脳は10%しか使われてない?「体の仕組み」12の勘違い
寿命のハナシ、脳のハナシ、腸のハナシ…博識気取って得意げに披露していたそのトリビア、あなた本当に合ってますか? カラダの仕組みにまつわる知識をアップデートしよう!
取材・文/井上健二 イラストレーション/高橋将貴(記事中) 取材協力・監修/池田清彦(生物学者、早稲田大学名誉教授)
初出『Tarzan』No.842・2022年9月22日発売
目次
勘違い① 日本人の腸は、欧米人よりも長い?
正:変わらない
欧米人は肉食だから腸が短く、日本人は植物性食品を多く食べるから草食動物のように腸が長い…なんて話を聞いたことはないだろうか。
確かに肉食動物の腸は短く、草食動物の腸は長い。植物性食品からアミノ酸などの栄養を取り出すには、それだけ長い腸が必要なのである。腸の長さが体長の何倍なのかを比べると、肉食のライオンやオオカミは腸の長さが6〜7mで体長の約4倍なのに、草食の牛は50mもあり、体長の25倍にも達する。
では、ヒトはどうなのだろう。
「腸の長さに人種間で差はなく、ヒトの腸は全長7mほど。体長の4倍ほどであり、腸の長さから考えるとヒトは肉食に近い。肉食を始めて多くのエネルギーとタンパク質が得られるようになり、ヒトの脳は大きくなりました」(生物学者の池田清彦先生)
昔、白人と交易する前のエスキモーはアザラシなど生肉が主食だった。穀物を減らし肉を増やす糖質制限食は案外僕らに合っているのかも。
勘違い② ヒトの最大寿命は120年?
正:本来の寿命は38歳という新説も
ヒトの細胞分裂の上限(ヘイフリック限界)は50回だから、そこから逆算する最大寿命は120歳。事実、史上もっとも長生きだったのは、1997年に122歳で亡くなったフランス人女性ジャンヌ・カルマンさん。120歳以上生きた唯一の人類だ(世界史上2番目に長生きだった田中カ子さんは、残念ながら2022年4月に119歳で亡くなった)。
だが、最近になり、ヒトの本来の寿命は38歳という新説も出てきた。
「生物の寿命に関わる42個の遺伝子を不活性化する“メチル化”がどのくらい起こるかで、野生動物の寿命を推定する方法をオーストラリアの生物学者が編み出しました。野生動物である程度正しいと実証されたこの手法でヒトを解析すると、どうやら本当の寿命は38歳前後らしいとわかったのです」
神に与えられた天寿を遥かに超えて120歳まで生きられるとしたら、それは医療が進み、衛生や栄養の状況がよくなったおかげ。38歳以降は文明がプレゼントしてくれた余生と捉え、有意義に過ごしたいものだ。
勘違い③ 実は脳の10%しか使えていない?
正:タスクごとに使う場所が違うだけ
2014年公開のアメリカ映画『LUCY/ルーシー』では、「人類の脳は、10%しか機能していない」というキャッチが使われた。そんな脳が100%覚醒したらどうなるかを描いた物語だったが、このキャッチにどれほど真実は含まれるのか。
「脳は場所により、担っている機能が違います。一度に脳全体が全機能を発揮することはないので、何をするかで脳の何%を使うかは変わります。ですから、10%しか使っていない瞬間はあるでしょうし、30%まで使っている瞬間もあり得ます」
脳がどこで何をするかという機能分化は、8歳前後までに終わる。それまで外国語や音楽など特定の刺激を脳に与え続けると、対応する機能が発達して定着しやすいとされる。
勘違い④ 盲腸(虫垂)は不要だから切ってもいい?
