理解を深めるために。 男女の違いを性ホルモンで読み解く
異性のことをきちんと理解したいと思うなら、性ホルモンの働きを学んでおきたい。なぜなら性差とホルモンには密接な関係があるからだ。人それぞれ個性はあれど、男性ならでは、女性ならではのメンタル、フィジカルを方向づけるホルモンの働きを正しく理解することで、互いに寄り添おうという気持ちが生まれるはず。
取材・文/神津文人 撮影/内田紘倫 スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/大谷亮二 取材協力/久末伸一(国際医療福祉大学成田病院腎泌尿器外科)
初出『Tarzan』No.836・2022年6月23日発売
目次
ジェンダーの曖昧さも実は当たり前
男女の性差を考えるうえで、テストステロンとエストロゲンという2つの性ホルモンに注目したい。
男性は、受精から8週目ほど、胎児のときに精巣からテストステロンの分泌が始まる。このテストステロンによって、男性器が形成される。ヒトの性器の基本形は女性型で、そこからホルモンによって男性型にシフトしていくのだ。
そして出産1か月前~生後6か月の間に再び男児のテストステロン値が高まる。このときのテストステロンが脳の男性化に影響し、分泌量が多いほど脳が男性的になるとされている。つまり、同じ男性でもより男性的な脳の人もいれば、男性的な面が少ない脳の人もいるということ。
女性として生を授かった場合も、出産1か月前~生後6か月の間に副腎や卵巣で産生されるテストステロンの量が多ければ、脳は男性型に傾く。ジェンダーの境界は曖昧で、多様性があるのは当たり前なのだ。
一方のエストロゲンは、女性らしいカラダを作り、妊娠や出産にも関係する重要なホルモンだ。では、脳や個性を方向づける性ホルモンをさらに詳しく見ていこう。
女性らしさの源、エストロゲンの役割は?
女性は初経を迎えると、卵巣からエストロゲンの分泌が始まる。それに伴い、乳房が発育し、カラダは丸みを帯び始める。エストロゲンが増えると骨端線(成長期の軟骨組織)が閉じ、身長が止まる。女性の方が男性よりも背が伸び終えるのが早いのは、エストロゲンの影響なのだ。
エストロゲンには、子宮内膜を厚くし妊娠の準備をする、体温調節のサポート、皮膚のコラーゲンの合成の促進、情緒の安定、骨密度の維持といった働きがある。膣の粘膜に潤いを与えるのも、エストロゲンが担っている大切な役割だ。
そして、エストロゲンの分泌量は月経周期の影響を受ける。月経が終わり、排卵をするまでの期間はエストロゲンの分泌量が多く、月経時は分泌量が減少する。それは当然、心身の状態に影響する。
女性のフィジカル、メンタルに波があるのは当たり前。月経がない以上、男性には実感しにくいものだが、想像し寄り添おうとする気持ちが二人の仲には大切なのだ。
閉経を迎えると、エストロゲンはほぼゼロに
30代後半~40代前半になると、卵巣からのエストロゲンの分泌量は急激に減っていき、閉経を迎えると分泌量はほぼゼロになる。
閉経の前後約5年ずつが更年期とされており、エストロゲンの分泌量の低下によってカラダのバランスが大きく変わり、さまざまな不調が表れやすい。
体温のコントロールが上手くできない、心が不安定になる、皮膚や粘膜が弱くなる、肩こり、腰痛、関節の痛みなどが更年期に起こる不調の代表例。脳の働きにもエストロゲンが関与しているともいわれており、集中力や記憶力の低下に繫がる可能性が考えられている。
そして、エストロゲンの分泌量の低下は骨密度の減少に繫がり、骨粗鬆症を引き起こす要因となる。
ゼロになって頼れるのは、副腎から分泌されるテストステロン。これがアロマターゼという酵素によってエストロゲンに変換されるからだ。閉経後の女性は特に、ストレスで副腎が疲労しないよう注意すべき。
男性の健康にはテストステロンが不可欠
テストステロンの働きは多岐にわたる。陰毛が生える、声変わりする、睾丸や陰茎が発育するといった男性の二次性徴を発現させるのはテストステロンの大きな役割。筋肉量の増加や維持にも欠かすことができないものであり、バイタリティを保つためにも必要なホルモン。
そして、テストステロン値の減少は性機能の低下にも繫がってくる。
テストステロンなしに男性の心身の健康は成り立たないのだが、十分に働くことができるテストステロンは限られた量しか存在しない。
一般的にいわれるテストステロンは、フリーテストステロン(2%程度)、アルブミン結合テストステロン(20~30%)、SHBG結合テストステロン(60~70%)の3種が存在し、男性ホルモンの働きを持っているのは、フリーテストステロンとアルブミン結合テストステロンのみ。
加齢とともに総テストステロン量が減りながら、SHBG結合テストステロンは増加する傾向があるため、男性にも更年期障害が起こるのだ。
テストステロンは正義のホルモン?
