ストレス過多に要注意。使える体幹作りに「横隔膜強化」が必須なワケ
体幹を鍛えたつもりなのに成果が出ない? それは横隔膜の存在を忘れているせいかもしれない。体幹の深層筋であるインナーユニットを構成するのは横隔膜、骨盤底筋群、腹横筋、多裂筋。中でも、横隔膜は骨盤底筋群とシンクロして動き体幹機能にダイレクトに影響するほか、全身と筋膜連鎖でつながっている。ここでは、体幹を構成する筋肉の中で、とりわけ横隔膜を重要視すべき理由をひもといていく。
取材・文/井上健二 撮影/石原敦志 イラストレーション/野村憲司、作山依里(共にトキア企画)、藤田翔
初出『Tarzan』No.865・2023年9月21日発売
大貫 崇さん
教えてくれた先生
おおぬき・たかし/呼吸コンサルタント。BP&CO.代表。米国フロリダ大学大学院修了。NBA、MLBでアスレチックトレーナー(ATC)を務めた後、帰国。PRT認定取得。大阪大学大学院医学系研究科健康スポーツ科学講座で特任研究員を務める。
アスリートでさえ90%は横隔膜が上手に使えない
ドローインやプランクといった体幹トレーニングを続けているのに、パフォーマンスアップなどの成果が一向に体感できない。そんな悩みがあるなら、改めて横隔膜にスポットを当ててみるべき。
「体幹とは、その名の通り、樹木の幹のように円筒状で立体。ですが、従来のいわゆる体幹トレでは、お腹の腹横筋のように側面部ばかりを強調する傾向がありました。円筒には、蓋も底もあります。蓋が横隔膜、底は骨盤底筋群。なかでも横隔膜にアプローチしない限り、体幹は十分に機能しないのです」
そう語るのは、呼吸コンサルタントの大貫崇さん。
「アスリートでも、90%が横隔膜を使った呼吸ができていなかったというデータもあります」
安静時のアスリートの呼吸パターン
1933人のアスリートの安静時の呼吸パターンを、Hi-Loテスト(胸と腹に手を置いて呼吸に応じた動きを確かめる方法)で評価した。その結果、横隔膜を使った効率的な呼吸ができていたのは約9%。90%以上は、横隔膜を使わない非効率的な呼吸パターンを示していた。
体幹の深層筋(インナーマッスル)のユニットには、横隔膜、骨盤底筋群、腹横筋、多裂筋がある。
これらのインナーユニットが、体幹内で内臓を収める腹腔を作る。
インナーユニットの筋肉:体幹には蓋があるし、底もある
体幹とは手足と頭を除いた胴体部分。なかでも、胸郭と骨盤の間で内臓を収める腹腔を構成するのが、横隔膜、骨盤底筋群、腹横筋、多裂筋というインナーユニット。
いずれも骨格に近いインナーマッスル(深層筋)だ。お腹を凹ますドローインなどのいわゆる体幹トレでもっぱら鍛えられるのは、腹横筋の前側だけ。体幹の蓋にあたる横隔膜、底にあたる骨盤底筋群もきちんとトレーニングしたい。
ことに、骨盤の底にハンモック状に広がる骨盤底筋群は、“骨盤の横隔膜”とも呼ばれており、横隔膜と深いコンビ関係にある。
横隔膜と骨盤底筋群:両者のコンビネーションが大切
横隔膜の良き相棒と呼べるのが、骨盤底筋群。両者の動きはシンクロしており、息を吸って横隔膜が上がるときは骨盤底筋群も上がり、息を吐いて横隔膜が下がるときには骨盤底筋群も下がる。
また、背骨のS字カーブが正しく保たれており、横隔膜と骨盤底筋群が向かい合うと体幹は機能しやすい。反り腰で横隔膜と骨盤底筋群が向かい合わなかったり、猫背で前後にズレたりしているのはNGだ。
インナーユニットは腹腔の内圧を高め、背骨のS字カーブを保ち、体幹を安定させる。
お腹の表層筋(アウターマッスル)を鍛えるフッキン運動でお腹を割ったり、ドローインで腹横筋を鍛えたりしても、インナーの横隔膜や骨盤底筋群がサボっていたり、ユニットの連携がチグハグだったりしたら、腹腔内圧(IAP)は思ったように高まらない。
IAP呼吸:腹腔内圧を高める呼吸を知る
ドローインでは、フーッと長く息を吐くと横隔膜が緩んで上がり、腹横筋が収縮してお腹が大きく凹む。IAP呼吸では、上がった横隔膜を下げて腹腔内圧を高める。
