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日本パルクール協会会長で「SASUKE」でも活躍する佐藤惇さんに、さまざまな側面からパルクールのことを教えてもらう連載の第6回。前回までは「カルチャーとしてのパルクール」について聞いてきましたが、今回からは「運動としてのパルクール」について教えてもらいます。
——前回まではパルクールの歩み、ストリートカルチャーとの関連性について聞いてきましたが、今回のテーマは「運動としてのパルクール」としたいと思います。近年はランニング、筋トレ、ヨガなどを実践することが増え、五輪でもスケートボード、サーフィン、スポーツクライミング、ブレイキンなどが追加されたりと、こうした「ライフスタイルスポーツ」に注目が集まっていますよね。パルクールも、こうしたライフスタイルスポーツのひとつとして位置づけられるのでしょうか?
佐藤惇さん(以下、佐藤):はい、パルクールもライフスタイルスポーツのひとつだと思います。ライフスタイルスポーツといっても、個人の健康や美容、ストレス解消を目的に行うものから、スケートボードやサーフィンのようにファッションやカルチャーとの結びつきが強いものもあります。パルクールはどこからでも入ってこれるところがありますね。
——でもパルクールって、動きが難しいイメージがあるのですけど。
佐藤:いえ、パルクールの動きって、実はすごく入っていきやすいものなんですよ。僕らは普段から、歩く、階段を上る、走るなど、カラダを移動させる動きをやっていますよね。
パルクールではそういう「移動」する動きがトレーニングとして採用されているので、「スポーツをやろう」と決めてやる運動ではなくて、日常の全てをトレーニングにできる運動だと思います。実は僕らは誰もがパルクールの基礎を、普段からやっているんです。
——うーむ、なかなか哲学的ですが…もう少し噛み砕くと、どういうことなのでしょう?
佐藤:たとえば、移動する動きの基礎は「歩く」ですよね。「歩く」なら多くの人ができますが、シチュエーションを変えてあげるだけで、途端に難しくなるんです。
たとえばパルクールの基礎で、パイプの上を歩いていく「バランス」という動きがあります。僕のパルクール教室でも、入門クラスでは必ずやってもらう種目です。見た目は簡単そうで、体重の軽い子どもであれば比較的簡単にできますが、ほとんどの大人は最初はうまくできません。この「バランス」は、パルクールの基礎としてとても重要なんです。
——一般的なパルクールのイメージ=跳んだり跳ねたりとはちょっと違った動きですね。これがパルクールの基礎だというのは、なぜなんでしょう?
佐藤:パイプの上を歩くためには、一般にイメージされる「バランス感覚」も必要なのですが、足の裏から下半身、体幹、上半身まで、カラダ全体が連動して、ひとつのものとして動いていく必要があるんです。
——近年注目が集まっている、いわゆる「コーディネーション能力(※)」が必要になる、ということですよね。でも、ほとんどの大人がこれをうまくできないということは、ふだん平地を問題なく歩けている多くの人も、実はバランスよく歩けていないってことですか?
佐藤:はい、そう思います。平らな地面の上では、自分の動きの欠点が見えづらいんですよ。でも、パイプの上を歩こうとすると、その欠点が出てしまい、途端に歩けなくなってしまう。そういう自分のカラダの「使えていなさ」への気付きと、全身の連動性を高めていくうえでバランスはとても大事な運動なんですね。
——これまでも佐藤さんの話のなかで少し出てきましたが、パルクールの派手な動きがマスメディアやSNSで繰り返しされることによって、こういった「地味」とも言える基礎の部分が見えづらくなっているわけですよね。
佐藤:身体能力を追求して究めた人は、メディアやSNSの映像で見るようなスゴ技、常人と思えないような動きになっていきます。だけど彼らも、そこまでのステップとして、「平らな地面で、どこまで遠くにジャンプできるかな」とか、そういう地味な動きから始めているんです。
もともと運動神経に恵まれていないとパルクールをやってはいけないかというと、そういうわけでもないです。海外だと、片腕や片足がない有名なトレーサーもたくさんいます。
——日常の延長線上の動作が、パルクールの基礎となる「移動」の動きがいくつもあると。
佐藤:一番わかりやすいのは、子どものときにした外遊びを思い出してみることです。第1回(パルクールって最近よく見るけど、そもそも何なの?)のときに例に出したような「地面に足をつかずに、A地点からB地点まで移動してみる」が一番わかりやすいですね。あとは木登りをする、鬼ごっこをするなども、パルクールの基礎的な動きです。
——鬼ごっこは、どういうところがパルクール的なんでしょう?
佐藤:起伏があって障害物がある地形で鬼ごっこをしたら、相手にタッチされないように素早くその障害物を超えなきゃいけないですよね。越えられる場所ならジャンプして乗り越えてしまえばいいし、超えられない壁なら回避して回り込んだりする。自分の移動するルートを瞬時に考えていく発想はパルクールと一緒です。
——ほかに子どもの外遊びというと…学校から帰ってくるときに、地面に落ちないように道路の歩道と車道を隔てるブロックを歩いていくのもそうですか?
佐藤:それがまさに、最初に紹介したバランスの動きに近いですよね。ほかにも、「どれぐらい高いとこから飛び降りられるか」のチャレンジなんかもそうです。
子どもの外遊びと、世の中で「パルクール」と認識されている動きは、別々のものに見えるけれども、同一線上にあるものなんです。誰もが普段やっている「移動する動き」の発展編・応用編が目を引くかたちになっているだけで、コンセプトは一緒です。パルクールは完全なニュースポーツというよりは、僕らが一度は体験したことのある動きをもとにしている。だから実は入っていきやすい運動なんです。
——となると、ランニング、筋トレに気軽に加えてみると面白いのがパルクールなのかなと思ったのですが、どうでしょうか?
