がんと診断されたら? 知っておきたい「がん治療」の今
多種多様ながんに対応する治療。最適解は到底自力で見出せない。だからこそ、がん治療の実情を今から知り、備えたい。そこで今回は進化し続けるがん治療の最新情報を紹介。むやみに恐れるのではなく、もしもの時にできることを把握しておこう。
取材・文/石飛カノ イラストレーション/イマイヤスフミ 本間義崇(国立がん研究センター中央病院頭頸部食道内科医長)
初出『Tarzan』No.847・2022年12月15日発売
標準治療=チャンピオンの治療
ネットで「がん治療法」と検索すると玉石混淆の情報がヒットする。このうち最も信頼できるのは病院で受けられる保険適用の「標準治療」だ。
「標準治療とはゴールド・スタンダード。科学的根拠に基づいた有効性が示されている治療のことですが、日本語にはこれに相応しい言葉がなく、一般の方には凡庸な治療と勘違いされているように思います」
と言うのは、国立がん研究センター中央病院頭頸部・食道内科医長の本間義崇先生。たとえばがんの新薬が開発されるプロセスは下図の通り、慎重かつ徹底的な試験を経て、国への承認申請が行われる。
新薬誕生のプロセス
「臨床の第Ⅰ相試験では薬の投与の量やスケジュールを決めます。第Ⅱ相試験では対象となる疾患を限定して有効性や安全性を確認します。第Ⅲ相試験では新薬を投与したグループと従来の標準治療を受けたグループの生存期間を比較します。
そこでいい結果を出せた新薬が承認されて新たな標準治療となります。何万という薬の中から選ばれた言ってみればチャンピオンの治療法なのです」
もうメスは不要? 時代は低侵襲手術へ
標準治療の3本柱は手術、放射線、抗がん剤。
このうち手術はがんの広がりが、発生部位(原発巣)とその周囲のリンパ節に限局しているステージに適用される。といっても、ゴッドハンドがメスでガバッとお腹を開いて患部をごっそり取り除く、というのは今は昔の話。
「現在では縮小手術は当たり前で、患者さんの負担をより少なくする低侵襲手術が主流になっています。
この10年くらいは小さな穴から内視鏡を挿入して行う胸・腹腔鏡手術が盛んに行われてきました。従来より傷が小さいため痛みも少なく、手術後すぐに動けて入院日数も短いという多くのメリットがあります」
その次に出てきたのがロボット手術。最大のメリットのひとつは手ブレがなく、安全な手術に繫がる安定した手術野の展開が可能なこと。
「深く狭い部分に存在する臓器の手術、たとえば直腸がん、咽頭がんの経口的手術などに活用されています。もちろん、すべてのがんでロボットが有効というわけではなく従来の手術法が適している場合もあります」
患者の負担を最小限に留める低侵襲手術の流れは、ますます進む。
最先端の放射線治療への期待
5段階あるがんのステージの主に1~3の段階で使用されるのが放射線治療。従来のX線などの光子線と、陽子線や重粒子線といった粒子線の2種類がある。
「従来の放射線治療は病変に辿り着くまでの通り道に影響が出ますが、粒子線治療は病変のところで放射線が最大になるよう調節する方法。病変の周囲にある正常組織への影響は後者の方が少ないとされています」
2種類ある粒子線も病態によって使い分けられているという。
「陽子線は病変の近くに大切な臓器がある場合に適しています。たとえば近くに眼球や視神経のある鼻腔がんなどには眼球や視神経への影響を最小限にするため陽子線治療を提示します。
また重粒子線は陽子線よりパワーが強いので、重要な臓器が近接していない場所にあり、通常の放射線治療の効果が得られにくいがんなどに用いられています」
治療に用いる放射線の種類
進化が止まらない薬物療法
3つの標準治療のなかで最も進化が著しいのが、ステージが進行したがんに適用される抗がん剤。従来は正常な細胞にもダメージを与えてしまう細胞障害性抗がん剤が主流だった。
ところが近年、特定の遺伝子異常を持つがん細胞を選択的に攻撃する分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬という新たな薬が登場したことでフェーズが一変した。
主な薬物療法
「がんが生まれながらに持っている病気の根源となる遺伝子異常があって、それによって生じる細胞増殖の信号を選択的に阻害する分子標的薬があれば高い治療効果が期待できます。
その他、がんの成長に必要な物質を取り込むための腫瘍血管を断ち切る血管新生阻害薬、がんの増殖シグナルのスイッチである受容体や作用物質を阻害する抗体薬、がんを攻撃するリンパ球の活性を抑制する分子を標的にした免疫チェックポイント阻害薬などがあります」
治療法は日進月歩、情報は常にアップデートしておきたい。
がん光免疫療法、がんウイルス療法とは
これまでの標準治療とはまったく異なるジャンルのふたつの治療法が日本で承認された。2020年に承認されたのが「がん光免疫療法(アルミノックス治療)」。
「まず光感受性を付けた抗体薬を投与し、がん細胞の表面に発現している受容体に付着させます。そこに特定の波長を持つ近赤外線を照射すると化学反応が起こり、がん細胞の細胞膜が破れ、浸透圧の力で細胞内に水が入ってがん細胞を破壊させるという治療法です。
現時点で保険適用になっているのは局所再発した頭頸部がんのみです」
がん光免疫療法の仕組み
そして2021年に承認されたのが「がんウイルス療法」。
がんウイルス療法の仕組み
こちらは単純ヘルペスウイルスの遺伝子をがんの中でのみ増殖するよう改変した薬剤を直接患部に投与する治療法。
「標準治療が無効な悪性神経膠腫が保険適用で、がん光免疫療法と同様、局所治療になります」