- 整える
タンパク質と、何が同じで、どう違う?ジェーン・スーと〈味の素(株)〉社員が語るアミノ酸のこと。
PR
「あの人の名前なんだっけ?」「えーと」なんて会話が日常茶飯事となった物忘れ世代。脳だって加齢によって機能が低下するのは自然の理。でも「これって認知症の予備軍?」という不安も募る。「物忘れ」と「認知症」、そのボーダーラインを探ってみた。
奥村歩先生
おくむら・あゆみ/脳神経外科医。認知症やうつ病の診察を専門とする〈おくむらメモリークリニック〉を2008年に開設。現在理事長を務める。認知症治療の草分け的存在として知られている。最新著書『スマホ脳の処方箋』(あさ出版)が好評発売中。
目次
物忘れも認知症も、脳の記憶機能のバグによって発症する。まずはその記憶の仕組みから理解しよう。記憶は3ステップで構成される。
❶:インプット:見たり聞いたり、体験したことを脳に刻む。
❷:整理整頓:インプットされた情報を整理し保存。不要な記憶は捨てる。
❸:アウトプット:適切な時に必要な情報を取り出す。情報同士を結びつける。クリエイティブな作業。
セロトニン:脳中で情報をやりとりするために必要な神経伝達物質。分泌量が限られていて、セロトニン不足になると「整理整頓」機能が低下する。また心身を安定する働きにも使われるので、ストレスを受けることでも消耗する。
ステップ①は「インプット」。見聞きした情報や、五感をフルに使った体験を脳へ仕入れるステージで、脳の海馬が担当する。
ステップ②は「整理整頓」。仕入れた情報を取捨選択し保存する。そしてステップ③が「アウトプット」。脳内の情報を適切な時に取り出し、身体表現へと出力するステージ。ステップ②と③は脳の前頭葉が主戦場となる。
前頭葉:前頭部に位置する認知機能の司令塔。五感を通して入力された情報を統合、分析、判断、計算して行動を指令し実行させる。3ステップの「整理整頓」と「アウトプット」を担う。
扁桃体:喜怒哀楽といった感情を司る。海馬とコラボレーションし、体験によって強く感情が動くと海馬を活性化させ、強い記憶として刻まれる。
海馬:耳の奥6cm程度の場所に位置し、左右1つずつある。記憶の入り口であり仮登録をする場所。3ステップの「インプット」を担う。
この3ステップが円滑に働いていれば問題ないのだが、加齢やストレス、マルチタスクや生活習慣によってどこかにつまずきが起こると記憶機能にバグが発生し始める。
「とっさに人の名前が思い出せないのは、②整理整頓、③アウトプットが滞っているのです」とは奥村歩先生。
「散らかった部屋で、どこに置いたかわからない家の鍵を探すようなものです」
認知症とは、生活上支障が出るまで脳機能が低下し、発症すると治ることはない進行性の病気。100種類以上ある認知症で発症率が最も高いのが「アルツハイマー型認知症」だ。
アルツハイマーの原因は、アミロイドβと呼ばれる脳に蓄積した老廃物。消耗した神経細胞が毒性を持ったものだ。それが脳内ネットワークを徐々に破壊し、認知機能に障害を与えることに。
最初に影響を受けるのが、短期記憶を司る海馬とその周辺。そのため記憶が抜け落ち、同じことを何度も聞いたりする。さらに進行すると、道に迷うなど視空間認知の低下、着替えが手順通りにできなくなる遂行実行機能障害が症状として表れる。
「認知症は基本的には70歳以降の病気です。皮肉にも長寿が最大のリスク因子なのです。しかし生活習慣病の側面があり予防もできるもの。アミロイドβを溜めない生活(後述)を40代から心がけましょう」
突然人格が変わったように怒りっぽくなる高齢者がいるが、それも認知症の一つだと奥村先生は指摘する。実は認知症は100を超える種類や原因がある。
症状として、キレやすくなる、暴力を振るう、万引きなど反社会的な行動をとるのは、ピック病に代表される前頭側頭型認知症だと考えられる。高齢者による暴力事件やゴミ屋敷もピック病に起因するケースが多い。
認知症患者の臨床診断の内訳
働き世代を悩ます「物忘れ」。その正体は認知症とは似て非なる「脳過労」だと奥村歩先生は説明する。
「10年前までは、来院する患者さんのほとんどが高齢者でした。近年は若年化し、認知症を疑う働き盛り世代の割合が急増しています。この世代の病態のほとんどは脳過労。病気ではないので生活習慣の改善により回復します」
デジタル社会の到来によって急増したマルチタスクや変化の激しさに対応するため、現代人の脳は慢性的な疲労状態に。この脳疲労に追い打ちをかけたのがスマホの登場だ。
桁違いに多くの情報量がとめどなくなだれ込んでくると、脳は情報の洪水に溺れ、疲労を通り越して脳過労を引き起こす。
脳過労は、物忘れだけでなく「30分で終わっていた作業に2時間もかかるようになった」「会話が嚙み合わない」「原因不明のめまいがある」といった、認知症に近い症状を発症する。
「脳過労は、スマホの普及と相関性が強いため“スマホ認知”と提唱しています。スマホ依存のライフスタイルが前頭葉の働きを低下させるのです」
スマホは便利だが、WHOで依存性物質に指定されるほど中毒性が高い。
「中高年で脳過労の人は、老後に認知症になる危険が2.1倍増すとの報告も。心当たりのある人は、スマホを見る時間を減らすなど、今の生活のあり方を見直しましょう」
ここで質問です。昨日の夕ご飯、何を食べましたか?
