カラダとココロを食から整える。東洋医学で養生の第一歩を踏み出そう
対感染症では西洋医学に勝ち目はないが、生活習慣に基づく不調には東洋医学が指し示す養生法こそが頼りになる。なかでも、今回は食事にフォーカス。肥満も痩せも不調も、その原因はアナタの生活にあり。東洋医学の神髄を知って、養生の第一歩を踏み出そう。
構成・取材・文/太田佑子 イラストレーション/佐々木一澄 撮影/谷尚樹 取材協力/若林理砂
初出『Tarzan』No.783・2020年3月12日
目次
1. まず、基本中の基本。陰陽とはなんぞや?
東洋医学の考え方を理解するうえでまず知っておきたいのが、人間を含む自然界すべての現象をどう捉えるかという世界観。その根幹をなす陰陽思想はどこからやってきたか。
「陰と陽の考えは古代中国の農民思想から来ていると考えられています。最初は光と影、太陽が当たるか否かの対比です。そこから類推して、男・女、高・低、乾・湿、上・下、背中・腹など自然界に存在するものを陰陽に分類します。対となる二つは二律背反、対立構造にあるのではなく、どちらかが欠けると世界が成り立たない。一枚の紙の裏と表のようなものだと考えてください」
陰陽は完全に同列で優劣もなく、世界を捉える二つの見方であり、両方が揃って世界のバランスがとれる。陰陽の性質を示した太極図では、全体は丸をなして、陰(黒)が増えると陽(白)が減り、陽が増えると陰が減る。さらに陰の中には陽があり、また逆も然り。
「陰中陽、陽中陰といって、その構造が延々と入れ子状態になって続いていく。つまり、東洋医学では完全な陰、陽という存在を想定していないのです。たとえば、男性のなかにも女性らしい要素がありますし、女性にも男性的な一面がある。また、陰極まれば陽となり、陽極まれば陰となるともいい、何事も極端な方向へ進むと陰陽が逆転したりもする」
陰と陽がお互いを補完し合いながら絶えず揺らぎ続け、支え合う。
「養生もまた同じで、極端は避けて中庸を心がけ、カラダという自然の秩序を保つことが大切です」
2. 東洋医学の基礎をなす5つのエレメント。
さらにもうひとつ、五行思想も東洋医学の基礎をなす考え方だ。
「これも農民の暮らしから発生した思想です。農業に欠かせない5つの材料“木材、火力、畑の土、金物、水”が形而上のものとなり、それぞれのエレメントの関係性から世界を読み解いていくのです」
- 木=植物、成長する、伸びやか。
- 火=炎上、温熱、上昇する。
- 土=土壌、生じる、化ける、受容。
- 金=鉱物、金属、変化、清潔。
- 水=液体、潤す、下へ向かう。
たとえば、木なら、そのものではなく、上へと伸びていくしなやかな様子。土は、そこから生き物が生じ、還る。水はさまざまなものを潤して、下方へ流れていく。
「こんなふうに、木・火・土・金・水のエレメントの特徴とその関係で、世界のすべてを分類していったのが五行思想です。そしてその対象は多岐にわたり、臓器の働きから、春夏秋冬、方角、味覚、怒りや喜びなどの感情、爪や唇などカラダのパーツも五行に分類されるのです」
陰陽・五行思想は東アジア全般に広がる独特のもので、知らず知らず、我々もその思想に慣れ親しんでいる。酒を飲んでは「五臓六腑に沁み渡るねぇ!」、気に入らない相手には「あいつは陰気でいけねえ」。陰気、陽気はまさに陰陽で、五臓六腑は肝・心・脾・肺・腎の五臓と、胆・小腸・胃・大腸・膀胱の五腑に三焦(リンパ管や細胞間質液の流れる隙間)を加えた六腑のこと(ただし臓器そのものではない)。
