「ランニングエコノミー(ランニングの経済性)」とは走る際の効率のこと。少ないエネルギー消費で、長く、早く走れる=ランニングエコノミーが高ければ、走ることへの苦手意識も克服できるはず。この記事では、楽しく効率的に走るためのトレーニングを紹介する。準備ができたら、肩の力を抜いて街へと飛び出そう。
見直すべきはフォーム
走りの有効性を引き上げ、ランニングエコノミー(ランエコ)を高める鍵を握るのが、カラダの使い方。いわゆるフォームだ。
まず、経済性の高いフォームを実現するポイントをチェック(下イラスト参照)。それをオールクリアするためのドリルを5つ紹介しよう。
フォームのポイント&関連するドリル
- 前傾姿勢をブレさせない|ドリル①/③
- 左右へのブレを抑える|ドリル②
- 上下動を抑える|ドリル③/④
- カラダを潰さない|ドリル①/③
- 股関節からしなやかに動く|ドリル②
- 重心の真下に着地する|ドリル①
- 足首や膝の屈伸を使わない|ドリル①/②
- 着地した足に乗り込む|ドリル④
- 弾むように着地する|ドリル⑤
- 上半身と下半身を連動させる|ドリル④/⑤
これから紹介するドリルは、ランナーに必要な筋肉を鍛える補強トレーニングではなく、動きを合理的に整えるための“動きのトレーニング”。指導は、ランニングパフォーマンスコーチとしても活躍し、多くの市民ランナーのマラソン自己ベスト更新をサポートしてきた齊藤邦秀トレーナーだ。
筋トレ要素の強い補強トレは、成果が出るまで数か月かかることもザラ。でも、動きのトレーニングは、筋肉を制御する運動神経を再教育して目覚めさせるのが主眼。2〜4週間ほどでカラダが覚醒し、ランエコの高いフォームへとシフトできる。
ドリル① 軽く前傾した姿勢で重心の真下に踏み出す
強化できるエコランのポイント
- 前傾姿勢をブレさせない
- カラダを潰さない
- 重心の真下に着地する
- 足首や膝の屈伸を使わない
フルマラソンを完走するのに、遅い人だと5時間以上かかる。それは、ランが筋力に全面的に頼っていない証拠。筋力頼りで走ったら、5時間以上も同じ動きが続くわけがない。
着地時に真上から体重をかけて地面を踏みつけると、動かない地面からは同じ力で反作用(地面反力)が得られる。それがランの推進力だ。
地面反力をロスなく進む力に変えるため、足首と膝を固定し、全身を軽く前傾させる。そして重心がある骨盤の真下近くで着地するのが理想。それより前で着地すると、ブレーキがかかり、膝の負担が増えてランエコも下がる。
3つのエクササイズで、前傾して重心直下に足を出して踏み、次の一歩につなげる動きを覚えよう。
斜め壁押し(30秒キープ)
- 胸の高さで両手を壁につき、壁から離れて両腕を肩幅でまっすぐ伸ばす。
- 両足を腰幅に開いてまっすぐ立ち、背すじを伸ばして頭から踵まで一直線に保つ。
- 踵を軽く浮かせて全身を10度ほど前傾させ、顎を軽く引き、壁を両手で押して爪先に体重をかける。
- お尻を締め、みぞおちに力を入れて腹圧を高めて、呼吸をしながら30秒間キープ。
ランディング(左右各10回)
- 「斜め壁押し」の姿勢から、股関節を曲げて片膝を腰まで引き上げ、頭の延長線上に着地。
- 空き缶を真上から潰すイメージで床を押す。左右の足首の角度を変えない。軸足の踵を床に下ろさないこと。
- 左右を変えて同様に行う。
スイッチング(左右交互に各10回)
- 「ランディング」で片足で着地すると同時に、反対側の膝を腰まで引き上げ、左右交互にリズミカルに動きを切り替える。
- 着地して床を押した反動で反対の脚を引き上げる。左右の足首の角度を変えない。軸足の踵を床に下ろさないこと。
ドリル② 股関節から動かし、左右のブレを抑制
強化できるエコランのポイント
- 左右へのブレを抑える
- 股関節からしなやかに動く
- 足首や膝の屈伸を使わない
地面反力をフル活用するには、脚を股関節から動かし、着地後に脚を後ろに流して股関節を伸展させることも求められる。股関節はランで大切な脚の付け根。骨盤両脇の凹みに、脚の大腿骨の先端がハマっている。