佐藤:はい、ふだんの運動にパルクールの基礎的な動きを取り入れてみるのはめちゃめちゃいいと思います。たとえばパルクールには「ツーハンドヴォルト」という、柵に両手をついて乗り越えていく動きがあります。これを公園をランニングするときにちょっとだけ取り入れてみたりしてもいいですよね。
——実際にランナーでパルクールを取り入れている人もいるのでしょうか?
佐藤:クラスの生徒さんでフルマラソンのランナーの方がいますが、パルクールを始めたことで、カラダをファンクショナルなものに切り替えていくことができたと言っていました。
ランニングは「前に向かって走る」という単一の動きなので、心肺機能を高めていくことはできても、カラダの操作性や俊敏性を鍛えることが難しいですが、パルクールはその部分をカバーできると思います。
——筋トレをやっているトレーニーについてはどうでしょう?
佐藤:パルクールは「動く筋トレ」という側面があります。障害物をフルパワーで飛び越えるような動きがあるので、より高い負荷を、しかも全身にバランスよく与えることができる。室内で筋トレするのに飽きてきた人には気分転換になりますし、器具がなくても、身の周りの環境を使って鍛えるアイデアが得られるのもいいのかなと。
——佐藤さんって筋骨隆々としていますけど、筋トレもしているんでしょうか?
佐藤:いえ、僕の場合は勝手についた部分が大きいです。移動する動きをいっぱいやるので、勝手に筋肉がつくんですよ。パルクールの基本的な考え方は「動いて鍛える」です。だから懸垂をする代わりに壁を登る、スクワットする代わりにジャンプをする、そういうふうに考えます。
もっとも、「この動作をできるようになりたい」「ここの筋力が足りないから鍛えよう」ということで、特定の部位にフォーカスして、自重でトレーニングして基礎筋力を高めていくことはありますね。ほとんどの人が、腕まわりの筋力が足りていない場合が多いので、動きを身に着けていくためにも、自体重トレは有効だと思います。
——ほかにも、たとえば「ダイエットしたい!」という人が、パルクールを始めてみるのはアリなんでしょうか。
佐藤:もちろん大アリです。基礎運動ということでやらない動きがないので、全身が活性化して、動けるカラダに間違いなくなっていきますよね。もちろん、パルクールの教室に週1回通ったところで特段大きな変化は得られないですよ。でも週に2日、3日、4日……と、自主的に動く日をだんだん増やしていけば、効果が体型にも現れてくると思います。
まとめると、パルクールではパワー、スピード、バランス感覚、空間把握能力など、あらゆる運動能力を総合的に鍛えられるので、運動初心者からアスリートまで、あらゆる人にも活用してもらえるものなんです。
最近ではプロ野球オリックス・バファローズの山岡泰輔投手など、トレーニングにパルクールを取り入れているアスリートも増えてきていますよね。パルクールは「新しいスポーツのジャンル」というより、どんなスポーツの基礎にもなりうる運動なんです。
——ただ、パルクールの学び方が問題になりますよね。何から始めるのがよいでしょうか?
佐藤:僕の場合、YouTubeで海外の動画を見て真似してやってみることから始めて、そこからネットで仲間を見つけて一緒に練習したり、さらにわからないことがあればヨーロッパに行って現地のトレーサーに教えてもらいながら身につけてきました。
今はネット上にパルクールの解説動画がたくさんありますけど、一人ひとりの身体能力に合わせてカスタマイズして学べるわけではないので、見よう見まねでやっていくとケガの危険性が高まると思います。実際、僕もアキレス腱断裂をはじめ、たくさんケガをしてきました。
もちろんケガで学ぶことも少なくなかったのですが、これから入っていく人にはできるだけケガなくステップを踏んでいってほしい。だから僕らは教室をやっているんです。教室であれば、ケガしそうなときに僕らが補助に入って防ぐこともできますからね。
今は僕らに限らず、探してみると多くの地域でパルクール教室やジムがあります。優れたトレーナーは、ある動きをやるにしても1から10までのステップの踏み方を知っているので、一人ひとりの身体能力に合わせてステップアップのやり方を教えてくれます。そういう人に習うのがいいでしょうね。
——ちなみにパルクール教室って、女性はどのくらい参加しているんでしょうか? 性別や年代なども知りたい人は多いかなと思うのですが。
佐藤:パルクールのコミュニティは、多くのスポーツのように男女で分ける発想がそもそもありません。僕らの教室に来てくれる人で、女性の割合は4〜5割ぐらい。女性はまず教室での体験から始めたいという方が多いですね。年代も、子どもから中高年の方までさまざまです。性別や年代によって入りにくいということはないと思います。
パルクールって実は負荷も軽くできますし、それぞれの人に合った運動にカスタマイズして、カラダを鍛えていくことができるので、誰でも始められる運動だと思います。「目を引くアクロバットな動きだけがパルクールじゃない」ということは、もっとたくさんの人に知ってほしいですね。
——今回は「運動としてのパルクール」について導入的な部分を伺ってきました。ただ、「教室で習ってみよう」だけだとメディアとしての役割を果たしきれていないように思うので、次回は「安全にできるパルクールの基礎的な動き」を教えていただくのはどうでしょう?
佐藤:前提として、可能なら教室に行ってもらうのがベストですが、そうですね。せっかくなので、一人でやってもケガの危険性が少ない、基礎的な動きを紹介することはできるかと思います。
——では次回は「一人でも体験できるパルクールの基礎運動」について、解説してもらえればと思います。佐藤さん、引き続きよろしくお願いします!
(第6回へ続く)
取材・文/中野慧 撮影/大内カオリ