胸郭歪んでない?「胸郭と横隔膜の関係」を知って、深い呼吸を手に入れる
呼吸の要である肺と心臓を守る胸郭の底を支えているのは横隔膜。したがって、胸郭は横隔膜の動きや呼吸に直結。だが、残念なことに、「知らず知らずのうちに、胸郭が歪んでいる」と、理学療法士の柿崎藤泰先生は言う。胸郭の歪みをリセットすれば、横隔膜の機能が高まり、不調も改善する。ここでは、横隔膜と胸郭の関係を紐解き、胸郭の歪みリセット術を伝授する。
取材・文/井上健二 撮影/石原敦志 イラストレーション/野村憲司、作山依里(共にトキア企画)、藤田翔
初出『Tarzan』No.865・2023年9月21日発売
柿崎藤泰先生
教えてくれた先生
かきざき・ふじやす/理学療法士。文京学院大学保健医療技術学部教授。社会医学技術院卒業。昭和大学藤が丘リハビリテーション病院、昭和大学附属豊洲病院などを経て現職。胸郭の運動分析、呼吸運動療法などが専門。医学博士。
目次
胸郭とは? 横隔膜との位置関係を学ぶ
深い呼吸の鍵を握る横隔膜は、みぞおちの高さで、胸郭の底を支える。胸郭とは、背骨のうちの胸椎、そこから延びる肋骨、胸骨からなる鳥カゴのような骨格。胸骨とは、胸の中央を縦に走り、左右の肋骨をつないでいる骨だ。
呼吸を司る肺と心臓は、鳥カゴの鳥よろしく胸郭内に仲良く収まる。胸郭の背面には、肩甲骨が付いている。
胸郭の構造(正面):胸椎、肋骨、胸骨がフレームを作る
横隔膜と密接に関わるのが、胸郭。カラダの胸部を支える大切な籠状のフレームであり、肺と心臓を守っている。胸郭は、12個の胸椎、12対の肋骨、1個の胸骨から構成されている。
肋骨は、背中側の胸椎から肺と心臓を囲むように弓状に広がり、正面では肋軟骨となり、胸骨に付く。上から11〜12番目の肋骨は胸椎のみと連結しており、前方では浮遊しているように見えるため「浮遊肋」と呼ぶ。
胸郭の構造(背面):肩甲骨は呼吸には関わらない
胸郭を背中側から見たところ。その背面には、腕の付け根にあたる肩甲骨があり、胸郭との間に「肩甲胸郭関節」を作っている。
横隔膜が硬く使えないと、肩甲骨に付く筋肉が補助的に働くようになり、肩こりや首こりといった不調の誘因になりやすい。ただし肩甲骨は胸郭には含まれない。
胸郭がズレると横隔膜の動きが制限される
その大事な胸郭が、知らず知らず歪んでいる。そう指摘するのは、呼吸器と運動器を長年研究している、理学療法士の柿崎藤泰先生だ。
「私たちの研究では、約90%の人は胸郭が左へ寄り、左側が詰まり、右側が緩んでいます。多少のズレは許容できますが、左へ寄りすぎると、横隔膜の動きが邪魔されるので、呼吸が正しくできなくなります」
胸郭が左にズレている人の割合
健常な成人男性18人を対象とした臨床調査。丸く点線で囲んだ部分が、胸郭の質量も面積も左へ偏位していると考えられる人たち。右にズレている人はわずか2人に留まっている。
いきなり情報があふれ気味なので、一つひとつ解きほぐそう。まず、胸郭が左へ寄るというのは、どういう状態なのか。
「それはカラダの土台となる骨盤の中心に対し、胸郭の中心が平行に左へズレることを意味します。これを専門的には左への“側方偏位”といいます。
胸郭のズレ(正面):90%の人は左側への側方偏位がある
柿崎先生の臨床経験では、日本人の90%は胸郭が骨盤の中心から左側へ偏る。5mm以内のズレは許容範囲だが、それ以上に歪むと横隔膜の動きが阻害されて呼吸機能がダウンする。
胸郭がズレるとともに、肋骨弓(剣状突起を頂点とし、左右に広がる肋骨の弓状の部分)が、左側で広がって上がる。
体幹の重みの中心は第7〜9胸椎(12個ある胸椎の7〜9番目)あたりにある。後ろから見て、そこから上の胸椎(上位胸椎)が右向きに捻られ、そこから下の胸椎(下位胸椎)が左向きに捻られると、胸郭は左へ偏るのです」
胸郭のズレ(背面):第7胸椎あたりでねじれが生じる
立ったときの全身の重みの中心は骨盤の仙骨あたりにあるが、体幹の重みの中心(坐ったときの重心)があるのは第7〜9胸椎あたり。左右の肩甲骨の下端を結ぶ高さにある。
胸郭全体が左へ偏っているのは、その第7胸椎から上では胸椎が右向きに回旋する一方、そこから下は胸椎が左向きに回旋しているからだ。
胸郭が左へズレると、左側の肋骨が広がり、上がりやすい。鏡の前に裸で立ち、肋骨がどうなっているか、観察してみよう。
セルフチェック:胸郭がズレていないか、確かめてみる
まっすぐ立って、肋骨下部の肋骨弓に手を添えてみる。左側の肋骨弓が右側よりも広がり、なおかつ左側の肋骨が右側よりも出っ張っているなら、胸郭が左へズレている証拠。
鏡でも肋骨弓の左右の高さの違いや、水平かどうか、目視で確認を。タオルを使ったリセット法を行い、肋骨弓を整えていこう。
胸郭が左へズレている2つの驚くべき仮説
次なる疑問は、このズレがなぜ生じるかということ。世の中の90%が右利きだからなのか。それとも心臓や胃が左に寄っているから?
