体型、運動、飲酒、喫煙は関係する? 一生で使う「医療費」のリアル

一生のうちにかかる医療費は、総額にして約2700万円。高齢化に伴い、ますます増加傾向にあるが、できれば健康を維持して医療費を抑えたいところ。1995年から5万人の生存状況と医療費を13年間追跡している「大崎国保コホート研究」という先行研究を用いた、平均余命と生涯医療費の検証結果を紹介。見えてきたのは健康とお金のリアルな関係だった。

取材・文/石飛カノ 取材協力/辻一郎(東北大学名誉教授)

初出『Tarzan』No.869・2023年11月22日発売

一生で使う「医療費」のリアル

一生で必要な医療費のこと、知ってますか?

ゆりかごから墓場まで、一生のうちにかかる医療費のことを「生涯医療費」という。総額にして約2700万円。

ちょっと郊外なら家一軒買えそうな金額だ。これを合算した国民医療費は44兆円を超え、すべての国民が何らかの医療保険に加入する国民皆保険制度がスタートして以来、右肩上がり。

一人の人間が一生で支払う平均医療費
一生で使う医療費のこと グラフ

厚生労働省「生涯医療費(令和2年度推計)」

2700万円のうち医療保険で7〜9割が賄われるので自己負担は500万円前後。70歳以上でかかる医療費が全体の51%を占める。

「その理由のひとつは日本の人口の高齢化。高齢者の中でも後期高齢者が増えていて、高齢になるほど医療費が高くなるため生涯医療費も増えるのです」

と言うのは公衆衛生学の専門家、東北大学名誉教授の辻一郎さん。上のグラフの通り、70歳以降の高齢者の医療費の上昇ぶりは凄まじい。その他、医療技術の進歩による高額化、入院日数の長さ、皆保険で誰もが気軽に病院を訪れることも生涯医療費増加の理由だ。

日本の平均入院日数は世界一長い
日本の平均入院日数は世界一長い 一生で使う医療費のこと グラフ

OECD Health Care UtilisationのHospital aggregates、日本のデータは2019年病院報告。

OECD加盟国中、日本は入院患者の平均在院日数が27日と群を抜いて長い。

「国が行っている〈健康日本21〉という施策の目的は平均寿命の増加分を上回る健康寿命(自立して生活できる生存期間)の増加です。平均寿命から健康寿命を引いた期間は医療費や介護費用を集中的に使う不健康期間。これを短縮すれば医療費減少に繫がるはずです」

そのヒントを得るために辻さんらが行ったのが、「生活習慣・健診結果が生涯医療費に及ぼす影響に関する研究」。1995年から5万人の生存状況と医療費を13年間追跡している「大崎国保コホート研究」という先行研究を用いて、平均余命と生涯医療費を検証した。

すると、見えてきたのは健康とお金のリアルな関係。

肥満者は普通体重の人より生涯医療費が「208万円」多くかかる

まずは体格と生涯医療費の関係を見てみよう。

体格の指標、BMI(kg体重÷m身長の2乗)を基に、痩せ、普通体重、過体重、肥満の4グループに分けて比較したところ、40歳男性の場合、生涯医療費とBMIは正比例の関係で、肥満者は普通体重に比べて生涯医療費が208.1万円高かった。

「肥満の人は普通体重の人に比べ約3年余命が短いですが生涯医療費は多い。短命かつ生涯医療費が高いんです。糖尿病の合併症で腎臓を悪くしたり脚を切断するなど医療費がかかり、しかもその間苦しむ時間が続くということです」

ちなみに、男女ともに平均余命が長いのは普通体重よりちょっと太っている過体重の人々。BMI25〜27が最も死亡率が低く、27を超えると死亡率が上がる。太ったとしてもBMIの数値を27未満にキープすることが健康を維持し、お金を節約する秘訣といえそうだ。

BMIレベル別の平均余命と生涯医療費(40歳男性)
BMIレベル別の平均余命と生涯医療費(40歳男性) 一生で使う医療費のこと グラフ

「生活習慣・健診結果が生涯医療費に及ぼす影響に関する研究」

棒グラフはこれ以降かかるであろう生涯医療費、線グラフはこれ以降何年生きるかという平均余命。

コラム:男性のクリティカルエイジは20代だった!