メニューがパッと浮かばない場合は、スマホ認知症の疑いが。あなたの脳は過度に疲れている可能性が高い。しかし食べたかどうかを思い出せない場合は、認知症の危険サインが点灯する。
自らが体験した記憶を「エピソード記憶」と言い、これを覚えているかどうかが、スマホ認知症と認知症を分けるボーダーラインになる。
「認知症患者は①インプットでつまずきます。エピソード記憶を脳に刻み込めないので、当然③アウトプットもできません。一方スマホ認知症は、②整理整頓と③アウトプットの働きが低下している状態です」
記憶の3ステップの「②整理整頓」「③アウトプット」に障害がある。記憶は保存されているが、散乱しているためうまく取り出せない。
記憶の3ステップの「①インプット」で障害が発生している。エピソード記憶が刻まれない。
つまり脳に記憶は保存されているが、断片がゴミ屋敷のように散らかり、必要な情報が取り出せない。
「脳に入力ができないのと、思い出せないのは、決定的に違うのです」
ゴミ屋敷を片付けるには、情報を遮断する必要がある。
「脳は仕組み的にインプットと整理整頓が同時に働きません。情報が流入し続ける、だらだらスマホがよくないのはそのためです。インプットの後は、意識的に情報を遮断し、振り返りの時間を設けましょう」
スマホ認知症かも?と心当たりのある人は、以下のチェックリストで自身のデジタル依存度や生活習慣を振り返ってみよう。
チェック項目が4つ以上になる場合、スマホ認知症、または予備軍の疑いが高い。スマホとの付き合い方を見直し、脳をいたわる生活を!
スマホ認知症も認知症も、最強の対策は“予防”!
日々の生活習慣で脳のメンテナンスをすることが大きな違いを生む。脳の免疫力を向上させる4つのアクションを紹介。
脳の免疫力を上げるには、楽しく人と関わりながらカラダを動かすのが最も効果的だと数々の論文で証明されている。なかでも頭を使う競技性のあるスポーツや、複数種の運動を行うのが理想的だと奥村先生はアドバイスする。
「運動に必要な脳機能はスポーツによって違います。複数行うことで幅広く脳のネットワークを鍛えられます」
ハードワーク気味の前頭葉を省エネモードに切り替えてくれるのが“ぼんやりタイム”、別名「デフォルトモードネットワーク」。省エネモード中、脳は休息し脳過労から回復へ向かい始める。このスイッチを入れるのがリズム運動。
代表的なのは呼吸のリズム運動にフォーカスする坐禅や散歩。言うまでもなくスマホを見ながらはNGだ。
睡眠中は情報が遮断され、記憶の情報整理が行われる大事な時間。忙しくても質の高い睡眠は確保したい。
近年の研究により、アミロイドβは深い睡眠時に取り除かれることがわかってきた。入眠直後に訪れる最も深いノンレム睡眠の時、脳脊髄液が脳を循環し、アミロイドβを外に洗い流す。この現象を奥村先生は「脳の水洗い」と言う。
人間は社会的な生き物だ。無上の喜びもどん底の悲しみも人間関係から生まれてくる。そのため楽しい人間関係は、何よりも脳にとっての栄養となる。逆にその人間関係にストレスを感じたら逆効果。無理せず速やかに距離を置こう。
また誹謗中傷や不安を煽る情報が無限に飛び込んでくるSNSとの付き合い方には十分に気をつけよう。
編集・取材・文/山本加奈 イラストレーション/加納徳博 監修・取材協力/奥村歩(脳神経外科医、おくむらメモリークリニック理事長)
初出『Tarzan』No.850・2023年2月9日発売