猫背で何が悪いのか? 猫背放置のデメリットを知ろう
猫背は医学用語ではなく病態でもない。では何で悪いのか。今そこにある影響から将来の可能性まで猫背放置のデメリットを知ろう。
取材・文/石飛カノ イラストレーション/野村憲司、作山依里(共にトキア企画) 監修・取材協力/高平尚伸(北里大学医療衛生学部教授、医学博士)
初出『Tarzan』No.879・2024年5月9日発売
教えてくれた人:高平尚伸さん
たかひら・なおのぶ/北里大学大学院医療系研究科整形外科学教授、北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科教授。医学博士。専門は股関節外科学。運動療法や姿勢について造詣が深く、東京2020では世界各国の選手対応ドクターとして参加した。
見た目が老ける
何もしなけれぱ、高齢になるほど体幹をまっすぐ保てなくなる。腹筋や背筋など重力に逆らって二足歩行姿勢を保つ抗重力筋が衰えるから。で、筋肉の支えを失った背骨は徐々に丸くなり、上体が前に倒れそうになるので、多くのシニアは杖を持つ。
骨盤が後傾した典型的な猫背姿勢の人は杖こそ持っていないが、シルエットはこうした高齢者とほぼ同じ。たとえお肌にシワやシミがなくても、白髪一本なかったとしても、猫背姿勢は見た目の年齢を10歳も20歳も老けさせる。実にもったいなし。
肩こり、首こり、腰痛
猫背姿勢でいの一番に表れる不調は肩こりや腰痛。背中の骨が前や後ろに弯曲している最大の理由は、重い頭をカラダのトップに戴く直立二足歩行姿勢の負担をできるだけ軽くするため。背骨をS字に弯曲させて前や後ろに負荷を逃がすためだ。その絶妙なバランスのS字カーブが崩れたら、さてどうなる?
頭の重さは一般的に体重の約10%。60kgなら6kg。猫背になるとその頭の重量がもろに肩の僧帽筋や肩甲挙筋にかかり、その下の腰椎周辺の筋肉の負荷が増す。で、痛みや凝りが慢性化。
肩や首を支持する僧帽筋や深層の肩甲挙筋。猫背で頭が前に出るとこれらの筋肉の負荷が増し、反り腰でさらに腰周辺の負荷が増す。
自律神経のバランス乱れ
猫背姿勢が自律神経のバランスにも影響を与える可能性も考えられるという。自律神経は覚醒時に活性化する交感神経と休息時に活性化する副交感神経。ふたつの神経がバランスよく働き生体活動が支えられている。自律神経は背骨の脊柱管という管に並行して走る神経なので、猫背で背骨が曲がりっ放しになることで悪影響が出ることも。
骨盤が後傾しただらっとした姿勢では副交感神経優位でやる気が出ず、呼吸が浅くなれば血圧が上がって交感神経優位になりストレス増、なんてケースも。
股関節痛、膝痛
猫背が肩こりや腰痛を引き起こすことは何となくイメージできるが、もっと下にある股関節や膝痛の原因になることもある。
猫背になると頭の位置が前にズレるので、重心が両足の間にある支持基底面の前側に移動する。これは非常に不安定なので、カラダは無意識に股関節と膝を曲げてバランスをとろうとする。どこかに不具合が出たら、それをカバーしようと他の部位が頑張るのが「代償」と呼ばれる作用。で、重心を後ろに戻そうとする股関節と膝の負担が増し、痛みが生じるというわけ。
猫背になると重心が前にズレてカラダが前に倒れやすくなる。これを防ぐために股関節と膝が曲がり、周辺組織に負担がかかる。
呼吸が浅くなる
上体が前屈みになる猫背姿勢では、どうしても呼吸が浅くなる。理由は背骨と肋骨によって構成されている胸郭が狭くなり、肺が十分に機能しないから。
猫背姿勢では肺を囲んでいる胸郭が狭くなることで肺の容積が減る。日常生活に支障はないがカラダを動かしたときに息切れしやすい。
「もちろん、人間が生きていくために最低限必要な酸素量は低下しません。ただ、長い間猫背姿勢を続けていると、肋骨の間にある肋間筋という筋肉が硬く縮こまり、最大酸素摂取量は減ってしまうかもしれません。姿勢の悪い人に思い切り深呼吸してくださいと言っても、たくさん酸素を取り入れるのは難しいと思います」(高平先生)
胃腸が下垂し機能衰弱
猫背姿勢では胃や小腸、大腸などの臓器が一式収まっている腹腔が圧迫される。腹筋や背筋などが機能してきちんと腹圧を保ち、腹腔のスペースを確保できれば問題ないが、それらの筋肉が衰えると、行き場をなくした臓器は下垂するしかない。
猫背が胃腸の機能不全のすべての原因ではないが、圧迫されて本来ある場所から下垂することで機能が低下する可能性はある。
胃下垂は無症状の人も多いため、現在は病気として扱われていないが、実際に胃の動きが悪くなるケースがあったり、腸の下垂で便秘を訴える人も少なくない。然るべき場所に内臓を収納することが健康維持のひとつの条件であることは確かだ。
将来、転倒や認知症リスク上昇
一般的な猫背は骨盤が後ろに倒れた状態であることが多い。とくに年齢を経るごとに骨盤は後傾しやすくなる。すると、太腿や膝を持ち上げる腸腰筋の筋肉が衰え、躓きやすくなったり、躓いたときのリカバリーが難しくなる。猫背の人はそうでない人に比べて転倒リスクが約1.4倍高いという調査結果もある。
また1日1回以上外出する人と1週間に1回以下の人を比べると、認知機能障害発生リスクが約3.5倍高いという調査も。将来の自分のためにも、猫背を改善するなら今のうちだ。
逆流性食道炎リスクが高まる
人間のカラダは意外と逞しい。どこかに不調が出たら、健康を維持するシステムが発動する。病気の治療に当たる医師からすれば、そう考えることが自然。
「猫背によってさまざまな不具合が生じるといっても、エビデンスはほとんどありません。ただ、唯一エビデンスがあるのが逆流性食道炎。消化器内科で診ることが多い病気ですが、逆流性食道炎の人の中に背骨が曲がっている人が多く認められることや、逆に背骨の後弯が強いと逆流性食道炎のリスクが高いという結果も出ています」
猫背による不調のエビデンスが存在するのが逆流性食道炎。胃が圧迫されることで内部の胃酸が食道に逆流、炎症の原因に。