痛いくらい伸ばすほうが効く。世界的権威が教えるストレッチの新事実
最新の研究などで、ストレッチの過去の常識は次々と覆っている。「15〜20秒伸ばせば十分、息を吐きながら伸ばすべき、運動後のストレッチで筋肉痛が防げる、運動直前のストレッチは絶対不要といった過去のお約束は、現在ではすべて否定されています」と語るのは世界一のストレッチ博士、中村雅俊准教授。驚愕の新・真実を知ることから新ストレッチ生活を始めよう。
取材・文/井上健二 イラストレーション/岡本亮介 取材協力/中村雅俊(西九州大学リハビリテーション学科理学療法学専攻主任、准教授)
初出『Tarzan』No.882・2024年6月20日発売
中村雅俊さん
教えてくれた人
なかむら・まさとし/西九州大学リハビリテーション学科理学療法学専攻主任、准教授。理学療法士、博士(人間健康科学)。2013〜23年の10年間において「Expertscape」によりストレッチ分野の世界No.1研究者にランキング。
目次
- ストレッチは痛み止め
- 運動後のストレッチは不要
- お風呂上がりがベストとは言えない!
- 「痛ギモ」より「痛い」くらいで
- ゆっくり伸ばすのは、伸張反射と関係ない
- 15秒だと時間の無駄かも
- 120秒伸ばすのが正解だ
- 120秒は分割してOK
- 週3回以上行うのがよい
- 息は止めなければいい
- ちょこちょこ伸ばしに御利益あり
- ずっと意識し続けなくていい
- 硬い=痛みや凝りではない
- 筋肉痛には効かない
- 運動直前の長いストレッチは避ける
- 筋肥大効果はあるけれど時間がかかる
- 腕を伸ばすと、脚の筋力が落ちる
- 右脚を伸ばすと、左脚も伸びる
- 運動後は×でも5分空ければ問題なし
- ストレッチで安定性は低下しない
- 「自己抑制」で柔らかくなるわけではない
- モニタリング効果がある
- 筋肉が硬いことにもメリットが
- 何歳になっても効果はある
- バレリーナは「教育効果」で柔らかい
- 方向を変えて伸ばさなくていい
ストレッチは痛み止め
カラダの硬さには、意外な要素が関わっている。それが「閾値」。ある感覚や反応を起こすための、最小の強度や刺激だ。
強い痛みを感じずにどこまで伸ばせるか。この閾値を「ストレッチ・トレランス」という。ストレッチに不慣れだとストレッチ・トレランスが低いので、少し伸ばすだけで「もうムリ!」と伸ばすのを早々に諦める。それだといつまで経っても、カラダは硬いまま。
ストレッチを続けて慣れると、閾値のセットポイントが変わり、強い痛みが生じないで伸ばせる可動域が広がってくる。
「ストレッチは痛み止めを飲むようなもの。痛みの閾値を少しずつ上げて伸ばせる範囲を広げ、柔軟性を高めてくれるのです」
運動後のストレッチは不要
運動後に使った筋肉を押したり揉んだりすると、パンパンに張って疲れている感じがする。それをケアするためなのだろう、ジムなどではトレーニング後にストレッチを丁寧に行う人たちの姿をよく見かける。
「運動後に筋肉が硬く張っているとしたら、それは運動刺激で集まった血液や代謝物で“パンプアップ”しているから。ストレッチは筋肉の間を通っている血管を一時的に圧迫して血流を妨げるので、パンプアップによる張りや硬さ、疲労感を取ることにはつながりません」
筋肉を回復させたいなら、さっさとシャワーを浴び、ベッドに入る方がマシ。安静にして血流が促されるとパンプアップが解消され、筋肉の張りや硬さも取れる。
お風呂上がりがベストとは言えない!
