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カラダを劇的に変える「モビリティ(可動性)」とは何か

トレーニングやコンディショニングでは“モビリティ(可動性)”がいまホットな話題。そもそもモビリティとは何か? その良し悪しがカラダにどう影響を及ぼすのか? 知れば向上させたくなる「モビリティについて」を紹介する。

Xスポーツ、MLB、NBAも注目するモビリティとは?

オリンピック種目でもあるスケートボードやスノーボードといったXスポーツ、アメリカの4大スポーツのMLBやNBA、それにテニスといった人気競技で注目のキーワードがある。モビリティ(可動性)だ。モビリティとは一体何を指すのか。

「運動におけるモビリティとは、三次元空間で自らのカラダを思いのままにコントロールして動かせる能力です」(整形外科医の近良明先生)

モビリティがなければ、スケートボードでもスノーボードでも華麗な技は決められないし、野球の走攻守はもちろん、バスケの空中戦でもライバルに競り負ける。だからこそ、モビリティはトップアスリートからも熱視線を浴びているのだ。

トップアスリートたちのウォーミングアップやトレーニングの様子
大谷翔平、セリーナ・ウィリアムズ、村田諒太など、トップアスリートたちのウォーミングアップやトレーニングの場面。注意深く観察してみると、どの競技でもモビリティを重視しているストレッチが数多く取り入れられていることがわかる。
写真/アフロ

モビリティには平衡感覚を左右する三半規管、筋肉や腱などから動きや姿勢を伝える固有感覚などに加え、筋肉の柔軟性も深く関わる。それらを磨いてモビリティを高め、自由&快適なカラダを手に入れよう。

モビリティを日本語にすると「可動性」。自らのカラダを、思い通りに大きくしなやかに動かせる能力を指している。柔軟性(フレキシビリティ)と混同されやすいが、柔軟性は可動性を構成する要素の一つ。柔軟性があるだけでは、必要な可動性が得られるとは限らない。

ちなみに可動域とは関節が動く範囲。可動域は、モビリティ(可動性)を把握するうえでの一つの要素ではあるが、単純に可動域が広い=可動性が高い、ということではないのでご注意を。可動性がアップすれば、日常生活でもスポーツでも、御利益満載だ。

モビリティが脚光を浴びるようになった時代背景。

スポーツやリハビリのために、これまで多くのトレーニングやコンディショニング法が開発されてきた。それは専門的には、「運動療法」や「理学療法」などと称されている。モビリティが評価を高めた背景には、時代に応じた運動療法や理学療法の変遷がある。

【運動療法、理学療法の変遷】

筋肉の時代(1930〜1960年代)▶︎ 筋肉の強化やストレッチを重視する

神経の時代(1960〜1980年代)▶︎ 相反抑制や伸張反射などの神経生理学の応用

関節の時代(1980〜1990年代)▶︎ 関節の副運動や求心位などにフォーカスする

動きの時代(1990年代〜)▶︎ 筋肉、神経、関節で総合的に動きを考える

カラダへの理解が深まるにつれてトレーニング法やリハビリ法は変化してきた。「動きの時代」に入って、モビリティが主役となった(作成/近良明)。

日常生活やスポーツの動きにおもに関わるのは、筋肉神経関節というトリオ。神経(運動神経)からの指令で筋肉(骨格筋)が収縮し、関節を動かすことでさまざまな動作が行えるようになる。

「初めは、動きの主役である筋肉に目を向け、筋肉を強化する筋トレや、筋肉を緩めるストレッチが重視されました。

その後、神経、関節と研究が進み、最終的に筋肉、神経、関節の組み合わせにより、“動き”を総合的に捉えるようになったのです」

いわば「動きの時代」に入り、動きをトータルに語るうえで不可欠なのが、モビリティというわけなのだ。

体幹トレ、ピラティスブームの陰に、モビリティあり。

1990年代から、体幹に焦点を合わせたトレーニングがブームになってきた。プランクなどのトレーニング、それにピラティスなどがその代表格である。

体幹トレが人気を集めた契機は、海外の研究で、手足が動く直前に体幹のインナーマッスル(深層筋)である腹横筋の緊張が起こり、腹圧が上がるとわかったから。これにより、手足をダイナミックに動かすには、体幹の安定が重要だという考え方が広まった。

そして体幹を鍛えるトレーニングとして、従来のフッキン運動ではなく、体幹のインナーマッスルを効果的に刺激できるプランクやピラティスなどが関心を集めるようになったのである。

体幹トレが狙うのは、安定性(スタビリティ)の向上。でも、カラダをじっと固定するだけでは、日常生活も運動も一歩も前に進めない。手足のモビリティを上げてこそ、体幹トレの成果が生きてくるのである。

