ストレッチが必要なのはこんな人! 願望を叶えるストレッチの効果
カラダを柔らかくしたい!という願望以外に、ストレッチがカラダにもたらす御利益の解像度を高くしてみよう。きっと取り入れるべき人は多いはずだ。
取材・文/井上健二 イラストレーション/佐藤由基 取材協力/中村雅俊(西九州大学リハビリテーション学科理学療法学専攻主任、准教授)
初出『Tarzan』No.882・2024年6月20日発売
姿勢を良くしたい
スポーツやトレーニングとはまるで無縁なタイプでも、ストレッチには大きな恩恵がある。カラダの不調をもたらす姿勢の乱れを優しくリセットしてくれるのだ。
筋力は、運動不足だと30代以降は年1〜2%の割合で減っていく。それと並行して起こるのが、カラダの柔軟性の低下。
筋肉も関節も、使わないと弱くなったり、硬くなったりして衰える。ずっと乗らない自転車を雨ざらしで放置したら、サビついて動かなくなるのと同じ。さらにやっかいなことに、使いすぎても筋肉と関節は、硬くなって機能不全に陥りやすい。
筋力が落ち、筋肉と関節が衰えて硬くなると、ストレートネック、猫背、反り腰といった不良姿勢を招きやすくなる。姿勢が崩れてくると、特定の筋肉や関節に負担が集中するようになり、首こり、肩こり、腰痛、膝痛といった慢性的な不調につながりやすい。
こうした困った不良姿勢を改善する第一歩は、ストレッチで筋肉と関節の柔軟性をリカバリーすること。
筋力を上げるには筋トレが求められるが、筋トレをするのはなかなか大変。ストレッチで筋力が高まるわけではないが、筋トレに比べるとストレッチは手軽かつ簡単。
まずはストレッチで筋肉と関節の柔軟性を回復させて、正しい姿勢を取りやすくしよう。それにより凝りや痛みが軽くなったという実感が得られたら、筋トレにもチャレンジしてもっと快適なカラダを手に入れてほしい。
血管を整えて老化を防ぎたい
アンチエイジングの基本のキは、血管を柔らかく保つこと。
血管がしなやかだと血液がスムーズに全身を巡るから、細胞レベルで若々しさがキープできる。逆に心臓から末端へ血液を運ぶ動脈が硬くなり、血液の塊(血栓)が詰まりやすくなると、心臓病や脳卒中といった深刻な病気に罹るリスクが上がる。
ストレッチは筋肉と関節の柔軟性を高めるが、実は血管の柔軟性も上げて動脈の硬化を防いでくれる。
「ストレッチをするたびに筋肉と一緒に周囲の血管も伸びてくれます。すると血管の内側を覆っている内皮細胞から、NO(一酸化窒素)が放出される。このNOが血管を広げ、血管をしなやかにしてくれるのです」(西九州大学の中村雅俊准教授)
NOで血管が広がると、血圧高めな人の血圧は下がりやすくなる。因果関係は不明だが、血糖値高めな人の血糖値も下がりやすくなるという。いずれもストレッチを習慣化すると得られる持続的な成果だ。
ランニングやウォーキングのような有酸素運動も、血流を促して高めの血圧や血糖値を下げてくれる。ストレッチ×有酸素運動なら鬼に金棒。血管から全身が若々しくなる。有酸素で痩せられたらメタボ系疾患の予防にも。手始めに、気軽に続けられるストレッチに取り組もう。
自律神経を整えてリラックスしたい
ストレッチすると、筋肉や関節だけではなく、心まで柔らかくほぐれるような気がする。その理由の一つは、自律神経のバランスが整うから。
自律神経には、心身を活動的に整える交感神経と、休息モードへ誘う副交感神経がある。緊張やストレスがあると交感神経が高ぶり、加齢とともに副交感神経のパワーは落ちることが知られている。
「ストレッチが交感神経の興奮を抑えるのか、それとも副交感神経のパワーを上げるのかはよくわかっていません。ですが、事実としてストレッチ後しばらくは副交感神経が優位となってリラックス効果をもたらし、疲労感を軽減してくれるのです」
プレゼン前のように緊張で交感神経の高ぶりが抑えられないのが心配なら、事前のストレッチで副交感神経を高めると平常心で臨める。
ストレッチの自律神経への作用を踏まえると、夕方以降に激しい運動をした際は、トレーニング後にストレッチした方が良さそう。
