステップでの効率と有効性を掛け合わせたものが、ランエコ(経済性)。具体的には、代謝エネルギー当たりのパフォーマンス(ランなら走れる距離や速さ)で示されるのだ。
ランエコの良し悪しを決めるのは、ステップ1→ステップ2の「効率」と、ステップ2→ステップ3の「有効性」。
第一に、効率は筋肉の収縮様式で変わる。おもな収縮様式には、筋肉が縮みながら力を出すコンセントリック収縮と、筋肉が引き伸ばされながら力を出すエキセントリック収縮がある。
「エキセントリックは、コンセントリックの約3分の1の代謝エネルギーで済む。ランでは、着地時はエキセントリック、それ以外ではコンセントリックがメイン。下り坂ではエキセントリックが多くなるため効率は上がり、上り坂ではコンセントリックが多くなるので効率は下がる。このように走る路面の起伏に応じて効率は変わります」(岡田さん)
その他、着地時にアキレス腱により多くの弾性エネルギーを貯めるバネを活かした走りができたら、効率は向上する。
有効性では、蛇行などでエネルギーを浪費せず、カラダの上下動や左右のブレを抑えて走るスキルの有無が問われる。上半身、体幹、下半身の各パーツをタイミングよく用い、合理的なフォームで走れるほど、有効性はアップするのだ。
「ランエコを手軽に高めるなら、筋肉や腱、コースが関わる効率を上げるより無駄の少ないフォームを身につけて有効性を上げる方が近道といえるでしょう」(岡田さん)
赤ちゃんは、言葉が通じないうちから(つまり親から教わらないで)独りでに立ち、歩き、ほどなく走り回る。これは、自己組織化と呼ばれる現象の一つ。外部から指示がなくても、自動的&自律的に秩序正しい動きが形作られることを指す。
「カナヅチがプールに落ちると、最初はもがいて溺れそうですが、何回も繰り返すと浮けて、そのうち泳ぎ始める。ランでも走り続けるうち、自己組織化で勝手に有効性が上がり、ある程度まではランエコも高まります」(岡田さん)
自己組織化の動機付けは、苦しさ=エネルギー消費の浪費を避けたいという本能。試行錯誤するうちに、動きの無駄が自ずと削ぎ落ちて洗練され、ランエコはアップする。時速7km前後で歩く→走るに変わるのも、自己組織化のなせるワザだろう。
自己組織化でランエコを上げるなら、苦しさを我慢しないで、頑張りすぎない姿勢が肝心。頑張りすぎると力みが生じ、動物本来の自己組織化を邪魔して有効性が下がる。力を抜いて走り、気軽にランエコを上げよう。
頑張らないでランエコを上げるコツは超簡単。ゆっくり走ればいい。実力以上のペースで速く走るとランエコは落ちるのだ。力まずゆったり走る上限ペースはニコニコペース。隣の人と笑って会話できる速さである。
ニコニコペースを超えると、体内でマイナスの変化が起こる。
ランのおもなエネルギー源は、糖質と脂質。ペースが遅いと脂質の利用率が高く、速くなると糖質の利用率が上がる。速く走りすぎて糖質の利用率が急増すると、代謝物質の乳酸が溜まり始める。このポイントが乳酸性作業閾値(LT)。ニコニコペースはLTの手前だ。
乳酸が疲労を起こすわけではないが、頑張りすぎてLTを越えると疲労が募り、フォームの乱れやエネルギーロスが連鎖的に発生。効率も有効性も悪くなり、ランエコはダウンする。
LT未満のペースなら楽勝だし、毛細血管が増え、酸素を介してエネルギーを生むミトコンドリアの機能が高まる。初心者の場合は、それにより筋肉などに酸素を供給する最大酸素摂取量がアップ。スタミナも上がる。
スタミナがつくと、同じペースでも前より呼吸がラクに感じるようになり、ニコニコペースが上げられる。この好循環で走力は右肩上がりで向上するのだ。
走るスピードを決めるのは、ストライドとピッチ。ストライドは1歩で進む距離(m)。ピッチは1秒間の歩数(歩/s)。ゆえにストライド×ピッチで、速度(m/s)が決まる。
ストライドとピッチは速度で変わり、最大速度の60〜70%まではストライドの伸びが大きく、ピッチはあまり増えない。そこを超えるとストライドは頭打ち。ピッチの増加で速くなる。
では、ランエコを高めるためのストライド&ピッチとは?
「ピッチには、その人に合った最適解があり、それより低くても高くてもランエコは低下します。自分の自然なリズムで走るのが正解。無理なく速く走りたいと思ったら、ピッチを無理に速めるのではなく、股関節を使い、力まない範囲でなるべく大きなストライドを心がけて」(岡田さん)
続いて着地はどうか。前足部から着地するフォアフット着地が注目されているが、ランエコ的には何が正しいのだろう。
「速度が上がるほど着地は前方になりますが、フォアフット着地をしたから勝手に速くなるわけではない。フォアフット着地はふくらはぎなど局所に疲労が溜まりやすく、技術的にも難しい。着地は気にせず、ピッチと速度に応じて自然体で着地すれば、ランエコも良くなります」(岡田さん)
ランエコに詳しくなったとしても、走り出さなかったら絵に描いた餅。いよいよ、ランを習慣化する実践法に触れよう。一般学生への指導経験も豊富な岡田先生が薦めるのは、ニコニコペース以下を守りながら、今日できる時間だけ走ること。
「距離を決めると速く走りたくなり、無理してランエコが下がりがち。時間を決めると速く走る意味がなくなり、リラックスできてランエコも上がります」(岡田さん)
今日できることはきっと明日もできるから、頻度は週4〜5回と多めに。時間が短めなので、頻度も少なすぎると走力は上がりにくく、成長を感じづらくてランを続ける意欲が保ちにくい。
仮に1回10分なら今日走れると思ったら、当初は1回10分×週4〜5回走る。慣れて余裕が出たら、4〜5回のうち1回でいいから、時間を延ばそう。
初心者が、走る時間≒距離を延ばす際は、欲張らずに5分くらいずつ小刻みに延長すべき。その調子で10分→15分に延ばすセッションを少しずつ増やすと、やがて1回15分×週4〜5回のランができるようになる。
こうやって走る時間を地道に少しずつ延長していこう。1回20〜30分×週4〜5回のランがこなせたら、胸を張ってランエコ印のランナーと名乗れる。
取材・文/井上健二 撮影/小川朋央 スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/村田真弓 取材協力・監修/岡田英孝(電気通信大学教授・陸上競技部監督)
初出『Tarzan』No.828・2022年2月24日発売