「どこまでも走れる!」ランナーズハイに到達する条件。

走り続けていても辛くない、むしろ心地いい。そんなランニング体験を「ランナーズハイ」と呼ぶ。どうやらその境地は「ややキツい」の壁を我慢した先に存在するらしい。

取材・文/石飛カノ 撮影/森山将人 スタイリスト/佐藤奈津美 ヘア&メイク/村田真弓 イラストレーション/mrsn 監修/中野ジェームズ修一(スポーツモチベーション最高技術責任者) 撮影協力/東京アクアティクスセンター

初出『Tarzan』No.897・2025年2月20日発売

ランナーズハイに到達するには?
教えてくれた人

中野ジェームズ修一(なかの・じぇーむずしゅういち)/1971年、長野県生まれ。スポーツモチベーションCLUB100最高技術責任者。PTI認定プロフェッショナルフィジカルトレーナー、アメリカスポーツ医学会認定運動生理学士(ACSM/EP-C)。日本では数少ないフィジカルとメンタルの両面を指導できるトレーナー。多くのオリンピック代表選手、青山学院大学駅伝チームなどを指導。『医師に「運動しなさい」と言われたら最初に読む本』が現在ベストセラーに。

ランナーズハイの正体はエンドルフィン?

アヘンやその抽出物のモルヒネが痛みを消し去り、多幸感をもたらす事実は昔から知られていたこと。ところが、1970年代に脳細胞にはモルヒネの受容体があり、さらに豚や牛などの哺乳類やヒトの体内で自家製のモルヒネが作られていることが分かった。神経伝達物質「エンドジーナス・モルフィン(体内性モルヒネ)」、略してエンドルフィンの発見だ。

時は第一次ランニングブーム。長距離ランナーの中には走っている最中、苦痛から解放されていつまでもどこまででも走っていけそうな陶酔感に包まれる、という体験を語る者が続出。この現象は「ランナーズハイ」と名付けられ、ランナーたちの流行語となった。

で、新たに発見されたエンドルフィンがその原因物質ではないかと推測されるようになる。その後、ランナーを被験者とした脳の画像検査によって、全力で走った後には脳内のエンドルフィンのレベルが上がっていることが明らかにされたという次第。

新物質、カンナビノイドとは。

長らく「ランナーズハイ=エンドルフィン」と信じられていた時代が続くが、2015年、走った後にはエンドルフィンだけでなく内因性カンナビノイドという物質のレベルがマウスの脳内で上がっているという研究がドイツの医学部研究チームによって報告される。

内因性カンナビノイドとは、体内で作られるマリファナに似た作用をもたらす物質の総称。ちなみにアヘンは芥子、マリファナは麻由来の薬物だ。

さらに、エンドルフィンの受容体を遮断しても走った後にランナーズハイがもたらされるが、カンナビノイドの受容体を遮断するとマウスは不安げで痛みに敏感になるということも報告されている。しかも内因性カンナビノイドはエンドルフィンより分子量が小さいため脳への到達が速やかという点も明らかに。

こうした研究報告が次々になされ、現在のところランナーズハイはエンドルフィンだけの作用ではなく、内因性カンナビノイドも関与しているという説が有力だ。

辛さを乗り越えた先にランナーズハイが待っている。

原因物質がなんであれ、あくまで結果論。実際にランナーのカラダに起こる現象からランナーズハイを捉えるトレーナーの中野ジェームズ修一さんは次のように言う。

「普通に生活しているときは毎分5〜6Lの血液が体内を循環しますが、走ると心拍が増してその5倍くらいに血液量が増えます。それだけの血液が補塡されるまでがカラダにとって一番キツい状態。それを乗り越えて運動に適した血液量が供給されると心拍がスッと落ち着きます。また、筋肉が一定の収縮リズムを繰り返すことで筋膜の抵抗も下がって気持ちがよくなってくる。それがランナーズハイの状態だと私は思っています」

個人差はあるが、カラダが平常状態から走りに適した状態になるまでは平均3kmのランが必要だという。ポイントはややキツいレベルで走り続け、一番キツいところで足を止めないこと。坂道や凸凹道など環境変化が少ないコースを選ぶこと。その先に待っている心地よさすべてがランナーズハイだ。

ランナーズハイの感覚を得る条件。
  • 最大心拍数の70%のスピードで走る。
  • 最低でも3kmは走り続ける。
  • できるだけ平地を走る。
  • 信号のないコースを走る。
  • キツくなっても足を止めない。