お風呂上がりにストレッチしている人は少なくないはず。
どんなトレーニングでも継続しないと成果は得られない。入浴のような日常生活に紐付けて行うと、ストレッチが習慣化しやすいという意義がある。
加えてお風呂上がりのストレッチのメリットとして、カラダが温まっているから筋肉は伸びやすいという主張もある。だが、こちらはどうやら美しい誤解みたい。
「温めると痛みの閾値が上がります。通常より、強い痛みを感じずに伸ばせる範囲が広がるため、お風呂上がりだと効果的なストレッチが行いやすくなるのです」
温めるだけではなく冷やしても閾値は上がるので、アイシング後のストレッチも有効。
「痛ギモ」より「痛い」くらいで
ストレッチはどこまで伸ばすのが正解か。「痛い」と感じるまで伸ばすのはやりすぎ、軽い痛みを感じつつも気持ちがいい「痛ギモ」までに留めるべきというのが定説だが、柔軟性をランクアップしたいなら「痛ギモ」だと物足りないよう。
「カラダは伸ばせば伸ばすほど、柔軟性は高まる。“痛い”と感じるところまで伸ばせたら、痛みに慣れて閾値も高まり、柔軟性は効率的に上がります」
ただし、「痛い」くらいまで伸ばしていいのは、ゆっくり一人でストレッチする場合に限る。反動をつけて急に伸ばしたり、パートナーが手加減せずに背中を押したりするのは、筋肉や関節を傷める恐れもあるから厳禁。
ゆっくり伸ばすのは、伸張反射と関係ない
筋肉は急に伸ばされると反射的に縮もうとする。「伸張反射」だ。ストレッチをゆっくり行う理由は、伸張反射を避けるためだという説明もあるが、真偽はいかに?
もっとも有名な伸張反射は、「膝蓋腱反射」。足をブラブラさせて座った姿勢で、膝下をハンマーなどで叩くと、瞬間的に伸ばされた太腿前側の大腿四頭筋が収縮して膝がビクッと伸びる現象である。
「ストレッチではそんなに急に筋肉を伸ばさないので、そもそも伸張反射は生じにくい。カラダを急激に動かすのは決して良いことではありませんから、ストレッチはゆっくり行うのが正解。ですが、それは伸張反射を避けるためではないのです」
15秒だと時間の無駄かも
筋トレで筋肉を大きくするには、負荷の設定が重要。一度に10回しかできないという高負荷(10RM)で、10回×3セット続けるのがゴールデンルールだ。
一方ストレッチでは従来、1ポーズ1回15〜20秒伸ばし続けるのが有効とされてきた。しかし、関節の柔軟性に関しては、それはゴールデンルールではなさそう。
「太腿裏側のハムストリングスが硬い男女を対象にストレッチを週5回、6週間行った研究では、15秒ストレッチではストレッチをまったくしない人と比べて、関節の柔軟性の改善に有意な差が出なかった。研究者は“15秒間のストレッチは、関節の柔軟性改善の目的で行うとしたら無駄になるかもしれない”とまで述べています」
関節可動域の変化量の比較
ハムへの15秒ストレッチでは、ストレッチしない群と関節可動域は有意な変化なし。
120秒伸ばすのが正解だ
前述の研究では、関節の柔軟性向上には最低30秒のストレッチが必要とわかった。ただせっかくストレッチするなら、関節だけではなく筋肉の柔軟性も高めたいもの。そのためにはどのくらい時間をかけるのがベストか。
「筋肉の柔軟性を高めるには、関節よりも時間がかかる。私たちの研究で、関節と筋肉の柔軟性を上げるには1回120秒伸ばし続けるのが理想的だとわかりました」
細かい話をすると、柔軟性を上げるのに要する時間は、筋肉の種類によって異なる。とはいえ、筋肉ごとに伸ばす時間を一つひとつ覚えるのは面倒。最大公約数的に1回120秒というルールさえ守っておけば、関節も筋肉も柔軟性がアップすると理解しておこう。
120秒は分割してOK
その昔、痩せるためにランなどの有酸素運動をしても、一度に20分以上続けないと体脂肪は燃えないといわれていた。これはガセネタで5分でも10分でも体脂肪はちゃんと燃焼している。20分連続して走るのがイヤなら、5分×4回でも10分×2回でも構わない。
同様にストレッチも120秒まとめて行わなくていい。同じポーズを続けるのがイヤなら、分割していいのだ。
分割する最小単位は10秒。10秒なら12回、20秒なら6回、30秒なら4回と、伸ばしている時間がトータル120秒になるように調整しよう。
とはいえ朝30秒、昼休み30秒、夕方30秒、就寝前30秒のように、間が空きすぎると一度高まった柔軟性がダウンする。セット間のインターバルは30秒以内に留めて。
週3回以上行うのがよい
