
馬のいる暮らしが、心身を解放する。
馬にブラッシングをし、厩舎内の馬糞を掃除する。時折、背中に乗せてもらいながら馬との暮らしを疑似体験。どうしてそれがセラピーになるのか。馬はいつでも、優しく迎えてくれた。
日本の里山に魅せられ、それが失われていくことを憂いた作家、C・W・ニコルは、森の再生を掲げた「アファンの森」というプロジェクトを遺した。かつて切り出した木を里山まで運ぶのは、馬の役目だった。ならば、馬とともに生きる暮らしも再現したいと「ホースプロジェクト」も始まる。母屋と厩舎が一体化した日本の伝統家屋・曲り家を模して「ホースロッジ」が建てられ、茶々丸と雪丸という2頭の道産子が暮らすようになった。
1泊2日のホースステイは、二頭に挨拶することから始まる。プロジェクトのマネージャー、ソフィア・スワンソンさんから馬との付き合い方についての説明を受けたら、すぐにブラッシングを行う。道産子とはいえ、思っていたよりも大きい。日常生活で自分よりも大きな動物の隣に立つ機会などほとんどないだろう。
馬の横に立って、気持ちいいところを探すようにブラシをかける。声をかけながら優しく触れる。時折、顔を見る。すると馬が目を細めたり、こちらを向いたり、少し反応してくれる。その僅かなやり取りに、馬と人、互いの緊張がほぐれていく。ソフィアさんは言う。
「馬は、鏡のような動物といわれています。こちらの態度がそのまま返ってくるんですね。自分でも意識していなかったような心の動きを敏感に察して、私たちに気づかせてくれる。馬が群れで生活することで安心する動物だからかもしれません」
緊張しているつもりもなかったのに、そう聞いて肩の力を意識して抜く。すると、また少しだけ馬との距離が縮まった気がした。
ブラッシングの後には、蹄鉄に挟まった泥を落とす。馬が自ら足を持ち上げなければできない。なかなか言うことを聞いてくれずに戸惑っていると、「カラダを預けるようにして少し押すと上げてくれますよ」とソフィアさんが教えてくれる。真似をしてみると、確かに足を上げて、掃除させてくれた。
世話することが、どうしてセラピーになるのか? その疑問は、少しずつカラダで理解されていく。馬は言語に頼らないコミュニケーションに非常に長けた動物で、こちらのアクションが正しければ、必ず応えてくれる。その通じ合えた瞬間が心地いい。馬は決して噓をつかないから、思いが一方通行ではないという確信が少しずつ芽生えてくる。
厩舎から外へと連れ出して、ソフィアさんと一緒に引き馬をする。目標を決めて並んで歩き、到着したら、少し先導するように回って帰ってくる。たった数十mの散歩が、充実感に溢れたものに変わる。あくまで人間がリーダーで、指示が安定していると馬も安心するのだという。わずか1時間ほどのふれあいで、自分と馬との間にも関係性が育まれ始めている。「そう、馬は記憶力がいいから、すぐに顔を覚えますよ」とソフィアさん。
言語に頼らない一体感は、馬に乗ると、よりはっきり感じられた。ソフィアさんに引かれながら、馬のリズムにカラダを合わせてバランスを取る。カラダを伸ばし、腰を捻り、乗馬しながらストレッチをする。すると不規則な動きのためか、自分のカラダのつっぱりがどこにあるのか、よくわかる。馬と接するとは、心身ともに自分を知ることでもあった。無意識のうちに動かしているカラダに、馬が反応し、互いのリズムがシンクロした瞬間には、不思議な安心と解放感が伴っていた。
厩舎に戻って枯れ草をやり、人間たちも夕食を食べる。ふと思い立って、ひとりで馬に会いに行くと「どうした?」と言うように寄ってくる。撫でると、顔を寄せてきた。思わず頭をくっつけると、なんとも言えない感情が湧いてくる。
馬がすぐ隣で暮らしている。それがいかに豊かなことなのか。翌朝、キッチンの窓の向こうに、放牧された二頭が戯れているのを見ながら、言葉ではなく、カラダで理解できてしまった。
〈アファンホースロッジ〉
ホースステイ1泊2日2食付き1人30,000円。ベストシーズンは春と秋。夏は要相談。長野県上水内郡信濃町大井2742-1830。最新情報はInstagramで。@horselodge_afan