多摩川の水源地・笠取山で、山々と生活の連なりに感じ入る。|10月の山・笠取山
季節によって異なる表情を見せる日本の山。その時期だけに出会える風景や体験を求めて、写真家の野川かさねさんに毎月おすすめの山と、その歩き方を教えてもらいます。
取材・文/小林百合子 撮影/野川かさね
今月の山 笠取山
標高/約1953m
おすすめコース
作場平駐車場(35分)一休坂分岐(1時間)ヤブ沢峠(20分)笠取小屋(15分)雁峠分岐(30分)笠取山(25分)水干(10分)雁峠分岐(15分)笠取小屋(50分)一休坂分岐(25分)作場平駐車場
歩行時間計:4時間45分
多摩川の最初の一滴を探して。
うだるように暑かった夏が過ぎ、10月に入ると東京にもようやく涼しい風が吹いてきます。真夏の間は暑すぎて足が遠のいていた東京近郊の山も、少しずつ紅葉の気配が漂ってきて、久しぶりにのんびりと歩いてみようかな、そんな気分になります。
北アルプスなど高山の紅葉は華やかで、短い秋に命を燃やすような切実さに胸を打たれます。いっぽうで東京近郊の低山の紅葉は、ブナやミズナラ、カラマツ、カエデなど、さまざまな木々が少しずつ色づき、時間をかけて冬へと移り変わっていきます。その姿はどこか静かで、しみじみとした趣があります。
東京近郊にはたくさん低山がありますが、秋に登りたくなるのは埼玉県と山梨県の境にある笠取山です。この山は東京の西部を流れる多摩川の水源地で、南斜面の一帯が東京都水道局が管理する水源林となっています。多摩川の下流に長く暮らしている私にとって、笠取山は毎日飲んだり、生活に使ったりしている水の源なのです。
夏の間、北アルプスや八ヶ岳など高い山に登っていると、東京近郊の低山は地味に思えるかもしれません。でも、足元の落ち葉を踏みながら静かに歩いてみると、夏の間忙しなく動いていた身体と心がほっと落ち着くような感じがあるのです。はらはらと舞う赤や黄色の枯れ葉が地面に落ちて、少しずつ溜まっていく、そんな風景を見ながら、またひとつ季節が重ねられていくんだなと思います。そんな移ろいを感じたとき、やっぱり山はいいなと感じ入るのです。
このルートで最も気持ちがいいのは、笠取小屋から笠取山へ登る尾根路。おおらかに開けた尾根で、紅葉した木々、すでに葉を落とした木々、秋と冬のちょうど間にあるような山の風景を見ながら、ゆっくりと登ります。山頂から少し下った場所には「水干」という場所があって、岩場からポタポタと雫が垂れています。それが多摩川の最初の一滴。雫は小さな沢となり、次第に川となって山を下りていきます。沢で飲んだ清らかな水。これが私たちの家まで届くのかと思うと、自分の暮らしと山がしっかりと繋がっているのだと感じられて、嬉しくなります。
1年間、毎月お届けしてきたこの連載ですが、私が担当するのは今回が最後です。どこも忘れがたい思い出のある山でしたが、私にとってひとつひとつの山が意味を持つというよりも、すべての山、すべての季節が繋がって、ひとつの「山」というような感じがしています。長く厳しい冬を越して山が目覚め、夏に目一杯命を輝かせる。そして秋から冬へ、静かにまた眠りについていく。そんな自然の流れに目を向けられたとき、それまでとはまた違った山の風景が見えてきたように思います。私にとって登山とは、山の頂を目指す行為ではなく、都会では感じられにくくなった季節や時間の流れを探す、感じるための手段なのかもしれないと、今はそんなふうに感じています。
日本一といわれる絶景の中の紅葉を。
東京・多摩川の水源地である笠取山は、清らかな沢を感じながら登れる気持ちのいい山。ただ、登山口へのアクセスに公共交通機関が使えず、マイカーやタクシーの利用が必要になってくるのがネック。初心者には歩行距離が短い作場平からの入山をおすすめするが、最寄りのJR塩山駅からはタクシーで1時間ほどかかるので、交通手段の確認をしっかりとしておくこと。
作場平からヤブ沢峠までは樹林帯の登り。例年紅葉の見頃は10月下旬から11月上旬で、カエデやミズナラなどが美しく色づく。山頂周辺はカラマツの紅葉が見事。
笠取小屋から笠取山まではやや急な登りだが、危険箇所はなし。天気がよければ雪を被った富士山が見える。山頂目前には大きな岩をよじ登る箇所があるので、ゆっくり慎重に進むこと。
低山といえども秋には冷え込むことがあるので、防寒具や雨具は必須。日没が早いので、15時30分ごろには下山できるよう計画するといい。
おすすめスポット情報
笠取小屋
笠取山の山頂から40分ほど下ったところにある山小屋。テント泊と小屋泊ができるが食事なしの素泊まり。軽食の販売はないが飲み物はあり。小屋の外にはベンチとテーブルがあり、小屋主に一声かければ使わせてもらえる。持参した昼食を食べるのにぴったりの場所。
山梨県甲州市
090-8581-9119
https://kasatorikoya.wixsite.com/official
水干
笠取山の山頂から南面に下った場所にある多摩川の水源地。ここから東京湾まで約140kmを水が旅していく。最初の一滴は水がしたたる程度だが、少し下の沢では水を汲めるので、直接飲んだり、コーヒーや紅茶を淹れて飲んだりするのもいい。