歳をとるとなぜ眠れなくなるの?加齢と寿命と睡眠の関係

若い頃に比べて長い時間寝られなくなった。昔はなかったのにパートナーから無呼吸を指摘された。たとえ睡眠で悩んでいなくても、こんな経験は誰しも覚えがあるはず。加齢と睡眠と病気について、正しく学んでいこう。

取材・文/石飛カノ イラストレーション/仁太郎、佐藤薫、Akimi Kawakami、yua 取材協力・監修/遠藤拓郎(スリープクリニック調布院長)

初出『Tarzan』No.876・2024年3月21日発売

加齢 睡眠 病気
教えてくれた人:遠藤拓郎さん

えんどう・たくろう/医学博士、〈スリープクリニック調布〉院長。祖父、父、息子の3代で睡眠研究に携わる「世界で最も古い睡眠研究一家」の後継者。近著は『75歳までに身につけたいシニアのための7つの睡眠習慣』(横浜タイガ出版)。

50代になると眠る力が衰えていく?

眠れないのに床にいる時間が増えていきます。

歳をとると若い頃のように眠れなくなる。それなのに、ベッドや布団の中で過ごす時間は逆に長くなる。「眠れる時間」と「床にいる時間」の逆転現象が起こるのは50代半ば。それ以降は眠っていないのに床にいる時間が右肩上がりに増えていく。

〈スリープクリニック調布〉院長の遠藤拓郎さんは次のように言う。

「考えられる理由のひとつとしては、ほとんどのビジネスパーソンが65歳までに定年を迎えること。定年で仕事がなくなると自由な時間が増えます。自由な状態はいつでも横になれる状態なので、どうしても床で過ごす時間が増えてしまうと考えられるのです」

年齢別のヒトが眠れる時間と床にいる時間

加齢 睡眠 病気 グラフ 年齢別のヒトが眠れる時間と床にいる時間

眠れる時間は5歳以降どんどん減っていき、35歳以降は床にいる時間が増え始める。

白川修一郎ら、1996年、Roffwarg HPら、1966年のデータに基づきスリープクリニック作成

50代後半、定年間近になると仕事は部下に任せて、自由裁量の時間が増えるビジネスパーソンも多い。また、早期退職で早めにリタイアする人も今では少なくない。で、眠れないのに床に就く。

歳をとるとなぜ眠れなくなるの?

加齢 睡眠 病気 歳をとるとなぜ眠れなくなるの?

睡眠・覚醒に関わるホルモン量が原因です

体内時計の計時システムによってさまざまな生命活動が制御されている(詳しくはこちらの記事:昼過ぎの眠気は睡眠不足が原因じゃない。科学的にひも解く眠りと目覚めの不思議【後編】)。睡眠前および睡眠中に分泌されるメラトニン、覚醒の数時間前に分泌されるコルチゾールも体内時計のコントロール下にある。

不眠症の中には朝早く目覚めてしまう「早朝覚醒」、夜中に起きてしまう「中途覚醒」などがあるが、中高年の眠りはこれらの睡眠障害に近いものがあるという。

「理由はメラトニンが歳を経るごとに減るので眠りを継続する力が衰えていくからです。でも逆にコルチゾールという覚醒ホルモンは歳をとっても変わらないしむしろ増える。だから早朝に目覚めてしまう。眠れなくなって起きてしまうという現象が起こります」

若者と高齢者のコルチゾールの分泌量

加齢 睡眠 病気 グラフ 若者と高齢者のコルチゾールの分泌量

40歳以下と60歳以上の比較。深夜から起床前にピークを迎えるコルチゾールのカーブは両者ほぼ変わらない。

Roelfsema Fら、2017年のデータに基づきスリープクリニック作成

若者と高齢者のメラトニンの分泌量

加齢 睡眠 病気 グラフ 若者と高齢者のメラトニンの分泌量

28歳以下と64歳以上の比較。21時以降、両者ともにメラトニンの量は増えていくが後者は分泌量が少ない。

Zeitzer JMら、2007年のデータに基づきスリープクリニック作成

つい昼夜逆転の生活になってしまうのはなぜ?

