教えてくれた人
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HIIT効果の秘密って、ぶっちゃけ何ですか?
2008年『ネイチャー』(①)に発表された論文によると、高強度インターバル運動のキーワードは「酸素不足」と「虚血状態」。この条件が揃うと、血管の内皮成長因子を刺激する物質が分泌されるのですが、この物質が「PGCー1α」(②)であることが分かりました。
HIITのような高強度のインターバル運動をすると、筋肉の収縮で血管が押しつぶされて、筋肉内の血液が酸素不足になります。その刺激でPGCー1αが増えて、新しい血管を増やしたり、筋肉のミトコンドリア(③)の活性を上げる刺激に繫がります。
また、HIITと持久運動を2週間、計6回行った実験では、筋肉内のPGCー1αが、前者の方がはるかに増えているということが分かりました。
時系列的に言うと、まず運動を始めて2~3日で筋肉のミトコンドリアの酵素活性が促され、次に血管が少しずつ拡張していきます。HIITを2週間も続けたら、少し疲れにくくなってきたと感じるのは、酵素活性がよくなるから。下戸の人だって、毎日お酒を飲ませたら4日目くらいから飲めるようになるでしょ? 理由は肝臓の酵素活性がよくなるから。あれと同じです。
① ネイチャー/イギリスの総合学術雑誌。世界で最も権威ある学術誌のひとつで、専門分野だけでなくときに社会に大きな影響を及ぼす論文が掲載されることもあり。
② PGCー1α/運動によって発現する、さまざまな遺伝子の転写をコントロールするタンパク質。運動刺激によって骨格筋にもたらされる変化の多くに、この物質が関与すると考えられている。
③ ミトコンドリア/細胞の中にあるエネルギーを産生する器官。糖質、脂質、タンパク質など異なる栄養素を取り込み、酸素を介して代謝し、エネルギーを作り出す。
HIITには痩せ効果があるって本当ですか?
HIITを継続的に行っている人の特徴として、安静時の呼吸商(④)が少ないということがあります。これは日常生活で、糖質より脂質を優先的に燃やしてるという証拠です。
とはいえ、高強度インターバル運動は、消費エネルギーが少ないことは事実。従って高強度運動だから痩せられる、というわけではありません。ただ、それにより“食欲の調節が非常にしやすくなる”という点に注目しましょう。
基本的に満腹感を感じる満腹中枢は交感神経支配、摂食中枢は副交感神経支配です。運動を始めた瞬間には交感神経が優位になるので、お腹は空きませんよね。
自律神経の活動によって、満腹中枢が働きやすい状態が、運動が終わってから最低でも30分~1時間近く続くことが分かっています。食欲を抑えるペプチドYY(⑤)やGLP-1(⑥)といった、いろんなホルモンの分泌も運動中に上昇し、運動後1時間近く続きます。
自律神経とホルモンの働きとが相まって、食欲がグッと抑えられるわけです。その状態が続いているときに食事をすると、非常に早く満腹感が得られます。
僕は空手を11年くらいやっているんですけど、土曜日の稽古の後、必ずお好み焼き屋さんに行くんです。一度試しに空手の稽古をせずにお好み焼き屋さんに行って、たくさん注文して食べたことがあります。
それで次の空手稽古の後、めちゃくちゃお腹が空いているときに行って、さあ食うぞ!と食べ始めたら、急にカラダが受け付けなくなったんです。バイアスがあるのかもと思いながら、稽古をしないときより少ない量で満腹感を感じて、やっぱりそうなのかと実感しました。
ちなみに、HIITと有酸素運動のような中等度の運動では、交感神経を叩く力が前者の方が圧倒的に強いです。例えば心拍数が120程度の軽いジョギングをしますよね。AT(⑦)ギリギリくらいだと、そんなに興奮も疲れもしないから長く走れる。実は健康な人の心臓だと、心拍数を120まで上げるのに交感神経は必要ありません。
副交感神経の手綱を後ろにちょっと引いたら、勝手に心拍数は上がる。若くて健康なら、アドレナリン(⑧)なんてまったく出なくても心拍は勝手に120くらいまで上がります。
