「地球をちょっとずつ知っていくことだと思うんです」起業家・本間貴裕さんとSUP|Our Friends
自然に近い場所での新しいステイの方法を提案する〈SANU〉。その共同創業者、本間貴裕さんはスノーボードにサーフィンに釣りと、フィールドを舞台に本気で遊んでいる。海や山から得られる恩恵と、仕事のスタイルについて、〈SANU〉の拠点がある館山でSUPをしながら聞いた。
取材・文/村岡俊也 写真・映像/間澤智大

Profile
本間貴裕(ほんま・たかひろ)/起業家「Live with nature./自然と共に生きる。」をコンセプトに掲げるライフスタイルブランド〈SANU〉の創業者でありブランドディレクター。1986年、福島県出身。現在は北海道と東京で二拠点生活を送る。

〈SANU STUDIO RAY Medium 館山1st〉は、全室オーシャンビュー、全室サウナ付き。「RAY」とは光線を差し、美しい光が入ってくるというコンセプト。内海のために波も穏やかで、サーフィンの拠点というよりも、ただ眺めているだけでも満たされる空間になっている。


本間さんは、昨晩のうちに東京から移動して〈一宮1st〉に宿泊し、朝、サーフィンをしてから内房の館山に移動。海を眺めながら仕事をしていた。その日のコンディションに合わせて遊び方と働き方を考える、〈SANU〉の理想的な過ごし方を自ら体現している。

本間さんが空間のディレクションを手がける〈SANU〉は山に海にと、国内各所に次々竣工。写真左上より時計回りに/キャビンタイプの《蓼科1st》。今年竣工したばかりの《MON奄美》。集合住宅タイプの《伊豆1st》。
美しい風景に身を浸すことは、自然と共に生きること。
人類で初めて素潜りで水深100mを記録したジャック・マイヨールは、この千葉県館山の海の美しさに惹かれ別荘を持っていたという。〈館山1st〉の窓からは、ジャックが過ごした岬が見える。カーテンを揺らす涼しい海風とさざ波の音。思考が少しずつクリアになっていくよう。
〈SANU〉の創業者である本間貴裕さんは、昨晩のうちに都内から〈一宮1st〉に移動して、午前中にサーフィンをした後、海を見ながら仕事をしていた。
「もちろん家族や友人たちとも楽しく過ごして欲しいんですけど、おすすめは一人で来ること。仕事をしてもいいですし、ただ海を眺めるだけでもいい。日常とは違う感覚のスイッチが入ると思います」
〈SANU〉が掲げるコンセプト「Live with nature/自然と共に生きる。」は、本間さんのように自然のアクティビティに深く親しんでいる人たちだけに向けられたものではない。むしろ、その入り口で立ち止まっている人たちを迎え入れるためにあるという。
「たとえば温泉って自然の恵みそのものですよね。火山の熱で温められた温泉に入ることだって、自然と共にあると言えると思うんです。海を見ながら、ぼんやりとすることだってそう。美しい風景の中にただ身を浸す。そうやって、少しずつ自然と生きることに喜びを感じてもらいたい。僕らは、より多くの人たちが海や山を好きになるところを目指しているから。社内では、自分はターゲットではないと言われるんですが(笑)、創業者が本当に自然を好きで、アクティビティに勤しんでいることは、嘘がないという意味ですごく大事だと思っています」
本間さんの仕事は、大きく分けてふたつ。新規事業を含めたブランド全体の方向性について考えることが3割。残りの7割は、建築デザインなどのクリエイティブ領域。コンセプト立案からソファの色選定のようなディティールまで、横断的に見ている。
「美しさに明確な定義はないですよね。人によって感覚も違いますから。大事なことは、誰かの意思が宿っているかどうかだと思うんです。全身ピンクの服装でも、その人が、本当にピンクが好きだったらカッコいい。そこに意思があるから。僕らが作り出す建築もウェブサイトも写真も、すべてに意思が宿っていないと嫌なんです」
建築家との協働においても、自然の美しさには決して敵わないと知っているからこそ、環境との調和を目指しつつ、尖ったものを生み出している。
「自分たちの思想が納得いく姿形になって、結果それを誰かに喜んでもらいたい。〈SANU〉という会社組織としては、もちろん経済的な発展が必要です。『Live with nature./自然と共に生きる。』というブランドコンセプトを掲げたからには、社会変革や生活変容がなければ、自然と共に生きられないですから。今の地球上のルールでは、やっぱり資本主義を使わないと、広がっていかない。言い方を変えれば、資本主義の力を使って、新しいライフスタイルを広げることができると思っています。創業パートナーの福島弦は、その方向性に強い責務を感じていますし、影響力を大きく持って、という思いは全員に共通しています。ただ、僕個人の感覚としては、自分が好きなものをただ宣言しているだけのような気もするんです。それが新しい発見になって、誰かの生活様式が変わって幸せになってくれたら嬉しいけれど、それはあくまで結果であって、目的ではないというか」

