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タンパク質と、何が同じで、どう違う?ジェーン・スーと〈味の素(株)〉社員が語るアミノ酸のこと。
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近年、がんなどの生活習慣病だけではなく、脳、免疫、老化などにも腸が関わることがわかってきている。しかし、残念ながら世界的に長寿の国である日本では、大腸がんの罹患率は右肩上がりに増加。食物繊維の摂取量も不足している。腸内環境に影響大の食物繊維について、知らなきゃマズい!?6つのトピックを紹介。
目次
日本人は世界的に見ても健康長寿だが、その意外な弱点の一つがお腹。つまり腸管である。何より重大なのは、大腸がんの増加だ。
下のグラフを見てほしい。国立がん研究センターのデータによると、大腸がんの罹患者と死亡者は、1975年から右肩上がりで増え続けている。
現在、全がんのなかでも罹患率はトップクラスであり、年間5万人以上が大腸がんで亡くなっている。その数なんと、交通事故死の18倍以上だ。
増加理由の一つに、食物繊維の摂取量が減り、動物性脂質の摂取が増える「食の欧米化」による、腸内環境の悪化が考えられる。実際、食物繊維が豊富な全粒穀物などの摂取により、大腸がんのリスクが下げられるというデータもある。
この他、潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患、原因不明の便秘や下痢を繰り返す過敏性腸症候群といった腸の病気も、若い世代を中心に増えている。
なかでも、便秘型の過敏性腸症候群には、食物繊維が有効とか。腸を救うため、もっと繊維を摂ろう。
大腸内には、数百種類の腸内細菌が潜んでいる。その数は40兆個か、それ以上ともいわれる。ヒトの細胞数はおよそ37兆個だから、いずれにしても腸内細菌の方が多いのである。
腸内細菌はウンチに混じり、つねに体外に押し流されているので、日々盛んに増殖し続けないと腸内には留まれない。そこで必要なのが、食物繊維。 そもそも食物繊維とは、「ヒトの消化酵素で消化されない難消化性成分」。
物理的に便通の排出にも関わるが、最も大事な作用は小腸までで消化されずに大腸まで届き、腸内細菌の栄養となり、増殖を助けること。その摂取が少ないと腸内環境の乱れに直結するのだ。
腸内細菌が食物繊維を利用するプロセスは「発酵」。短鎖脂肪酸などの有益な代謝物が作られる。繊維が減ると腸内細菌が困るだけではなく、有益な代謝物が減り、宿主であるヒトの不調も招く。
食物繊維が少ないと腸内環境が悪くなり、大腸がん以外にも、さまざまな病気で死亡リスクが上がる。これも、国立がん研究センターが主体となり、45〜74歳の日本人約9万人を平均約17年間追跡調査した結果で明らかになった衝撃の事実だ。
それによると、総死亡率、がん死亡率、循環器疾患(心臓病や脳卒中など)死亡率は、食物繊維の摂取量が増えるほど、男女ともに下がる傾向があった(下グラフ参照。女性のがん死亡率のみ、食物繊維との関連性はなかった)。
たとえば、食物繊維の摂取がもっとも少ないグループの総死亡率を基準にすると、摂取量がもっとも多いグループでは男性で23%、女性で18%もリスクが低かったのだ。逆に言うと、食物繊維が少ないほど死亡率は上がりやすいのである。
さらに、食物繊維の供給源別では、男女ともに豆類、野菜、果物からの繊維摂取が多いほど、総死亡リスクは下がっている。
国の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、成人の食物繊維の1日の摂取目標量は男性21g以上、女性18g以上。それに対して、20〜50代の男性の1日の摂取量は18g前後、同じく女性は16g前後であり、足りていない。
だが1955年頃には、成人の食物繊維の摂取量は22g以上もあったとか。ここまで減ったのは、ナゼなのだろう。
「大きな要因は主食の穀物を食べなくなったこと。1955年には食物繊維の約半分を穀物から摂っていましたが、2019年には2割まで減り、繊維量で7g減った計算です」(大妻女子大学家政学部の青江誠一郎教授)
食物繊維の給源=野菜という印象も強いが、実は野菜は水分が多く繊維量は少なめ。一方、穀物は野菜より繊維含有量が多く、摂取量もまだまだ多い(野菜の摂取量は1日平均280g、穀物は1日平均410g)。糖質制限などの影響で穀物を食べなくなると、繊維不足に拍車がかかる。もっと穀物を!