坐っている時間が長い現代人は、この股関節が屈曲する時間が長く、サビついて伸展しにくい。スクワットで股関節のサビを取り、伸展しやすいように整えておきたい。
股関節の動きに左右差があると、着地のたびに左右のブレが生じて、ランエコが低下する恐れがある。ロード&リフト(3種目目)で、動きが悪くて苦手に感じる側があったら、回数を多めにエクササイズを行い、動きの左右差をなくしてブレをセーブしたい。
バーティカル・スクワット(10回)
- 両足を腰幅に開いて立ち、お尻を締め、みぞおちに力を入れて腹圧を高める。
- 両腕を後ろに振りながら、股関節から上体を前に倒してお尻を後ろに引き、膝が90度曲がるまでその場でしゃがむ。
- 両腕を前に振りながら、足裏全体で床を強く押し、股関節を伸ばして上体をまっすぐ立てる。
斜め壁押しスクワット(10回)
- 「斜め壁押し」の姿勢を取り、お尻を締め、みぞおちに力を入れて腹圧を高める。
- 両手で壁を押したまま、股関節から上体を前に倒してお尻を後ろに引き、膝が90度曲がるまでその場でしゃがむ。
- 爪先で床を強く押し、股関節を伸ばして上体をまっすぐ立てて元に戻る。踵はつねに引き上げ足首の角度を変えない。
ロード&リフト(左右各10回)
- 「斜め壁押しスクワット」でしゃがんだ姿勢から、右足を後ろに大きく引き、頭から右足の踵まで一直線に保つ。
- 左足の爪先で床を強く押して股関節を伸ばし、右膝を高く引き上げ、お尻を締め、みぞおちに力を入れて腹圧を高める。踵はつねに引き上げ、左右の足首の角度を変えない。
- 左右を変えて同様に行う。
ドリル③ 潰れない体幹で上下動を抑えた姿勢をキープする
強化できるエコランのポイント
- 前傾姿勢をブレさせない
- 上下動を抑える
- カラダを潰さない
着地衝撃は体重の2〜3倍。耐えかねてカラダが上下に揺れると、地面反力⇒推進力の移行が邪魔される。それを避けるため、膝と足首を固定して屈伸させないと同時に、体幹をしっかり保とう。下半身と上半身を結ぶハブである体幹が潰れると、せっかくの地面反力が逃げる。
体幹は胸郭と骨盤の間にある骨格の空白地帯。腹横筋など深層のインナーマッスルが協力して腹圧を保ち、潰れないように支える。腹圧が弱く緩んだ体幹は、空気が抜けたボールのようなもの。弾む力が弱い。
ドリルでインナーマッスルを刺激して腹圧を高めると、空気が充塡されたボールのように反発力が上がり、地面反力を活かして弾むように走れる。
ホッピング(20回)
- 腰幅でまっすぐ立ち、お尻を締め、みぞおちに力を入れて腹圧を高める。
- 両手を腰(骨盤)に添える。
- 踵を引き上げて足首を固定したら、その場でピョンピョンと軽く跳ぶ。足首の角度を変えず、足首や膝の屈伸を使わないで、着地の反動(反作用)だけで跳ぶ。体幹を潰さず、頭から足まで床と垂直に保つ。
ロード・ホッピング(20回)
- 両手に500mLのペットボトルを1本ずつ持ち、両腕を伸ばして頭上に掲げる。
- そのままで「ホッピング」を行う。ウェイトが加わっても、体幹を潰さず、頭から足まで床と垂直に保ち続けよう。
片足ロード・ホッピング(左右交互に各10回)
- 「ロード・ホッピング」と同じように構える。
- スキップをするように、軸足の爪先で床を強く2回連続して押し、その反動で反対の膝を引き上げる。
- 左右交互にリズミカルに動きを切り替える。足首の角度を変えず、足首や膝の屈伸を使わない。
ドリル④ 胸郭と骨盤を回旋させて、素早く乗り込む
強化できるエコランのポイント
- 上下動を抑える
- 着地した足に乗り込む
- 上半身と下半身を連動させる
話は下半身ばかりに偏りがちだが、ランは言うまでもなく全身運動。上半身の動きも、ランエコに関わる。
大事なのは、肘と肩甲骨でリードする胸郭の動き。上半身の方が自覚しやすいから、まずは肘と肩甲骨を後ろに引いて胸郭を回旋させる。すると、背骨を介して連動する骨盤が動きやすく、股関節中心の脚の大きな動きが引き出せる。たとえば、胸郭が時計回りに捻られると、骨盤は反時計回りに捻られるのだ。