愛車の《ランドクルーザー》からSUPのボードを下ろす。窓に貼られた数々のステッカーを見れば、本間さんが愛しているアウトドアカルチャーの一端が理解できる。

〈ヘリー・ハンセン〉のライフベストを着用して海へ入る。いわく「穏やかなアクティビティでありますが、風で流されてしまうこともありますから」。
個人的な経験を社会に還元する。
「どれほど波に戯れ、雪山を滑ったところで、僕以外は誰も幸せにならない」と本間さんは言う。自然との遊びは、どこまで行っても個人的な体験でしかない。しかし自然に深く入り込むことによって、社会に対する考え方は変化しているという。
「拡大に向かうとか、影響力を有することは、根源的な欲求だと思うんです。ただ同時に、少し時代遅れにも感じてしまう。もちろん社会の進化やテクノロジーを否定するつもりは全くないけれど、奪い合ったり、自分が他者よりも優れていると証明するみたいな価値観は、少し隣に置いて、山の美しさや海の気持ちよさみたいなもので心を満たす方にシフトしたほうが、次の時代を作っていくんじゃないかと思うんです」
そう思うに至ったのは、かつて立ち上げた会社が順調に育ち、新しい文化を定着させたという手応えもあったにもかかわらず「それが自分にとって真の充足にはつながらなかったという発見があった」から。違和感が生まれたタイミングでサーフィンを始め、その思いは確信へと変わっていった。
「サーフィンやスノーボードには本当の充足があったんですね。アクティビティとして、というよりも、自然の中で身体を動かし、美味しいご飯を食べて、ぐっすりと眠る。その動物として当たり前の行為にめちゃくちゃ幸せを感じたんです。社会的な活躍も嬉しいけれど、何て言うんだろうな、頭から上の話であって、下に降りてこない感じがするんです。海や山の体験は、頭の下で感じているから」
頭と身体。あるいは社会と個人的な体験。それをどう混ぜられるかを考えて〈SANU〉が生まれたのが「僕の側のストーリー」という。パートナーの福島さんも自然に対して同じ思いを抱きつつ、「僕のように斜に構えた社会の見方がないんです」と本間さんは笑う。「一人でも多くの人が笑った方がいい。ならば、そこにアクセスしようよと、心から発言できる」のが、福島さんという。個人的な追求を、バランスを取りながらも、社会へと還元させていく仕組みこそが、〈SANU〉の目指す在り方なのだろう。
「僕が悟ったようなことを言っているだけかもしれない。なので、心から信頼する福島弦の背中を借りて、もっと世界を見に行こうと思っているんです」

海の上でも、雪山の中でも、地球とつながる感覚を求めて。
もしもアクティビティを一つしか選んではいけないと言われたら、本間さんはサーフィンを選ぶという。中学2年生から始めたスノーボードが大好きなのは変わらないが、サーフィンは春夏秋冬いつでもできるから。もしも波がなければ、SUPをすればいい。SUPに乗って海に一人浮かぶ時間は、ほとんど瞑想に近く、頭はクリアに、心は落ち着いていくという。雪のシーズンが終わるのが寂しくて始めたフライフィッシングにも入れ込んでいるが、やはり波があれば海に向かってしまう。
「つながる感覚が好きなんです。波乗りで言えば、遠くで吹いた風がうねりとなって、月の引力に引っ張られたり押されたりしながら、陸地に近い場所で浅い海底にぶつかって波になる。大袈裟に言えば、地球や月の力の末端で遊んでいると思うんです。うまく乗れた時の感覚は、その力とリンクしているイメージ。夕陽が綺麗で、人工物があまりない景色の中でそういう瞬間があると『俺、地球と一緒じゃん』みたいな(笑)。その一体感。一人で海に入ることが多いんですが、思わず笑ってしまうくらい気持ちがいい。雪山も感覚としては同じです。フライフィッシングにおいても、自然を少しずつ理解して想像する感覚なんです。この季節はどんな虫を食べているのか、上を向いているのか下を向いているのか。自分が巻いたフライをキャストして、魚にプレゼンテーションする。岩魚や山女がイエスと言ってくれた時に初めてパクッと食べてくれる。もう告白しているみたいな気分です(笑)」
サーフィンを教えてくれた先輩からは「できるだけ波情報に頼らずに、天気図を見て予想するよう」言われたという。すると少しずつ自分で良いポイントを見分ける力がつき、混雑を避けてサーフィンができるから、と。身体的な感覚を研ぎ澄まし、自然へと入っていく。そのためには本当は一人がいい。
「要は地球をちょっとずつ知っていくことだと思うんです」という個人的な追求は、どこまで探求しても終わりはなく、だからこそ、一生幸せが続く。ただし、社会的な存在であることも自分にとってはとても大切という。
「波乗りだけ、SUPだけ、スノーボードだけずっとやっていていいよと言われたら、もちろん嬉しいですけど(笑)、多分2年ぐらいで物足りなくなってしまう。その物足りなさは、やっぱり社会や人とのつながりを求めているからだと思う。もう少し言えば、自分の中でしんどさを抱えながらも本気で向き合う事柄がなくなってしまったら、楽しくないんです。僕はどこまでいってもプロサーファーにはなれないから。一方で、やっぱりプロとして仕事をやり切ることは、人生において成し遂げたいと思っているんですね。だから、仕事も、地球を知るためのアクティビティも必要なんです」
海風を感じながらPCを開き、ふと視線を上げて海を見る。一人でSUPを漕ぎ出して、頭の中を整理する。頭も身体も連動するからこそ生まれるクリエイティビティ。
「仕事も遊びも、ほとんど境界線はないんです。だって、週7日あって、その7日間、全部楽しい方がいいですから(笑)」