筋トレで筋肉を大きくするなら、週2〜3回やるのが効果的。120秒ストレッチはどうだろう。
「私たちの研究では、週3回行うと4週間で柔軟性の向上が見受けられるという結果が出ています」
筋トレのようにカラダに強い負担がかかるわけではないから、運動不足の人でも、週3回やっても苦にはならないだろう。
ポイントは3日以上間隔を空けないこと。ストレッチで閾値を上げたとしても、3日間何もしないと閾値は元通りに。そのたびにゼロからのリスタートとなり、柔軟性は一向に上がらない。週3回ペースなら月火水と続けるのではなく、月水金または月木日のように1〜2日おきに行おう。
息は止めなければいい
ストレッチ、ピラティス、ヨガではいずれも「息を吐きながら」カラダを伸ばせと指導されることが多い。ところが実際は、息は吐きながら伸ばしても、吸いながら伸ばしても、筋肉と関節の柔軟性には何ら響かない。
「いちばん大切なのは、カラダを伸ばしている間呼吸を止めないこと。呼吸を止めると血圧が上がりやすくなり、とくに高齢者では危険です」
120秒も呼吸は止められない。難しく考えず、ストレッチ中は普段通りに呼吸をしておけばそれでいい。
ただ「息を吐きながら」伸ばすと決めること自体は悪くない。息を吐き切ったら、自然に息が吸えるようになるから、呼吸は決して止まらないからだ。
ちょこちょこ伸ばしに御利益あり
トータル120秒のストレッチをやれば、筋肉と関節の柔軟性はアップする。でも、ストレッチは魔法ではないから、その作用は未来永劫続くわけではない。
「120秒ストレッチで筋肉の柔軟性は20〜30分間上がり、その後元の柔軟性に戻ります。関節の柔軟性はそれより少し長持ちしますが、同様にやがて元の柔軟性まで逆戻りします」
たった30分で振り出しに戻るんかいと嘆かなくていい。ちょっとした工夫で筋肉と関節は柔らかく保てる。
「しっかり120秒ストレッチしたら、その後は仕事の合間やランチタイムなどに5秒でも10秒でも軽く伸ばしておくと、筋肉も関節も柔らかくキープできるのです」
ずっと意識し続けなくていい
筋トレを効率的に進めるには、鍛えている部位を意識することが重視される。これが「マインド・マッスル・コネクション(MMC)」。筋トレだけでなく、120秒ストレッチでも、マインド・マッスル・コネクションは求められるのか。だとしたら相当しんどそうだが…。
「筋トレ時、筋肉は脳から延びる運動神経の指令で動かしています。ですから、狙った筋肉に注意を向けることが大切です。それに対してストレッチでは、運動神経の指令で筋肉を動かしているわけではありませんから、伸ばしている筋肉をとくに気にしなくていいのです」
筋トレは“ながら”では効きづらいが、ストレッチは“ながら”で平気。動画でも観ながらのんびり伸ばそう。
硬い=痛みや凝りではない
凝りや痛みがある筋肉は硬いことが多い。ゆえに筋肉が硬いから凝りや痛みが生じると考えたくなるが、話はそう簡単ではない。
硬さを測る機器で調べると、筋肉の客観的な硬さのレベルと、凝りや痛みといった主観的な訴えは必ずしも一致しないのだ。
首すじはパンパンなのに本人はケロッとしている場合もあるし、逆に腰の筋肉は柔らかいのに腰痛に長年悩まされる人もいる。
筋肉と関節の柔軟性を高め、負担の少ない姿勢を取ることはむろん重要だが、凝りや痛みにはメンタルなども関わり、筋肉や関節だけの問題とシンプルに割り切れない。
「硬いから痛いのではなく、痛いから動かさない、動かさないから硬くなるという逆パターンもありそうです」
筋肉痛には効かない
トレーニング後に筋肉痛が出たら、「事前のストレッチが足りなかったせいだ」と考えがち。そこで筋肉痛を予防するため、運動前にせっせとストレッチをやっているとしたら、ひょっとすると無駄骨かもしれない。
筋肉痛は激しい動き、慣れない動きをしたときなどに、筋肉を作る筋線維や、筋肉と筋線維を包んでいる筋膜が軽く傷ついて生じると考えられる。
「運動の前後に入念なストレッチをしたとしても、激しい動きや慣れない動作をしてしまったら、ほどなく筋肉痛はやってきます」
ストレッチに時間を割くくらいなら早く自宅に戻り、栄養を補給してたっぷり眠った方が、新陳代謝が促されて筋肉痛は解消しやすいかも。
運動直前の長いストレッチは避ける
2011年頃から運動前にストレッチをやりすぎるのはよくないという報告が相次ぐ。その後30〜45秒以上のストレッチで筋力低下、パフォーマンスダウンを招くというエビデンスが蓄積。
