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“スリップインするだけ™”じゃない!《スケッチャーズ スリップ・インズ》快適学。
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体調管理の側面だけでなく、腸内環境は「運動」にも影響を及ぼす可能性がある。腸内環境の研究者である福田真嗣さんに聞いた、「運動との関係」を3つのトピックで紹介。
2021年7月の『NHKスペシャル』では、男子マラソン最速選手の速さの秘密を、糖質の吸収率が高い小腸にあると分析していた。だが、大腸にも彼の強みはきっとあるはずだ。
最速選手の名前は、ケニアのエリウド・キプチョゲ。彼の小腸ばかりではなく、その先に連なる大腸の腸内細菌まで分析を広げたら、新たな発見が得られた可能性は十分ある。
「運動と腸内細菌との具体的な関わりを探る研究はまだスタートしたばかりですが、腸内細菌が(マラソンのパフォーマンスを左右する)持久力に影響を与えることはすでにわかっています」(メタジェン代表取締役社長 CEO・福田真嗣さん)
腸内細菌は運動にポジティブなインパクトを与えるが、おそらく運動も腸内細菌にポジティブに働く。長年、運動は健康維持に有効とされてきた。その理由として、筋肉の増強、体脂肪の燃焼、血液循環の促進などが挙げられてきたが、どうやら運動による腸内環境への影響も健康増進にひと役買っているようなのだ。
「良い腸内環境で運動パフォーマンスが向上し、運動自体も腸内環境に影響を与えることで、より健康になるという好循環も期待できます」
福田真嗣さん
メタジェン代表取締役社長 CEO。1977年生まれ。慶應義塾大学先端生命科学研究所特任教授。明治大学大学院博士課程を修了後、理化学研究所などを経て現職。2015年にメタジェンを設立。腸内フローラ研究の第一人者。専門は腸内環境制御学、統合オミクス科学。博士(農学)。
運動能力のなかには、腸内細菌でパフォーマンスが上がることが確実視されているものもある。それが、すでに触れた持久力だ。
持久力で鍵を握るのは、腸内細菌が腸内の発酵で作り出す短鎖脂肪酸。酢酸、プロピオン酸、酪酸などだ。食物繊維やオリゴ糖を摂ると、短鎖脂肪酸が腸内で増えるとされる。
「腸内細菌が産生した短鎖脂肪酸は、腸から吸収されて肝臓で糖質や脂質の代謝を活性化し、その結果として筋肉のエネルギーになるため、持久力が向上すると考えられます」
持久力と腸内細菌の関わりが最初に報告されたのは2019年。アメリカのボストンマラソンの完走者には、一般人と比べてベイロネラ属という種類の腸内細菌が多かった。この菌は、運動で生じる乳酸を腸内で短鎖脂肪酸に変えている。
興味深いことに、大学駅伝選手を対象とした福田先生らの最新の研究では、日本人ランナーの腸内に多かったのはベイロネラ属ではなく、バクテロイデス属という腸内細菌。
「一般の人に、腸内でこの菌が好む食品成分を摂ってもらったところ、8週間でこの菌が増えて運動後の疲労感が有意に下がり、10kmの自転車走のタイムが約10%速くなるという結果が得られました」
いずれにしても、持久力アップには、腸内細菌に短鎖脂肪酸を作ってもらうことが重要。腸内細菌の餌となる食物繊維をしっかり摂ろう。
同じような筋トレをしていても、筋肉が大きく太くなりやすい人と、なりにくい人がいる。その差を生む一因は、ひょっとしたら腸内細菌の違いにあるのかも。ヒントは、牛に代表される偶蹄類(蹄が2つに割れた草食動物)の次のような生態。
「牛は草食動物なのに、筋肉隆々なのは、タンパク質を構成するアミノ酸を、発酵で作り出せる微生物が、胃にたくさん棲むため。胃が4つあり、4番目の胃でアミノ酸を微生物ごと消化吸収するので、タンパク質を合成して多くの筋肉が作り出せるのです。
同様にヒトでも、腸内細菌のバランスにより、筋肉の付き方に差が出る可能性が考えられます」
腸内細菌の多様性が低いと、頑張って筋トレしても、その効果が十分得られないことも考えられる。
「腸内細菌叢の多様性が乏しいと、腸管のバリア機能が低下し、腸内で作られた炎症物質が侵入しやすくなります。炎症が生じると、脂肪細胞が作るホルモンに似た性質を持つアディポネクチンの分泌が抑えられます。アディポネクチンには体脂肪を分解する働きがあるので、その分泌が減ると太りやすくなるのです」
多様な腸内細菌が存在すると、腸管の細胞のエネルギー源となる短鎖脂肪酸が増える。その結果、細胞の新陳代謝が促されるので、バリア機能がUP。炎症物質の侵入がブロックされるため、無駄な体脂肪の蓄積は抑制されるのだ。
筋トレでバルクアップしたいなら、プロテインを使い、筋肉の材料となるタンパク質を増量するのがお約束。ただし、プロテインの摂り方次第で、腸内環境が乱れることもあるから、気をつけたい。
通常、摂取したタンパク質は、アミノ酸にまで分解されて小腸で吸収される。ところが、プロテインを一度に大量摂取すると、消化管での分解や小腸での吸収が追い付かなくなり、結果としてタンパク質やアミノ酸が大腸まで流れ込む。
前述の牛との比較では、アミノ酸の代謝力の違いにより、筋肉の付き方に差が出る可能性を指摘したが、牛でもヒトでも本来は大腸まで大量のタンパク質やアミノ酸は届かないはず。
その場違いなアミノ酸が腸内細菌により分解されると、腐敗臭を発する代謝物質が作られることもある。トレーニーの間で「プロテインを摂りすぎるとオナラが臭くなる」と長年噂されているのは、この腐敗臭が含まれているせいかもしれない。
プロテインを摂るなら、1回20〜30gに抑えておけば、消化管の消化吸収能力を超えて腸内環境に悪影響を与える心配はないだろう。
腸内環境のバランスを整える救世主は、やはり短鎖脂肪酸だ。トレーニングやプロテイン摂取の恩恵を最大化するためにも、日頃から食物繊維を豊富に摂取して短鎖脂肪酸をたくさん作り、腸内のコンディションを整えておくべきだろう。
体脂肪を落としてボディラインを整えるために、トレーニングと並行して糖質制限に励む人は少なくない。
確かに、糖質制限には、余計な体脂肪を減らす効果が期待できる。一方で、糖質をあまりに減らしすぎると、腸内環境に悪い影響が及ぶ恐れもあるから、トレーニーは要注意。
筋肉をはじめとする細胞の基本的なエネルギー源は、糖質と脂質。そのうち糖質をセーブしすぎると、エネルギー不足を補うため、脂質の代謝が活発になる。すると、肝臓で脂質からケトン体という物質が作られるようになり、全身でエネルギー源として利用される。
ストイックな糖質制限ではケトン体が増えることから、「ケトジェニックダイエット」と呼ばれることもある。
ケトジェニックダイエットでは、肝臓で盛んに作られるケトン体のうち、β-ヒドロキシ酪酸という物質が大腸まで届くこともある。そして、このβ-ヒドロキシ酪酸は、持久力の向上にもプラスに作用する短鎖脂肪酸を作り出してくれるビフィズス菌の活動を、邪魔することがわかっている。
「またケトジェニックダイエットでは、Th17という免疫細胞の減少や、食物繊維の摂取不足で腸内環境が悪化する心配もあります」
取材・文/井上健二 イラストレーション/藤田翔
初出『Tarzan』No.817・2021年8月26日発売