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こんなパンを待っていた! 豆でつくられたグルテンフリーの《ZENB ブレッド》
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近年ブームとなっている「囚人トレ」。日本での火付け役として知られるのが、ポール・ウェイド著『プリズナートレーニング』シリーズです。コロナ禍のステイホームも追い風にロングセラーとなり、現在のシリーズ累計売上は20万部以上。シリーズ全作で翻訳を担当する山田雅久さんに、日米のフィットネス文化の現在を聞いてきました。
山田雅久(やまだ・まさひさ)
翻訳家。主な著書に『脳を老化させない食べ物』、訳書に『脳を最適化する ブレインフィットネス完全ガイド』、『プリズナートレーニング』シリーズ、『ストリートワークアウト』、『ローマ皇帝のメンタルトレーニング』(以上CCCメディアハウス)、『なぜ人は犬と恋に落ちるのか』(洋泉社)など。マインドフルネスやアメリカのフィットネスカルチャーの翻訳を数多く手掛けている。
目次
――元囚人の著者が“最強の自体重トレ”を伝授する『プリズナートレーニング』、もう既にシリーズ累計20万部を超えていて、大ベストセラーですよね。翻訳書ですが、日本版では『グラップラー刃牙』(作・板垣恵介)の人気キャラクター、ビスケット・オリバが表紙を飾っています。これはインパクトがありました。
山田雅久さん(以下、山田):この表紙はとても大きかったですね。版元(CCCメディアハウス)のマーケティング担当の方が「監獄だったらビスケット・オリバだろう!」と言い出したのがきっかけだったんです。実際に作者の板垣恵介さんにお願いしてみたら、快く原画を貸してくださったそうです。
――ただ…板垣先生のビスケット・オリバの表紙だと、「すごいハードなトレーニングなのかも」と思ってしまう一方、内容はむしろ、筋トレ初心者にこそ読んでほしい内容じゃないですか。最初に読んだとき、「壁に手をついて腕立てをやる!? さすがに簡単過ぎるでしょ!!!」と衝撃を受けたんです。
山田:「表紙が強すぎて女性が買えないかも」という話はありますね(笑)。ただ、体力ゼロの人でも、地道に続けていくと最終的には超人になっていく、そういうストーリーは受け入れられた理由の大きな一つだったと思います。
――『プリズナートレーニング』では、監獄に収監されていた著者のポール・ウェイドが刑務所生活を生き抜くなかで学んだトレーニング、「コンヴィクト・コンディショニング Convict Conditioning」が解説されています。古代ギリシアの自体重を用いた身体技法「キャリステニクス」がもとになっているんですよね。
山田:「キャリステニクス」は、ギリシア語で美を意味する「キャロス kallos」と、力を意味する「ステノス sthenos」が組み合わさった言葉なんです。
古代ギリシア人は美も求めていたからそういう鍛え方をした。アメリカ人のYouTubeやSNSなどを見ていると、現代アメリカでもムキムキマッチョより、機能的な美を目指す人が増えてきているように思います。
――シルヴェスター・スタローンやアーノルド・シュワルツェネッガーのような、いわば「ゴリラ的な方向性」だけがロールモデルでいいのか、ということですよね。
山田:かつては「強い」=大きなカラダでどれだけ重いバーベルを動かせるか、でした。ところが戦後のアメリカのフィットネスを牽引してきたボディビルダーたちが老齢期にさしかかって、転んでケガをして寝たきりになったり、痛む関節を抱えて苦しむ老後を送っていたりする。そういう姿を見た若い世代が「自分は動けるカラダでいたい」と感じ始めているのかもしれないですね。
――『プリズナートレーニング』は、「動けるカラダを作ろう!」という発想が面白いと思います。
山田:僕も変身するんだったら、超人ハルクではなくX-MENのウルヴァリンだなと思うんです。今はアメリカのフィットネススタジオでも「ファンクショナルトレーニング」と言って、自体重を中心に普段の動作をやりやすくするトレーニングにシフトしてきていたりします。