正:切ってはダメ
虫垂とは、大腸の入り口に相当する盲腸の一部。右下腹部にある。かつては退化した臓器の名残であり、無用の長物と見なされていた。
だから、炎症で激痛が生じたら、手術で取るのが普通だった。他の内臓の手術の際、炎症も痛みもないのについでに切除されることすらあったようだが、現在では様相が一変。虫垂には重要な働きがあるとわかり、炎症や痛みは薬で抑えて、よほどのことがない限り、虫垂は取るべきではないと考えられるようになった。
「虫垂には、腸内環境を守る免疫細胞を作る働きがあります。虫垂を取ると免疫機能が下がり、腸内細菌のバランスが崩れてしまい、腸内環境が悪くなりやすいのです」
2015年に発表された研究では、虫垂の切除手術をした人は、その後1年半〜3年半の間、手術しなかった人と比べ、大腸がんの罹患率が2倍以上になったとか。便秘は虫垂炎を誘発しやすいので、食物繊維が多い食事で便秘&虫垂炎を避けよう。
勘違い⑤ 脳の細胞が減ると、“脳力” が 落ちる?
正:落ちない。解決すべきはゴミ問題
脳細胞は1日10万個減るという主張もある。そんなに減って大丈夫?
「脳を作る神経細胞(脳細胞)は細胞分裂しないので、加齢で数は減ります。でも神経細胞は大脳だけで約160億個。毎日10万個減っても50年で18億個、11%弱減るだけ。機能が大幅低下するとは考えにくい」
問題なのは、ゴミが溜まること。正体は異常なタンパク質である。
「細胞は分裂すると、そのたびにゴミを半分に減らせますが、分裂しない神経細胞では、ゴミは溜まる一方。本来はオートファジーという仕組みでゴミを処理しますが、加齢でその作用が低下すると、ゴミが溜まり、神経細胞に悪影響が及ぶのです」
動物実験では、オートファジーを止めた神経細胞の内部で、パーキンソン病など脳の病気で見受けられる異常タンパク質が増えたという。オートファジーは飢餓で促進するから、とりあえず食べ過ぎを控えよう。
勘違い⑥ 全身の細胞はおよそ60兆個ある?
正:実際は37兆個
カラダは無数の細胞の集まり。以前はその総数は平均60兆個とされていたが、いまでは約37兆個というのが定説になっている。常識が変わった理由はどこにあるのか。
「人体の体積を細胞の大きさで割れば、細胞の総数が割り出せる。ひと口に細胞といっても約200種類もあり、サイズが少しずつ異なります。近年はより精密に細胞の平均的なサイズが割り出せるようになり、それで総数も変更されたのでしょう」
37兆個というのは、あくまで平均値。細胞の大きさはある程度決まっているので、体格が大きい人ほど細胞数も多い。ヒトより大きな動物ではそれだけ細胞数も多く、体長5〜6m、体重5〜6トンもあるゾウの細胞数は3000兆個もあるそう。
勘違い⑦ 人の遺伝子は人それぞれで大きく違う?
正 :99.9%は同じ
容姿も地頭も運動能力も「遺伝だから仕方ない」と言い訳したくなるけど、実はヒトの遺伝子はほぼ均一。遺伝情報を伝えるのは4種の塩基からなるDNA。ヒトのDNA全体(ヒトゲノム)は約30億の塩基配列からなり、その99.9%は共通だ。
「これは、約7万年前のインドネシア・トバ火山の大噴火がきっかけという説が有力。大噴火で寒冷化が起こり、現生人類は1万人ほどまで減り、絶滅寸前に追い込まれます。個体数が一度減り遺伝的な多様性が失われると、その後人口が増えても多様性は回復しないので、私たちの遺伝子は99.9%まで同じなのです」
とはいえ、私たちはみんな個性的。似通っているとは言えない。なぜか。
「ヒトゲノムでタンパク質を作るアミノ酸情報をコードするのは2%。これが狭義の遺伝子で、残る非コードDNAがその働きを制御します。非コードDNAの作用に環境などで違いがあるため、同等の遺伝子を持っていても我々は個性的なのです」
勘違い⑧ 食べないと生きられない?
正:青汁だけで生きられる!?
1食でも抜くと空腹に耐えられない凡人には想像もできないが、世の中には、ほとんど何も食べずに生きている人がいるらしい。
インド人のマネク氏は、まるで植物のように、太陽エネルギーと水だけで生きられるという。興味を持ったNASAからアメリカへ招聘され、科学者の監視下で130日間の断食を成功させたという記録がある。
日本でも、ほぼ青汁だけで生きている鍼灸師の女性もいるらしい。
「鳥羽水族館のダイオウグソクムシは、約5年間餌を一切食べずに生きました。その間、胃に棲む酵母が、海水から栄養を作っていたようです。不食の人でも、腸管に棲む腸内細菌が、アミノ酸などの必須の栄養素を作っている可能性もあります」
勘違い⑨ 美味しさを感じるのは舌だけ?