「木・火・土・金・水はジャンケンみたいな間柄でもあります。相克関係と言いますが、木克土(木は土に勝つ)、土克水、水克火。植物は土を養分として出てくる、土は水を堰き止める、水は火を消すといった関係性。また同時に、木が燃えて火となり、火が灰となり土壌を潤し、土の中から鉱物が産生されるという母子、相生の関係性もあるのです」
3. 食べ物は、性質や味覚の働きで人体に大きく作用する。
東洋医学ではまた、食べ物の性質も分類されている。即ち、大寒・寒・涼・平・温・熱・大熱。
「中国最古の薬物学書籍『神農本草経』に既に見られる考え方ですが、私の実感からすると、この7つの分類はシームレス。たとえば、もやしは平性(温めもせず冷やしもしない中庸)とされますが、原料によっては温に近かったり、涼に近かったり。なので、その食べ物はカラダを冷やすのか、温めるのか、それともだいたい中庸なのか大雑把に把握しておくくらいでよいと思います」
また、食べ物には、先に紹介した五行思想に基づく五味、酸・苦・甘・辛・鹹(ニガリを含んだしょっぱさ)がある。酸味は肝・胆に(木のエレメント)、苦味は心・小腸に(火)、甘味は脾・胃に(土)、辛味は肺・大腸に(金)、鹹味(かんみ)は腎・膀胱に(水)、影響する。
「五行図を見ると、夏には苦味が有効だとわかりますが、これは苦味のあるものを多く食べればよいということではありません。一つの味の食べ物が多すぎても少なすぎても臓腑には影響が出てしまいます」
注意すべきは甘味と鹹味。どちらも体内に水分を引き込むため、カラダがむくんだり、だるくなったり。
「甘味については、砂糖を使ったお菓子だけでなく、ご飯やパンなどの炭水化物も含まれます。丼物やラーメンなどは炭水化物に偏るうえに鹹味で塩分過多に陥りやすい。こういったときは、酸・苦・辛を意識して野菜を摂るなど、五味をバランスよく食べることを心がけてください」
4. カラダとココロを整える食べ物ってなに?
病気になって医者にかかっても、症状が改善されると、「もうなんでも食べていいですよ」。
でもそれ、ほんと? 食生活に問題はなかったの?
「もっともな疑問です。食べたものでカラダは作られるわけですから。不調の原因も食生活に関わっている可能性は否定できません。そのうえで知っていてほしいのは、薬食同源ということです」
薬食同源とは、カラダを治す薬も日常の食事も源は同じ食物であるということ。つまり、食べ物はその選び方、食べ方次第で薬にもなる。
「とはいえ、食物の五味五性をきっちり覚える必要はありません。おすすめは、近所の八百屋さんと仲良くなって、旬の野菜を意識すること。東洋医学が発生した時期が2000年ほど前と言いましたが、当時は野にあるものしか食べられないわけです。冷蔵庫も温室もないし、物流ルートもなかったのですから」
日本は南北に長く、さらに斜めに列島が走っている。土地の気候はさまざまで、季節感に差異も大きい。
「昔はそれぞれの地域で気候風土に合った食習慣があったはずですが、昨今それが失われてしまっている。日本は輸入食材も多く、たとえば真冬に熱帯植物であるバナナも食べられます。しかし、熱帯に育つフルーツはやはりカラダを冷やす。少し立ち止まって考える必要があります」
実は、先の五行図も、食べるべきは旬のものだと指し示している。
たとえば、木のエレメントである春は、自律神経などを司る肝に影響が出やすい。気鬱になったり、イライラしたり。五味のうち、同じエレメントに所属するのが酸味で、気を巡らせ、なだめてくれる働きを持っている。と、ピンと来るのが、春に旬を迎える柑橘類だ。盛りゆえに安価に手に入る。なんか落ち込むな、と思ったら夏みかんをひとつ、それでいいのだ。自然は、今、カラダに必要なものを与えてくれている。
5. 毎日を元気に過ごすための中庸なカラダ、食事バランスって?
