池田清彦 先生
教えてくれた人
いけだ・きよひこ/生物学者、理学博士。早稲田大学名誉教授、山梨大学名誉教授。東京都立大学大学院生物学専攻博士課程単位取得満期退学。1947年生まれ。
カラダの性はどう決まるのか
そもそも生物学的な性差は、一体どのように生じるのだろうか。ジェンダーやセクシュアリティへの理解をより深めるために知っておこう。初めに、カラダの性がどう決まるかという高校の生物の授業のおさらいからスタート。
遺伝情報を収めた染色体は、全部で23対46本ある。うち1対2本が、性を決める性染色体。性染色体には、X染色体とY染色体がある。性染色体がXYのペアだと男性、XXのペアだと女性になる。
受精したばかりの胚は、性的には未分化。そこから男性と女性に分化するスイッチを入れるのは、Y染色体上にあるSRY遺伝子だ。
「SRY遺伝子は受精後6〜7週間目にごく短時間働きます。それにより未分化だった性腺原基から精巣が作られ、そこからアンドロゲン(男性ホルモン)が分泌されると、陰茎や陰囊などの男性の外性器が作られます。
Y染色体がないとSRY遺伝子が機能せず、精巣もアンドロゲンも作られないため、性腺原基は卵巣へ変化し、陰核や陰唇といった女性の外性器になる。その後、思春期に第二次性徴が表れて生殖能力を持ちます」(生物学者の池田清彦先生)
精巣から出るのはアンドロゲンだけではない。ミュラー管抑制因子というホルモンも分泌される。
性的に未分化な胎児は、内性器の元となるミュラー管とウォルフ管という器官を2本ずつ持つ。ミュラー管抑制因子により、ミュラー管が退縮し、アンドロゲンの作用でウォルフ管が発育すると、精囊や精管といった男性の内性器に。
精巣がないとアンドロゲンもミュラー管抑制因子も出ないので、ミュラー管が発育して卵管や子宮といった女性の内性器となり、ウォルフ管は自然消滅する。
性器の男性化と女性化には、さまざまな段階がある
こう書くと生物学的には純粋な男女しか存在しないと誤解しそうだが、話はこれでは終わらない。
第一に、性器の発育に影響するアンドロゲンをキャッチして働かせる受容体の感度には、個人差がある。それによりアンドロゲンの効き方が変わると、性器の男性化と女性化に、さまざまな段階が生じる。
「例えば、完全型アンドロゲン不応症といって、XYで遺伝的には男性なのに、アンドロゲンの受容体の遺伝子に変異があり、胎児の精巣で作られたアンドロゲンがまったく働かないことがあります。
この場合、男性型の染色体なのに、外性器は女性型で乳房も大きくなり、膣の一部と子宮などがなく、男女の身体の特徴が混在する性分化疾患となります」(池田清彦先生)
完全型アンドロゲン不応症とは真逆で、XXと女性型の染色体を持ち、卵巣もあるのに、外性器が男性型を示すこともある。その典型が、先天性副腎皮質過形成。ある酵素が先天的に欠けているため、副腎からアンドロゲンが大量に分泌されてしまい、外性器の一部が男性型を示すのだ。
この他、性染色体によって性分化疾患が起こることもある。
精子と卵子は、受精する前に染色体を半分にする減数分裂を行う。その不調などで、X染色体が1本しかないX0、X染色体が1本多いXXYなどの組み合わせが生じる。
また、STY遺伝子がX染色体に乗り移り、XYなのにSRY遺伝子を欠いていたり、XXなのにSRY遺伝子を持っていたりするケースもあり、いずれも性分化疾患になりやすい。
脳の性差(性自認)はどう起こるのか
続いて性自認(GI)を考えよう。
GIを決めるのは、脳。この脳にも、カラダと同じく性差がある。脳の性差の多くは、胎児期のアンドロゲンの作用具合などで生じる。
男性では一般的に、脳の分界条床核と前視床下部間質核と呼ばれる部分が女性よりも大きくなりやすい。ところが、アンドロゲンの脳への作用の違いなどから、分界条床核と前視床下部間質核のサイズに個人差があり、それがGIやSO(性的指向)にも関わるようだ。
「カラダが男性でもGIが女性の人は、分界条床核が女性並みに小さいという報告がある。つまり、分界条床核が小さいと、カラダの性とは独立にGIは女性になる可能性があるといえるのです。
また、前視床下部間質核が大きい人は、自分より小さくて弱くて可愛いものが好きになり、小さい人は自分よりも大きくて強くて逞しいものを好きになる傾向があります。同性愛男性は、異性愛男性より、前視床下部間質核が女性並みに小さいという報告もあります」(池田清彦先生)
SOGIを後天的に変えるのが難しいのは事実だが、SOGIに出生後の環境や養育がまったく影響しないとは言い切れない。また、生物学的な性差があるにせよ、それを理由とした男女差別やSOGIによる差別が許されないのは言うまでもない。