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完璧を求めない筋トレとは? 哲学者・千葉雅也に聞く

千葉雅也 哲学者 ポートレート

近刊『現代思想入門』(講談社現代新書)が好調、小説「オーバーヒート」で芥川賞候補にもなった哲学者、千葉雅也さんは、以前から筋トレにも取り組んでいるそう。果たして気鋭の哲学者は哲学と筋トレという、一見相反する(?)2つのあいだにどのようなつながりを見出してきたのか。そこには意外にも、筋トレの難題である「継続」についてのヒントが、たくさん詰まっていたようです。

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自らの「有限性」に向き合う筋トレ

──千葉さんは以前からTwitterなどで筋トレに取り組んでいることを発信されていますけど、子どものときから運動には親しんでいたんでしょうか?

千葉雅也さん Zoom取材の様子

千葉雅也(ちば・まさや)/1978年、栃木県生まれ。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。専門は哲学・表象文化論。著書に『勉強の哲学』(文春文庫)、『オーバーヒート』(新潮社、「オーバーヒート」第165回芥川賞候補、「マジックミラー」第45回川端康成文学賞)、『現代思想入門』(講談社現代新書)など。

いやいや、高校時代まで運動は本当に苦手でしたね。両親とも芸術系だったので「芸術が偉い、スポーツは野蛮」みたいな教育を受けてきて、中学高校でも文化系の「ガリ勉」だったと思います。身体に対する意識は全然持っていなかったですね。

意識が変わったのは東大に入ってからで、体育の授業で「トレーニング」というものがあったんですよ。そこでマシントレーニングやプログラムの作り方などをきわめて合理的に教わることができて、それまでの姿勢を改めることになった。僕の仕事では性的なもの=セクシュアリティやジェンダーが一貫して重要なテーマですが、この時期から「身体」が問題になり始めたんです。 

――千葉さんといえばギャル男ファッションでも知られていますが、目指す体型もギャル男的な服が似合う、シュッとした感じだったんでしょうか。 

当時の流行もあって、いわゆる「細マッチョ」を目指していましたね。大学デビューでイメチェンを図っている時期で、カラダをもう少しスポーティーなものにできればと思っていて。

20代半ばの時期は筋トレから離れてしまっていましたが、20代後半から再開しました。30代半ばになって東京から大阪に引っ越してからしばらくして、ボディビルダーの方にメニューの組み方、食事の方法、トレーニングのやり方を詳しく教えてもらう機会があったんです。それからトレーニングのやり方を変えたのと、特にPFCバランスProteinタンパク質Fat脂質Carbohydrate=炭水化物の3種類の栄養素をバランスよく食事に配置すること)を考えて食事を調整するようになってからは、カラダが大きくなったと思います。 

――今はどういう体型を目標にしているんでしょう?

そうですねえ、今はプロレスラーみたいになりたいですね(笑)。年齢的にも脂肪を落としきれないから、「細マッチョ」を目指すのにはそろそろ無理がある。

哲学っぽく言えば、「有限性」に向き合うということですよね。競技ではなく趣味で筋トレをする場合、完全な理想を追求したり、誰かと競争するのではなく、自分なりの美意識=カッコよさの基準や年齢的な妥協の中で目標の設定をする。それを自分の生活にどうフィットさせていけるかが大事ですよね。

「筋トレの習慣化」を哲学する

――フィットネスは継続が大事、習慣化が大事だけれど、なかなかそれができない人も多いと思います。ターザン的にも「いかに継続するか」は極めて重要な問いなのですが、継続性の問題を哲学的に考えることは可能なのでしょうか。

やっぱり「上手に手を抜くこと」ですよね。完璧にやろうとしない。「別にちょっと休んじゃってもいいや」と考える。調子が悪い時は2週間ぐらいやらなくても、筋肉ってそんなに大して落ちないですから平気です。

一回休んでしまったときに「もうダメだ」って思ったら、続かないわけですよ。決めたペースを神経症的に守ろうとするから習慣化できないわけです。ムラができたり、ときどき予定通りじゃなくても「適当にやる」、決めた習慣を守れないことを飲み込むような自分の安定性を作り出していく、ということが習慣化ですよね。

――たしかに、決めたルーティンを守れないと傷ついちゃいますね。でもそうではなく、たまにサボっちゃっても自分を責めずに「まあいっか」と思うと。それって「発想を変える」みたいなことなんでしょうか?