それ以上の強度の高い運動をするとき、初めてカテコラミン(⑨)というムチが必要になるわけです。だからHIITはより交感神経が優位になり、食欲を抑制しやすい。
また、食欲を抑制するホルモンは腸管(大腸や小腸などの消化器官)から分泌されます。“腸管を揺さぶる”という物理的な刺激がホルモン分泌に関わっていることは間違いないとされています。
同じ酸素摂取量の運動でも、自転車に座って行う運動とトレッドミルで行う運動では、全身が揺れる後者の方が、どうもGLP-1などが分泌されやすいということが分かってます。とくにHIITのように姿勢を頻繁に変えたりする運動では、腸管がとても動く。さらに交感神経も叩かれるので、それらの相乗効果で食欲を調節しやすいと考えられます。
以上のことから、HIITは効率的にカラダが鍛えられて体脂肪も絞り込める、非常に面白いメソッドと認識してもらったらいいと思います。
④ 呼吸商/ 1分間当たりに消費される酸素の量と発生する二酸化炭素の量の比率。1〜0・8くらいのレンジで数値が小さいほど脂肪燃焼の割合が高く、数値が大きいと糖質消費の割合が高い。
⑤ ペプチドYY/腸管の細胞から分泌される、アミノ酸が複数連なったペプチド。脳の満腹中枢に作用して食欲を抑制する。
⑥ GLP-1/ペプチドYYと同様、腸管の細胞で作られる食欲抑制ホルモン。糖質を細胞に取り込むインスリンの分泌を促す。
⑦ AT/運動の強度が増していき、脂質を使う有酸素系から糖質を主に使う無酸素系運動に切り替わる転換点のこと。日本語では「無酸素性作業閾値」。LT(乳酸性作業閾値)ともいう。
⑧ アドレナリン/副腎髄質と呼ばれる腎臓の上にある臓器から分泌されるホルモン。交感神経を活性化させ、カラダを戦闘モードに促す。
⑨ カテコラミン/アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミンといった交感神経に働く神経伝達物質の総称。
でもHIITをやっても痩せないんです…。
HIITを実践して太りはしないかわりに痩せもしない。そういう人がいますが、これはまさしくその通り!という興味深い論文があります。運動した日はNEAT(⑩)が減る、それを戒めている論文です。
13人の肥満女性の被験者に8週間のウォーキングを行ってもらい、1日のエネルギーの出納を調べたところ、トータルのエネルギー消費量の平均は2723キロカロリーでした。一方、ウォーキングをしていない日の消費量は2727キロカロリーで、ほとんど変わりはありません。
安静時の基礎代謝量や食事の熱産生(⑪)によるエネルギー消費量はどちらも同じ。しかし、ウォーキングによって173キロカロリーのエネルギーが使われています。そのかわり、運動しない日よりNEATが減っているので、トータルのエネルギー消費量は同じ。だから痩せもしないし太りもしないというわけです。
使った分のエネルギーを取り戻して体重が変わらないように、ホメオスタシス(⑫)が働く。これは当然なんです。
でも、減量をしたいとかカラダを絞りたいという目的がある場合は、そこをうまくコントロールしない限り、目立ったカラダの変化は出ない。僕もそうですけど、運動した後はソファでリラックスしちゃいますよね。そこで敢えてカラダを動かすことで、効果をチャラにしないことが大事だと思います。
⑩ NEAT/Non-Exercise-Activity Thermogenesis(非運動性熱産生)の略。家事や通勤など運動以外の活動で消費されるエネルギー。
⑪ 食事の熱産生/Diet Induced Thermogenesis(食事誘発性熱産生)と呼ばれるもので、食後の栄養吸収や代謝によって消費されるエネルギーのこと。
⑫ ホメオスタシス/体温や血圧、血中カルシウム濃度など、体内の環境を一定に保とうとするメカニズム。生体恒常性とも呼ばれ、生体環境に変化が起こったときに元の状態に戻すよう働く。
HIIT効果を後押しする条件はありますか?
