テストステロンが減るとカラダはどうなる?男性更年期とホルモンの関係。
ここでは男の更年期について詳しく解説。テストステロンの低下が心身に多様な影響を与える。見過ごされがちな男性のホルモン変化について学んでいこう。
取材・文/石飛カノ イラストレーション/3rdeye 取材協力/久末伸一(恵佑会札幌病院泌尿器科部長)
初出『Tarzan』No.907・2025年7月17日発売

40代からの不調、その正体は“男性更年期”かも?
女性の更年期は思春期や成人期のように人生の発達段階のひとつ。一方、男性には厳密に言うと明確な更年期は存在しない。だからこそ、厄介なのだ。数十年前までは男性には更年期および更年期障害はないと考えられていた。ところが、現在男性更年期障害の該当者は全国に推計600万人いるといわれている。
「日本で男性にも更年期があるという考えが最初に出てきたのは80年代。当時は保守的な時代でかなりのバッシングを受け、その後だんだん認知が広がってきたのが2010年頃になります」(恵佑会札幌病院泌尿器科部長・久末伸一さん)
40〜50代以降で不調を感じても誰にも相談せず気のせい歳のせいでスルーしてきた男性諸君、今こそ男性更年期について学ぶべき時だ。
カギを握るのは活性テストステロン。
男性更年期は男性ホルモン・テストステロンの減少によって引き起こされる。
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男性更年期と女性更年期。男女でこんなに違うのはなぜ?
テストステロンは女性ホルモン・エストロゲンのように急激には減らない。ただし、これはカラダに存在する総テストステロンの話。血液によって運ばれて筋肉合成や性機能に影響するのは総テストステロンの一部の活性テストステロン。こちらは加齢による減少率が総テストステロンより大きい。
「テストステロンは遊離テストステロン、アルブミン結合テストステロン、SHBGテストステロンの3つ。このうち最も自由に動ける遊離テストステロンは総テストステロンの2〜3%、アルブミン結合テストステロンは30〜50%。このふたつが活性テストステロンです」
SHBGは肝臓で作られる糖タンパク。これとくっついたテストステロンは自由に動けない。つまり活性テストステロンがよく働いている人ほど男性更年期とは無縁でいられる。
理由は分かっていないが肝臓で作られるSHBGは加齢とともに増えていく。その結果、自由に動ける活性テストステロンの量は減っていく。
資料提供/久末伸一
男性更年期の必須ワードは「LOH症候群」。
女性の更年期障害と対の関係にある男性更年期障害。でもこれは俗語。医学的には「LOH症候群」というのが正式名称だ。LOHとはLate-Onset Hypogonadismの略で日本語では「加齢男性・性腺機能低下症」と訳されている。
テストステロンの低下が数十年前から注目されるようになり、2002年に海外で加齢男性の性腺機能低下症=LOH症候群の初のガイドラインが発表され、この医学用語が使われるようになった。LOH症候群は遺伝子の異常や精巣の障害といった病気によるものではなく、加齢やストレスによってテストステロン値が低下し、カラダや性機能、メンタルに不調をきたした状態を指す。
とはいえ、まだ歴史の浅い臨床分野。世界共通の診断基準はなく、国によって血液検査の正常値もバラバラ。日本では主に血液検査によるテストステロン値とAMS(Aging Male’s Symptoms)の質問票の結果と合わせて診断が行われる。ともあれ「LOH」というこのワード、覚えておこう。
TTは総テストステロン、FTは遊離テストステロンを指す。
『LOH症候群(加齢男性・性腺機能低下症)診療の手引き』(医学図書出版)より抜粋
薬指が長い男性は更年期になりにくい?