正:喉でも感じている
食べ物の味を感じるのは、舌にある味蕾という高感度センサー。
味蕾は50〜150個もの細胞からなり、塩味、甘味、酸味、苦味、うま味という5つの基本的な味わいをキャッチ。神経を介し、その情報を脳へ伝える。5つの味わいを頼りに必要な栄養素を見分けて摂り入れ、有害なモノを排除するのだ。
たとえば、塩味は塩分、甘味は糖分、うま味はアミノ酸を感知。酸味や苦味は、有害物を避ける手がかりとなる。
味蕾があるのは、舌だけではない。喉にも存在している。「喉元すぎれば熱さを忘れる」というけれど、喉の味蕾は舌と違って味覚をキャッチする能力はない。
「代わりに備わるのが、食べ物が喉を通るいわゆる“喉越し”の感覚。ビールやそばの喉越しの良さが味わえるのは、喉の味蕾のおかげです」
ちなみに、舌でも喉でも味蕾は加齢で減っていく。ビールが昔ほど美味しく感じなくなったら、それは喉の味蕾が減ったせいかもしれない。
勘違い⑩ 血液型の違いには大きな意味はない?
正:病気の罹りやすさが違う
A型は几帳面で、B型は感覚派で好奇心旺盛など、血液型と性格を結びつけがちだが、そこに科学的な根拠はないというのが令和の常識。では、血液型の意味はどこに?
そもそも血液型とは、赤血球の表面にある“糖鎖”(糖の分子が鎖状に連なったもの)の違い。A型、B型、AB型、O型の4タイプがある。
「血液型の違いで罹患リスクが変わる病気がある。例えば新型コロナの重症化リスクはO型がもっとも低く、A型とB型はその約1.2倍、AB型は約1.6倍とされています」
血液型と膵臓がんの発症リスクの関わりを調べた研究もある。それによると、O型が発症リスクはいちばん低く、B型はその約1.7倍、AB型は約1.5倍、A型は約1.3倍だったという。
血液型で疾患リスクが変わるメカニズムは不明だが、未知の病気で人類が全滅しないためのリスク分散に一役買っているという推察もできる。
勘違い⑪ 昔の人は早死にだった?
正:案外長生きの人はいた
日本は長寿国家。女性の平均寿命は87歳、男性でも81歳を超える。でも、歴史を遡ると、縄文時代の平均寿命は10代、江戸時代でも30〜40代だったとか。あまりに短命だ。
だが、江戸時代の人びとが、みんな30〜40代でバタバタ死んでいたわけではない。幕府を作った徳川家康、日本全図で知られる伊能忠敬はそれぞれ73歳まで生きたし、浮世絵師の葛飾北斎は88歳の天寿を全うした。
「平均寿命とは、0歳児が平均あと何年生きるかを示す平均余命のこと。出産は大きなリスクを伴い、過去は死亡率が高かったので、平均寿命も短かった。現代の日本の新生児死亡率、乳児死亡率は世界最低レベルなので、平均寿命も長いのです」
勘違い⑫ 男と女では脳の作りが大きく違う?
正:大きな差はない
男性は話を聞かず、女性は地図が読めない。そうしたステレオタイプな見方をする人は、男性と女性では脳の作りが違うと言い張る。
「以前は男性脳、女性脳という言い方があり、右脳と左脳をつなぐ脳梁という部分が、女性の方が大きいとされていました。しかし、現在は脳の男女差はあったとしても小さく、男女差よりも、個人差の方が遥かに大きいことがわかっています」
2015年、MRIで男女1400人以上の脳を解析したイスラエルの研究は、ヒトの脳は男女の特徴が入り混じるモザイク状と結論付けた。
「男女の脳で何よりも違うのは、分界条床核という部分。胎児期に浴びる男性ホルモンの影響で、女性よりも男性が大きい。カラダは女性でも、分界条床核が大きいと、GI(性自認)は男性になる人が多くなるといわれています」