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日本パルクール協会会長で「SASUKE」でも活躍する佐藤惇さんに、さまざまな側面からパルクールのことを教えてもらう連載の第7回。前回は「エクササイズとしてのパルクール」について教えてもらいましたが、今回は「一人でも体験できるパルクールの基礎運動」について具体的に教えてもらいます。
目次
——前回は、実は誰でも取り入れることのできるパルクールの基礎的な動きのサワリを教えていただきました。本当は教室で習うのがベストだけれど、「とりあえず体験してみたい」という人向けに、一人でも試せるパルクールの基礎運動について聞いていきたいと思います。
佐藤惇さん(以下、佐藤):はい。僕の教室では初心者向けの「体験クラス」をやっているのですが、そこでやっていることを中心に紹介してみたいと思います。
注意点として、やる前にはもちろんウォーミングアップをしてください。僕の教室では、特に肩・股関節・手首・足首などをグルグル動かして関節まわりのウォームアップを重点的に行った上で、軽くランニングをおこないます。
その後にやってみるのが、猿のように四足歩行で歩く「モンキーウォーク」です。おうちや公園などで数メートル歩くのを試してみてください。
——いきなりパルクールっぽくない動きですが…。
佐藤:やってみると、「できるけれども、けっこうキツい」と感じると思います。これをやって感じてほしいのは、僕らはふだんの二足歩行であれば難なくできる人が多いけれども、四足歩行になるとちょっと歩くだけでもかなり疲れる、ということです。
——多くの動物は四足歩行を軽々できるのに、人間はそれができないと。腕を使うのでウデタテっぽいところもあるし、4つの手足を連動させて前に進まなきゃいけないわけですよね。
佐藤:はい、日常生活では「腕で体重を支える」という動きはあまりしていないんですよね。余計な力が入ると苦しくなりますし、力を入れたり抜いたりするタイミングも難しい。単純に地面に手をついてハイハイするだけなのに、やってみるとたくさん情報が詰まっていることを実感できると思います。
——確かに、情報が詰まっていますね。以前、ターザンで四足歩行の速さを極めている芸人のいとうけんいちさんを取材した記事があるのですが、いとうさんは肩凝りや腰痛が一切なくなったそうです。モンキーウォークには、エクササイズ的な効果もありそうですね。
佐藤:もちろんあると思います。四足歩行ってもともと人間のカラダのなかに埋め込まれている機能ですからね。極端にどこか一箇所の筋肉に負荷をかけるのではなく、分散させながら動いていくことが必要になります。
——ただ、これはどういった点でパルクールの基礎なのかが気になったのですが…。
佐藤:たとえば跳び箱の開脚跳びの動きって、腕だけで体重を支えている瞬間がありますよね。実はパルクールのいろんな動きで、こういう腕の使い方をすることが多いんです。このモンキーウォークは「腕を使って重心移動していく」感覚を思い出してもらうことが狙いのひとつです。
——では次に、気軽に試せる動きとしてはどんなものがあるでしょうか?
佐藤:ジャンプをして、狙った場所にピッタリ着地する「プレシジョンジャンプ」ですね。たとえば車通りのほとんどない道路で、白線に向かって立ち幅跳びでジャンプしてみてください。白線の中を狙って、つま先で着地します。
ジャンプするときに両手を前に振り上げて、着地するときは後ろに振り下ろしたあとに再び素早く両手を前方向に動かして、衝撃を吸収するようにします。
——これもシンプルだけど難しいわけですよね。
佐藤:はい。着地の際に、どうしても勢い余って前に足をついてしまったり、または前に向かう勢いをそらそうとして後ろに足をついてしまったりします。また、うまく着地できてもかかとが地面についてしまう人が多いですね。
——「狙ったところにピッタリ止まる」ということに意味があるわけですか?
佐藤:重要なのは、ジャンプしてついた勢いを、つま先、足首、膝、股関節、背中、上半身を含めたカラダ全体で受け止めて着地することです。どこか一箇所の部位に負担がかかりすぎない着地ができるようになると、もっと上のステップに行っても、飛び降りた勢いを分散させられるようになります。その感覚を掴むための基礎運動ですね。
——プレシジョンジャンプは、体重が重い人だと難しかったりするんでしょうか。
佐藤:体重よりは、体脂肪率でしょうね。体脂肪が多くて筋肉でコントロールできない体積が多いと、どうしても特定の関節や筋肉に負荷がかかりすぎて、正確な制御が難しくなります。
——筋トレ的な効果もありそうですよね。
佐藤:自重トレのスクワットに近いところがあって、下半身を中心に筋力アップができます。スクワットとの違いは、大きな動きなので全身を連動させる必要があること、瞬発力を鍛えられること、さらには正確な着地を目指すのでバランス感覚が鍛えられることですね。
負荷を大きくしたいのであれば、跳ぶ距離を長くしたり、平地から平地へではなく違う高さの場所に着地してみたりと、バリエーションも加えられます。
——では、次はどんな動きでしょうか。
佐藤:次は、前回も少し紹介した「ツーハンドヴォルト」ですね。街や公園を歩き回っていると、大人の膝の高さをちょっと超えるぐらいの柵を見つけられると思います。その柵に両手をついて、飛び越えてみる。事前に、手をついて体重をかけたら柵が倒れたり壊れたりしないかは、しっかり確認するようにしてください。
——これはパルクールっぽい動きだし、入っていきやすそうですね。
佐藤:ツーハンドは子どもであれば男女関係なくけっこうできますが、成人はそうもいかないんです。男性はできる人が多いですが、「もっと簡単にできると思ってた」「意外と身軽にできなかった」という感想が出ます。女性は高さ30〜40cmぐらいの低い柵でもできない方が多いです。
——ちなみに、その理由ってどんなところにあるんですか?
