新たな“付き合い”を始めるために、2020年前半「スポーツジムに起きたこと」を振り返る
未曾有の事態に陥った2020年前半。スポーツジムもほぼすべてクローズし、その存在の大きさに改めて気づかされた人も多いはず。まだ先が見えない今だからこそ、ジムとの新しい付き合い方をポジティブに考え始めるべきなのかもしれない。
取材・文/井上健二 撮影/谷尚樹 撮影協力/ゴールドジム原宿東京
初出『Tarzan』No.795・2020年9月10日発売
2020年前半のジムに起きたこと。
新型コロナの感染拡大は、飲食、宿泊、旅行といった業界に大打撃を与えた。
フィットネス業界、なかでもスポーツジムも例外ではない。新型コロナの感染を避けるには、密集・密接・密閉の3密を避けるのが鉄則。ジムは場合により3密になりやすい傾向があり、運動時には呼吸が激しく活発になって、飛沫感染のリスクが上がることもある。
「ジムに通っているのは、基本的に発熱もない元気潑剌な方々。会員制でいつ誰がどこを利用しているかも確実に追えるので、ジムは不特定多数が利用する業態よりも対策が立てやすいはずです。
ところが、感染しても発病しない元気な人びとが、重症化リスクの高い高齢者などに感染を広げる危険性が指摘されるようになり、業界内でも緊急事態宣言が出ればジムはクローズせざるを得ないという声が出てきました」
そう証言するのは、35年近くフィットネス業界に籍を置くレジェンドトレーナーの白戸拓也さん。
4月7日、政府が7都府県に緊急事態宣言を発出したことを受けて、その翌日から指定された都府県にあるスポーツジムは、クローズ。その後、休業要請は全国に広がった。全国に90店舗以上を展開しているジム最大手の一つ、〈ゴールドジム〉のケースを見てみよう。
「国や自治体の指示に従い、関東全域と大阪、兵庫、福岡は4月8日からクローズしました。次いで宣言の拡大に応じて京都と愛知の6店舗も閉め、4月25日には残りの4店舗も休業。全店舗が営業休止する状況となりました」(運営するTHINKフィットネス取締役の田代誠さん)
最後の店舗を閉めるときは、「ギリギリまでありがとう! 負けずに頑張ってください」という温かい励ましの声が多数寄せられたという。
ゴールドジムのように全国展開する大手ジムは、居住地以外の他店舗を出張時などに利用できるのがメリット。でも、コロナで移動が制限されると、それもままならなくなった。
「関東エリアは一斉に休業しましたが、関西エリアは大阪と兵庫が先に閉じ、その後しばらく京都と滋賀はオープンしていました。こちらから他店利用は推奨しませんでしたが、府県を跨いで利用した方もいらっしゃったようです。
いよいよ滋賀の1店舗だけが開いているという状況になった際は、他店利用は禁止させていただきました。関西エリアには11店舗あります。その会員さまが滋賀の1店舗に集中したら、間違いなく3密が生じますから」(田代さん)
少数のパーソナルジムの対応は?
少人数のクライアントが対象のパーソナルジムはどう対処したのか。パーソナルジム〈CLUB100〉の最高技術責任者、中野ジェームズ修一さんが取材に応じてくれた。
「スポーツジムに休業要請が出そうになった際、そもそもパーソナルジムも休業要請の対象になるのだろうかという疑問がありました。行政に問い合わせても、“わかりません。しかし、営業を続けることをこちらからは推奨できません”という曖昧な返事しか返ってきませんでした。
うちは独自に判断して大手ジムと同じ時期からクローズしましたが、なかには3密を避けて営業を続けたパーソナルジムもあったようです」
中野さんは一般のクライアント以外にも、オリンピアンをはじめとするトップアスリートも指導している。アスリートたちのトレーニングにも、コロナは当然暗い影を落とした。
「影響は一般の方以上に深刻でした。トレセン(味の素ナショナルトレーニングセンター)は閉まっているし、スポーツジムも利用できません。練習場所もトレーニング場所もなく、大勢の選手たちが途方に暮れていました。
微力ながら役立ちたいという思いで、実業団駅伝の補強トレのようにルーティンが決まっているものに関しては、『ZOOM』を活用してオンラインで指導を行いました」
今なお、計り知れない影響がある。
緊急事態宣言が解除され、感染防止策を徹底したジムが順次営業再開したのは、6月1日以降。その間、ジムはさまざまな対応を取った。休業中、ゴールドジムは施設と設備のメンテナンスに力を注いだ。
「集中清掃とマシンの錆落とし、塗装の塗り直しを徹底しました。収益が落ちていますから、あまりお金はかけられませんが、メンテナンスくらいなら自分たちの手である程度行えます。