右手の薬指が人差し指より長い男性は男性ホルモンの分泌量が多い。どこかで聞いたことがあるこの説、実は科学的根拠がある。
「テストステロンは加齢で低下しますが、もともとの分泌量には個人差があります。それを表すのが薬指の長さです。理由は不明ですが薬指には性ホルモンの受容体がたくさんあって、胎児のときに母親の胎内でテストステロン値が上がると薬指が伸びると考えられています。女性は人差し指と薬指の長さは大体同じですが、稀に薬指が長い女性もいます」
生まれながらにテストステロンのポテンシャルが高い人はLOH症候群のリスクが低いという研究報告も。ならば、ストレスを避けてよりよい生活習慣を取り入れなければ宝の持ち腐れ。むろん、薬指が人差し指より短いという男性諸氏はなおさら。
縦軸はLOH症候群の罹患率。人差し指が薬指より長いと薬指が人差し指より長い場合に比べて罹患率がおよそ倍という結果に。
Garcia-Cruz et al. BJUI, 2011
テストステロンが減ると人は噓をつく?
世界的にも権威のある科学雑誌に報告されたこんな研究論文がある。被験者の男性をテストステロンのクリームを塗ったグループとニセのクリームを塗ったグループに分け、サイコロゲームを行った。それぞれ個室でサイコロを振り、出た目をパソコンに入力するルール。
ただし、出た目に応じてお金をもらえるという条件付き。1なら1000円、6なら6000円というように。さて、どうなったでしょう?
まずニセのクリームを塗ったグループは、6の目が出たと申告した割合が6割以上。1の目を申告した割合はわずか4%強だった。
一方で、テストステロンのクリームを塗ったグループは6の申告率が約半分。統計学的にも妥当な数値だったそう。
「テストステロンは正義感や誠実さにも繫がっています。噓をつきやすい人はテストステロン値が低い傾向があるかもしれません」
プラセボはニセクリーム塗布グループ。当然だがテストステロン入りのクリームを塗布したグループの方が体内のテストステロン値は高かった。
Weber B. et al. PLOS ONE 2012
仕事がうまく行くとLOH症候群は遠ざかる?
テストステロンが誠実さに繫がるというのは意外だが、成功体験や勝利と深く結びついているホルモンと聞くと納得がいく。
「たとえば猿山のボスってものすごくかっこいいですよね。筋肉も維持されてカラダが大きくて威厳もある。一方でボス争いに負けた猿は筋肉も性欲も落ちてボロボロ状態。これは勝つことによってテストステロンが維持されるという証拠です」
下のグラフは狩猟民族を被験者にした研究報告。狩りが成功したときと失敗に終わったときのテストステロンの変化量を調査したものだ。狩りに成功したときはテストステロン値は高いまま維持されるが、失敗したときは一気に下がってそのまま低空飛行。
仕事も同じでビッグプロジェクトが成功すればテストステロンがドバドバ、失敗続きならすっからかんになる可能性も。
獲物を得ると男性ホルモンが上がる。
被験者はニューギニアの狩猟民族の男性。最もテストステロンが高いのはショット=獲物を仕留めた瞬間。ショットに失敗した瞬間、テストステロンは激減。
Proc R. Soc Vol. 281: 2013
LOHに陥るとメタボや認知症のリスクUP。
最近疲れやすい、階段上るの億劫。それはただの疲れではなくLOH症候群の前触れかもしれない。
「アクティビティの低下はおそらくテストステロンの減少による筋力低下が原因です。筋肉が減ると代謝が落ちて肥満や糖尿病、脂肪肝のリスクが高くなることも分かっています。ラットの実験ではテストステロンを補充すると脂肪細胞、とくに内臓脂肪のサイズが小さくなることが証明されています」
さらに記憶を司る脳の海馬という部分にテストステロンが作用していることも知られている。ある研究ではテストステロンの前駆物質の投与で認知機能の低下が防げたという報告もある。
40代以降、近い将来襲ってくるかもしれない生活習慣病や認知機能の低下のリスクを避けるためにもテストステロンを死守したい。
テストステロン値と脂肪肝。
テストステロン量が少ない人から多い人を5分割し、脂肪肝の率を調べてみると、少ないグループほど罹患率が高かった。VATは内臓脂肪。面積100平方センチメートル以上はメタボ。
Kim. et al. BMC Gastroenterology 2012