食べ物もプロテインをたくさん飲んで人工的に筋肉をつけるより「本当にカラダに良い食べ物は何か」を考えるようになっている。オーガニックということですよね。
――見た目、機能、食べ物と、「ケミカル」から「オーガニック」にシフトしている傾向はある気がしますね。
――『プリズナートレーニング』では「BIG6(ビッグ・シックス:ウデタテ、スクワット、レッグレイズ、懸垂、ブリッジ、逆立ち腕立て)」を、それぞれ10ステップに細かく分割してやっていくわけですよね。
山田:たとえば「BIG6」のなかのブリッジをやると、メインターゲットとなる背中だけでなく胸郭、腹筋、大腿四頭筋にも効きます。カラダをひとつのシステムとして捉え、複数の筋肉を作動させるエクササイズですね。
これまでのトレーニングは筋肉「だけ」を鍛えて、腱や関節が置き去りになっていた。そうではなく、筋肉に限らず「腱」「関節」も同時に鍛えていけるのが、このトレーニングの良いところですね。
――重りではなく自体重を使い、筋肉だけではなく腱や関節を同時に鍛えていくという発想も面白いです。
山田:ポール・ウェイドも言っているとおり、人間のカラダって「押す」「引く」「しゃがむ」「ぶら下がる」といったありふれた動きから進化してきているわけです。決して、重りを動かすために進化してきてはいない。
キャリステニクスは日常生活の動きに沿って鍛えるので、普段の動作が強くしなやかになってきます。戦うときも、重いものを動かす要領で相手を動かそうとしたらその間にやられてしまう。どれだけ機敏に動けて、どれだけ強くて速いパンチやキックを繰り出せるかが重要ですから。
――このトレーニング方法はアメリカでどのように受容されたのでしょう?
山田:アメリカって暴動も起こりますし、街中でもいつ襲われるかわからない緊張感がある。暴力が身近にある状況で、監獄という「最も危険な場所」で強くなっていくメソッドが、本能的に求められたんじゃないかなと思います。
――逆に暴力がそれほど身近でない日本で、なぜ『プリズナートレーニング』は支持されたのでしょうか?
山田:ジムに行くためにはウェアやシューズを用意して、移動して、トレーニングして、シャワーを浴びて帰ってくるまで最低1〜3時間かかります。だけど『プリズナートレーニング』のやり方であればパジャマのままでできて、1日10〜15分ぐらいで済む。それは大きかったと思います。
――労働時間の長い(!)日本のビジネスパーソンでもできるわけですね。この『プリズナートレーニング』は実用書でありつつ、読書体験としてもすごく面白いと思います。特にポール・ウェイドの思想・文体には謎のパワフルさが宿っていますよね。
山田:彼は本当に表現することが好きな人なんですよね。最初に原書の導入部を読んだとき、僕もトレーニングへのモチベーションが燃え上がりました。彼はドラッグの売買で捕まって収監されたわけですけど、そういう「ワル」のテイストと、人としての優しさが絶妙のブレンドになっている。
ウェイトトレーニングを徹底批判する一方、どうしてもバーベルを上げるのが好きという人にも自体重とウェイトを組み合わせたメニューを提案する。そういう度量の広さがありますよね。
――非常にラディカルでありながら、排他的ではない。まさに本人も言っているとおり「ナイスガイ」ですよね。『プリズナートレーニング』の読者にはポール・ウェイドのファンもすごく多いと思います。彼は一体何者なんでしょうか?
山田:それが、僕も会ったことはないんですよ(笑)。でも、本の中で書かれている刑務所内の暴動のエピソード、囚人たちの生態はドキュメンタリー的でとても面白いですよね。「監獄で師匠に教わったこのトレーニングを後世に伝えたい」という想いは浪花節のようで、日本人にも受け入れられやすい世界観だと思います。
――そもそも、山田さんが『プリズナートレーニング』を翻訳しようと思ったきっかけは何だったんでしょう?