ええ、これはかなり大きなマインドの変化だと思います。世間では、決めた枠組みをそのまま正確にやれることに価値が置かれますが、でもそんな小さなルーティンなんかよりも、自分の中でのより大きな継続性より大きな変化を大事にしたほうがいいわけです。だけど人はなかなかそう思えずに、「モーニングルーティン」みたいなことを持て囃してしまう。

――モーニングルーティン…。芸能人やインフルエンサーの方が、朝のルーティンをYouTubeやTikTokなどで公開し、一般ユーザーも自分のルーティンを紹介するようになるなど、SNSで大流行しましたね。

でも、モーニングルーティンって神経症的な人がやることだと思うんです。神経症的な人というのは「モノが必ず同じ場所に置いていないと気が済まない」とか「ちょっとでも文章に間違いがあったり、言葉遣いが気に入らないと許せない」という人のこと。僕も神経症的な人間ですが、そういう人にとっては、むしろ「いかに自分をズボラにするか」が大きな課題なんですよ。

生活のすみずみに過剰な儀式性を持ち込むと仕事能力に繋がっていく、魔法のように物事がよくなるというのは、ひとつのありがちな幻想ですよ。そんな変な神経症ごっこなんか広めないでほしいと思いますよね。

――なるほど(笑)。 

本当に大事なのは「ある程度の管理」「ほどほどの管理」を続けていくことです。仕事ができるというのは、適度に手を抜きながら問題のない範囲で管理をする、ということ。あらゆることがキチッとしている人は細かすぎて、むしろ「仕事ができない」と見做されるわけです。

――ルーティンをきっちりやりきらない…という意味では、筋トレのメニューのこなし方についてはどう考えればよいのでしょう?

「決めたメニューを絶対にその順序でやらないといけない」と思うと、継続が大変になってしまう。「胸が最初」と決めておいても、実際にはジムでそのマシンが空いてなかったりもする。あるいは、「今日は胸の日ってことにしてたけど、首凝ってるし背中やりたいな」と思ったら、まずそこからやってしまえばいい。臨機応変にやるということですね。

――それは「自分のカラダの声を聞く」、みたいなことなんでしょうか。

意識的な管理身体的な直感を混ぜていく、ということですね。直感がいつも正しいとは限りませんが、意識的なコントロールを直感が裏切るときに、直感に従ってみることで、自分の心の在り方を柔らかくする。

なんでも頭でっかちに言語的に考えて物事をコントロールしようとしすぎると、いろんなことが硬直化するわけです。そうではなく、言葉にはならないけれども「なんとなくこれかな」とか「なんとなくこれは嫌かな」とか、そういう要素を多少は取り入れてみる。

人間って、最初にやりたくないことでも、とりあえず軽い作業から始めるとエンジンがかかってきて、連鎖反応的に色んなことができるようになったりするわけです。たとえば僕は原稿を書くときに、いきなりちゃんとした原稿を書こうと思うと大変だから、まずはとりあえずTwitterで何か言って、そこから最初の着火が起こって、その火を別のところに燃え移らせていく、というふうにやっています。

――なるほど…! おそらく私も含め、多くの人が「仕事にとりかかるときにはTwitterはやらないようにしよう」とか「息抜きのときにだけSNSを開いてOK」というふうに考えているんじゃないかと思います。でも千葉さんの使い方は逆で、Twitterをスターターのようなものとして使っているんですね。

そう、とりあえずツイートして、メールチェックして、返事をして、それからインタビュー原稿の直しをやってと、軽い感じのものからやっていきますね。筋トレも同じで「切れ目を入れない」「やる順番も、より柔軟にする」というのがいいですね。

 「SNS的」に筋トレを考える

――SNSといえば、最近『Tarzan Web』編集部内で出てきた論点として「トレーニングを継続するためには、たとえばTwitterやLINEグループなどで『今週何キロ走った』『今日はジムでこのメニューを何回何セットやった』ということを共有すれば、習慣化につながるのではないか」というものがあります。でも、千葉さんはTwitterをよく使っているけれども、そういう使い方はあまりしていないですよね。

一緒にやれる人がいたら、SNSで報告しあったりするのはいいとは思いますよ。でも、僕には必要ないかな。「他人と一緒じゃないとできない」ってのはダメですよ。自分のカラダに対する真剣さが足りない。本気で筋肉つけたかったら他人なんて関係ないですから!