ハードな運動後は心身が興奮し、一時的に交感神経が優勢となる。質の高い眠りへ導くには、交感神経を抑えて副交感神経を優位にすべき。ストレッチをすると交感神経の高ぶりが鎮まり、副交感神経がオンになって入眠しやすい体内環境が整う。
スポーツパフォーマンスを上げたい
ストレッチで関節の可動域を広げておくことは、スポーツを楽しむ人にとってメリットが大きい。
マラソンランナーの股関節が動きやすくなれば、1歩ごとの歩幅が広がりペースアップに直結する。野球のピッチャーやゴルファーだって肩関節が動きやすくなり、テイクバックが大きく取れるようになると、より爆発的なパワーが出力できる。可動域を広げるストレッチは、パフォーマンスアップにつながるのだ。
本気でパフォーマンスを上げたいなら、ストレッチで関節可動域を広げてから、もうひと頑張り。
「ストレッチでは、自体重や他の筋肉といった“他力”を利用して可動域を広げています。パフォーマンスを高めるには、他力に頼らず、“自力”で動きを巧みにコントロールすることが求められる。ストレッチに加え、広げた可動域を自分で使えるような反復練習も必要です」
反動を使わず筋肉を静かに伸ばす静的ストレッチだけでなく、よりダイナミックにカラダを動かす動的ストレッチをスポーツ前に行うことも大事。
「動的ストレッチは、実際のスポーツの動きに近い動作をなぞれるので、一種のリハーサルになる。加えて筋肉を温めてウォーミングアップし、筋肉を動かしやすいようにセットアップしてくれます」
筋トレ効果を高めたい
筋トレは、筋肉を動かせる範囲(レンジ・オブ・モーション=ROM)を目一杯使った方が有利。
ストレッチでROMを広げておき、最大収縮から最大伸張までROMをフルに使えたら、同じ重さで鍛えても筋力アップや筋肥大を最大化できる可能性がある。
ただし、筋トレ直前にストレッチを行うのは逆効果。強いストレッチを行うと、一時的に筋力がダウン。いつものルーティンがこなせなくなる恐れがある。
「80%1RM(定番の10回×3セットプログラムに最適の負荷)で、最大何回反復できるかを調べた結果、筋トレで使う筋肉を直前に強くストレッチすると、反復できる回数が18%減るという研究があります」
ストレッチしてから時間を置いて筋トレへ移るか、もしくはストレッチは筋トレをしないオフ日に。
ストレッチには、筋トレによるカラダ作りを支援するこんな効用も。
筋トレで筋肉を大きくしても、トレーニングを休止する「ディストレーニング」中に筋肉は徐々に減る。
だが、ディストレーニング中にストレッチを行うと、筋肉の萎縮にブレーキがかけられるという嬉しい報告がある。怪我などで筋トレを休まなければならないタイミングで、できる範囲でストレッチを実施すれば、筋肉の減少は最小限に抑えられそう。
いつも全力を出したい
スポーツ時の怪我(外傷)は避けたいもの。怪我を防ぐために、ストレッチに励む人も多いだろう。
でも、ガッカリさせるようで申し訳ないが、ストレッチだけでは怪我は防げない。
「怪我の多くは、人やモノとの予期せぬ激しい接触、着地時などの不自然な関節の捩れなどにより生じます。いくら入念にストレッチしたとしても、こうした突発的な接触や捩れは避けられませんから、ストレッチさえ行えばすべての怪我が防げるとは言い切れないのです」
ただ怪我の中でも肉離れの予防には、ストレッチが効く。
肉離れとは、筋肉を構成している筋線維の一部が、引き伸ばそうとする力に耐えながら収縮する「エキセントリック収縮」のときなどに、部分的に損傷するもの。
とくに発生しやすいのは、長らく運動から離れていた人が、職場や子供の学校のスポーツイベントなどで久しぶりにダッシュしたり、全力を出そうとしたりするとき。肉離れが多発するのは、太腿後ろ側のハムストリングス、ふくらはぎの下腿三頭筋といった下半身の筋肉だ。
「普段からこれらの筋肉の柔軟性をストレッチで高めておけば、エキセントリック収縮時のダメージがそれだけ少なくなり、思わぬ肉離れを起こしにくくなると考えられます」