山田:僕はもともと「人間の持つ可能性を引き出し、より良い自分に変えていくにはどうしたらいいか」ということに興味があったんです。でも20世紀はまだ「優生学」という思想が強い影響力を持っていたんですよね。
――ナチス・ドイツがやっていたような「劣等」とされる遺伝子を不妊手術や人工妊娠中絶を用いて排除し、「優良」な遺伝子を残して人類を進歩させていこうという発想ですよね。
山田:僕の中では「誰々はもともと優れている、劣っているなんてことを誰が決めるんだ!」という思いがずっとあったんです。だいたい優生学論者ってすごく弱そうで、一発ボコ―ン!とパンチすれば泣き出すような感じの人が多いじゃないですか。「どこが優生学なんだ!」と思っていた。
――なるほど(笑)。
山田:そういう中で『The Sharpbrains Guide to Brain Fitness』という面白い本に出会ったんです。20世紀まで「人の脳は大人になるまでに完成して、後は退化するだけだ」と思われていたんですが、この考え方には優生学の影響があるんですね。ですが、さまざまな研究によって脳には「可塑性」がある、つまり脳は何歳になっても変化させることができることがわかってきた。
その具体的な方法が、この本に書かれていたんです。それを日本の読者に知ってもらいたいと考えて翻訳したのが、2015年に出した『脳を最適化する ブレインフィットネス完全ガイド』でした。ここでは「脳を鍛えるには運動が効果的だ」ということが、科学的な研究成果を踏まえて論じられています。
――「脳は変化する」というのは、いわゆるマインドフルネスの考え方に近いですよね。そこからフィットネスへと関心が移っていったと思うんですが、山田さんはもともとトレーニーでもあったんですか?
山田:そうですね。スタローンの映画なんかに影響されてジムで熱心にトレーニングしていただけなんですが、あるとき肩に激痛が走るようになったんです。で、フィットネス雑誌を読んでいたら、ボディビルダーのレジェンドたちが「肩、腕、膝に慢性的に障害を抱えるなかで、どう工夫してトレーニングを続けるか?」ということを話していた。これって冷静に考えると本末転倒だなと思ったんです。
――たしかに健康になるためにトレーニングしていたのに、障害を抱えてしまうのはおかしいですよね。
山田:そこからウェイトトレーニングを見直し始めて、アメリカでも評判の高かった『Convict Conditioning』を読んで、自分でやってみたら肩の痛みがみるみる消えていった。これはいいなと思って翻訳したのが『プリズナートレーニング』だったんです。
――山田さんはフィットネス関連の英語文献を多数翻訳されていますよね。せっかくなので、アメリカのフィットネス文化の現在についても伺わせてください。アメリカでは自体重トレの文化がさらに進化して、街中にあるモノを使ってトレーニングする新たな都市文化「ストリートワークアウト」が生まれてきているそうです。ポールを使って自分のカラダを旗のように持ち上げる「ヒューマンフラッグ」などは驚異的だと思います。
山田:ヒューマンフラッグができたら本当にかっこいいですよね。ただ、ストリートワークアウトってとても先端的なサブカルチャーなんですよ。アメリカはフィットネス大国だと思われているけれど、すごく先進的なフィットネスをやっている人と、何も考えていない人に二分されているところがある。
――言われてみると、失礼ながらアメリカは「肥満大国」でもあった気が…(笑)。
山田:もともとヨーロッパに比べてアメリカってカラダに対する意識が低いんですよ。近代体育の源流はプロイセン(ドイツの母体となった国)で、19世紀初頭にナポレオン戦争でフランスに蹂躙された反省から、フリードリヒ・ルートヴィヒ・ヤーンという人が「国民の体力が必要だ!」ということで、学校で体操を教える「ターナーシステム(ドイツ語:トゥルネン)」を考案したんです。
そこから世界各国に輸出されたんですが、アメリカはヨーロッパと違って海に囲まれていて、侵略の危険性が低い。そのため、20世紀になるまで学校教育でも体育が熱心に行われず、子どもの体力数値も低いままだったんです。
――そういえばアメリカって都市部のダウンタウンは危険かもしれないけど、郊外はクルマ生活ですもんね。
山田:アメリカでは1950年代に黄金時代と言われる好景気があって、その時期にクルマが普及して白人を中心に多くの人が郊外に引っ越しました。そういう便利な生活のなかで身体活動レベルが低下して、心血管系の病気や糖尿病が増え、ようやく「これではいけない」という風潮になったんですね。だからフィットネスが盛んになったのは戦後のことなんです。
――なるほど。どういう展開を辿ったのでしょう?
山田:そもそもアメリカって国土も広いし、大半の人にとってジムはそこまで身近ではなくて、フィットネスはメディアを使ってやるのが主流だったんですよ。
――えっ、ジムよりもメディアとは…?
