- 整える
タンパク質と、何が同じで、どう違う?ジェーン・スーと〈味の素(株)〉社員が語るアミノ酸のこと。
PR
最新医療をはじめ、なにかとホットな話題が多い腸の世界。海外では地下鉄のポスターにもなっている便移植の話題から、海に生息しているという無腸動物の研究まで。さまざまな角度から集めた耳寄りな話で、腸への理解を深めよう!
目次
石川大先生(いしかわ・だい)/順天堂大学医学部消化器内科准教授。便移植療法で潰瘍性大腸炎などの治療に取り組み、〈メタジェンセラピューティクス〉取締役CMOも務める。
健康な人の便を腸に移植し、腸内細菌叢(フローラ)を置き換えることで難病を治療する腸内細菌叢移植療法(通称・便移植)が世界で注目されている。
日本での導入を進める順天堂大学の石川大先生にその現状を聞いた。
「当院での便移植は患者さんに抗菌剤を内服してもらいクリーニングした腸に、健康なドナーの便から作成した腸内細菌叢溶液を内視鏡で投与、腸内フローラを置き換えて腸内環境を劇的に改善する治療法です」
「2013年に感染腸炎の治療効果で一躍注目され、欧米ではすでに標準治療となっている国も多く、健康な方が治療用の便を提供する“腸内細菌叢バンク”も設立されています。近年ではがんや生活習慣病の治療にも期待が寄せられています」
他人の便を移植するということで、治療には細心の注意を払う必要がある。石川先生の病院では、感染症などを避けるために、50項目以上のスクリーニングテストを行っている。
このように、石川先生らを中心に日本でも以前から研究が進められている。にもかかわらず、社会制度の整備が海外に比べ遅れており、まだ臨床研究レベルの段階で実装化されていないのが実情だ。その一方で、一部民間医療的に行われていることも懸念されている。
「そんななか、2022年の8月に社会実装と創薬の事業化に向けて、順天堂大学も参加する初の産学連携腸内細菌叢バンクがスタートしました。臨床研究から標準治療化に向けて、日本の便移植療法はようやく第一歩を踏み出したところなのです」
難病治療の救世主として、便移植への期待が高まっている。
植田美津恵先生(うえだ・みつえ)/東京通信大学教授、医学ジャーナリスト、医学博士。公衆衛生学、医療安全、心理学が専門。著書に『戦国武将の健康術』(ゆいぽおと)など。
健康な腸は長寿のカギ、とよくいわれる。昔の日本人は栄養状態や衛生面から感染症で命を落とすケースも多く、江戸時代は平均寿命も短かったわけだが、そんな時代の偉人には、当時としてはかなり長生きだった人も少なくない。88歳まで生きた江戸後期の浮世絵師、葛飾北斎もその一人。
「多くの研究から、うつ伏せの姿勢がお腹全体に圧をかけ、その状態で動き回ることが腸の蠕動を促すことがわかっています。
ものぐさな性格の北斎は、机を使わず床にうつ伏せになって筆を執っていたことで有名で、北斎にとって居心地の良いその姿勢が腸の健康を保ち、長寿に繫がったのではないかというのが私の見立てです」
そう話すのは東京通信大学教授の植田美津恵さん。
うつ伏せの姿勢は自律神経のバランスを整えるのに有効で、ヨガのネコのポーズにも共通するという。また、植田さんは85歳まで生きた『解体新書』で知られる杉田玄白の思想にも注目する。
「多くの人体を解剖してきた玄白は、私たちのカラダが消化管という一本の管でつながっていることに着目し、人間には外に排出するための9つの穴があって、便も含めてそれらの巡りを良くすることが病気を防ぐ秘訣であることを説きました」
腸コンシャスな先人はかくして長生きしたのである。
冨士川凛太郎さん(ふじかわ・りんたろう)/AuB研究統括責任者。IT企業での研究業務や経営コンサルティング会社起業などを経て、AuBの立ち上げに参画。2017年、AuB株式会社取締役に就任。
アスリートの腸内細菌叢の研究で知られるバイオベンチャー〈AuB(オーブ)〉の冨士川凛太郎さんは、これまでに約850人のアスリートの便を解析してきた。最近も新たに約160人の一般生活者の便を調べたところ、食物繊維を量だけでなく、種類多く摂る人ほど腸内細菌が多様で、良好なことを発見したという。
「菌ごとに好みの食物繊維はすべて違います。大きく分けて、イモ、豆、緑黄色野菜、海藻、きのこ、果物を満遍なく食べるのが理想的です」
が、言うは易しで日々の食事でこれを堅持するのは至難の業。
「そこで、組成の異なる食物繊維ミックス3タイプを、ローテーションで摂れる《AuB GROW》(オーブグロウ)を開発しました」
従来の食物繊維のサプリは1ブランドに1種類のみ。これでは毎日同じ食物繊維だから、特定の菌が増えるだけ。菌の多様化は期待薄だ。食物繊維も偏食はよくないようだ。