わかった、じゃあ今度から旬のものをたくさん食べるわ、というのもちょっとした勘違い。
「今の時期、果物なら小ぶりな柑橘1個でいいし、旬だからといって山菜のてんぷらを山のように食べるのも間違い。食べるバランスも中庸にし、極端なことはすべて避け、カラダも中庸に持っていきましょう」
中庸なカラダとは、動物として生きやすい状態にあることだという。
わかりやすいので、西洋医学の指標で表すと、男性の場合、BMI(体重と身長から算出される肥満度)が17以上が許容範囲。
「体脂肪率も15%を切ってしまうと、抵抗力が落ち、寒けを感じるようになります。意外とマッチョは風邪をひきやすいのです。適度に筋肉、うっすらと脂肪がつき、ちゃんと動ける。これが中庸なカラダだと考えます」
若林さんが指導する食事は、男性なら21cm程度のお皿に野菜、炭水化物、タンパク質を2:1:1のバランスで盛り付ける方法だ。野菜は葉物を中心に旬のものを取り入れ、炭水化物はご飯を茶碗に軽く1膳。
「最近あまりにも米など穀物が厭われていますが、ある程度の炭水化物はカラダに必要です。穀物は脾胃(胃腸)を養うと考えられ、その脾胃は人間の生命活動の源である気が発生する場所。元気に暮らすには穀類は必須なのです。ただ、摂りすぎると体内の水を堰き止め、むくんできてしまいます」
こうしたバランスのいい食事を、できるなら1日3食。
「3食というのはリスクヘッジです。昼にうどんしか食べられなかったら、夜にタンパク質と野菜を補う。忙しいときなら、コンビニでチキンサラダにおにぎりでもいい。旬でなくても最低限の野菜を摂り、バランスよい食事を心がけてください」
6. 春夏秋冬、養生のキモは?
「中国医学の古典、『黄帝内経 素問』には四季の養生のポイントが記されています。本来、養生は人間の心持ちから起居動作すべてを規定するもので、これは春の養生の項」
意訳バージョンを紹介する。
春の3か月は、発陳(はっちん)の季節。少し早起きすること。庭をゆっくり散歩する程度の運動をし、衣服や髪もゆるやかに。「よし、こうしよう」と心を動かして。殺したり、奪ったり、罰したりすることなく、生かし、与え、褒めて大らかに過ごす。これが春の気にふさわしい養生だ。従わないと、夏に強烈な冷え性が起きて、夏の気に従ってイキイキと過ごせなくなるよ。
「注意してほしいのは、春の養生は夏のために行うということ。春にいろんなものを新陳代謝させておかなければ、夏に冷え性が起こってしまう、と言っています」
大まかに捉えると、季節は、春夏が陽で秋冬が陰。陽の季節は、外へ向かってさまざまなものを発散させ巡らせていく時季なので厳しく守らねばならない約束は少ない。しかし、陰の季節は生命活動も休みに入り、力を内側へ蓄えておく時季。
「冬は、感情もあまり動かさず、企みごとがあるかのようにする。汗をかいて気を奪われてはいけないなど、体力、気力を消耗しないように過ごすことが大事です。そしてこれを破ると病気になってしまうと。陽の季節を元気に過ごすには冬のうちに気を養っておかねばならないのです」
養生が間に合わなかった場合は?
「冬に蓄えられる腎の気が足りなくなっていると考えられるので、寝ることです。腎気が不足すると春、顔に症状が出やすくなるといわれます。目や鼻がかゆくなったり、頭皮にぶつぶつができたり。今からでもしっかり睡眠をとりましょう」
カラダを養生してくれる、春が旬の食材リスト
立春を過ぎると春の陽気がぐんぐん高まり、スーパーの店先に旬の食材が並び始める。
春のカラダは新陳代謝が活発となり、冬の間に溜め込んでいた老廃物を排出するが、このとき働いているのが五臓の肝。肝は血液を作り蓄える場所であり、自律神経を司るなどさまざまな役割を担う。その機能が低下すると情緒不安定となったり、足がつったり、めまいがしたり。
露地物の野菜や山野草、海で育まれる旬の魚介類は、カラダを養生してくれる自然の恵みだ。気が上がってのぼせた頭を鎮めてくれる苦味を持つもの、肝を補う酸味のあるもの。香りで気を巡らせる食材も豊富に出回る。これら頼りになる、養生食材のプロフィールを若林さんのコメントとともに紹介しよう。
PROFILE
若林理砂(わかばやし・りさ)/アシル治療室主宰の臨床家・鍼灸師。また、太極拳、カポエイラ、システマなどの武術を通してより快適な生活を目指す、スタジオリブラの主宰でもある。www.asilstudiolibra.com