山田:まず、アメリカ人男性の間では昔から「美容や健康に気を使いすぎるのは男らしくない」という風潮があって、せいぜい週末のゴルフ、ボーリング、水泳をするぐらいだった。直接的にカラダを鍛えるのに抵抗があった時代が長かったんです。
ところが女性に関しては違う発展の仕方をしています。50年代に郊外居住と専業主婦化が進むなかでテレビも一緒に普及し、1953年にはジャック・ラランヌという男性タレントが「スクリーンに向かってカラダを動かして、痩せてキレイになる」という番組『ジャック・ラランヌ・ショー』を始めて大人気になったんです。
さらに1982年には、ビデオ再生機器の普及を背景に、ハリウッド女優のジェーン・フォンダがエアロビクスを実演するビデオ『ジェーン・フォンダのワークアウト』が発売され、シリーズ通算1700万セットも売れました。
――1700万! すさまじい数ですね。
山田:最近はコロナ禍でオンライントレーニングが流行し始めましたが、そもそも「スクリーンでやる」というのは、アメリカ人女性のフィットネスの伝統的なやり方なんですね。実は19世紀前半には、音楽に合わせてカラダを動かすエアロビクス的なトレーニングが考案されて女子校で教えられていたり、19世紀末には「筋トレで老化を防止する」という、女性向けの先進的なフィットネススタジオがニューヨークにできたり、アメリカ人女性のフィットネスの歴史は本当に面白いんですよ。
――日本では2000年代に『ビリーズ・ブートキャンプ』が輸入されてヒットしましたが、あれも実は伝統の上にあるものだったんですね。
――以前、哲学者の千葉雅也さんに「資本主義に絡め取られない筋トレのあり方とは?」について伺ったことがあるのですが、ポール・ウェイドの文章にも「資本主義批判」というモチーフが強くあるように思うんです。
山田:ポール・ウェイドは、ジムやプロテインをめぐるフィットネス業界のあり方に極めて批判的ですよね。彼には60年代のアメリカ西海岸で起こった「カウンターカルチャー(※1)」の感性があると思います。カウンターカルチャーって、おかしいことを「おかしい」と正直に言うわけです。
今のようにコロナ禍と物価高で経済がめちゃくちゃになって、政府が国債もお札も大量発行するということになると、「どんどん印刷できる、こういう『紙』ってどこまで信用できるの?」」という話になってくる。それだったら、強いカラダを手に入れた方が信用できる財産になる。毎日、気分よく過ごせるし、健康に長生きできる可能性も高くなる。この財産を管理できるのは自分だけですし(笑)。
――お金や権威を持っていなくても、「身体的に強くなる」ことがカウンターカルチャー性を持ち得るのかもしれない、と。
山田:資本主義というシステムの中では、お金はとても強力なツールです。しかし、そのシステムがかなりあやしくなってきたように感じています。さらに、戦争や疫病が起こる今のような世界では、カラダを鍛えて、動物としてサバイバルする能力の方が強力なツールになる。こういうことって、実は多くの人が心の奥底で感じていることなんじゃないかと思うんですね。
――山田さんの最近の訳書『ローマ皇帝のメンタルトレーニング』では現代アメリカの起業家たちが古代ギリシア生まれの「ストア哲学」に関心を高めていることが語られていましたよね。それって「苛酷な競争社会をネオリベ的に勝ち上がるために哲学を活用しよう」というものではないんですか?
山田:もちろん起業家たちが求めている側面もあるんですが、そもそも起業や投資ってリスクのなかでやることが多くて、彼らは「不安」に対処しないといけないんですよね。ティモシー・フェリス(※2)という起業家は「ストア哲学はOS(オペレーティング・システム)であって、『こういうふうに考えろ』ではなくて、『これを使えばうまく動く』ということなんだ」と言っています。起業家でなくても、戦争や疫病が人ごとではなくなったこの時代では、誰もが、不安に対処しないといけなくなってきている。
ストア哲学は人間に沸き起こる不安、恐れ、怒り、悲しみといったネガティブな感情とどう付き合い、乗り越えるか。自分の価値観や、やりたいことに沿った生き方ができるか、を追及した哲学なんです。
――なるほど。ストア哲学は「勝ち抜く」ためでなく、目の前で起こっていることや、そこから生じる感情と距離を取って自分の生き方をつかむための方法論として求められている、と。
山田:変化しつづける世界をコントロールすることは難しい。だけど自分の気持ちを生み出しているのは自分ですから、捉え方ひとつで、その変化を不安や恐怖に結び付けずに済む方法があると思うんです。
現代の心理療法の主流は認知行動療法(※3)ですが、これはストア哲学をベースにして作られているんですね。『ローマ皇帝のメンタルトレーニング』は、ローマ五賢帝の最後の一人で、ストア哲学者としても知られるマルクス・アウレリウスの思想を知る、というものです。
――ローマ皇帝というとこの世の全てを手にしていて、やりたい放題のイメージがあります。
山田:でもマルクスは外征と内乱続きで、宮廷でも批判や中傷に晒されていたんです。現代人は誰もが悩みを抱えていると思いますが、それを最大限デフォルメした存在がマルクスだと思うんです。そんな彼は、自分向けにさまざまなアフォリズム(警句・箴言)を書いて、夜中に読み返していた。それが哲学書の古典として知られる『自省録』です。
僕も『自省録』はよく読みますが、心が落ち着いて眠れる感じがします。エジソンやロックフェラーのような偉大な起業家・ビジネスマンだけでなく、『夜と霧』のヴィクトール・フランクルもストア哲学を頼りにナチスの強制収容所での生活を生き延びたと言われています。
――ポール・ウェイドの文章は筋トレのことを語っているのに、哲学書のような味わいがあります。もしかして彼も、ストア哲学の影響を受けているのでしょうか?
