あのニュートンも悩んでいた?偉人たちの更年期エピソード3選。
更年期の概念すらなかった時代。歴史上の偉人たちは、どのようにその危機を乗り越えていったのか? 偉人研究家の真山知幸さんに考察してもらった。
取材・文/中野 慧 イラストレーション/岡田成生
初出『Tarzan』No.907・2025年7月17日発売

教えてくれた人
真山知幸(まやま・ともゆき)/1979年、兵庫県生まれ。同志社大学法学部法律学科卒業。業界誌出版社の編集長を経て2020年から著述活動に専念。『ざんねんな偉人伝』『ざんねんな歴史人物』は計20万部を突破。近著『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がヒット中。
カラダを使って更年期を乗り越えた偉人たち。
数々の偉人の生涯を研究してきた真山知幸さんは、世間が“若くして成功する”ことを称賛しがちな状況に危機感を持っているという。
「誰もが知る物理学者ニュートンは20代で大成功を収めましたが、50代になると権力欲が肥大化して政治家を目指すようになり、長期の不眠症や記憶障害、うつ状態に悩まされます。おそらく彼は更年期障害だったのではないか、と私は捉えています」
アイザック・ニュートン(1642-1727)
英国の物理学者、自然哲学者。微積分法の創始や万有引力の発見で知られる。他の科学者たちとの主導権争いにも明け暮れた。
それでもニュートンは生来の旺盛な気力で84歳まで生きたが、私たちにはあまり真似できそうにもない。そこで真山さんが参考にできそうな偉人として挙げてくれたのが、江戸幕府初代将軍・徳川家康だ。
「家康といえば“楽して結果を出したずるいヤツ”というイメージがありますが、実は苦労続きの努力家でした。事実上の主君だった織田信長が本能寺の変で明智光秀に討たれると、堺にいた家康はわずかな手勢とともに大急ぎで脱出。本拠地の岡崎まで250kmもの行程を、ほぼ徒歩のみで踏破します」
有名な「伊賀越え」は、いわば“戦国ウルトラマラソン”だった。「家康は幼少期から武芸のトレーニングに励み、中年期以降も鷹狩りや遠泳を続け、食事に気を配りました。老年期に実現した天下取りは、彼のセルフケアの賜物だったのかもしれません」。
徳川家康(1543-1616)
戦国武将、江戸幕府初代将軍。剣、槍、弓、馬など武芸に優れ、70歳近くなっても遠泳を行ったという記録が残されている。
一方、孤独な創作の世界で更年期を乗り越えた偉人もいる。
「イタリア・ルネサンス期を代表する芸術家ミケランジェロはコミュニケーションが苦手で、一人で抱え込んでしまうタイプでした。ただ彼は肉体的にハードな彫刻・壁画制作に打ち込んでいて、代表作のシスティーナ礼拝堂天井画は仰向けでの長時間作業。88歳で亡くなるまで制作を続けた彼は、いわば“筋トレ的制作”で更年期を突破した人ですね。また、日本地図の作製で有名な伊能忠敬はもともと病弱だったのですが、56歳から地図作りの使命にめざめ、何千kmとひたすら歩きました。“とにかく歩く”を重ね健康になったことが、彼の人生を懸けたプロジェクトを支えたのかもしれません」
ミケランジェロ・ブオナローティ(1475-1564)
イタリア・ルネサンス期を代表する彫刻家、画家、建築家。代表作に『ピエタ』『ダヴィデ像』『最後の審判』など。
伊能忠敬(1745-1818)
測量家、地理学者。40代まで実業家として名門商家の再建に取り組んだのち、日本中を歩いて地図作りに勤しんだ。
更年期以降のチャレンジと“学び”を支えるもの。
仕事と身体活動を一致させることで更年期を乗り越えたミケランジェロと伊能。その一方、創作と運動の組み合わせで更年期を乗り越えたのが哲学者のカントだ。
「彼は地元の町ケーニヒスベルク(現在のロシア領カリーニングラード)からまったく出ず、毎朝5時に起床、朝は講義、昼間は執筆と、徹底して生活をルーティン化しました。昼食後は雨の日も風の日も同じ並木道を4往復。代表作『純粋理性批判』の着想は散歩中に生まれています」
イマヌエル・カント(1724-1804)
哲学者。近代哲学の祖の一人として知られる。代表作に『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』など。
近代になり社会が発達してくると、新しい更年期の乗り越え方も生まれる。
「トロイア遺跡の発見で有名なシュリーマンはとにかく多動型の人物。ロシア、アメリカ、中東、アジアなどを次々に移動しながら複数の語学を身につけ、40代から考古学の道に挑戦しました」
運動量の増加は脳の可塑性を高め、語学学習にポジティブな影響を与えることが知られている。遺跡発掘や移動による運動量増加がシュリーマンの学びを支えたのかもしれない。
ハインリヒ・シュリーマン(1822-1890)
ドイツ出身の実業家、考古学者。商社マンとして成功したのち考古学を志し、古代ギリシャのトロイア、ミケーネ遺跡を発掘した。
近現代の偉人たちは、更年期とどう向き合った?
では、20世紀以降の偉人たちはどうだろうか。
「『シャーロック・ホームズ』の作者コナン・ドイルは運動好きで、特にスキーを好んでいました。当時はゲレンデも未整備なので、スキー板を担いで山に登って滑るバックカントリースキーをやっていたのでしょう」
ドイルは雪山で小説の展開やトリックを構想していたのかも?
アーサー・コナン・ドイル(1859-1930)
英国出身の医師、作家。『シャーロック・ホームズ』シリーズなどの推理小説のみならず、SFや歴史小説も精力的に執筆した。
偉人というと男性に偏りがちになってしまうが、女性の偉人は更年期をどう乗り越えたのだろう。
「ファッションデザイナーのココ・シャネルは、動きにくいスカートの着用が一般的だった女性たちに、動きやすいジャージー素材の服装やパンツルックを提案しました。シャネルが乗馬、狩猟、ゴルフ、スキー、釣りなどスポーツを好んでいたことが影響しているかもしれません。ただ、更年期には完璧主義がたたり従業員と対立、56歳で一度引退してしまいます。ところが70歳でファッション業界にカムバック、80代になってもピンと背すじを伸ばして歩いていたそうです」
それぞれのやり方で運動に親しむことは、更年期を乗り越えるだけでなく、老年期の再起をも促すのかもしれない。
ココ・シャネル(1883-1971)
フランス出身のファッションデザイナー。20世紀の両大戦前後、社会進出が進む女性たちに自由で活動的なファッションを提案した。