90人の健康な男性を集め、2グループに分け(Aにはテストステロンのクリームを塗布、Bにはプラセボを塗布)、個室でサイコロを振ってもらい、出た目に応じて現金を渡すという実験がドイツで行われた。
自己申告制で、1が出たら1ユーロ、5が出たら5ユーロ、ただし6が出たら現金はなしというものだったのだが、5と申告したのはAグループが約35%、Bグループでは約62%だった。6と申告した人はAグループで約9%、Bグループでは約4.5%。
自己申告制というところがこの実験のミソで、どうやらテストステロンは正義感にも関係しているようなのだ。また、さまざまな研究から、テストステロン値の高さは、責任感、リーダーシップ、チャレンジ精神、決断力、集中力にも好影響を与えるとされている。
もし、歴史上の偉人や、稀代の経営者などのテストステロン値を計測できたならば、押しなべて高い数値だったかもしれない。
テストステロンの減少で勃起障害や突然死に?
性欲の低下=勃起力の低下と考えている人は多いかもしれないが、しかし、勃起力の衰えは性欲の減退や心理的・精神的なものだけではなく、身体的な原因であることも多い。
テストステロンの減少は、筋肉量や筋力の低下に繫がり、結果的に基礎代謝量の減少と体脂肪量の増加を招く。これに不健康な生活習慣が合わさると、高血圧や糖尿病に繫がっていく。
そして、メタボや高血圧によって動脈硬化が進行すると、その初期症状として勃起障害が起こるといわれている。言うなれば、テストステロン減少による健康二次被害だ!
陰茎には内径1~2mmの細い血管が通っている(心臓を覆う冠動脈は3~4mm、心臓と脳を繫ぐ内頸動脈は6mm程度)。動脈硬化が起こると、細い血管のほうに影響が出やすい。動脈硬化に起因する勃起障害が起きると、次は心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす可能性が高いということ。
テストステロンの減少や、勃起力の低下を甘く見てはいけない。
男女それぞれのホルモンを増やす生活とは
筋トレをするとテストステロンの分泌が促され、筋肉量が増えるとテストステロンをキャッチする受容体も増える。
テストステロンは、アロマターゼによってエストロゲンにも変換されるので、男女ともに筋トレにはコツコツと励みたい。狙うべきはお尻や太腿、背中の大きな筋肉。スクワットはシンプルかつ効果的な手段だろう。
笑うこと、ゲームに勝つことでテストステロンが分泌されるという研究報告もある。よく遊ぶこともとても大切なことなのだ。
女性には大豆に含まれる大豆イソフラボンの摂取も有効な手段。大豆イソフラボンは腸内細菌によってエクオールという物質に変わり、エストロゲンと似た働きをしてくれる。
一方で避けるべきは睡眠不足。ラットを使った実験では、4日間寝ないとテストステロンがほぼゼロになり、その後しばらく値が戻らなかったという。
栄養バランスのとれた食生活が重要なのは、言わずもがなだ。