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“乳酸”が関与していた!?「筋トレで痩せる」その本当の理由

まさかまさか、あの「乳酸」でカラダを絞れるかも?という研究をご存じか。“疲労物質”と刷り込まれていた時代は過去。メカニズムを理解していざ実践!

乳酸は「高強度運動時」のエネルギー源。

筋肉と体脂肪。この足し算引き算に乳酸が大きな役割を果たしていることが、最新の研究で分かってきた。そもそも乳酸とは何か。まずは細胞内でエネルギーがどう作り出されているかをおさらいしよう。

エネルギーとして利用されるのは主に糖質と脂質で、安静時はおよそ50:50の比率で消費されている。運動すると強度が高まるにつれ糖質の比率が増すが、糖質と脂質は常にセットで消費されていると考えていい。

よく、有酸素運動で体脂肪が“燃える”というが、このとき糖質もしっかり消費されている。というか、糖質なしには脂肪は燃えない。ちょっと前まで箱根駅伝のゴール前で選手たちがフラフラになり倒れ込んでしまった理由は、主に糖質の枯渇によるもの。脂肪を100%エネルギーにして人は動くことができないのだ。

その糖質の利用工程を見てみよう。血液中の糖質(グルコース)が細胞内に送られると、さまざまな酵素反応を経てピルビン酸という物質に変換される。これが「解糖系」というルート。ここから二手に分かれ、一部はアセチルCoAという物質となり細胞内のミトコンドリアに送られ、一部は乳酸へと変化する。

通常の糖質代謝
グルコースがピルビン酸に変換される「解糖系」は細胞質で展開される代謝ルート。ここで乳酸が作られる。

ミトコンドリアの中には「TCA回路」という代謝サイクルがあり、さまざまな物質に変換される過程でエネルギーが生み出される。つまり通常は、グルコース→ピルビン酸→アセチルCoA→TCA回路というのがエネルギーを生み出す王道ルート。乳酸はその際に作り出されてはピルビン酸に再合成される、いわば予備エネルギーだ。

運動で乳酸が効率のいいエネルギー源に。

では、そろそろ運動をスタートしよう。ダッシュをする。階段を駆け上る。ボートを漕ぐ。その開始直後から乳酸の量はうなぎ上りに増える。ひと昔前は乳酸の増加が疲労の原因といわれたくらい、その増量っぷりはすさまじい。

安静時、ピルビン酸1に対して乳酸の比率は10で平衡を保っている。ところがひとたび運動を始めると、その比率は1:100と10倍に跳ね上がる。

で、何が起こるかというと、ミトコンドリアの中にある乳酸の輸送装置、トランスポーターが発動するのだ。この装置によって乳酸は直にミトコンドリア内に輸送され、そこからピルビン酸→アセチルCoAに変換されTCA回路へと送り込まれる。

運動中は控えのエネルギーだった乳酸が運動中、とくに強度の高い運動ではエネルギー産生ルートの王道になるのだ。

激しい運動時の糖質代謝
運動時はピルビン酸から大量の乳酸が作られる。するとミトコンドリア内のトランスポーターが発動し、乳酸が直接取り込まれる。

ちなみに、乳酸のトランスポーターはMCT(モノカルボン酸トランスポーター)と呼ばれるもの。モノカルボン酸はピルビン酸、乳酸、脂質分解の過程で作られるケトン体などの総称。

安静時、ピルビン酸が多いときはピルビン酸の、運動時に乳酸が増えたときは乳酸の、糖質制限でケトン体の濃度が高くなったときはケトン体のMCTが発動し、ミトコンドリア内に取り込むという仕組み。

カラダはそのとき最もリーズナブルな代謝ルートを選択する。ミトコンドリア内にこうした乳酸の取り込みに作用するMCTが存在することを突き止めたのが立命館大学の橋本健志教授たちだ。

ひと昔前は“疲労物質”扱いされていた乳酸、実は運動時のエネルギー生成の主役を張っているのだ。

乳酸はミトコンドリアの機能をチューンナップする。

ミトコンドリアはよく、エネルギーを作り出す工場にたとえられる。エネルギーを表す通貨をATPというが、グルコースがピルビン酸に変換される「解糖系」では、グルコース1分子に対して作られるATPは2分子。一方、ミトコンドリア内で作られるATPは36分子と、エネルギー生成の効率が高いからだ。

といっても、先に述べたTCA回路がばんばんエネルギーを生み出しているわけではない。このサイクルではグルコース1分子に対して作り出されるATPは2分子で解糖系と同レベル。ミトコンドリアが「工場」と呼ばれる所以は、第3のエネルギー産生ルート、「電子伝達系」にある。

