SOGIってわかりますか? 知っておくべきジェンダーのこと
あなたが思っている男らしさ、女らしさは今や古色蒼然かもしれない。あらためてジェンダーとは? そもそも生物として男女ができる仕組みとは? さあ、今こそアップデートの時間です。
取材・文/井上健二 イラストレーション/うえむらのぶこ
初出『Tarzan』No.816・2021年8月5日発売

ジェンダーの基本のキを学ぶ
生物学的な性差を意味するセックスという言葉の代わりに、ジェンダーという言葉を見聞きする機会が増えた。ジェンダーの解釈はさまざまだが、生物学的な性差に加え、社会的・文化的な性差を指すことが多い。
ジェンダーと聞いて、多くの人の頭に最初に浮かぶのは、LGBTというキーワードではないだろうか。LGBTは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーという4タイプの性的マイノリティの総称。11人に1人が、LGBTという報告もある。
最近は、男でも女でもある、またはどちらでもない人を表すクィア(またはクエスチョン)を示すQを足したり、インターセックス(生物学的な男女の特徴が混在する状態)を表すIを足したりすることもある。頭が混乱しそうだが、性的マイノリティの細分化に走る前に考えたいことがある。
「SOGI(ソジ)という視点から、少数派も多数派も含めて人間の多様性を理解することが重要だという考え方が注目されています」(明治学院大学社会学部の加藤秀一教授)
SOは性的指向、GIは性自認を意味する英語の頭文字。性的指向は恋愛・性愛がどの性に向かうかで、GIは性別のアイデンティティだ。
性的多数派は、LGBTを他人事と捉えがち。それが偏見の温床になることもあるが、SOGI的に見直すとジェンダー問題は我が事になる。
読者には、生物学的に男性で、自分でも男性だと思っており、女性に恋愛感情を抱く人も多いだろう。それは、GI的には性自認が生物学的性別と一致する「シスジェンダー」であり、SO的には異性に恋愛感情を持つ「ヘテロセクシュアル」と定義される。
同じように周囲の人たちを、SOGI的視点で等しく捉える見方が大事なのである。


ジェンダー役割の呪縛を超えてジェンダー平等へ
ご存じだろうか。正月の箱根駅伝で毎度話題になるのが、「男だろ!」という半ばお約束の叱咤激励。
駅伝ファンは「キター!」と熱狂する場面だが、この声掛けに違和感を持つ人もいる。なぜなら、その背景には、「男はこうあるべきだ」「女はこうあるべきだ」といった固定観念の存在が感じられるからだ。
「男は強く、女は優しくといった男らしさ、女らしさを“ジェンダー規範”と呼び、それに沿って性別で社会的・文化的に期待される役割を“ジェンダー役割”といいます。
“男だろ!”という激励には、たとえ言葉にしなくても、“男なら苦痛に耐えて頑張るべきだ”といった暗黙の指導が気配として感じられる。しかし、男だからという理由で、無条件にジェンダー役割に即した男らしさを発揮するべき理由はないのです」
原始時代、男は外で狩りをして、女は洞穴で子どもに寄り添ったという“神話”(考古学では、それは必ずしも正しくないと判明している)を信じ込み、男は仕事に励み、女は結婚したら家庭に入り家事と育児を頑張るべきだというのが、ステレオタイプなジェンダー規範&役割。
ところが、近年は既存のジェンダー規範&役割に囚われず、社会のあらゆるシーンですべてのジェンダーは平等であるべきだという「ジェンダー平等」が重要視され始めた。残念ながら日本は、男女格差(ジェンダーギャップ)指数ランキングで世界120位(世界経済フォーラム、2020年)と下位に沈んでいる。
「日本では、教育でも就労でもまだまだ男女格差が激しいのが現実です。そのことから、ジェンダー平等ばかりに焦点を当てすぎると、男女格差の存在が覆い隠されるのではないかと心配する声もあります。
ですが、男女格差の解消を含めてジェンダー平等に一歩でも近づくことが、一人ひとりの人間の存在と価値観を尊重する多様性(ダイバーシティ)を実現する近道ではないでしょうか」
スポーツとジェンダーを考える
スポーツ界、とくにオリンピック種目のような競技スポーツでは、アスリートの性差やジェンダーに目が向けられるケースが増えてきた。
スポーツのパフォーマンスを左右する筋力などの体力レベルの平均値は、男性が女性を総じて上回る。男女が一緒に競うと、女性の活躍の場を奪う恐れもある。そこで男性が女性の競技に乱入しないように、性別チェックが行われるようになった。
以前は、性別は外性器を目で見て確かめていたが、後に性染色体でチェックするようになる。性別が性染色体だけでは決まらないとわかると、筋肉量など体力に関わる男性ホルモン(テストステロン)の濃度を調べる検査が行われるようになった。
スポーツにおける性差にスポットライトが当たったきっかけは、2009年の世界陸上選手権女子800mで優勝した南アフリカの中距離選手キャスター・セメンヤ選手に、性別疑惑が持ち上がったこと。
2021年の東京五輪では、男性から女性に性転換したニュージーランド選手が、重量挙げでトランスジェンダー初の同国五輪代表に選ばれた。国際オリンピック委員会は、テストステロン数値が1年間一定数値以下なら、女性としての競技参加を認めている。
「サッカーのように技術要素が高い競技では、元なでしこの永里優季選手のようにJリーグで男性に交じってのプレーを熱望する女性もいる。スポーツとジェンダーの問題は競技個別で考える必要がありそうです」
無自覚の無意識バイアスを意識する
話を身近な話題に戻すと、たとえば、カラダは男で男性器が付いているけれど、心は女性のトランスジェンダーが女子トイレに入るのはOKかNGか。
「性自認が女性のトランスジェンダーは、男子トイレで性器を見られるのが恥ずかしいと思う人が大半ですが、男性器を持つ人が女子トイレに入るのは怖いという女性の声を尊重しつつも、トランス排除にならない対応が必要です。個別ケースごとに丁寧に解決するしかありません」
トイレのように目に見える部分の改善に加え、心に宿る無意識のジェンダーバイアス(男女の役割に関する偏見)の有無を問う姿勢も大切。
加藤先生は教え子の女子学生から、次のような悩みを寄せられたとか。
「バイト先で頑張って好成績を上げたら、仲のいいバイト仲間から“君は見てくれがいいからな”と言われてしまったそうです。相手は褒めているつもりかもしれませんが、“美人だから好成績だった”といったジェンダーバイアスがかかった評価は、本人を傷つけることもあるのです」
自らの見方・考え方に無自覚のジェンダーバイアスが加わっていないか。謙虚に問い続ける姿勢を持とう。
加藤秀一さん
教えてくれた人
明治学院大学社会学部教授。東京大学大学院社会学研究科Aコース博士課程単位取得退学。ジェンダーに関する著作が多い。1963年生まれ。