――な、なるほど(笑)。原初的なモチベーションの部分に関しては、今日おっしゃっているような「中途半端の肯定」ではダメなところもあるのかも…。

そうね(笑)。

――そしてもうひとつターザン的な問いなのですが、筋トレを始めてまだそれほど時間が経っていない人がぶつかる悩みとして「あいつ筋トレなんかやっちゃってるよ」と周りから言われる、ということがあると思うんです。

僕の『勉強の哲学』という本で、「勉強するとキモくなる」という話を書いているんですね。他の人がやっていることと違う価値基準で何かに打ち込むと、周りから浮かざるを得ないわけですが、それはもう耐えるしかない。そういうことを通して変身していくわけだから。

『勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版』

千葉雅也『勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版』文春文庫、2020年。 

――「一度キモくなる」を経由することは、避けられないわけですね。

でも、それでだんだん体型がよくなっていったりしたら、「実は筋トレっていいのかも」と思って、周りでやり始める人も出てくるかもしれませんよ。

――それも『勉強の哲学』で書かれていた話と近いですね。「自分のノリに巻き込んでいく」と。 

そうそう。周りにどう見られるかではなくて、自分が率先して違うことをやって、むしろ自分が巻き込む立場になればいいわけですよ。

資本主義に流されない筋トレとは?

――筋トレは一般的に苦行的、禁欲的なもの、もしくは「厳しい試練の果てに成果を手にする」という男性的な感性のものとして捉えられがちだと思います。そもそも千葉さんご自身は筋トレをしているときに「楽しい」という感覚はありますか?

楽しいですよ。特に僕は言葉を仕事にしているので、仕事以外の時間でいかに言葉をデトックスするかが大きなテーマになる。筋トレをしているときは頭を空っぽにできて余計な言語的思考をしないようにしていて、リフレッシュできる感覚があります。流行りのサウナと同じような感じじゃないかな。

――数年前からビジネス誌などで「できるビジネスパーソンは筋トレをしている」ということが盛んに言われるようになりました。千葉さんが以前、他のインタビューでおっしゃっていたように、筋トレをするイコール資本主義の論理に組み込まれていくことでもあるわけですよね。どうやったら資本主義に流されない筋トレができるんだろう、と思うんです。

さっきのモーニングルーティンと同じように、カラダづくりができている=自己管理ができている=ビジネスパーソンとしての能力が高い、という幻想があるわけですよね。でも、どんなにバリバリにやってるように見える人でも、いろんな妥協をしてやっている。

「勝ち残る」ことばかりが重視されていく世の中の大きな流れからアウトして、それぞれの出来る範囲でごまかしごまかし続けていって、自分本位の時間の流れを作り出す。アマチュアの筋トレは「それぞれの有限な筋トレ」、つまり自分自身の時間を楽しむものであればいいと思うんです。

現実的なのは「いかに自分がやりきれないか」ということと向き合って、その中でじわじわとでも改善していく、いろんな妥協のあり方を具体的に考えていくということです。

――なるほど、「いろんな妥協のあり方を具体的に考える」というのはとても大事な発想ですね。もうひとつ千葉さんに訊いてみたいのは、筋トレに対して向けられる批判として「筋トレは人々のもともと多様だった身体を画一化させ、多様性の実現を阻害するファシズム的な営みだ」というものがあります。こういった批判をトレイニーはどう受け止めればよいのだろう、と思うのですが。

ルッキズムの問題とも関係する議論ですね。でも、それを言ったらある種のルックスとか髪型を理想化することだって、何だって批判できてしまう。もし理想を持つことを否定して「それぞれの多様性なのだから、それぞれの多様性だけでいい」ということになったら、何の規範に基づく努力も成立しなくなりますよ。

たしかに人が何か理想を持つことが、多様性を排除することに繋がったら問題かもしれません。でも「理想を持つ」と「多様性を認める」は両立できることでしょう。僕は「それぞれの有限な筋トレが大事だ」と言いましたが、「何の理想も持つな」と言っているわけではない。理想に対する向き合い方を完璧主義や理想主義にしなければいい。いわば理想主義的でない理想を持てばいいわけです。

――“理想主義的でない理想”、ですか。完璧を求めないけれども、なんとなく理想みたいなものがあって、それには大まかには向かっていく、というような。

僕の場合は、そこからズレても構わないモデルを仮に置くって言いますね。何をやるにしても、モデルを仮に置かない行為なんてないでしょう。やっていくうちに少しズレていくことはあって、そのことによって自分のオリジナリティのようなものが発見されていくわけです。

――千葉さんの近著『現代思想入門』でも「仮固定」という言葉が重要な概念として出てきますが、それに近いイメージでしょうか。

そうですね、理想は仮固定のもので、それに向けて努力していって、ちょっと違うなと思ったら、理想のあり方を変えてしまってもいいわけです。

『現代思想入門』

千葉雅也『現代思想入門』講談社現代新書、2022年。

――なるほど…! 筋トレにも仕事・勉強にも、「自らの有限性に向き合う」「規範にこだわりすぎない」「理想のモデルを仮固定する」というのは、活かしていけそうですね。今日はありがとうございました!

取材・文/中野慧

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