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〈ナイキ〉のランニングシューズ3足を履き比べ! シューズトライアル体験レポート
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走ろうかなと迷っているなら、既に走っている人によかったことを聞いてみよう。見返りを求めたり結果を急ぐ必要はないけれど、走るメリットにも大小いろいろあるということを知っておくだけでも、きっとモチベーションになる。『Tarzan』読者ランナーたちにアンケートで教えてもらった、肉体面や精神面、環境面でプラスに転じた実体験を紹介、走りとの科学的な関わりについても掘り下げた。
大槻文悟さん
おおつき・ぶんご/京都大学大学院医学研究科整形外科准教授。医学博士、脊椎脊髄外科専門医。科学的なエビデンスに基づいてランニングを分析し、国内外のマラソンやトレイルレースでも数々の戦績を残している。著書に『ランニングの処方箋:医者の僕が走る理由』。
アンデシュ・ハンセンさん
精神科医。スウェーデン・ストックホルム出身。精神科医として病院勤務のかたわら、各種メディアで医学情報を積極的に発信。日本でもベストセラーの『スマホ脳』『運動脳』などが話題に。近著に『メンタル脳』(新潮新書)がある。
健康診断の血糖値がヤバい人も、そうでない人も、注意したいのが食後の高血糖。血糖を下げるインスリンが大量に分泌されて血糖値が乱高下し、いわゆる“血糖値スパイク”を引き起こす。
生活習慣病のリスク要因にもなるこの現象を、強力に抑制するのがランニングなどの運動だ。京都大学大学院医学研究科の医師で、ランナーとしても多くの実績を持つ大槻文悟さんはこう話す。
「インスリンが細胞内で受容体と結合すると、糖の取り込み装置ともいえるタンパク質の一種・GL
UT4(グルートフォー)が発動します。問題は、血糖値スパイクを繰り返すなどで受容体の感受性が低くなること。この“インスリン抵抗性”は内臓脂肪が多い人で顕著なことも分かっています。これに対し、食後に歩いたり、軽く走ったりすると、GLUT4がインスリンを介することなく筋肉の表面に出現し、効率的に糖が取り込まれるのです」
血糖値の改善を狙うなら、食前にひとっ走りするのもおすすめ。
「ある程度の距離を走ると筋肉に蓄えられた糖質のグリコーゲンが減少。この状態から食事をすると糖は優先的に筋肉に取り込まれるため、血糖値の急上昇をゆるやかにコントロールすることが可能に。血管へのダメージも防ぎます」
ランニングが高血圧を改善する理由のひとつに、自律神経のスイッチが関係しているという。
「運動すると交感神経が刺激されて血圧は必ず上がりますが、その後は副交感神経が活発に働いて自然に下がるもの。心臓に問題があったり極端にハードな運動を急激に行うケースなどは別として、交感神経の刺激によって逆に副交感神経が優位になる時間が増え、病気や死亡のリスクも低下します」
さらにはランニングで精神的なストレスが減ること、脂質代謝が改善することも大きな理由に。
「悪玉のLDLコレステロールが血管壁に蓄積するアテロームを減少させ、血液の流れがスムーズに。また多くの研究から、特に肥満の人は体重が減るのに比例して血圧が下がることも判明しています」
「ランニングでは、不健康な人ほど多くの恩恵を受けられるはず」
と、ズバリ指摘する大槻さん。その最たるものが、ついつい食べ過ぎてカラダに溜まった脂質の代謝を改善してくれること。
「有酸素運動に関する多くの研究から、善玉のHDLコレステロールを増やし、悪玉のLDLコレステロール比率は下がることが判明しています。さらに特筆すべきは、HDLコレステロールは質・量がともに高められること。これが血管壁に溜まったコレステロールなど悪玉の脂肪を肝臓へと運び去って、動脈硬化を改善。将来にわたって、さまざまな病気のリスクを回避できるように」
ちなみにHDLコレステロール値は、高負荷の運動と休憩を交互に繰り返すHIIT(高強度インターバルトレーニング)では改善されないのだそう。ランニングが我々のカラダにもたらしてくれる恩恵は、まだまだ尽きない。
ランニングを始めると筋肉の血流が増えて、細胞には筋肉を動かすエネルギー源となるグルコース(血糖)が取り込まれやすくなる。そしてこのとき、エネルギーの産生工場として働くのが細胞内に存在するミトコンドリアだ。