佐藤:多くの女性は運動を活発にやることが少ない傾向にあり、体幹が弱いことから、上半身と下半身の連動性が低くなってしまっています。
対策としては、モンキーウォークやプレシジョンジャンプなどで全身を鍛えて、鉄棒に向かって斜め腕立てをして腕を鍛えたり、あとは——恥ずかしいかもしれないですが恥ずかしがらずに——公園のアスレチックなどで遊んでみるのがいいと思います。実動作を通じて機能的なカラダにしていくことが必要なのかなと。
カラダって動かしていないと、どんどん動かなくなっていくんですよね。このツーハンドは、子どものときと、大人になった今のカラダとの違いを実感できる、いい課題かなと。「できなさそうだな」と思う人も、まずは柵の前に立ってみて、どれぐらいできなさそうか、あるいはできそうか、直に感じてみるのがいいと思います。
——実際にやってみようと思ったとき、ポイントはどんなところにありますか?
佐藤:柵を飛び越えるときに、腕で上半身を支える力、下半身でジャンプする力、そしてこの身体の上と下をつなぐ体幹を固める力を連動させることを意識してみてください。
——では、次はどんな運動でしょうか?
佐藤:次は前回少し触れた「バランス」ですね。こちらも体重の軽い子どもであれば比較的簡単にできますが、大人の方はかなり難しいと思います。ポイントは、足の裏で踏み込む力を上半身にしっかり伝えること、両手を広げてバランスをとることです。まずは両足で立って数秒間バランスをとれるようになるまで練習するのがいいと思います。
前に進んでいくときには、腕・肩まわりの上半身を脱力させすぎず、体幹を同時に反応させて重心移動していきます。
——これって、パイプのある環境を見つけるのが難しいですよね。
佐藤:実は、公園で探すとこういう場所はすぐ見つかるんですが…高さが30cmを越えてくるようなところだと、バランスを崩して落ちたときにパイプ部に肋骨をぶつけてケガをする危険性が高いので、気をつけてください。あまり粘りすぎずに、「あっ、落ちるな」と思う二歩手前ぐらいで降りるのが望ましいです。ただ、初心者の方だとその判断も難しいんですよね。
だから最初は、かなり難易度は下がりますけど、道路の白線をまっすぐ歩いてみるだけでもいいでしょう。意外とふらついてしまうはずです。それができるようになったら、公園のアスレチックで、平均台のような場所を探して歩いてみる。感じてほしいのは、「思っているよりも、自分のカラダを自由に扱えていないんだな」ということです。
パルクールはカラダだけを使うので、一つひとつの動きをバランスよく均等に力を使ったり、さまざまな場所を連動させないといけない。バランスは、カラダの複雑性を体感するにはすごくいい運動だと思います。
——このバランスも、応用編があるわけですか?
佐藤:たとえばパイプの上を横向きに歩く、後ろ向きに歩くなどがあります。それともうひとつ、「キャットウォーク」と言って、両手両足を使ってモンキーウォークのようにパイプの上を歩いていくというものもありますね。
お尻をあまり高く上げずに、しっかりと手に力を入れてカラダを支えながら、右手と右足、左手と左足を交互に近づけつつ歩いていくのがポイントです。
——では次をお願いします!
佐藤:これで一旦最後ですが、壁を登ってみてほしいんですよね。パルクールには、ジャンプして壁を蹴って壁の上まで登る「ウォールラン」という動きがあって、見たことがある人も多いんじゃないかと思います。
——みなさん助走をうまくつけて、めちゃめちゃ高い壁を登りますよね。
佐藤:蹴り上がった後、壁の上を手で持って懸垂のようにカラダを引き上げつつ、壁についた足に力を入れてカラダを上に引き上げる力と連動させて、壁の上まで登る。それが「クライムアップ」です。最初はケガをしないためにも、助走をつけずに肩ぐらいの高さの壁で、静止した状態から始めるのがいいですね。
——腕と背筋、胸による上半身の力と、地面と壁を垂直方向に蹴る足の力をタイミングよく合わせてカラダを上げていくのが大事なんですね。懸垂の代わりのトレーニングにもなりそうです。
佐藤:はい。ちなみに壁の高さは、自分の肩ぐらいがベストです。でもバランスのパイプと同じぐらい、その高さの壁って見つけづらいんですよね。注意点として、家のブロック塀を使うのは崩壊の危険性があるのでやめましょう。コンクリートでできた、安定感のある壁を見つけたいですね。
——ちょうどいい壁を見つけるのも課題のひとつになるわけですね。これらの運動は、回数はどれぐらいを目安にやったらよいでしょうか?
佐藤:まずは1回できるように挑戦してみてください。いちばん重要なのは、まずやってみて、「見た目は簡単そうだけど、意外と難しいな」と体感することだと思います。そのうえで、YouTubeなどでそれぞれの技術名で検索して学んでみたり、近くの教室の初心者向けクラスを受講する、といったステップを踏んでみてもらえればと思います。
これ以上の動きに無理にチャレンジしようとすると、初めての方はかなりの確率でケガをしてしまいます。ここから先は、必ずコーチのサポートが必要になることを忘れないようにしてください。
——ありがとうございました。さて本連載の6回目、7回目は「運動としてのパルクール」にフォーカスしてきましたが、次回はさらに本質的な部分、「人類にはパルクールが必要か?」から始めてみたいと思います。佐藤さん、引き続きよろしくお願いします!
(第8回へ続く)
取材・文/中野慧 撮影/大内カオリ