「漢方を盲信する人は多い」。平安末期から続く漢方薬局の当代が語る。
奈良で800年以上続く〈菊岡漢方薬局〉の24代目店主を務める菊岡泰政さん。物心ついた時から漢方とともに育ち、家業を引き継いでからは40年以上お客さんと向き合ってきた。次世代にも受け継いでいきたい「町の薬屋さんとしての役割」とは?
取材・文/鍵和田啓介 撮影/渡邉佳子
初出『Tarzan』No.895・2025年1月23日発売

Profile
菊岡泰政(きくおか・やすまさ)/1956年、東京都生まれ。彫刻家だった父が23代目店主になったのを機に、家族で奈良に移住。薬科大学を卒業後、漢方関連の会社を経て、〈菊岡漢方薬局〉に就職。1987年より現職。
ドラッグストアにはできない町の相談役としての漢方案内。
「子供の頃に遊んでいたお手玉には、小豆ではなく、決明子やハトムギといった漢方で使う植物が入っていました」
幼少期から漢方がこれほど身近にある人も稀だと思うかもしれない。しかし、奈良で800年以上続く〈菊岡漢方薬局〉の24代目店主を務める菊岡泰政さんの言葉だと知れば納得だろう。そんな家柄の菊岡さんが家業を継ぐことは、ある種の宿命だったといえる。
「私が1浪して薬科大学に入ったのは、70年代安保闘争の直後。そういう時代の空気感もあったので、法学部なんかへも願書を出してはいたんです。だけど、幼い頃から“お前は24代目なんだ”と言い聞かされてきましたから、最終的にその使命感が勝り、薬科大に進むことにしました。ただ、今とは違って、私が薬剤師の国家試験を受けた当時、漢方に関する問題は100点中2点とか3点とかで、大学の頃はほとんど漢方の勉強はしてないんです。大学卒業後、漢方のエキス剤を作る会社に就職してからですね、“漢方とは何か”を知り、のめり込んでいったのは」
その会社に3年勤めた菊岡さんが、〈菊岡漢方薬局〉に就職したのは1983年のこと。以来40年以上にわたりお客さんと向き合ってきた菊岡さんは、「漢方を盲信されている方って意外に多い」と語る。

お店の奥には生薬が収められた百味簞笥が。「最近は、“コロナのワクチンが怖い”というお客さんが増えました。そういう方にも自分が知りうる正しい知識をお伝えするよう努めています」と菊岡さん。
「代表的なのは、副作用がないというもの。確かに、専門家がちゃんと“証”を見極め、それに対応する漢方薬を処方すれば、副作用が起こることはほとんどない。だけど、一般の方がドラッグストアで効能書きを読んだだけで判断されてしまうと、副作用が起こらないとも限りません。例えば、胃の調子が悪いといっても具体的な症状はさまざまで、胃液が出すぎていることが問題の場合もあれば、逆に胃液が出ないことが問題の場合もある。漢方の効能書きには、どういうタイプの胃痛に効果があるかという前提にも触れられているのですが、そこは皆さんあんまり読まない。結果、これは合わないからと別のを飲んで、症状が悪化してしまうこともあるんです」
その“証”を見極めるうえで、菊岡さんが何より大事にしているのが、お客さんとのコミュニケーションだ。
「まず、お客さん自身が症状をどう語るのかをしっかり聞く。ひと口に胸焼けといっても、3人いれば3つの胸焼けがありますから。加えて、喋り方に覇気があるのかどうか、顔色や肌艶はどうなっているのかといったことなども通して“証”を見極める。漢方を処方するのは、それからです。これはドラッグストアではなかなかできませんが、町の薬屋さんが本来担ってきたそういう相談役としての役割はこれからも大事にしていきたいし、私の次の代にも継承していきたいですね」