「走ることが習慣になると、かなり初期の段階から筋肉の細胞内ではミトコンドリアが増え始めます」と、大槻さん。ちなみに通常のランニングでは持続的な運動を行う「遅筋」のミトコンドリアが、スピードを上げたランでは「速筋」のミトコンドリアがおもに増え、瞬発力・持続力ともにすぐれた筋肉ができあがるのだとか。
「ミトコンドリアは質・量ともに増やせますが、より重要なのは量の方。質に対しては高負荷トレーニングが必要ですが、量を増やすのに有効なのは有酸素運動です。ミトコンドリアが2倍になれば筋肉が作れるエネルギーも倍になり、より速く、長時間走れるように。つまりスタミナがあって、疲れにくいカラダが手に入るのです」
「クリエイティブ職やトップ経営者などにランニング愛好家が多いのは理由がある。実際のところ、仕事のパフォーマンス向上にランニングは絶大な効果があります」
こう語るのは、数々の研究によるエビデンスを基に、現代人のメンタルヘルスに対する運動の有効性を説くスウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセンさん。
「なかでも最も運動の恩恵を受けるのが、脳の記憶中枢として知られる“海馬”。時系列や空間を認識する働きもあり、ここを強化できれば思考のスピードが速くなったり、不測の事態へ的確に対処する力なども身につきます」
けれど海馬は30歳を過ぎると年に約1%ずつ縮小し、「年を取ると物忘れが増えるのもこれが理由」という。そこでハンセンさんが紹介する実験データでは、「週3回・45分の持久系トレーニングを行うと、心拍数が上がらない運動群に比べて海馬の縮小が止まり、逆に2%も成長。つまり脳が2歳若返ったということです」。
出典/アンデシュ・ハンセン『運動脳』
さらにハンセンさんが指摘するのは、脳の「報酬系」に作用して行動力を駆り立て、集中力アップに働く神経伝達物質・ドーパミンの分泌を増やすランニングの効果。
「カラダに負荷がかかるほどドーパミンは増えるので、歩くよりは走るのがベスト。日中の早い時間にできれば20分以上続けると、効果は数時間後まで持続します。忙しくて時間がない人は、まず5分からでも。こうした時間の投資が、その後の仕事効率をむしろ高めてくれるのを実感できるでしょう」
最近、カラダも心もなんだか老け込んできた気が…。そんな人は、細胞にあるミトコンドリアの質も量も劣化している可能性大。
「ヒトの寿命は、ミトコンドリアの機能に大きく影響されると考えられています。加齢や運動不足などで古いミトコンドリアが増えると有害な活性酸素を処理できなくなり、これが老化を招く原因に」
ランニングで筋肉や脳の細胞が刺激されると、細胞内には新しく優秀なミトコンドリアが増加。ここで発動されるのが、細胞内で古くなったミトコンドリアや細胞内器官を除去する「オートファジー(自食作用)」という働きだ。
「ランニングをすると、細胞内のDNAではタンパクの合成を促す何百ものスイッチがオンに。すると古くなったミトコンドリアをはじめ、活性酸素で傷ついた細胞の部品がどんどん廃棄され、加齢によって起きるダメージや、さまざまな疾患を予防できるのです」
ランニングによるDNAの若返り作用は、まだまだ他にも。
「テロメアという部分は加齢とともに少しずつ短くなり、その長さで細胞やその人の寿命が推察できます。そしてこのテロメアを長くする酵素が、なんとランニングによって活性化。実際にテロメアが長くなることも分かっています」
ランニングをはじめとする運動で痩せるには、まず物理的に消費カロリーが摂取カロリーを上回ることが必要。一般的に、おおよその消費カロリーは「走行距離×体重」で算出できるとされ、60kgの人が5km走れば300キロカロリー消費したということに。
ただしランニングに期待できるダイエット効果は、単にそれだけとは言い切れない可能性がある、とは大槻さんの弁。
「食事を摂取してインスリンが分泌されると、消費しきれない分のカロリーは脂肪としてカラダに蓄積。けれどランニングによって筋肉が糖を消費すると、血糖値スパイクが抑制されて脂肪がつきにくくなると考えられます」
さらにランニングは、すでに蓄えられてしまった脂肪の消費にも大きな効果が得られるという。