腹横筋、骨盤底筋群、多裂筋といった他のインナーマッスルは、腹腔内圧に押し返されて、筋肉が伸ばされながら力を発揮するエキセントリック収縮で体幹が寸胴に広がり、空気をパンパンに入れた強い状態になる。ただし、肋骨を下げて息を吐いた状態で行うのが前提。
横隔膜は上半身・下半身の両方に関わっている
横隔膜をさらに深掘りしてみると、他のインナーユニットにはないユニークな特徴がある。何よりも忘れてならないのは、横隔膜は左右対称ではなく、構造的に左右非対称である点。
横隔膜の左側には重さ200〜300gの心臓が乗るため、左側の横隔膜は潰れて平らになりがち。一方、右側は脇腹からみぞおちまで広がる肝臓に下から支えられ、ドーム状になりやすい。このことから、動きやすい右側の横隔膜が主体となり、呼吸を補助する。
また、横隔膜は胸椎に付くが、その付着部にも左右差がある。右側は腰椎の上から1番目から3番目(L1〜3)まで付いているが、左側は1番目から2番目(L1〜2)までにしか付いていないのだ。
こうした横隔膜の非対称にいち早く注目したリハビリやコンディショニングの体系を作り上げたのが、アメリカ生まれのPRI(Postural Restoration Institute)。大貫さんは、アメリカでPRIと出合い、横隔膜の重要性に開眼したという。
筋トレでは筋肉を一つひとつバラバラに鍛える場面が多いけれど、全身の筋肉は本来筋膜などを介して連動している。これを筋膜連鎖、または筋連鎖と言う。その連鎖でも、横隔膜は鍵を握っている。
「横隔膜は肋骨に付くため、上半身や頸部の筋肉と関わります。また、横隔膜の筋線維の一部は、大腰筋にも繫がる。大腰筋は、腰椎から脚の大腿骨に延び、背骨、骨盤、股関節にリンクしますから、横隔膜は下半身の筋肉とも連携しているのです」
ストレスフルな毎日が横隔膜の自由を奪う
カラダは、インナーユニットで腹腔内圧を高めてから、手足を動かすようにできている。先にインナーが働くこの仕組みを、フィードフォワードという。
フィードフォワード:お腹を安定させてから手足を動かす
カラダは、脊柱や関節などからの適切な情報でインナーユニットが先に働いて腹腔内圧を高め、体幹を安定させて手足が動く(フィードフォワード)。
関節の適切な位置情報があれば、背骨や骨盤にストレスの少ない運動を行えるが、腹腔内圧が高まらずいい位置情報がないと代償動作が生じて負荷が増える。
「フィードフォワードなんて初めて聞いたぞ!」という人でも、実は赤ちゃんの頃から実践済み。
生まれたての赤ちゃんは水分と脂肪の塊。筋肉はまだほとんどついていない。おかげで仰向けにしかなれないが、そのうち誰に教わらなくても、呼吸を繰り返すうち、うつ伏せ、寝返り、ハイハイができるようになり、つかまり立ちを経て、1年ほどすると立ってヨチヨチ歩き出す。
「そのプロセスを助けてくれるのも、横隔膜。横隔膜を使う呼吸で腹腔内圧が高まると、筋力に頼らなくても手足が動かしやすくなります。
1歳前後で大脳が発達する前に、腹腔内圧を上げて動くというプログラムを、大脳より下位の小脳や脳幹にしっかり落とし込み、運動の記憶としてインプットしているのです。
このプロセスをすっ飛ばすと、賢い大脳が、腹腔内圧を高めなくても動けるズルい方法を見つけてしまう。親なら我が子には一日も早く立って歩いてほしいと願うものですが、自然な発育をじっくり待つ態度も必要です」
赤ちゃんの頃は誰しも自然にできていたのに、現代人は総じて横隔膜で腹腔内圧を高めて動くことが苦手。それでは体幹トレをしてもパフォーマンスは高まらないし、背骨や骨盤などのストレスとなり、肩こりや腰痛の誘因ともなる。
なぜ、私たちは横隔膜がうまく使えなくなったのだろう。
大きな理由は、ストレス下で緊張していること。緊張すると浅い口呼吸がクセになり、横隔膜を用いた深い呼吸が下手になり、腹腔内圧が高まりにくい。代わりに首すじや背中の筋肉で胸郭を動かしたり、腰を突き出したりして無理に呼吸するようになりがち。