加えて感染予防のために、換気口を設けて空気の通り道を作ったり、トレッドミルの間に立てるパーティションを作ったりもしました。弊社にはサプリやマシン、ギアなどの物販部門もありますから、手が空いたスタッフで希望者には、これらの商品の発送や納品の業務に就いてもらいました」(田代さん)
根強いファンが多いゴールドジムでさえ、休会者は約20%に達した。
「これまでも阪神大震災や東日本大震災などにより、エリアごとにクローズしたことはありましたが、今回は全国一斉休業でしたから、計り知れない影響がありました。再開してから、休会者にはフォローの連絡をしていますが、勤務先や家族からジム再開を止められているといった理由から、10%ほどはまだ休会されたままというのが実情です」
白戸さんは、今回の休業時期のタイミングの悪さを指摘する。
「春から初夏にかけてはジムの書き入れ時。新規入会者がいちばん増える時期です。そのタイミングで休業を迫られたので、経営的に大打撃を受けるジムが多くなりました。2008年のリーマンショックでは、売り上げが回復するまで2〜3年かかりました。今回は回復までにそれ以上の時間を要する恐れもあります」
中野さんのパーソナルジムでは、オンラインサービス強化に努めた。
「1対1、または5〜6名のセミパーソナルでのオンラインレッスンを実施。“好きなときにやりたい”“自分だけのプログラムが欲しい”という声に応え、30〜60分のオリジナルプログラムを作り、YouTubeで限定公開する形で提供しました。
この他、YouTubeでトレーニング動画の無料配信を毎日行いました。そのためジムに動画撮影用スペースを常設。私以外のトレーナーは動画編集スキルも上達しました」
これらの取り組みは大好評。退会者はわずか2名に留まったという。一方、有効な対策が打ち出せず、苦境に立たされたジムもある。
「オンラインサービスに加え、うちはトレーナーの育成事業が幸い好調だったので、ダメージを最小限に留めることができました。パーソナルジム一本でやっていたところには、経営的に立ち行かず、潰れてしまったジムもあります」(中野さん)
ジムで働く人には休業が死活問題となったケースもある。インストラクターやトレーナーには、アルバイト、フリーランス、業務委託契約といったいわゆる非正規雇用も多い。クローズ中、望むような休業補償が得られなかった人もいるだろう。
「とくにグループエクササイズでは再開後も人数制限などが行われており、コマ数が減り、以前と同じように満足に仕事ができないトレーナーもいます。仕方なく〈Uber Eats〉の配送バイトを始めたり、別の仕事を探したりしているトレーナーも少なくありません」(白戸さん)
コロナをきっかけにジムの進化は加速する。
ジムに通える日常が徐々に戻りつつあるなか、コロナ共生時代にふさわしいあり方をジムは模索している。中野さんのジムでは、オンラインサービスのさらなる拡充を目指す。
「YouTubeでの無料動画配信を続けながら、会員制の限定配信サービスも近々始めます。
過去にリアルで指導した経験があるクライアントなら、オンラインでもほぼ変わらないパーソナルが行えるという手応えが今回得られました。再開後、パーソナルジムの方が安心できるという入会希望者が増えています。リアルとオンラインをうまく組み合わせて、こうした新規の方々をどう指導するかが今後の課題になりそうです」
パーソナルジムだけではない。大手ジムでも動画配信やオンラインレッスンに力を入れるところが急増。コロナは海外と比べて遅れていた仕事のデジタル化を一気に進めたが、フィットネス業界でも同様に遅れていたデジタル化が進展しそうだ。
「世界的な潮流にモバイルヘルスとオンデマンドがあります。スマホやタブレットなどのモバイル端末に、アプリやオンラインストリーミングなどで、クライアントが望むトレーニングをサポートする試みです。
今後はジム、自宅、屋外といった垣根を取り払い、一つのプラットフォームでフィットネスを追求するサービスが増えるでしょう」(白戸さん)
ゴールドジムは自らの強みを活かしながら、他とはちょっと違った方向性を打ち出そうとしている。
「ハードに鍛えたいというニーズが強いうちのお客さまには、オンラインでの指導には限界がある。私たちの強みはマシンなどの物販があること。その特長を活かして、パワーラックなどを自宅に導入してもらい、その使い方を指導して目的に合わせたメニューを組み、ジムとホームジムの使い分けをパッケージで提案することを考えています。実際、マシンを自宅に置きたいという要望は以前より増えています」(田代さん)
コロナ太りの解消や免疫力維持、ストレス解消などのために、運動とジムの必要性は以前に増して高まっている。コロナで働き方を変えたように、私たちもジムとのより良い新たな付き合い方を見つけたいものだ。