背骨を軸に胸郭と骨盤をツイストしたら、着地した足に素早く体重をかけて乗り込み、ブレーキを抑えて地面反力でアクセルを吹かす。3つのエクササイズで、胸郭と骨盤の回旋⇒乗り込む動きをインプットしてしよう。
ヒップ・ウォーク(2m)
- 床に坐り、両脚を腰幅でまっすぐ前に伸ばす。お尻から頭まで床と垂直に保つ。
- 走るときのように肘を曲げて腕を構える。
- 胸郭を引き上げながら、片肘を後ろに引く。左肘を引くと胸郭が反時計回り、右肘を引くと時計回りに捻られる。それと連動するように、胸郭が反時計回りなら骨盤は時計回り、胸郭が時計回りなら骨盤は反時計回りに捻られる。
- その連続で前方へ2mほどお尻で歩く。
斜め壁押し&踏み込み(左右各10回)
- 「斜め壁押し」(ドリル①参照)の姿勢を取り、左膝を軽く引き上げる。
- 左足を頭の延長線上に着地して床を強く押し、体重をかけて乗り込む意識を持ち、反動で右膝を上げる。
- 元に戻り、これを10回続けたら、反対側も同様に行う。爪先立ちのまま踵を床に下ろさず、スピードを気にしないで1回ずつ確実に行う。
ランディング&ローテーション(左右各10回)
- 両足を腰幅に開いてまっすぐ立ち、踵を引き上げて爪先立ちになる。
- お尻を締め、みぞおちに力を入れて腹圧を高める。
- 右足の爪先を着地させて床を強く押すと同時に、左膝を軽く引き上げ、左肘を後ろに引いて胸郭を反時計回りに捻る。
- 元に戻り、右足着地を10回続けたら、左右を変えて同様に行う。左右の足首の角度を固定し、踵を床につかずに行う。
ドリル⑤ スキップで接地時間の短い弾む走りを学ぶ
仕上げに、これまで身につけた動きを上手にシンクロさせて、走りにつなげるスキップドリルを行う。ここまではインドアでもできるが、スキップは動きが大きく移動距離もうんと延びるから、屋外でやろう。
マスターしたいのは、接地時間をできるだけ短くし、地面を蹴らずにバネを活かして弾むように走る動き。接地時間が長引くほどブレーキが利きすぎて、ランエコはダウンする。スキップでは、軸足で“タ・タン”と2回小刻みに着地。ごく短時間の着地で、地面反力を体感したい。
初めは垂直方向のスキップで、地面反力を活かして弾むコツを摑む。そして手足を連携させながら、前進パワーへと調子よく変換していこう。
その場スキップ(左右交互に各15回)
- 両足を腰幅に開いてまっすぐ立ち、踵を引き上げて爪先立ちになる。
- お尻を締め、みぞおちに力を入れて腹圧を高める。
- 肘を曲げて両腕を振りながら、その場でスキップを行う。軸足で地面を強く押した反動で真上に跳びはねる意識を持つ。
前方スキップ(左右各15歩)
「その場スキップ」を2〜3歩行って準備をしてから、両腕を伸ばして上下に大きく振りつつ、スキップをしながら前方へ移動する。
ワイドスタンス・スキップ(左右各15歩)
「前方スキップ」を2〜3歩行って準備をしてから、両腕を伸ばして地面と平行に大きく振りつつ、できるだけ大きな歩幅でスキップをしながら前方へ移動する。同じ距離を、できるだけ速く、より少ない歩数でスキップするように意識するとより効果的。
ドリルの実践は走る前がベスト
ドリルは、走る前にウォーミングアップを兼ねてひと通り行うのがベスト。すると動きが変わり、同じ時間、同じ距離がラクに走れるようになり、ランが一層楽しくなる。毎回が難しいなら、休日など時間があるときだけでもOK。
時間がない人は、一度ドリルをひと通りやってみて、とくに苦手なものに絞り、走る前に重点的にトライするのもいいだろう。
取材・文/井上健二 撮影/小川朋央 スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/村田真弓 イラストレーション/Yunosuke エクササイズ監修・指導/齊藤邦秀(ウェルネススポーツ)
初出『Tarzan』No.828・2022年2月24日発売
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