ファントレもモビリティが鍵を握る。

「動きの時代」に入り、動きを機能的に評価しながら高めていくトレーニングが主流になった。ファンクショナル・トレーニングだ。ファントレには、種目を問わず、共通して守りたい原則がある。それが、下に掲げた5つの原則。

【ファンクショナル・トレーニング5原則】

① 重力(グラビティ)の利用

② 分離(ディソシエイト)と協同(インテグレイト)

③ 運動連鎖(キネティック・チェーン)

④ 3面運動(3ディメンジョン・ムーブメント・パターン)

⑤ 力の吸収(ローディング)と力の発揮(アンローディング)

地上の運動では重力が加わるから、それを利用するのが基本(原則1)。そして関節には、モビリティ優位な関節と、スタビリティ優位な関節がある。これらをうまく協力させて、連鎖的に用いることでスムーズな動作が生じる(原則2&3)。

ここで大事になるのが、モビリティだ。

その動作は前後(前額面)、左右(矢状面)、上下(水平面)という3Dで行われており(原則4)、ランの着地時のように力を発揮する前には力の吸収が行われる(原則5)。

人体の作りと動きはアスリートも一般人も同じ。モビリティが低いとカラダが効率的に使えないから、モビリティに目を向けるべきなのだ。

モビリティはスタビリティとセットで考えるべき。

関節にはモビリティ(可動性)スタビリティ(安定性)という正反対の働きがあり、モビリティ優位なタイプと、スタビリティ優位なタイプに分けられる。役割分担により、カラダはモビリティとスタビリティを両立させているのだ。

そして関節は、モビリティ優位関節と、スタビリティ優位関節が、交互に積み重なっていると考えられる。これは「ジョイント・バイ・ジョイント理論」と呼ばれる。

ジョイント・バイ・ジョイント理論
ジョイント・バイ・ジョイント理論は、アメリカの理学療法士グレイ・クックと、ストレングスコーチのマイク・ボイルによって提唱されたもの。

それによると、足関節、胸椎、肩甲上腕関節などがモビリティ優位なタイプであり、膝関節、腰椎・骨盤、肘関節などがスタビリティ優位なタイプ。股関節と肩甲胸郭関節には、例外的にモビリティとスタビリティがどちらも求められる。

可動させたいモビリティ優位関節と、安定させたいスタビリティ優位関節を見極め、それぞれの特性を踏まえて鍛えたうえで、両者を協同させて用いるのが、日常生活の動きや運動を快適にする近道なのです」

コンプレッションウェアブームの陰にも、モビリティとスタビリティ。

もはやトレーニングやスポーツに欠かせない相棒となったのが、コンプレッションウェア。筋肉や関節を適度に締め付け、その機能性を最大限引き出してくれるウェアだ。コンプレッションウェアが登場したのは1990年代だが、それも「動きの時代」に入り、モビリティとスタビリティの大切さが再認識されたことがきっかけとなっている。

たとえば、下半身を覆うレギンスタイプのコンプレッションウェアを見ると、ブランドは違っても、そのコンセプトはほぼ同じ。足首の上から腰までをカバーし、モビリティが欲しい足関節と股関節の可動性を高めるようなデザインになっている。一方、スタビリティが欲しい膝関節と骨盤では、安定性がさらにアップするような工夫が施されている。

同様に上半身のコンプレッションウェアでは、モビリティ優位な肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節の可動性を上げる作りをしていることが多い。

モビリティとフレキシビリティの違い。

これまでのストレッチは、フレキシビリティ(柔軟性)を上げるのがおもな狙いだった。では、フレキシビリティとモビリティには、どんな違いがあるのか。

「フレキシビリティは、関節を曲げる能力であり、筋肉などの組織の硬さの影響を受けます。それに対してモビリティとは、カラダをしなやかに伸び伸びと動かせる力です」

関節や筋肉などが硬くてフレキシビリティが低かったら、モビリティは制限される。ゆえにフレキシビリティはモビリティの前提条件の一つだが、フレキシビリティさえあればモビリティが得られるわけではない。モビリティに関わっている筋肉や神経などの鍛錬も求められる。

加えて隣り合うスタビリティ優位関節の安定性も重要。周囲が安定して土台がしっかりしているからこそ、モビリティもレベルアップするのだ。

モビリティとスタビリティ、どちらから鍛えるべき?

クルマにアクセルとブレーキが欠かせないように、カラダにはモビリティもスタビリティも必要である。全身のパフォーマンスを引き上げるためには、モビリティもスタビリティもアップさせるべきなのだ。

ただし、運動が本職のアスリートなら、モビリティとスタビリティを同時に鍛える時間もあるだろうが、それ以外の人びとはトレーニングにそこまで長い時間を割けない。ならば、モビリティから先に鍛えるべき。これは「モビリティ・ファースト」といわれる原則である。

その理由は、大きく2つある。

1つ目は、モビリティのトレーニングで血行が促されるため。それにより筋肉と関節の状態が良くなり、スタビリティも鍛えやすくなる。

2つ目は、モビリティが低いままでスタビリティを高めても、機能性は思ったように上がらないから。

カラダを自由自在に操るためにモビリティ・ファーストで始めよう。

モビリティを高めるメリットとは?

