大橋悠依選手の金メダルトレーニング
東京五輪では圧倒的な速さを見せつつも、ゴール後には胸を押さえ“ほっとした”とポーズ。メダリストらしからぬ親近感を見せた大橋悠依選手。日本女子の同一大会金メダル複数獲得は夏季五輪初の快挙。実は大橋選手は自体重トレーニーだ。
「大学に入学した頃から、水中練習に取り組む前に自体重トレをしています。頻度は週9回程度で、ストレッチも含めて1時間程度、時間がない時も30分は鍛えます。ランジや腕立て伏せ、バーピーなどの約14種目を一挙に行い、動きを出しつつ各部位に刺激を入れていきます。
ただ鍛え始めた当初、トレーニングに注力しすぎて疲労が溜まり泳ぎが崩れてしまったり、全身が力んで力ずくで泳ぎ後半に失速してしまった経験も。最近は体調を見ながら種目数や強度を日々調整しています」
その点、ウェイトトレより自体重トレの方が向いているそう。
「私はカラダがあまり強くなく、筋肉量も少ない方。関節も軟らかくて重量を扱うとケガしてしまうので、自体重トレが合っています。瞬間的な力発揮が必要な短水路ならウェイトトレがやはり大事。
でも長距離では水への抵抗を極力減らし、カラダをうまく使うのが重要で、体軸を保ちながら腕や脚を回すような泳ぎ方が理想です。なので体幹の筋力は全種目に必須。またそのつど動かしたい部位に適切な刺激を入れる能力も不可欠です」
だからこそオフ日以外はシーズン問わず、体幹トレを欠かさない。
「体幹だけでも毎日最低5種目は行います。ただし体幹を固めすぎるのも自分の泳ぎには合っていないので、いい塩梅を日々探っています」
フォームを崩さず正しく刺激を入れる
また大橋選手はメドレーを専門とするため、取り組む種目も幅広い。
「背泳ぎで重要なのは背面の筋肉のコントロールです。水をつかむのに重要なのが、広背筋や肩甲骨の下の肩甲下筋で、これらが弱いと水をかく時に肩が上がり力んでしまう。広背筋と肩甲下筋だけを使った最小限の力で、水を“面で押していく”という意識でまっすぐに腕を下ろすのが理想です。また臀筋も大切で、ランジや片脚ルーマニアンデッドリフトなどに取り組みます。
水泳で最も体幹の筋力を要するのは、体幹で上下するバタフライ。平泳ぎでは力を使わずに泳ぎたいので水をかくために使う筋肉より、手を伸ばした時にスッと伸びた姿勢を保つための筋力がいる。この時に重要なのは体幹と臀筋群で、これらに刺激が入っていれば、いい具合に脱力できて美しいストリームラインにつながります。
自由形は横を向いて息継ぎをしますが、上体をひねる時に腹斜筋を駆使するのでツイスト動作の入った種目を複数種類行います」
さすがトップアスリート。動きと選ぶ種目に無駄がないのは彼女の試行錯誤の結果なのだろう。
「今は強化期間ではないので、その時々で必要な種目を厳選して行います。そのうちの一つである懸垂は、バタフライの瞬発的な力発揮が求められるストロークを想定し、素早くカラダを引き上げる。また脚にはチューブをかけてアシストをつけて正しいフォームを心がけます。
結局、自体重トレをする時に一番重要なのは、フォームを崩さず効かせたい筋肉に正しく刺激を入れることだと思うんです。実は私、腕立て伏せって膝をつかないとできないんですよ(笑)。でも無理に爪先立ちで行ってフォームが崩れるくらいなら、膝つきでも体幹を常に意識して行う方がずっと有意義だと思っています」
まさに金言。重量にこだわってしまうトレーニーは多いが、金メダリストの大橋さんが言うのだから、質を見直すのも必要かもしれない。
「“こんなふうに泳ぎたい”というイメージが自分の中に明確にあり、それをレースで再現できた時に泳ぐ楽しさを心底感じるので、今後いっそう極めていきたいです。
海外にはパワーが強い選手がたくさんいますし、体格も私より大きいです。それでもカラダを正しく動かして筋肉に的確な刺激を入れる能力をとことん突き詰めれば、レースで勝てる。特に競泳女子に関してはそう感じます。これこそ私が感じる水泳の面白さであり、そういう点でも自分に向いている競技だと思います」
今回の取材のオファーを受け、ルーティンで取り組んでいる種目を改めて一つずつ書き出したという。
「自体重トレが私の泳ぎにとっていかに大事か、このインタビューを通して改めて再確認できました!」
と“自体重LOVE”を語った大橋選手。この謙虚さで何事にもひたむきに向き合う彼女は、今後さらなる進化を遂げるに違いない。
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