TCA回路のプロセスで作られた大量の補酵素は電子伝達系に取り込まれ、ここで電子をやりとりする反応の中でATP34分子が作り出される。ちなみに、CoQ10というサプリメントがあるが、あの物質の働きのひとつは電子伝達系での電子のやりとりを促すこと。

さて、TCA回路には糖質だけでなく脂肪の分解物である脂肪酸も取り込まれる。運動中なら乳酸と脂肪酸がTCA回路でATPを作り出し、さらに電子伝達系にタスキを渡す。

ミトコンドリアのエネルギー産生システム
ミトコンドリアのエネルギー産生経路の主役は多くのATPを作り出す電子伝達系。乳酸がこの経路を後押しし、脂肪が燃焼する。

ミトコンドリアの機能が上がるというのは、これらの反応が速やかに行われ、乳酸と脂肪が文字通り補完しながら“燃やされる”ということ。

乳酸の刺激によってミトコンドリアが増える。

ひとつの細胞には数百から数千のミトコンドリアが存在しているという。数値の幅が大きいのは、代謝が活発な細胞とそうでない細胞があるから。や肝臓など四六時中働いている部位にはそれだけエネルギーが必要なのでミトコンドリアが多い。当然、あまり働かない部位の細胞では少ない。

となると、とくに個人差が大きい部位のひとつが筋肉。よく動く筋肉にはミトコンドリアが多く、怠けている筋肉には少ない。

ミトコンドリアを作り出す役割を果たすのは、運動によって筋肉から分泌されるPGC−1αというタンパク質。そのPGC−1αが現れるきっかけにはさまざまな因子がある。たとえば、運動によって発動し、インスリンに代わって糖質を細胞に取り込むAMPキナーゼという酵素。同じく運動によって筋肉から分泌されるアイリシンという生理活性物質。あるいは、長寿遺伝子と呼ばれる遺伝子などなど。

で、乳酸もその因子のひとつ。マウスの実験で筋肉の細胞に高濃度の乳酸を加えたところ、PGC−1αの遺伝子発現が高まることが分かったのだ。

ミトコンドリアを増やす条件
ミトコンドリアを増やすPGC-1αは運動によって出る。ホルモンや酵素、長寿遺伝子や乳酸も発現の一因子。

乳酸はミトコンドリアの機能アップだけでなく、数を増やす役割も果たす。前述した通り、乳酸は強度の高い運動で増える。有酸素運動の刺激でミトコンドリアが増えるから、陸上の長距離選手にスタミナがあるのは当たり前。でもボートやスピードスケートの選手も負けず劣らずのスタミナを備えていることも事実。

その謎の答えは、このあたりにありそうだ。

筋トレで痩せる。その本当の理由とは。

筋トレをすると太りにくいカラダが手に入ります。その理由は、筋肉が増えると基礎代謝が上がり、運動していないときのエネルギー消費量がアップするからです。

というのが、巷に流布している筋トレ礼賛の常套句。なので、カラダを絞りたければ筋トレ必須というオチになる。

確かに基礎代謝のうち、骨格筋が消費する割合は約2割。頑張って筋肉を増やせばそれなりに基礎代謝が上がるかも? いやいや、冷静に考えると筋肉を1kg増やしたとしても上乗せされる消費エネルギーは1日約13キロカロリー。残念ながら微々たるもの。

それよりも、上で解説したように、筋トレで乳酸を作り出すことによってミトコンドリアが増え、エネルギー代謝が高まるロジックの方がより納得できる。

筋トレで基礎代謝は増す?
筋肉1kg分のエネルギー代謝量を1年に換算すると5000kcalに満たない。脂質1kgには遥か及ばず。

マウスの実験では乳酸とカフェインをミックスしたサプリメントを投与して運動させると、ただ運動したマウスより筋肉での脂質代謝が高まり、最終的に皮下脂肪が有意に減ったという報告もある。さらには、あまり運動しないマウスに同じサプリメントを投与したところ、皮下脂肪が減ったという驚きの報告も。本当ならそのサプリ、即欲しい。

乳酸がメタボのリスクを下げる可能性もある。

続いて、マウスによる糖負荷試験という実験。これは空腹時にブドウ糖を投与して血糖値の変動を計測するというもの。インスリンが正常に働けば、血中の糖質が各細胞に速やかに運ばれ、血糖値は下がる。その逆なら、血糖値は急上昇して高め安定となる。

つまりこれ、糖尿病のリスク度を割り出す試験で、ヒトでも同様の方法で行われる検査。空腹時の血糖値が正常でも食後の血糖値が高い状態が続くという結果が出ると糖尿病予備軍が疑われる。

で、マウスの実験。あらかじめ糖質の多い食事で肥満状態にしたマウスを一定期間運動させ、糖負荷試験を行った。運動療法で糖尿病の改善が期待できるのなら当然、糖負荷試験の成績も上がるはず。ところが、血糖値は急上昇しその後も高い数値が続いた。

一方、乳酸+カフェインのサプリメントを投与したところ、血糖値のピークも低く抑えられ、その後は数値が低下したという。

乳酸サプリによる糖質代謝
高糖質食を5週間食べさせた肥満マウスの糖負荷試験。運動+サプリグルーブが最も糖代謝の反応がよかった。

乳酸は脂肪燃焼だけでなく、メタボ予防にも有効。だとしたら見た目も健康も担保される?