「運動前にストレッチするな」が新常識となった。筋力やパフォーマンスを十分発揮するには、筋肉にある程度の硬さが求められるからだ。
ことに、一つの関節のみを用いる単関節運動では、ストレッチ時間が長くなるほど筋力もパフォーマンスも明らかに落ちてくる。胸の大胸筋を鍛えるフライ、太腿前側の大腿四頭筋を鍛えるレッグエクステンションといった単関節運動で筋トレをするなら、直前の長めのストレッチは避けるようにしたい。
筋肥大効果はあるけれど時間がかかる
筋トレやダイエットより、ストレッチの方がはるかにハードルは低くて取り組みやすい。ズボラだとストレッチが筋トレやダイエットの代わりになったらサイコーと思いたくなるが、それはいささか悪ノリしすぎのよう。
ストレッチで筋肥大するという報告もあるにはある。
「でも、そのためには1日15分以上も伸ばし続けることが求められる。筋トレの方がもっと短時間で、ストレッチ以上の筋肥大効果が得られます」
ダイエットに関してもしかり。ストレッチは安静時の2〜3倍のエネルギーを消費するが、それだけで減量するのは難しい。ウォーキングやランは安静時の4〜10倍ものエネルギーを消費するから“タイパ”がいい。
腕を伸ばすと、脚の筋力が落ちる
繰り返し指摘するように、運動直前の長めのストレッチで筋力やパフォーマンスは下がる。不思議なことに、運動と直接関わらない筋肉をストレッチするのも、筋力やパフォーマンスの一時的な低下を招く。
「これはおそらく、ストレッチで自律神経のうち筋肉を弛緩させる副交感神経が優位になるから。副交感神経の影響はストレッチした筋肉だけではなく、全身の筋肉にも及び、筋力やパフォーマンスを下げるのでしょう」
たとえば、陸上100m走のスタートラインに立っているのに、手持ち無沙汰で走りとはさほど関わりがない肩の筋肉をストレッチしたりすると、肝心の脚の筋肉の出力がパワーダウンしてしまう恐れがある。
右脚を伸ばすと、左脚も伸びる
トレーニングには、左右の手足を同時に使うバイラテラル・トレーニング(両側性運動)と、片側ずつ行うユニラテラル・トレーニング(片側性運動)がある。片側ずつ鍛えるユニラテラルでも、左右偏りなくトレーニングするのが王道だが、怪我や故障などで片側しかストレッチできないこともある。
そんなときは、自由に動かせる方だけユニラテラルでストレッチしておくことが有効。左脚が動かせないケースを想定すると、自由になる右脚をストレッチしていれば、ストレッチしていない左脚の柔軟性も上がるのだ。
「理由は、柔軟性の向上には閾値が深く関わっているから。右脚のストレッチで閾値を上げてやれば、左脚の柔軟性もアップするのです」
運動後は×でも5分空ければ問題なし
運動直前にストレッチをやりすぎるのはタブーだが、かといって運動前のストレッチを全面禁止しなくていい。
30〜45秒以上のストレッチが一時的に筋力やパフォーマンスを下げるのは疑いのない事実だが、逆にいうなら30秒未満のストレッチなら少なくともマイナス要素はない。
さらに30〜45秒以上のストレッチによる筋力&パフォーマンス低下もわずか10分ほどで回復する。ストレッチ後、軽いジョギングなどでカラダを動かしていれば、5分ほどでも復活するとわかっている。
競技の開始直前に慌ててストレッチをするのはやめた方がいいけれど、スポーツやトレーニング開始までに10分以上の時間的な余裕があるのなら、長めにストレッチしても問題ナシ。
ストレッチで安定性は低下しない
肩関節や股関節といった関節は、モビリティとスタビリティという矛盾する機能を両立させている。
モビリティとは可動性(動きやすさ)、スタビリティとは安定性(動きにくさ)のこと。両者のうち、ストレッチでおもに高まるのはモビリティ。すると関節のスタビリティが低下するのではないかと不安になる。
「スタビリティを左右しているのは、関節を作る関節包や靱帯など。筋肉はさほど大きな影響を与えないので、ストレッチで筋肉が柔らかくなったとしても、関節のスタビリティ低下を気にしなくていいのです」
スタビリティ低下が心配なら、ストレッチと並行して安定性を高める体幹トレなどの筋トレに励もう。
「自己抑制」で柔らかくなるわけではない
ストレッチは「自己抑制」を利用していると説明されることがある。これは果たして正しいのだろうか。
自己抑制とは、筋肉が過度に伸ばされると、筋肉の不用意な損傷を防ぐために、伸ばされた筋肉を緩める反応。