肥満者はお金がかかるうえに短命。男性の場合、そうなる兆しは20代で表れ始める。令和元年の「国民健康・栄養調査」では20代男性の肥満者は23.1%だが30代になると29.4%となり、3人に1人が肥満。

40代ではさらに39.7%と跳ね上がる。そう、20代から30代に至るまでが男性のクリティカルエイジ。1年に1kgずつ体重が増え、30代で10kg増、まるで別人になる人は少なくない。

「仕事が多忙で深夜にしか食事ができないなどライフワークバランスが太る大きな理由。放置すれば30代からさらに肥満率は増加します。でも、仕事とプライベートのバランスが安定する40代で引き返す人が増えていけば、もっと健康寿命が延びていくと思います」

1日1時間以上歩く人は寿命が1.5年長く生涯医療費が「75万円」安い

続いて運動と生涯医療費の関係だ。

運動の有無のグループ分けは、1日1時間以上歩く人と1時間未満の人。40歳男性の場合、前者のグループは後者のグループより平均余命が1.5年長く、しかも74.5万円安かった。

歩行時間別の平均余命と生涯医療費(40歳男性)
歩行時間別の平均余命と生涯医療費(40歳男性) 一生で使う医療費のこと グラフ

「生活習慣・健診結果が生涯医療費に及ぼす影響に関する研究」

歩く時間が「1時間以上」と回答した人々を1時間以上群、「30分〜1時間」「30分以下」と回答した人々を1時間未満群とした。

「1日1時間以上歩く人は男女とも長命で生涯医療費がかからないという傾向が見られました。理由としては、歩くという有酸素運動で血管が広がり、動脈硬化の抑制、高血圧の予防、心筋梗塞や脳卒中のリスクが低下したこと、大腸がんや肺がん、乳がんなどの発症率が低下したこと、呼吸機能が維持されたことなどが考えられます」

別の研究では、通勤歩行時間が片道21分以上のグループは10分以下のグループに比べて、高血圧の発症率が約3割下がったという報告もある。チリも積もれば立派な山となるのだ。

高血糖の人は「83万円」、脂質異常の人は「16万円」、高血圧の人は「376万円」余計な医療費がかかる

毎年の健康診断の血液検査の結果も生涯医療費に大いに関係する。

当然と言えば当然の話。だって、血圧が高ければ、近い将来動脈硬化が発症し、心筋梗塞や脳卒中といった致命的な病態に陥るリスクが増えるから。

血糖値が高ければ、糖尿病の治療にお金がかかるだけでなく、腎臓や網膜、神経障害といった合併症に見舞われるリスクが増えるし、コレステロールや中性脂肪など血液中の脂質が多ければ、動脈硬化が促され、やはり脳梗塞や心筋梗塞のリスクが高まる。

どれも入院や手術を伴うので、医療費が嵩む状況に陥りやすいのだ。

高血圧、高血糖、脂質異常のグループは正常値のグループに比べて平均余命が短く、それでいて生涯医療費は高い。ダブル、トリプルで健診結果に引っかかっているという人がいたら、それはもう笑いごとではない。即、改善に努めることをおすすめする。