山田:これは僕の考えですが、ポール・ウェイドのモチベーションの持ち方、死の捉え方にはストア哲学のエッセンスが含まれていると思います。
ストア哲学って「苛酷な状況の中にあっても、その状況に飲み込まれずに、自分らしさを見出す」ものでもあるから、おそらくアメリカの監獄にストア哲学の本が置いてあって、彼はそれで学んだんじゃないかと推測しているんですけどね。
――ストア派の思想が生まれた古代ギリシアと現代アメリカって、地理的な位置は全然違うけれども「西洋と東洋の中間地点」という点が共通しているんじゃないかと思うんです。
山田:ストア哲学では心の平静を保つ=「アパテイア」という概念が重視されます。これは哲学者のピュロンが紀元前4世紀のアレクサンドロス大王の東方遠征のときに持ち帰った、インド哲学がもとになっているんです。
現代アメリカでも、仏教の技法である「ヴィッパサナー瞑想」を、マサチューセッツ大学のジョン・カバット・ジンという人が「マインドフルネス」という言葉に翻訳して明快に整理しました。難解なインド哲学がアメリカを経由することで、日本人にもわかりやすいものになった。そういう恩恵は、ある気がします。
―― そこで、カラダが鍵になっているのが面白いですね。
山田:最近では「ホール・パーソン・ヘルス Whole Person Health」とか「ホリスティック・フィットネス Holistic Fitness」といって、「高強度トレーニングの後は瞑想をする」といったプログラムも生まれています。
カラダを動かすフィットネスと、ヨガ、ブレスワークのようなマインドフルネスを合体させて、カラダだけじゃなくて心もケアするフィットネスに向かっているように思います。
――マインドフルネスは心だけに集中するイメージがありますが、心だけでなくカラダと一緒に総合的に改善していくものになっているんですね。
山田:それが本来のあり方じゃないかな、と思うんです。カラダと心、どちらか一方ではバランスが取れない。そもそも「ジム」の語源って、古代ギリシアの「ギムナジウム(ギュムナシオン)」なんです。
ギムナジウムでは、カラダを鍛えるだけではなくサウナに入ったり、哲学の講義が行われていたりもした。良い人生を送るためのすべてを融合させていた場所だったんです。古代ギリシアの人たちは、全体としての人間の健康=「ホール・パーソン・ヘルス」を追求していたのでしょうね。
――その意味では、哲学を学ぶことのない今のジムって不完全なのかもしれませんね。もしかしたら、古代ギリシアのギムナジウムのようなジムを構想してみるのも面白いのかも。自体重トレの意義、アメリカのフィットネス文化、そしてカラダと哲学のつながりまで…今日はいろいろお話を聞かせていただいて、ありがとうございました!
『完全図解版 プリズナートレーニング 自重力で筋力をつくる方法のすべて』ポール・ウェイド(著)、山田雅久(翻訳)、イワイヨリヨシ(イラスト・漫画)CCCメディアハウス
図解で己の肉体を知り抜け! シリーズ累計20万部突破。筋トレガチ勢永遠のバイブル『プリズナートレーニング』を、わかりやすく完全図解化。トレーニングシステムの背後にある理論や性質、メリット、ビッグ6のポイントなどは漫画で、各トレーニングは見開き2ページで図解にしてわかりやすく解説。
2023年4月4日発売予定。定価1980円。
取材・文/中野慧