長谷川政美先生(はせがわ・まさみ)/遺伝学者、進化生物学者。総合研究大学院大学名誉教授。1993年に日本科学読物賞を受賞。『ウンチ学博士のウンチく』(海鳴社)など著書多数。
住む場所は異なれど、人のカラダの作りは基本同じ。ウンチの量が変わるわけないと思いきや、実のところ国や時代によって排便の量は変わるという。
「第二次大戦前、日本人の排便量は1日におよそ400gありましたが、昨今は200g程度。その大きな理由が食の欧米化。食物繊維や発酵食品など日本古来の食事の機会が減り、糞便に含まれる食べ物の残りかすの量が少なくなったのだと推測されます」(長谷川政美先生)
アメリカ人は1日100~150g程度。そんな両国が戦った第二次世界大戦ではこんなエピソードも。
「ある激戦地で、米軍は日本軍が露営地に残した糞便の量から兵力を見積もったのですが、その量から実際よりも4倍の兵士がいると見誤ったのです。アメリカ人からすると、当時の日本人の排便量は信じられないぐらい多かったというわけです」
下の表を見ながら、各国の食文化に思いを馳せてみるのもまた一興。
青木厚先生(あおき・あつし)/あおき内科さいたま糖尿病クリニック院長。医学博士。専門は糖尿病、生活習慣病など。著書に『「空腹」こそ最強のクスリ』(アスコム)など。
最近のダイエット関連の注目ワードに「16時間ダイエット」がある。提唱するのは医学博士の青木厚医師である。
「私たちは食べたものを2~3時間で胃で消化し、小腸はそれを5~8時間で分解。その後大腸が残りの水分を15~20時間で吸収するのですが、1日に3度も食事していると、胃や腸は常に消化活動をしなければならず内臓が疲弊してしまうのです」
16時間ダイエットは胃腸を休め、飢餓状態を作ることで、古くなったミトコンドリアなど細胞内の不要物をエネルギーに変換して細胞を刷新するのが目的。これをオートファジーと呼ぶ。さらには腸内に善玉菌が増えるともいわれているが、なぜ腸内環境まで改善するのか?
「理由ははっきりしないのですが、太古の昔から人間は飢餓状態がデフォルトで、今の時代は食べ過ぎ。1日数回お腹が空いたと感じるぐらいが本来の姿で、腸内環境も整いやすくなるのではないかと見ています」
井上亮先生(いのうえ・りょう)/摂南大学農学部応用生物科学科教授。日本食物繊維会評議。農学博士。大好きな腸内細菌、腸管免疫の研究に日夜没頭中。
見よ、この飛翔する巨体を。近年日本人ラガーマンの肉体は格段に向上したが、未だ強豪国の壁は高い。さらに重く、速い。何がこの違いを生むのか?
「アイルランドのラグビー代表チームは、一般人と比べて腸内環境が非常に優れているという発表があったので、同じことが日本でも起きているのか調べてみました」と話すのは腸内細菌学を専攻する井上亮教授(摂南大学)。
だが、調査してみると「思いのほか結果が悪く、慢性的に下痢の選手が多かったんです」。
両国の選手とも摂取カロリーは4000キロカロリー余りだったが、食物繊維の摂取量が違っていた。アイルランド人選手が平均39g摂っていたのに対し、日本人の大学生ラグビー選手は13gほど。成人男性の摂取目安量21gにさえ及ばなかった。
「食物繊維は食べたものが腸内を移動する速度を調整します。不足している人が激しい運動をして下痢になると、移動速度が速くなって消化不良を招き、カラダが大きくなりにくい。日本人選手たちにも欧米の推奨量、1000キロカロリーにつき14gを目指してほしい」
なお、井上教授も参加し、一般の日本人多数から採取した腸内細菌の研究結果からは、日本人は5つの腸内フローラタイプに分かれることもわかってきた。下のコラムに注目を。
日本人1803人の腸内細菌をAIで解析すると、5つの型=エンテロタイプに分類できることが判明(京都府立医科大学、摂南大学、プリメディカ共同研究)。Aは動物性タンパク質と脂質の摂取が多く、循環器系疾患や生活習慣病に高いオッズ比を示した。Bは3大栄養素のバランスがよい。Cはエネルギー源が炭水化物に偏り、やや栄養不足。日本人らしいのがDでビフィズス菌が非常に多い。Eは脂肪の摂取が少なく最も健常者が多かった。
中村公則先生(北海道大学)/北海道大学大学院先端生命科学研究院准教授。腸内細菌叢制御による母子健康の増進や炎症性腸疾患の新規治療の開発を目指し研究中。
地球上に存在する菌のうち、知られているものだけでも数万種類。なのに、ヒトの腸内細菌はせいぜい1000種類ぐらいというのが定説。「どうしてその程度の種類に絞られてしまったのか?」と根源的な問いを発するのは自然免疫に通ずる中村公則准教授(北海道大学)だ。
体内に菌が棲みつくことで、菌にも宿主であるヒトにも利点があっての共利共生だとして、この関係は何によって制御されているのか?