血圧レベル別の平均余命と生涯医療費(40歳男性)
血圧レベル別の平均余命と生涯医療費(40歳男性) 一生で使う医療費のこと グラフ

「生活習慣・健診結果が生涯医療費に及ぼす影響に関する研究」

収縮期が140mmHg、拡張期90mmHg以上が高血圧、収縮期130mmHg、拡張期85mmHg未満が正常血圧、それ以外が正常高値血圧。

脂質レベル別の平均余命と生涯医療費(40歳男性)
脂質レベル別の平均余命と生涯医療費(40歳男性) 一生で使う医療費のこと グラフ

「生活習慣・健診結果が生涯医療費に及ぼす影響に関する研究」

血中中性脂肪が200mg/dl以上またはHDLコレステロールが40mg/dl未満が脂質異常群、それ以外が正常群。

血糖レベル別の平均余命と生涯医療費(40歳男性)
血糖レベル別の平均余命と生涯医療費(40歳男性) 一生で使う医療費のこと グラフ

「生活習慣・健診結果が生涯医療費に及ぼす影響に関する研究」

血糖値が140mg/dl以上を高血糖群、血糖値が140mg/dl未満のグループを正常群とした。検査は空腹・食後を問わず行った。

大酒飲みは適量飲酒者より生涯医療費が180万円低いが、寿命が「4.1年」短い

日本の基準飲酒量は純アルコールにして1日20g。1週間で140g。この研究では1週間に150g未満を適量飲酒としている。純アルコール150gは日本酒にして6.8合、焼酎では5.1合、ワインではボトル2本。1週間でこれだけ飲んだら過剰飲酒になる。

さて、グラフを見ると生涯医療費は非飲酒者が最も高く、飲酒量が多くなるごとに低くなっている。

飲酒習慣別の平均余命と生涯医療費(40歳男性)
飲酒習慣別の平均余命と生涯医療費(40歳男性) 一生で使う医療費のこと グラフ

「生活習慣・健診結果が生涯医療費に及ぼす影響に関する研究」

飲酒の頻度と1回当たりの飲酒量に関する回答から1週間の純アルコール摂取量を推定。非飲酒者を含む5つのグループに分類。

「非飲酒者はもともと体調不良のために飲酒できなかった被験者がいたこと、また大量飲酒者ほど平均余命が短くなり、生涯医療費が少なくなったと考えられます」

喫煙習慣と同じく、大量飲酒習慣も余命を削る分、生涯医療費が低下する傾向にある。ちなみにこの研究が行われた2010年前後では心筋梗塞や脳卒中など循環器疾患が主な死亡原因で、適量飲酒がその発症を防ぐとされていたため平均余命が最も高くなっている。

喫煙者は生涯医療費が100万円低いが、寿命が「3.7年」短い

喫煙は百害あって一利なし。分かっちゃいるけどやめられないという人には、ぜひ知っておいてほしい。喫煙者は非喫煙者に比べて生涯医療費が100万円安い。タバコ代を帳消しにできてラッキー? と喜んでいる場合ではない。

「この数値は統計学的には有意な差ではありませんでした。年間の医療費は喫煙者の方が非喫煙者より高いという結果も出ています。一方、平均余命の差の3.7歳という数値は有意な差がありました。確実なことは、喫煙習慣が肺がんや脳卒中などの病気の原因となり、死亡率を高めるということです」

喫煙習慣別の平均余命と生涯医療費(40歳男性)
喫煙習慣別の平均余命と生涯医療費(40歳男性)

「生活習慣・健診結果が生涯医療費に及ぼす影響に関する研究」

タバコを「吸っている」または「以前は吸っていた」と回答した人を喫煙群、「若い頃から吸わない」と回答した人を非喫煙群とした。

日本人の死因のトップはがんで、さらに種類別のトップは肺がん。多少の医療費は浮くかもしれないが、それは確実に死に至る病によって人生の幕が人より早く閉じられるから。

たった100万円の差で寿命を縮めますか? それとも節煙から始めますか?

コラム:性格次第で生涯医療費が違ってくるかも?

その人のパーソナリティが病気の発症率に影響するという話がある。最も有名なのは「タイプA」と「タイプC」という性格。

「かつてはうつ傾向で物静かで頼まれると嫌と言えないタイプCという性格の人は、がんになりやすいといわれていましたが、現在では完全に否定されています。すでにがんを発症している人の性格を分類した報告だったからです。今は性格とがんは無関係とされています。

一方、一生懸命頑張ってストレスを溜め込みやすいタイプAの人は血圧が上がりやすいので心筋梗塞など循環器系の病気になりやすいと考えられています」

競争心と野心旺盛なタイプAは生涯医療費が高くなるか、早死にしやすいか? 神のみぞ知る。