モビリティを高めるメリット

ランナーが膝を痛める理由は、モビリティ不足にある?

ランナーやバスケットボール選手は、いずれもを痛めやすい。前者は膝の横を走る腸脛靱帯、後者は膝のお皿(膝蓋骨)から脛に延びる膝蓋腱に炎症が起きやすいのだ。両者の誘因の一つは、足関節と股関節のモビリティ不足にある。

「膝関節はスタビリティ優位で、足関節と股関節はモビリティ優位な関節です。足関節と股関節のモビリティが低いと、その分膝の負担が増えてしまい、腸脛靱帯膝蓋腱に炎症が出やすくなると考えられます」

実際、バスケ選手では、足関節の捻挫予防のためにテーピングをすると、膝の故障リスクが上がるという報告もある。テーピングで足関節のモビリティが制限されると、膝のダメージになりやすいからだろう。

同様に野球の投手が肘を痛めやすいのも、スタビリティ優位な肘関節に隣接するモビリティ優位な関節(手関節と肩甲上腕関節)のモビリティが低いためかもしれないのだ。

モビリティを高めれば、肩こりや腰痛もリセットされやすい。

モビリティの向上で、慢性的な肩こり腰痛が改善する可能性もある。

肩こりの多くは、モビリティ優位関節である肩甲上腕関節、肩甲胸郭関節の可動性が落ちて生じる。坐って作業する時間が長くなると、肩が前に出て背中が丸まる猫背がクセになる。すると胸郭も肩甲骨もガチガチに固まり、肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節のモビリティが低下するのだ。

モビリティ優位関節には、そのモビリティを確保するために多くの筋肉が集まる。モビリティが落ちるとそうした筋肉が緊張して血行が悪くなり、それが肩こりを誘発する。一方の腰痛は、モビリティ優位関節でもある股関節のモビリティ低下から生じることが少なくない。

腰まわりには、骨盤、腰椎、股関節が連動する腰椎骨盤リズムという動きのパターンがある。股関節のモビリティが下がると、スタビリティ優位関節である腰椎・骨盤の仕事量が増えて腰痛を招きやすいのだ。

コロナ太りの解消には、モビリティを高めることが有効。

コロナの蔓延以降、外出自粛や在宅勤務の広がりで運動量が激減。コロナ太りに悩む人も増えてきた。

運動習慣がない人では、1日に使うカロリーの約30%は、通勤や買い物といった生活の活動で消費する。これは「NEAT(非運動性熱産生)」と呼ばれる。コロナ下ではNEATが減りやすく、消費カロリーが落ちて太りやすくなるのだ。

コロナ太り解消のためには何か運動を始めるのが理想だが、モビリティを上げるだけでも、NEATの減少にストップがかけられる。そこで大事にしたいのが、股関節

「多くのNEATは股関節の動きを伴っていますが、自宅で坐ってじっとしていると股関節が固まりやすくなります。モビリティ優位関節でもある股関節を活性化すれば、下半身の動きがダイナミックになり、NEATが増えやすくなるのです」

コロナ太りをリセットしたいなら、股関節のモビリティアップが先決。

モビリティで“運動神経”が良くなり、ゴルフもテニスも上手になる。

球技が苦手だったり、初めてチャレンジしたスポーツがダメダメだったりすると、照れ隠しに「生まれつき運動神経が悪くって…」といった言い訳をしがち。でも、運動が苦手なのは生まれつきでも何でもなく、モビリティが錆びついているだけかもしれない。

運動神経は、脳の指令を筋肉に伝えている。だが、俗に“運動神経が悪い”というのは、運動神経のどこかに断線などの不具合があるという意味ではない。一般に、カラダを巧みに操るコーディネーション能力が低いことを示すケースが大半だ。

コーディネーション能力の良し悪しを第一に決めるのは、カラダを思いのままに動かすモビリティ。それにカラダを思いのままに安定させるスタビリティががっちり嚙み合えば、“運動神経“が良くなることが期待できそうだ。新たなスポーツにチャレンジするなら、まずはモビリティから鍛えてみてはどうだろう。

取材・文/井上健二 撮影/山城健朗 スタイリスト/ヤマウチショウゴ ヘア&メイク/SHUTARO イラストレーション/野村憲司、今牧良治(共にトキア企画) 取材協力/近良明(こん整形外科クリニック院長)

初出『Tarzan』No.810・2021年5月13日発売