乳酸、筋肉、脂肪の連携で体脂肪が燃える!?

2019年、『ネイチャー・メタボリズム』という学術誌に驚くべき研究結果が発表された。

マウスに運動をさせて筋肉で乳酸を大量に作らせたところ、その乳酸が脂肪組織を刺激してある物質が分泌された。結果、脂肪代謝がアップし、インスリンの働きが良好になり、脂肪にまつわるさまざまな炎症反応が抑えられたという。

ある物質の名は「TGF−β2」。脂肪細胞からはさまざまな物質が分泌されていて、食欲を抑えたり動脈硬化を防いだり逆に生活習慣病を引き起こしたりする。これらを総称してアディポサイトカインという。満腹感を促す善玉アディポサイトカインのレプチン、糖尿病のリスクを高める悪玉アディポサイトカインのTNF−αなどがその代表格。

TGF−β2は善玉アディポサイトカインの一種。もともと胎児の成長や炎症の抑制に関わることは知られていたが、乳酸の刺激で分泌され脂肪燃焼メタボの改善作用があることが初めて明らかにされた。

乳酸の新たな作用
ネイチャーの姉妹誌で発表された画期的な論文。筋肉と乳酸と脂肪のコーディネーションが脂肪燃焼&メタボ改善に繫がる。

筋肉中の乳酸が脂肪に働きかけ、それらのコーディネーションで体脂肪が燃える。乳酸のポテンシャル、一体どこまで上がるんだ?

リバウンドの防止に乳酸がひと役買っている?

それにしても、乳酸が脂肪細胞に働きかけてどんどん痩せて健康になっていくとは夢のようなお話。

これはまだ仮説の段階だが、次のような考え方もできる。もともと体脂肪は中性脂肪という形でカラダに蓄えられている。それがグリセロール脂肪酸に分解されて、エネルギーとして利用されるから痩せるという仕組み。

たとえば、ランニングでいい感じに痩せたとしよう。でも仕事が忙しくなってまとまった時間が取れなくなると、あっという間に人のカラダは元の状態に戻ろうとする。これがホメオスタシス(恒常性維持)というカラダに備わったシステムだ。

一方、乳酸が出るような高強度運動は短時間でも効力を発揮する。乳酸の作用で筋肉自体の脂肪燃焼能力が上がり、少しずつホメオスタシスが下方修正されていく可能性は大いに考えられる。

ならば、1日数分でもいい。乳酸が出るような運動を行えば、リバウンドしにくいカラダが手に入るかもしれない。とってもお得な話ではないか。

脂肪を落とす最強の運動は「高強度間欠運動」だ。

乳酸には脂肪燃焼を促す可能性があるだけでなく、筋肥大にも有効という実験結果も揃いつつある。

シャーレ上の筋肉細胞に10mmolの乳酸を振りかけた実験では筋肥大が起こることが分かった。また、マウスに例の乳酸+カフェインサプリメントを投与して、ジョギング程度の運動をさせた実験では、ふくらはぎの筋肉の筋肥大が見られたという。

乳酸サプリによる筋肥大
低強度の運動とサプリを組み合わせたグループは、腓腹筋、前脛骨筋ともに筋肥大の割合が大きかった。

ってことは、サプリを飲んでゆるい運動をしただけで、カラダが絞れるようになる日も近い!? 残念ながらヒトのカラダはそれほど単純ではない。肝臓で乳酸がどのように代謝されるかは未だブラックボックスだ。

となればやはり、運動によって自前の乳酸を出すしか手はない。筋肉中の10mmolの乳酸濃度を血中濃度に換算すると5〜6mmol。これはオールアウトの80%程度のキツい運動時に相当する。

脂肪燃焼と筋肥大を同時に狙うのであれば、高強度運動であるほど効率がいい。理想を言えば、HIIT(高強度間欠運動)のような短時間の高強度運動と休憩を交互に行うインターバルトレがおすすめだ。

さあこれにて、カラダを絞るための秘密はすべてお伝えした。あとは実行するのみ。

取材・文/石飛カノ 漫画・イラストレーション/小山健 取材協力/橋本健志(立命館大学スポーツ健康科学部)

初出『Tarzan』No.813・2021年6月23日発売

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