肩がいかったり、胸が反ったりしている人は、おそらく横隔膜が使えていない。
呼吸補助筋:横隔膜の邪魔をする奴ら
横隔膜がガチガチに固まり、動きが悪くなっても、呼吸はノンストップで続く。そこで横隔膜の代役を買って出るのが、呼吸補助筋。
呼吸筋の2トップは横隔膜と肋間筋だが、それ以外に胸鎖乳突筋、僧帽筋、腹直筋といった体幹の筋肉が頑張り始める。これらの筋肉がアイドリングしてやる気満々なままだと横隔膜は働きにくい。
簡単チェック:お腹と胸の凹凸をなくそう
普段の呼吸を観察し、上右のような特徴がある人は横隔膜が使えていない。口が開きっぱなしのタイプは浅い口呼吸が習慣になり、横隔膜を使った深い呼吸ができていない。
息を吸うとき、肩(鎖骨)が上がっていたり、胸が反ったりしているのは、横隔膜以外の呼吸補助筋を使って胸郭を広げようとしているサイン。肩が上がるのは胸鎖乳突筋や肩甲挙筋、胸が反るのは僧帽筋や広背筋などの仕業だ。
呼吸は自律神経でも制御されており、吸ってばかりだと交感神経、しっかり吐けていると副交感神経が働く。緊張すると交感神経が優位になり、吸うことばかり考え、深く長く息を吐くことを忘れる。
すると横隔膜は上下するチャンスを失って吸ったまま固まり、いざやろうとしても深呼吸できない。加えて緊張が強いと、インナーよりアウターが先に働き、フィードフォワードも乱れる。
横隔膜の良し悪しは、肋骨が教えてくれる
これだけのキーマンなのに横隔膜の大切さが見逃されてきた背景には、ちょっとした事情がある。横隔膜が使えているか、使えていないのかが自覚しにくいのだ。
「筋肉、腱、関節などには、固有受容器と呼ばれるセンサーが備わっています。カラダの位置や動きなどの情報を脳に伝え、姿勢や運動の制御を助けているのです。インナーマッスルの受容器は少なめですが、なかでも横隔膜の受容器は少ない。
このため、自らの横隔膜の状態を知るのは難しく、トレーニングも行いにくいのです。なぜそうなっているかはよくわかりませんが、逆に横隔膜に受容器が多すぎたら、呼吸のたびに脳にその情報が届くので、かなりウザいかもですね(笑)」
横隔膜を自覚しにくいなら、何を基準にコンディショニングを行うべきか。答えはズバリ、肋骨だ。
「横隔膜は肋骨に付いているので、肋骨の動きとポジショニングをコントロールすれば、横隔膜は整いやすくなります」
現代人の多くは肋骨全体が不自然に上がって広がり、横隔膜の動きを制限している。肋骨を下げて狭めるだけで横隔膜は俄然動きやすくなり、呼吸も改善しやすい。
肋骨を下げる:上がった肋骨を下げると横隔膜は使える
息を吐く際には、肋骨が内旋して、胸郭が下・後ろ・内側方向に萎む。反対に息を吸う際には、肋骨は外旋して、胸郭が上・前・外側方向に広がる。
吐く息を意識して肋骨を内旋させると、横隔膜の形が整って作用しやすくなるだけでなく、胸郭の可動域が広がり、運動時のパフォーマンスも上がりやすい。
「肋骨を下げて呼吸すると、横隔膜が刺激されてうまく使えるようになります。呼吸は1日約2万回行いますから、1セッション数十回の体幹トレを週2〜3回やるより、肋骨を下げて深く丁寧に呼吸した方が横隔膜は活性化しやすいのです」
深い呼吸で横隔膜を蘇らせるコツを摑むには、緩める、吐く、強くする、という3ステップの横隔膜エクササイズが有効だ。[T]
普段スルーしている呼吸に光を当ててみると、いろいろな発見がある。それが、大貫さんが今回いちばん伝えたいメッセージだという。
「呼吸が浅くて回数も多いから緊張しているなとか、呼吸のたびに肩が上がるからそろそろ肩こりがひどくなりそうだとか…。
呼吸に目を向けるとさまざまな気づきがあり、不調が顕在化しない未病の段階で気づけるケースもあるはずです。呼吸の乱れをキャッチし、早め早めに対策を立てることで心身は健やかにキープできる。私はそう信じています」