「その謎のカラクリの一つこそ、小腸内にあるパネト細胞が分泌するαディフェンシンだと考えています」
αディフェンシンとはずばり抗菌ペプチドだ。個数でいえば大腸よりは少ないが、小腸にもいる腸内細菌にパネト細胞はすばやく応答し、このペプチドを分泌する。
「このペプチドは善玉菌を攻撃することはなく、悪玉菌と一部の日和見菌を選択的に殺すことで、腸内細菌叢を制御しているようなのです」
αディフェンシンは若年、中年では多く分泌されるが、高齢になると減ってくることがわかっている。これが加齢に伴い腸内細菌叢に異常の起きる一因である可能性がある。
「腸内細菌叢の異常は肥満症や糖尿病、肝炎などの生活習慣病、免疫疾患はもちろん、うつ病や自閉症などの精神疾患にも関与することが報告されています」
ちなみにマウスにストレスを与えてうつ状態を作り出し、その際のαディフェンシンを測定したところ、うつ病を示唆する関連物質の減少とともに量が減っていた。
「次にαディフェンシンをマウスに経口投与してみたところ、うつ病に関わる物質のスコアは改善し、腸内細菌叢も回復しました」
いまは食事でパネト細胞を活性化させ、αディフェンシンの分泌量を増やすことができないか、候補になる物質を探査中とのことだ。
山本健人先生(やまもと・たけひと)/大阪・北野病院消化器外科勤務。医療情報サイト『外科医の視点』は1000万PV以上。著書に『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)など。
ウンチの色が茶色い理由、あなたはパッと答えられるだろうか。“外科医けいゆう”の名で多くのツイッターフォロワーを持つ山本健人先生に聞いてみよう。
「口から入れた食べ物は胃や腸を通り肛門から便で出てきます。
その間、脇道のように多くの臓器から消化液が合流して最終的にウンチの形になるのですが、なかでも十二指腸からは膵臓で作られた膵液など、いろんなタイプの消化液が加わります」
その十二指腸と同じあたりに出口があるのが、肝臓で作られて脂肪分解を促す胆汁の通り道、胆管である。
「胆汁に含まれる赤血球の成分のヘモグロビンが分解され、ビリルビンという物質ができるのですが、このおかげでウンチは茶色くなります。
臓器の消化液、胃液や膵液などはほとんど透明ななか、胆汁は褐色の色素であるビリルビンを持つのです」
逆にウンチの色が茶色くない場合はどこかに問題があるということだ。
黒いウンチ:海苔の佃煮のように黒い時は、胃や十二指腸など上部消化管で出血の疑い。胃潰瘍、十二指腸潰瘍などが悪化すると致命傷にも。胃カメラの検査も受けよう。
赤いウンチ:大腸や肛門など、下部消化管で出血の疑い。大腸がん、大腸ポリープ、痔などが原因で大便に赤い血が混じる。大腸内視鏡で早めの検査を。
白いウンチ:色素である胆汁が混ざっていないと白くなる。まず最初に疑われるのは胆管閉塞。その際には、発熱や腹痛などの症状を伴うことが多い。
彦坂暁先生(ひこさか・あきら)/広島大学大学院統合生命科学研究科准教授。専門分野は動物学や進化生物学、発生生物学、ゲノム科学など。無腸動物を用いた研究を行っている。
そもそも体内に腸がない無腸動物とは? 広島大学・彦坂暁先生に聞いた。
「そのひとつがナイカイムチョウウズムシで、体長は3~4mmほど。日本では1982年に報告され、瀬戸内海などで採集できる生き物です。彼らは口と肛門が分かれておらず一体化しており、それらをつなぐ消化管も、胃や腸もありません」
その代わりに別の消化組織を持っているので、食べたものはそこで消化できるし、なかには体内に藻類を共生させ、その光合成による産物を栄養にして生きているものもいる。
このナイカイムチョウウズムシが科学者たちの熱い視線を集めるのにはこんな理由があるからだという。
「彼らは人間を含めた現生の左右相称動物の中で、進化の最も初期の姿を残す、ある意味人間の祖先に似た存在では?という説があります。
人間の起源や進化過程を研究するうえで重要な存在と考えており、今後さらに研究を進めていくつもりです」
取材・文/廣松正浩、黒田創 編集/堀越和幸 イラストレーション/にしぼりみほこ(記事内)、AdobeStock(TOP画像) 写真/AP/AFLO
初出『Tarzan』No.840・2022年8月25日発売