「本気で取り組めば、新しい世界に出会える」 スタイリスト・金子夏子さんとスキー|Our Friends

ファッションの世界で常に新しい表現を模索しつづけるスタイリストの金子夏子さん。20年以上、登山やクライミングなどを趣味としてきたが、ここ10年ほど熱中しているのがスキーだ。雪山を滑るなかで見えてきたのは、「向き合うこと」の意味。スキーが教えてくれた仕事、生き方の指針とは?

写真・映像/間澤智大、川中 健嗣、菊池空 取材・文/小林百合子

Profile

金子夏子(かねこ・なつこ)/1997年より女性ファッション誌やブランドのカタログ、広告などを中心に活躍。モードの最先端からアウトドアまで、時代ごとに自分なりの表現を追究しながらスタイリングを行う。プライベートでは登山やクライミング、SUP、スキーなど、季節ごとの自然の中に身を置き、アウトドアを楽しむ。

スタイリングという“表現”。

都内の撮影スタジオ。撮影済みの写真が映し出されるモニターをじっと見つめる人がいる。モデルが着用する服を調整し、またチェック。時にはフォトグラファーと相談し、撮影の方向性を変えることもある。スタイリストの仕事は雑誌や広告のテーマに合わせて服を選び、美しく着せ、見せること。金子夏子さんの仕事を見ていると、そんなイメージが大きく変わっていく。

この日はモード誌の撮影で、テーマは「ギア・ミックス」。近年、ファッション界で注目されているスポーツやアウトドアの要素を取り入れたスタイルを提案する企画だ。

軽量素材で作られたトレイルランニング用のベストに、チュールのようなボリュームのあるスカートを合わせたスタイル。アウトドアブランドとハイブランドの組み合わせは大胆だが、だからこそ見たことのない世界観に心躍る。既存のファッションの枠組みを解体し、自由な発想で表現する。それが金子さんのスタイリングの真骨頂だ。

「アウトドアギアを取り入れた、かわいいファッションページを作りたい」という編集サイドの意向を聞いて、とにかくまず本物のアウトドアギアを使いたいと思ったんです。過酷な環境の中で活動するアウトドアのギアは機能をとことん追求したもので、理にかなったプロダクト。作り手が“本気”でもの作りに挑んでいるという部分はハイファッションに通ずるとかねてから感じていたので」と金子さん。クライミングで使用する数十メートルにも及ぶロープを小物(もはや大物!)として使用するなど、ファッションシューティングの現場とは思えないタフなアイテムが並ぶ。

「こういう女の子が山手線の駅の階段を駆け上がっていたら、素敵じゃない?」という金子さんの言葉から、想像してみる。服が好きで、でも自然の中で遊ぶのも好きで、華奢なんだけれども、いざとなったら自分の力で道を拓いていくような、芯の強い女の子。浮かび上がってくるのはそんなイメージで、自分もそんなふうでありたいなと思えてくる。

「そんなふうに自由にイメージを膨らませてもらえるのだとしたら、とても嬉しいです。テーマに沿って服だけをスタイリングするのではなくて、それを通して何を表現したいのか。雑誌であれ広告であれ、大切にしているのはそこで、立場や役割の違うスタッフと一緒に試行錯誤する。もし行き詰まった時でも、自分ならどんな表現をするか、したいか。常に多様な引き出しを持っていたいと思っています」

長野や新潟、東北、北海道と、金子さんのスキーフィールドは全国。ファッション界の仲間、アウトドア界の仲間、両界の混成チームで遠征に出かけることも。都内での仕事を終えて、そのまま車で現地に移動することもあるとか。

「バックカントリーを滑るには、まずゲレンデで鍛錬すること」と金子さん。基礎からレッスンを受けたことで、滑り方が見違えるように変わったのだそう。目下の目標はどんな状態の雪でも100%思いどおりにゲレンデを滑れるようになること。自己責任で自然の山に入っていくバックカントリーの怖さを知っているからこそ、いつも謙虚に、真面目に。

もっと楽しむために、きちんと学ぶ。

仕事はもちろん、プライベートでも「やると決めたら本気で極めたくなる」性分。20年ほど前に始めた登山も、そのひとつだ。険しい山に登ると、岩場をもっと上手に登りたくなる。それでクライミングも始めた。自然の中で遊ぶうちに仲間が増え、カヤックやSUPなどのリバーアクティビティの気持ちよさも知った。初めての体験が増えるにつれて“引き出し”は増え、それが仕事の現場で生きることも多々ある。

「ファッションの世界にだけいたら、もしかしたら今、この仕事を続けていられなかったかもしれません。表現とはアウトプットすることですから、同じか、それ以上にインプットが必要。その幅が広ければ広いほど表現は豊かになっていくし、冒険する勇気を持つことができる。私にとって自然の中で遊ぶことは、ただ楽しいという気持ち以上に、大切なものを与えてもらえる時間だと感じます」

そんな金子さんがここ10年ほど夢中になっているのが、スキー。40代になるまでほとんど経験がなかったが、「雪山を登るんだったら、滑れば?」という山仲間の言葉に、持ち前の好奇心がうずいた。