「かつて有酸素運動は20分以上続けることで脂肪が燃え始めると考えられてきましたが、これは間違い。最近では、軽いジョギングでも最初から糖質と脂肪が半々の割合で消費されることが明らかになっています。さらに走り続けると4対6で脂肪の割合が多くなり、5時間では3対7と徐々に増えていく、といった具合です。痩せたい人は5分でも10分でも、まず走ることから始めてみては」
まずはランニングの肩こり改善効果について、大槻さんは整形外科医として次のように語る。
「同じ姿勢を長時間続けると、首・肩・背中につながる僧帽筋の一部が収縮。筋肉が硬くなり、周辺の血流が悪化するのが肩こりの大きな原因です。ランニングの最中は上半身と下半身がねじれるような回転モーメントがかかりますが、これを打ち消すような動きとともに、肩甲骨には左右交互に回転する動きが発生。この動作を規則的に繰り返すことで僧帽筋まわりの血流が促され、肩こりが緩和されるのです。股関節まわりについても、臀筋群で同じような作用が働きます」
さらに加齢でリスクが高まる変形性関節症の予防についても、ランニングを続けるメリットが。
「多くの研究データから、適度な運動習慣が軟骨の変性を抑えることが明らかに。また、痛みは関節が不安定になることでも生じますが、ランニングを習慣にすると軟骨の下にある骨が丈夫になることで、関節の破壊を防ぎ、不安定性を防ぐ効果があります。そもそも運動自体にも、脳の神経伝達物質に作用して慢性的な痛みを減少させる効果が。実際には同じ痛みでも“感じ方”が変わり、耐性が強くなるとも言えるでしょう」
ランニングで脳内に増える神経伝達物質のひとつが、セロトニン。
「精神の安定に関わるホルモンですが、最近では集団内での地位を左右する“自信”にも影響することが分かってきました」
そこでハンセンさんは、次のような研究データを紹介する。
「猿の群れを調査すると、複数のボス猿でセロトニンの量が他に比べて約2倍あるという結果に。そしてボスの地位を追われるやその量は激減し、疲れ切って性格や行動まで内向的になったのです」
さらにヒトの場合でも、リーダー格の人物では血中のセロトニン濃度が高い結果が見られたという。
「社会的地位は健康な精神に必要なもの。セロトニンが冷静な判断力や精神力を高めることもランニングで自信がつく理由でしょう」
ランニングは気分を上向きにするだけでなく、わずかながら性格も変え、社会生活にいい影響を与えることが分かっているという。
「日本を含めた世界各地で行われた研究では、定期的に運動する人には皮肉っぽい気質や、神経質な性格の人が少ないことが明らかに。また周囲の人と互いに理解し合えていると感じ、より社交的な傾向があることも報告されています」
こうした結果を受けてハンセンさんは、ランニングで脳内に増える物質と、これらの作用が性格に影響を及ぼす可能性を示す。
「例えばドーパミンは好奇心や新しいことにトライする気持ちを促すほか、セロトニンは相手に譲歩する柔軟性を生み出します。人間の幸福にとって、他人との親密な関係は最も重要な要素のひとつ。運動がそれを助けるなら、これほど素晴らしいことはありません」
まずは、ストレスが発生するメカニズムから見てみよう。
「ヒトが恐れや不安を感じると、脳の扁桃体という部分が興奮。中枢の視床下部から下垂体に刺激が伝達され、副腎から“ストレスホルモン”といわれるコルチゾールが分泌されます」(ハンセンさん)
すると心臓はバクバク、血圧も上昇して扁桃体がより刺激され、さらにストレスを呼ぶ悪循環に陥ってしまう。そしていよいよ、ここからがランニングの出番だ。
「心拍数が上がる運動でも、カラダに負荷がかかってコルチゾールの血中濃度が増加し、終わると元に戻ります。ランニングが習慣になるとこの量は運動の前後ともに減少し、さらには精神的なストレスを受けたときのコルチゾール濃度も上がりにくくなる。つまりストレス耐性が身につくのです」
さらにメリットがもうひとつ。
「海馬や前頭葉は脳のストレス反応を抑えるブレーキとして働きますが、慢性的なコルチゾールの分泌で萎縮してしまう。有酸素運動はこの2つの部位を強化して、扁桃体の興奮を抑えられるように」
取材・文/オカモトノブコ、宮田恵一郎 撮影/内田紘倫
初出『Tarzan』No.874・2024年2月22日発売