いまや注目の的だが、消化されない食物繊維は長年必要な栄養素とは見做されなかった。風向きが変わったのは、20世紀。
19世紀末、アメリカのケロッグ博士がコーンフレークを開発。1915年に世界初の食物繊維豊富なシリアルを発売した。50年代には医学・栄養学者のヒプスレーが、初めて「ダイエタリー・ファイバー(食物繊維)」という言葉を公式に使用。
71年にはバーキット博士が、アフリカでの診療経験を元に「食物繊維の摂取量が少ないと大腸がんが増える」という仮説を出した。以後、毒素などを排泄するデトックス効果、便通改善効果などにスポットが当たるように。
そして21世紀に転機が訪れる。2003年にヒトゲノム計画が終了。そこで使われた機器で腸内細菌の詳しい分析が可能になり、どんな食物繊維を好み、いかなる代謝物が生じるかがわかった。そこから「腸の時代」「食物繊維の時代」が本格化したのだ。
取材に応じてくれた青江先生は、日本食物繊維学会の理事長。この学会は、食物繊維を専門に扱う世界で唯一の学会だ。そう書くと日本の食物繊維研究は進んでいるように思えるが、実は意外に後進国。
「食物繊維の仲間・オリゴ糖の研究では先行したのですが、その後は栄養政策の面で欧米諸国に後れを取っているのが現状です」
たとえば、欧米諸国ではかなり以前から、未精製で食物繊維の含有量が多い“ホールグレイン(全粒穀物)”の摂取を増やすムーブメントを官民一体で展開している。
アメリカやカナダの食生活指針では、穀物全体の半分を全粒穀物にするように指導しているが、前述の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」にそうした記述は一切ない。
「食べ物を無駄にしないSDGsの観点からも、全粒穀物を増やす試みは重要です」
食物繊維に関するおもなガイドライン | |
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日本 | とくになし |
アメリカ・カナダ | 摂取穀物の半分以上を全粒穀物とするように食生活指針を出す |
世界がん研究基金 | がん予防のために、毎日400g以上の野菜や果物と、全粒穀物と豆を食べる。精白された穀物などは制限することを推奨 |
アメリカ心臓病協会 | 心臓病と闘うために、摂取穀物の半分以上を全粒穀物とし、さまざまな野菜と果物を食べる |
すでに触れたように、食物繊維の1日の摂取目標量は成人男性21g以上、成人女性18g以上。でも、食事量が増えるほど、食物繊維はたくさん摂れるはず。より細かく食物繊維の摂取量を定めると、1000kcal当たり10gというのが基準となる。1日2000kcal摂るなら20g、2500kcalなら25gだ。
最新の厚生労働省「国民健康・栄養調査」のデータで計算すると、20〜50代では1000kcal当たり8〜9g(下グラフ参照)。
なかなか健闘しているように思えるが…。
「本当は1000kcal当たり14gがベスト。それだとハードルが高すぎるので、ひとまず1000kcal当たり10gとしているのです」
確かに、何事もハードルが高すぎると挫折しやすい。まずは1000kcalで10gをクリアし、そこから穀物摂取を増やすなどして、1000kcalで14gという理想に近づこう。
取材・文/井上健二 取材協力/青江誠一郎(大妻女子大学家政学部食物学科教授)
初出『Tarzan』No.840・2022年8月25日発売