筋肉の両端の腱にあるゴルジ腱器官(腱紡錘)から、「筋肉が伸ばされたぞ」という情報がⅠb線維を介して脊髄に伝わって生じる。でも、ストレッチで筋肉が柔らかくなるのは、この自己抑制のおかげではない。
「自己抑制が働いているのはストレッチの最中だけ。ストレッチを終えたら自己抑制による効果はなくなります。したがってストレッチ後の筋肉の柔軟性の向上には、自己抑制は関与していないのです」
自己抑制のイメージ図。筋肉が収縮すると腱が引っ張られるため、その信号がⅠb線維を介して脊髄へ伝達される。するとα線維から弛緩を促すような情報が伝わる。
モニタリング効果がある
トップアスリートには、毎日のルーティンの一つとしてストレッチを上手に取り入れているタイプが多い。大谷翔平選手もおそらくその一人だろう。
アスリートではない普通のビジネスパーソンにも、ストレッチを日々のルーティンに加えるメリットがある。ビジネスパーソンだってカラダが資本。その大事なカラダのコンディション不良に早めに気づけるのだ。
「ストレッチをルーティンにして定点観測していれば、いつもより右の太腿後ろ側が硬いとか、左の肩関節がやや動かしにくいといった発見がある。それにより自らの筋肉や関節の異変をいち早くキャッチしてケアすれば、体調をつねにベストな状態に保てるので、仕事もバリバリこなせるでしょう」
筋肉が硬いことにもメリットが
カラダは柔らかいほどいいと考えがちだが、必ずしもそうとは限らない。硬い方が助かるケースもある。
たとえば、腹部に痛みがあると無意識にお腹に力を入れ、筋肉の収縮を促して固めようとする。これは「筋ガーディング」と呼ばれるもの。日本語では「防御性筋収縮」。
痛みがあるのに構わずガンガン動かすと、痛みが余計ひどくなる恐れも。それを防ぐ反応が、筋ガーディング。ぎっくり腰に襲われた直後、腰まわりがしばらくガチガチに固まるのも筋ガーディングだ。
このように短期的には筋ガーディングは有効だが、痛みが取れたら、筋肉を動かして柔らかくするストレッチに努めるべき。そうしないとカラダが固まったままで機能不全を引き起こす。
何歳になっても効果はある
筋トレを行うと、80歳でも90歳でも筋肉は肥大する。80代の現役ボディビルダーも活躍するほどだが、ストレッチにも年齢制限はないのか。
「ストレッチによる柔軟性アップで大きな役割を果たすのは、筋肉や関節そのものより、痛みの閾値を決める脳。脳さえ働けばストレッチは何歳から始めても遅くない。60秒で高齢者の関節柔軟性が向上したという研究では、被験者の最高年齢は97歳でした。私が知る限り、筋トレもストレッチも100歳以上に関する研究はありませんが、少なくとも80〜90代まではストレッチによる柔軟性の回復は期待できそうです」
筋トレもストレッチも、始めるのに遅すぎることはないのだ。
バレリーナは「教育効果」で柔らかい
筋トレと同じように、ストレッチもやめてしまったら、筋肉や関節の柔軟性は少しずつ落ちていく。
一方、バレエ経験者には、バレエをやめて十数年経っても柔軟性が高く、凜とした美しい姿勢を保ち続ける人が少なくない。バレリーナたちが行うストレッチには、効き目を長持ちさせる格別な秘訣でもあるのか。
「個人的には、それは“教育効果”の賜物だと理解しています。痛いのを我慢してストレッチするのが当たり前だという“教育”を小さい頃に受けていれば、バレエを離れても日常生活で無意識のうちに、やや痛みを感じるくらいの適切なストレッチをちょこちょこやっているので、柔軟性が保てるのだと推察しています」
方向を変えて伸ばさなくていい
胸の大胸筋や太腿の大腿四頭筋などの筋肉は大きくて分厚いから、一つのポーズでは十分伸びない気もする。
ストレッチの対象となる筋肉(骨格筋)は、関節を跨いで骨と骨につく。その付着部を「起始」と「停止」という。
体幹に近いのが起始、遠いのが停止。起始と停止がほぼ同一なら、大きくて分厚い筋肉も一つのポーズで全域が伸ばせる。起始と停止が多少違っても、角度や方向を変えて何度もストレッチしなくて済むのだ。
「筋トレでも大胸筋はベンチプレス、四頭筋はスクワットでほぼ満遍なく鍛えられるのと同じ理屈。優先したいのは的確な刺激を加えること。筋トレなら負荷、ストレッチなら120秒伸ばし続けることを重視してください」
筋肉には骨と骨につく骨格筋、内臓や血管を作る平滑筋、心臓を作る心筋がある。骨格筋は関節を跨ぎ、起始と停止を持つという解剖学的な理解はストレッチでは大事。