「自分にとって雪山は歩いて登って下るものだったので、“山を滑る……?”と思って。でも次の瞬間には、“なんだか楽しそう!”と心と体が反応していました。そこからはもう行動あるのみ。最初は滑るというよりコケるというアクティビティで目も当てられませんでしたが、とにかく楽しくて」

ゲレンデで練習を重ねると次第に上達し、熟練の仲間たちの力を借りて、山の中を滑るバックカントリースキーにも挑戦できるようになった。人工のゲレンデとは違う、大自然の中を滑る気持ちよさは格別だった。

「決められたコースがないので、自分でルートを見つけて滑っていく。スキー板ひとつで移動しながら、素晴らしい風景の中に身を置ける。その自由さと気持ちのよさは、それまで体験したアウトドアとはまた違って、素晴らしいものでした」

以来、毎年雪の知らせを待ちわび、少しでも時間がとれれば雪山へ出かけてきた。そんな中、大きな転機となったのがスキー中の怪我だった。不運なことに膝の靭帯を痛め、自分の経験不足を痛感した。けれど同時に、スキーに対する考え方、向き合い方に大きな変化が生まれた。

「せっかくこんなに楽しいことに出会えたのだから、安全に長く続けたいし、そのためにもっと上手くなりたい。スキーをより楽しむために、きちんと技術を学ぼうと決めたのです」

最近使っている板は〈VECTOR GRIDE〉の《CORDOVA》。「10年ほど前に一番最初に買った板なのですが、当時の私は全く乗りこなせていなくて……長らく使っていなかったのです。でもここ数年で少しずつ上達したので、久しぶりに乗ってみたら、すごく面白い!」と金子さん。経験を積むごとに板の個性もわかってきた。ウェア、ヘルメット、ゴーグルはノルウェー発のプロテクションブランド〈Sweet Protection〉を愛用。ストックはアメリカの〈bca〉、グローブはスウェーデンの老舗ブランド〈HESTRA〉を使用している。

スキーがくれた、冒険を楽しむ心。

ゲレンデのスキー教室や、プロによる個人レッスン、それまでほぼ我流だったスキーをゼロから徹底的に学んだ。

「大人になってから新しいことを習うって、あまりないと思うんですけど、だからこそすごく新鮮で。習うことで少しずつ上達して、滑れなかった斜面を滑れるようになる。以前はついていけなかった仲間とも一緒に滑ることができる。しっかりとスキーに向き合うとこで、一歩ずつでもたしかに成長しているという実感があって、ただ楽しいという気持ちで滑っていたときよりずっとスキーが奥深く、面白いものに変わっていきました」

滑れば滑るほど課題が見つかり、また練習。毎冬、シーズン初めには基礎のスキーレッスンを欠かさない。自分の技術に見合った板、自分が滑りたいと思っている斜面に適した道具を見極める目も育ってきた。「本気で取り組めば、その先の世界が見えてくる」のは、仕事もスキーも同じなのだと知った。

「自分にとってスキーは単なる遊びを超えた、ライフスタイルの一部。生活があって仕事があって、スキーがある。全部を大切に、真剣に取り組むことで成長して、また新たなことに挑戦したいと思えるようになる。今はそんなふうに感じています」

実際、金子さんは昨年、小さな冒険をした。東京で小さなスペースを借り、ファッションとスキーをテーマにしたポップアップを展開したのだ。自らセレクトしたスキーアイテムの展示を中心に、自然を愛するフォトグラファーたちによる「雪」をテーマにした写真展やムービーの上映、スキーにまつわるオリジナルのアパレルやグッズも製作・販売した。

「ファッションとアウトドア、自分を育て、素晴らしい機会をたくさんくれたふたつの世界。それを自分なりの形でつなぎ、表現することはできないだろうかとずっと考えてきました。モノやビジュアルだけでなく、これまで関わってくださったそれぞれの世界の方々も交わる機会が作れたらと思って、ポップアップという形をとりました」

「夏子の部屋」と名付けられた2日間のポップアップには、アウトドアとファッション、雑誌やデザインなど、多様な世界に携わる人々がやってきた。違う畑を耕しつつも、自然を愛し、憧れ、その中へ入っていきたいという同じ思いを持つ者同士、おおいに語り、スキーの時間に浸った。

「まだスキーへの一歩を踏み出せないでいた人の背中を誰かが押してくれたり、新しい仲間ができたり、本当にいい場でした。次は大人のためのスキー教室をやってみたいなとか、また新しいアイデアが浮かんできて、ぜひまた何かの形で表現してみたいなと、今からワクワクしています」

冬が来るたびに、金子さんは新しい風景に、仲間に、そして自分に出会う。軽やかに自由に変化して、どこまでも遠くへ。

「一生続けていきたいと思えることに出会えて、幸せだなと素直に思います。それもあのとき、瞬発的に“スキーをやってみよう!”と行動に移せたからこそ。面白そうと感じたら、いつでもすぐに動ける自分でありたい。そんな直感と行動力を常に磨き、持ち続けていられたら、仕事でも遊びでも、またきっと新しい世界に出会えると思うから」