監修/東京理科大学准教授
向本敬洋さん(むかいもと・たかひろ)/東京理科大学教養教育研究院野田キャンパス教養部准教授。専門研究分野はスポーツ科学。個人の目的に合わせたレジスタンス運動やトレーニングプログラム立案のために有用な運動条件を研究している。
① 運動後も脂肪が燃え続ける
同じ運動をするなら効率がいい方を選びたい。それが人情。たとえば筋力を養うと同時にシェイプアップ効果を望むなら、より効率的なのは上半身トレより下半身トレだ。
東京理科大学の向本敬洋准教授らが行ったこんな実験がある。相対的な運動負荷を同等に設定したベンチプレス、デッドリフト、スクワットの3種目を比較したところ、デッドリフトとスクワットはベンチプレスより運動中および運動後のエネルギー代謝を亢進させる傾向が見られたという。
運動終了後に酸素摂取量やエネルギー消費量が安静時より増す状態をEPOCと呼ぶ。この効果が長いほど脂肪は燃え、太りにくいカラダづくりに役立つとされる。
ベンチプレスは胸と腕、デッドリフトとスクワットは尻と脚の筋肉が主動筋。つまり、尻と脚を鍛えることで高いEPOC効果が見込めるということ。これはかなりお得。
② 全身の健康効果が見込める
上半身トレより下半身トレの方がEPOC効果が高いのは、主動筋となる筋肉のボリュームが大きいことがひとつの理由。同じ理由で脚や尻という大きな筋肉を鍛えるとマイオカインの分泌がより多く見られることも分かっている。
マイオカインとは筋肉が収縮するときに分泌されるさまざまな物質の総称。たとえば、筋肉への糖の取り込みを促して血糖値を安定させたり、脂肪燃焼をサポートしたり、血管の老化を抑制して動脈硬化のリスクを下げたり、近年ではある種のマイオカインが大腸がんや認知症の抑制に関わっていることも報告されている。
「運動は薬である」というアメリカスポーツ医学会が掲げるキャッチフレーズはまさにマイオカインの健康効果に裏打ちされたもの。つまり、尻と脚を鍛えれば生活習慣病をはじめとする病気のリスクを下げる可能性が高まるというわけだ。脚尻トレは健康への近道ということ。
③ お腹が凹む
2013年にアメリカの『ストレングス&コンディショニングリサーチジャーナル』で発表された研究報告によると、レッグプレスによる筋持久力トレーニングを12週間行ったところ、脚ではなく腹や腕周辺の体脂肪の減少が見られたという。
レッグプレスは大臀筋と大腿四頭筋、まさに尻と脚を鍛える種目。でも、収縮を繰り返しているのは尻と脚の筋肉なのに、脂肪が減るのは腹や腕まわりってどういうこと?
答えはレッグプレスの刺激で脂肪分解を促すアドレナリンが大量に分泌され、そのアドレナリンの受け皿となる受容体が腹や腕周辺に多数存在していたからと考えられる。
フッキンで体積の小さい腹直筋を収縮させても、アドレナリンの分泌は期待するほど多くない。尻や脚を鍛えた方がアドレナリンが出て、受け皿がたくさんある腹まわりの脂肪が効率的に分解される。腹を凹ませたいなら尻と脚を狙え。
④ やる気に火がつく
下半身トレによって大量に分泌されるアドレナリンの働きは脂肪分解酵素の働きを促すことだけではない。全身に作用して心拍数を上げ、血流をアップさせてカラダの各組織に酸素を送り届け、筋肉にエネルギーを供給する。いわばカラダを「戦闘モード」にシフトさせる役割もある。
アドレナリンを分泌する器官は副腎と脳。どちらも戦闘モードで心身をアクティブな状態にもっていくホルモンといえる。尻と脚を鍛える→アドレナリンが大量に分泌される→やる気が出る→トレーニングをやり遂げる→達成感や自己効力感が得られる。こういう図式でトレーニングに対するモチベーションが生じ、運動の習慣化に繫がる可能性は高い。
自己効力感が得られれば、やる気が出て仕事の効率もアップする。ウデタテをせっせと行うよりまずはスクワットをしっかり行う方が、もしかして達成感が得られやすいかも?
⑤ 長生きする
最後は2017年に報告されたアメリカの論文から。無作為に選ばれた5000人以上のサンプルを調べたところ、活動性の高い人々は座りっぱなしの人々に比べて老化の進行に9年分の猶予があることが示唆されたという。
キーとなったのは細胞の染色体の末端にあるテロメアという物質。テロメアは加齢で細胞が分裂するごとに短くなり、老化した細胞がもうそれ以上分裂できないと寿命が尽きると考えられている。
この研究では白血球中のテロメアの長さを調べたところ、週に延べ1000メッツ・分以上の運動をしている人はテロメアの長さが約9年分長かったという話。これ、ウォーキングにすると毎日30分、ジョギングなら毎日20分程度の運動。
尻&脚トレは毎日精力的に移動できる脚腰を作るための最も有効な方法。これこそ長生きの秘訣のひとつかもしれない。