「左への側方偏位は、利き腕に関係なく生じます。検証例は多くありませんが、内臓の位置が左右逆の“内臓逆位”の人でも、左への側方偏位が起こることが確認されています」
不可解な話だが、「根本的な理由はまだ明らかになっていません」と前置きしたうえで、柿崎先生は2つの仮説を披露する。
1つ目は、胸郭を左へズラして、左脚に体重をかけた方が、カラダが動きやすいから。
「静止した姿勢から、歩き出すときの初めの一歩を、多くの人は右足から踏み出します。左脚に体重をかけて軸脚にした方が、右足で踏み出すには有利なのです」
世界中の陸上トラックが左回りなのは、左脚を軸に右足で蹴った方が、選手たちのパフォーマンスが高まるからかもしれない。
右足から踏み出す理由も不明だが、左脳が発達しているためという説が有力。言語中枢は左脳にあり、言葉を操るヒトでは左脳が優位になりやすい。左脳は右半身をコントロールするため、右利きが多くなるし、右足から踏み出しやすいのだろう。
2つ目の仮説はよりミステリアス。
「地球の自転に適応した結果ではないかという推測も成り立ちます。地球は、北極から見て反時計回りに自転しているため、進む方向に右向きの慣性力(コリオリの力)が加わります。その環境下では、左脚を軸とした方が動きやすいのです」
荒唐無稽な話に聞こえるけれど、台風の回転が北半球では反時計回りなのも、コリオリの力によるもの。巨大な台風の動きが変わるくらいだから、カラダの動きが自転の作用を受けていても不思議はない。
「許される偏りは、骨盤に対して5mm以内。それ以上胸郭がズレていると、前述のように横隔膜にも呼吸にも悪い影響が出てきます。横隔膜は、肋軟骨(胸骨と肋骨をつなぐ軟骨部分)と胸椎、剣状突起(胸骨のお腹側の先端)に付いており、それぞれ線維が走っている方向が異なっています。
胸郭が歪むと、線維の走行が乱れるので、横隔膜が動きづらくなり、深い呼吸がスムーズに行えなくなります。呼吸を手助けするため、首すじや背中の筋肉が頑張るようになると、これらの筋肉に疲労や緊張が起こり、首こりや肩こりなどの引き金になり得ます」
胸郭の偏りを5mm以内に収めるには?
