腸内環境がカラダに与える影響とは?「脳と腸」から探る、長寿の秘訣
「脳腸相関」というキーワードが最近大きな話題に。腸は第二の脳、ともよく耳にする言葉。果たして、その意味することは? 気になる長寿との関係も最新研究で明らかに。
取材・文/井上健二 イラストレーション/山本重也 取材協力/森田英利(岡山大学大学院環境生命科学研究科教授)
① そもそも良い腸内フローラとは?
腸内には約1,000種、40兆個ほどの腸内細菌が共生する。腸内細菌は腸管を花畑のように覆うことから、その集団を腸内フローラと呼ぶ。
腸内フローラがどう咲くかで、腸内環境は左右される。その良し悪しは消化吸収のみならず、免疫力や運動能力、果ては寿命にも関わる。では、良い腸内環境を演出する、良い腸内フローラとは?
「医学的に明快な定義はありません。私は良い代謝物を作る有用な腸内細菌が多い腸内フローラが良いフローラであり、良好な腸内環境へ導くと考えています」(岡山大学大学院環境生命科学研究科の森田英利教授)
腸内細菌はヒトが食べたものを分解して生きており、その際にさまざまな代謝物を作る。なかでも酢酸や酪酸などの短鎖脂肪酸は、腸管内を理想の弱酸性にキープするほか、腸を作る細胞に吸収されて数々の御利益をもたらす。神経伝達物質の一種であるγアミノ酪酸(GABA)やセロトニンを作る腸内細菌もいる。
腸内フローラの多様性も大切。腸内には、有益な代謝物を作る有用菌以外にも多くの腸内細菌が棲む。その多様性が高いほど、腸内フローラは柔軟でバランスが整いやすいのだ。
腸内フローラチェックリスト
- 便秘や下痢に悩んでいる。
- オナラが臭いときがある。
- 乳製品などの発酵食品を食べない日が多い。
- 社会人になって10㎏以上太った。
- 風邪をひきやすい方だ。
- 便が臭い。
- ストレスを溜めやすいタイプだ。
- 便の色が黒っぽい日がある。
- お酒を飲みすぎるのに、休肝日はない。
- 野菜、海藻、きのこを食べない日が多い。
- 実年齢よりも老けて見られる。
- ここ1年運動らしい運動をしてない。
便通や生活習慣などから腸内フローラの現状が想像できる。チェックリストで思い当たる項目が多い人は、腸内フローラのバランスが乱れている恐れがある。
② 免疫と、どう関わりがある?
腸管とは、口から肛門までシームレスに続く一本の管のこと。腸内フローラは小腸と大腸にあり、ともに免疫と深く関わっている。初めに、小腸のフローラからチェックしよう。
食べ物に含まれる栄養素の大半は、小腸から体内へ吸収される。厳密に言うなら、腸管の内腔はまだ体外で、小腸の細胞を通り抜けたところが体内。小腸はカラダの外と内を分ける国境地帯なのだ。ゆえに有害な物質や病原菌などが、栄養素に紛れて侵入しないように、小腸の粘膜の下にはパイエル板という免疫器官が控え、白血球などの免疫細胞が待機する。
続いて大腸のフローラはどうか。
有用菌が作る酪酸は、体内に取り込まれてT細胞という獲得免疫の要となる細胞を増やしたり、分化を促したりする。酪酸は未成熟のT細胞の遺伝子に働きかけて、増殖や成熟化のスイッチを入れるのだ。
酪酸が大腸のリンパ節に控える形質細胞に作用すると、外敵と戦うIgAという抗体(免疫グロブリン)の産生を促す。さらに酪酸が血液を介して小腸に伝わると、パイエル板でもIgAが増える。このIgAは腸管だけではなく、全身の粘膜に移動して粘膜免疫を高めてくれる。
③ 「脳腸相関」ってホントにある?
ストレスがあると便通が乱れて便秘や下痢が起こりやすいし、便秘や下痢だと気分が暗くなる。このように脳と腸の関わりは日常的に自覚しやすいが、それは医学的にも認められつつある。「脳腸相関」だ。
脳と腸の連絡経路は神経、血管、リンパ。なかでも大事なのは神経と血管だ。
まずは神経に関して。腸管には、消化吸収を進めるための固有の神経細胞が集まっている。このため「第二の脳」という異名を持つほど。この第二の脳は、本家の第一の脳とも連絡している。脳に中枢を持つ自律神経も、腸管の動きをコントロールしているが、自律神経の副交感神経に属する迷走神経は腸管から脳へ情報を伝えているのだ。
続いて血管はどう関わるのか。
腸管で作られた代謝物は、体内にも吸収されて血液で全身を巡る。その一部は、脳にまで到達する。
脳に出入りする血管は、血液脳関門という関所のような構造を持つ。血液脳関門の結束は強く、脳のエネルギー源となる血糖(グルコース)くらいしか通さないが、加齢などの要因でその結束が緩むと、腸内フローラで生まれた代謝物が脳内に入り、影響を及ぼすことも考えられる。
④ 菌は「生きて腸に届く」のが理想?
腸内環境を良くするため、ヨーグルトなどの発酵食品から有用菌を摂取することが推奨される。有用菌はプロバイオティクスと呼ばれており、有用菌を活用した腸内フローラの活性化を俗に「菌活」という。菌活では有用菌が「生きて腸に届く」ことを重視する風潮があるが、必ずしもそこにこだわる必要はない。
「同じ種類の有用菌で、生きたものと死んだものを取り入れて比べても、効果には大きな差がないという報告が多い。逆に死菌の方が効果的という論文もあります」
生後ある程度経つと有用菌のメンバーは決まるが、生きて届いた有用菌はしばらく助っ人として活躍する。死んだ菌でも有効なのは、菌の細胞の外側を覆うペプチドグリカンという成分が作用するから。ペプチドグリカンは、タンパク質を作るアミノ酸と糖質からなる物質である。
「菌体を作るペプチドグリカンが腸管に吸収されると、免疫を賦活することが知られています」
菌活でもっとも肝心なのは、継続すること。トレーニングと同じで続けないと成果は望めない。「生きて腸に届く」ことにこだわりすぎないで、もっと気軽に菌活に励もう。
⑤ ビフィズス菌って、そんなに大事なの?
有用菌でも日本人にいちばん馴染みが深いのは、ビフィズス菌。酢酸や酪酸といった短鎖脂肪酸を作る。下のグラフでわかるように、国際比較をすると、日本人の腸内にはビフィズス菌が突出して多い。ビフィズス菌は長寿者の腸内フローラにとくに多い。
持って生まれたビフィズス菌をさらに菌活するなら、ヨーグルトから摂るのが手軽。ビフィズス菌にはいろいろな種類があるから、2〜3週間試して便通が良くなるなどポジティブな変化があったものを続けよう。
意外に思われるかもしれないが、ビフィズス菌がヨーグルトを作るわけではない。ビフィズス菌ヨーグルトは、乳酸菌にビフィズス菌を加えて発酵させているのだ。
牛乳からヨーグルトを発酵するのは、おもに乳酸菌。こちらも有用菌で、その名の通り、おもに乳酸を作る。ビフィズス菌と乳酸菌は似た者同士に見えて、実態は大きく異なる。
「腸管という同じ環境で共存していますが、遺伝子レベルではヒトとクラゲくらい異なる生き物です」
またビフィズス菌は酸素が苦手で大腸に棲んでいるが、乳酸菌は酸素に強くておもに小腸に棲んでいる。