まず、僕が最近注目しているのは睡眠です。脳は1日の総消費エネルギーのうち、実に25%を占めるといわれています。その脳で行われる老廃物(⑬)の処理や、浄化といった働きをするのが睡眠の役割であることが、最近の研究で分かってきました。老廃物は脳脊髄液(⑭)を経由して排出されますが、覚醒しているときは脳がパンパンに張っているので、脳脊髄液が脳に染み渡る猶予がないんです。
さらに、5時間睡眠の男性は7時間睡眠の男性と比較すると睾丸が有意に小さく、テストステロン(⑮)の分泌量も少ない。つまり、一生懸命HIITのトレーニングを行っても、筋トレ効果はあまり期待できないわけです。
睡眠時間が1時間短くなると、翌日心臓発作の発症率が24%上がり、一晩徹夜すると記憶テストの成績が40%低下するともいわれています。熟睡しないと、筋力も体力も、学習能力も低くなるということです。特に世界で一番睡眠が短い日本人は致命的。睡眠時間はせめて7時間程度確保したいところですね。
また、HIITの効果を得たいのなら、トレーニング前にビタミンCやαリポ酸(⑯)といった抗酸化物質を摂らないことが鉄則。HIITを行っている最中は酸素不足の状態ですが、運動後には大量の酸素がカラダに取り込まれる。これによって活性酸素(⑰)が発生します。
がんや生活習慣病に関係する物質ともいわれていますが、実はこの活性酸素がPGC-1αを発現させる条件のひとつ。活性酸素を除去する抗酸化物質をトレーニング前に摂ってしまうと、せっかくの高強度インターバル運動の効果が出ない、または大幅に遅延する可能性があります。
なのでランチでビタミンCをたっぷり摂った後、ジムに行くというのは愚の骨頂。夕方にHIITを行って、PGC-1αをしっかり働かせた後、夕食のデザートにフルーツを摂るならOKです。活性酸素は決して悪者ではなく、最近では活性酸素が出るくらいのトレーニングで遺伝子を働かせる方法もありだと捉えられています。
⑬ 脳の老廃物/神経細胞が情報をやりとりする際に生じる老廃物。アルツハイマー病の原因と考えられているアミロイドβというタンパク質はそのうちのひとつ。
⑭ 脳脊髄液/脳と脊髄、またこれらを包んでいる膜の間にある無色透明な液体。カラダの老廃物がリンパ液を経由して排出されるように、脳の老廃物は脳脊髄液を介して排出される。
⑮ テストステロン/男性ホルモンの一種で95%は睾丸で、残りの5%は副腎で合成・分泌されている。筋肥大には欠かせないホルモンのひとつ。
⑯ αリポ酸/細胞のミトコンドリア内で働くビタミン様の物質。強い抗酸化作用がありビタミンC、ビタミンEといった抗酸化ビタミンの再生に働く。
⑰ 活性酸素/呼吸で取り入れた酸素の一部が反応あ性の高い不安定な状態に変化したもの。強力な抗酸化物質として働く一方、増えすぎると細胞を傷つけるリスクもある。
自分を追い込むコツを知りたいです!
アスリート向けのHIITは一般人には難しいですが、海外では冠動脈疾患の患者さんに治療法として処方されています。心臓疾患の患者さんでも、30秒程度であれば高強度運動ができるんです。
これは高強度運動でも短時間なら安全という証拠。3分ではできないことが30秒ならできる。ハードなトレーニングを今自分はやってるんだ、すごいじゃないか!と考えてセット数を増やしていきましょう。
さらに上級者の方にアドバイスしたいのは、セットの後半に自分を追い込む方法です。僕は「森谷! おまえは生理学を勉強してるんだろ! 遅筋使って速筋使って(⑱)、でもまだ超速筋(⑲)が残ってるだろうが!」と自分を叱咤するんです。
今ここで、ぐっと気合を入れたら、普段使っていない超速筋が稼働するはず! と。みんながわざわざ苦しい運動を行う理由は、それなんです。
もともとヒトは自分の筋肉を100%使えるようにはできていません。使えてもせいぜい70%程度。でも異常な心理状態になったとき、普段使えていない筋肉が作動します。いわゆる「火事場の馬鹿力」がそれですね。脳を刺激して、いかにすべての筋肉を使うことができるか。その練習過程こそが高強度インターバルなんです。
⑱ 遅筋と速筋/遅筋は力は弱いが持久力に長けた筋肉、速筋は瞬間的に大きな力を発揮するがバテやすい筋肉。軽い運動では遅筋が働き、強度が増すにつれ速筋が参加する。
⑲ 超速筋/厳密に言うと速筋には純然たる超速筋とやや持久力に長けた速筋の2種類がある。前者はかなり強度の高い運動でのみ働く。
聴講を終えて/京都大学名物名誉教授・森谷敏夫先生による、目からウロコがぼろぼろ落ちまくりのHIIT講座。かつてHIITに挑んだものの、一向に痩せなかった人は食欲コントロールができていなかったり、NEATが足りないせいだったのか! と膝を打ち、これからHIITに臨む人は超速筋使いてえ! と武者震いしていることだろう。これを肥やしに筋トレにもダイエットにも励むべし!