胸郭の偏りを5mm以内のニュートラルゾーンに収めるにはどうしたらいいのか。
「そのために必要なのが、胸郭の内方への矯正と後方回旋。開いた肋骨を内側へ入れて、下部を押し下げる動きです。内方への矯正と後方回旋で胸郭を整えると、横隔膜は小さな力で大きなパワーが出せるようになり、深い呼吸が行えます」
内方後方回旋:胸郭の左へのズレを矯正しよう
胸郭を、骨盤の中心から5mmだけ左へとズレたニュートラルポジションに戻すために必要なのは、「内方後方回旋」という動き。開いた肋骨を閉じて(内方矯正)、引き上がった肋骨を下げる(後方回旋)ことを目指すと、胸郭が定位置まで移動しやすくなる。
胸郭の偏りを正すには、専門家のサポートを得るのがスジだが、先生はセルフでも簡単にできるシンプルな矯正法を教えてくれた。仰向けになり、肋骨の下端とお尻に畳んだタオルを敷く。これで横隔膜が蘇り、ラクに深く呼吸ができる。
胸郭をリセット:タオルを使えばズレは直せる
- 仰向けで頭を畳んだタオルに乗せて、両脚を閉じて椅子の座面に踵を乗せる。
- 膝は90度(背中の筋肉が呼吸に関与しにくくなる)。
- 背中側の肋骨下端に沿って逆V字の形に畳んだタオルを差し入れ、肋骨の内方後方回旋を促しながら、胸を開く。
- さらにお尻の下にも畳んだタオルを敷き、内臓の重みで下がった横隔膜を押し上げる。
- 左手を胸、右手をお腹に添える。息を吐いて肋骨を下げ、鼻から息を吸うときは胸とお腹が一緒に上がり、口から息を吐くときは同時に下がるように意識する。これを1〜2分(20回程度)、できれば毎日続けたい。横隔膜が活性化し、腹横筋、骨盤底筋群との連携も良くなり、深い呼吸がスムーズに行える。
目指したい呼吸は腹胸式呼吸である
胸郭と横隔膜を偏りなく使う呼吸は、腹式呼吸でも胸式呼吸でもない。両者をハイブリッドした“腹胸式呼吸”だ。柿崎先生はそう語る。
改めておさらいしよう。腹式呼吸は、お腹を膨らますように息を吸い、お腹を凹ますように息を吐く呼吸。胸郭はほとんど動かず、お腹が大きく動くのが特徴だ。吸うときは横隔膜が縮んで下がり、吐くときは緩んでせり上がる。
胸式呼吸は、胸郭が膨らむように息を吸い、胸郭を凹ますように息を吐く呼吸。お腹はほとんど動かず、胸郭が大きく動く。息を吸う際、胸郭上部はポンプのハンドルのように肋骨が上がって上下に広がり、胸郭下部はバケツのハンドルを持ち上げるように左右に広がる。
ポンプ&バケツハンドルモーション:胸郭は意外に自在に動けるのだ
胸椎と肋骨は肋椎関節(肋骨頭関節と肋横突関節)、第5〜9肋軟骨は軟骨間関節、肋骨と胸骨は胸肋関節を作り、柔軟性が高い。
呼吸に伴い、胸郭上部で起こるのが「ポンプハンドルモーション」、胸郭下部で起こるのが「バケツハンドルモーション」。
呼気時、真横から見たとき、ポンプの柄のように胸骨が上がり、胸郭の奥行きが広がる(ポンプハンドルモーション)。同時に真上から見たとき、バケツの取っ手が下から上がるように横幅が広がる(バケツハンドルモーション)。
このときは肋骨の間にある肋間筋が活躍。外側の外肋間筋が縮んで胸郭を広げて息を吸い、内側の内肋間筋が収縮して胸郭を狭めて息を吐き出す。
ただし、横隔膜は胸とお腹の境目になっているのだから、横隔膜が活性化すれば、胸とお腹はシンクロして動いて当然。
「いわゆる腹式呼吸で働いているのは横隔膜の一部だけ。横隔膜全体がバランスよく使えるようになれば、息を吸うときは胸郭とお腹が一緒に膨らみ、息を吐くときは胸郭とお腹が一緒に凹みます。これが、私の考える理想の腹胸式呼吸です」
前述(胸郭をリセット)の矯正で横隔膜を整えると、腹胸式呼吸がやりやすくなる。
横隔膜で呼吸を正すと、自律神経も内臓も整う
柿崎先生が呼吸と胸郭の関わりに興味を持ったきっかけは、病院で呼吸器疾患を持つ患者さんを多く診ていたからだという。
「呼吸が苦しいと訴える患者さんを観察してみると、多くは胸郭がまるで動いていなかった。肺の働きを促すのは、ほかならぬ胸郭。胸郭が滑らかに動くようになれば、呼吸は良くなるに違いない。
そう仮説を立てて胸郭を動きやすくすると、幸いにも皆さんが“呼吸がラクになった”と喜んでくださった。そこから呼吸と胸郭、胸郭と横隔膜の関わりを追究するようになったのです」
呼吸器に問題のない健常人でも、胸郭から横隔膜を調整すると、呼吸以外にも御利益が期待できそう。
「胸郭の歪みを取ると、患者さんの多くは“よく眠れるようになった”とか“お通じが良くなった”などとおっしゃいます。深い呼吸で自律神経が整い、消化管などの内臓があるべき位置に収まるようになるため、睡眠の質が高まったり、腸管の蠕動運動が促されたりするのでしょう」
快適な毎日を送るベースを作るためにも、横隔膜をリセットしよう。