眠る力のある若者が太陽の光から遠ざかってしまうから

深夜に目が冴えて眠れず、空が薄明るくなってからようやく眠りにつき、起きたら夕方。20代の頃、昼夜逆転のこんな生活をしていたという人は珍しくない。睡眠障害のひとつに「概日リズム障害」という病気があるが、これがまさしくその状態。

加齢 睡眠 病気 つい昼夜逆転の生活になってしまうのはなぜ?

「概日リズム障害は圧倒的に若い人に多い睡眠障害。10代20代は眠る力があるので平気で昼過ぎまで眠れてしまいます。体内時計は朝の太陽の光によってリセットされるので、光を浴びないと時計はどんどん後ろ倒しになっていきます。結果的に昼夜逆転が起こり、不登校やニートが増えている一因になっていると考えられます」

昔はコミュニティの活動や部活の朝練などで子どもたちは無理やり早朝に起こされていた。でも今そんな子どもは少数派。太陽の光から遠ざかり、昼夜逆転がデフォルトになっているのが現状だ。

最適な睡眠時間帯は人によって違う?

同じ太陽の光を浴びているので最適な時間帯も同じ

うまく眠れるのはメラトニン、うまく起きられるのはコルチゾールのおかげ。睡眠と覚醒のカギを握っているのは体内時計。地球の自転リズムと若干ずれている時計を毎日リセットするのは太陽の光。

「同じ太陽の光を浴びているのでAさんにとってのいい睡眠の時間帯とBさんにとってのそれは同じです。体内時計がリセットされてメラトニンが多く分泌されるのは深夜0時から朝の6時の時間帯。コルチゾールのピークは朝5時半から8時半の時間帯。このふたつを合わせると深夜0時から朝6時が最も質の良い睡眠を得られる時間帯になります」

この時間帯内の、たとえば夜11時半就寝、朝6時半起床が多くの人にとって最適の睡眠時間帯だ。

睡眠薬はやっぱりカラダに悪い?

加齢 睡眠 病気 睡眠薬はやっぱりカラダに悪い?

必要ならば賢く利用して80点の睡眠を目指す

厚生労働省の調査によると50代で睡眠薬の処方を受けている人の比率は男性で3.6%、女性で5.2%。それが65歳以上になるとほぼ倍増する。

年齢別の睡眠薬の処方率

加齢 睡眠 病気 年齢別の睡眠薬の処方率 グラフ

55歳に代表される50歳代から処方率は増え始め、65歳以上では男女ともにおよそ2倍の比率になっている。

2010年の厚生労働省の調査に基づきスリープクリニック作成

興味深いのは、7時間以上寝ている人の比率は50歳くらいまでは少ないが50歳以上になると増えてくるということ。つまり、睡眠薬の処方の増え方と睡眠時間の増え方は大いに関連している。

「歳をとると眠れないのに床の中にいる時間が長くなる。だから睡眠薬でその差を埋めようとするんです。積極的に勧められることではありませんが、睡眠を確保するひとつの手ではあります。

睡眠薬を使わずに眠れたら100点、睡眠薬を使って眠れたら80点、睡眠薬を使わずに眠れなかったら50点。全然眠れないのに100点を目指して50点になっている人より、80点を目指した方が幸福度も上がるし認知症のリスクも減ります」

睡眠薬は医師の指導のもと、適切な使用で睡眠のサポート役に。

不眠症治療に使われる主な睡眠薬の種類
分類 代表的製品名 作用時間
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬 マイスリー、アモバン、ルネスタなど 超短時間
ベンゾジアゼピン系睡眠薬 デパス、レンドルミン、リスミーなど 短時間〜長時間
メラトニン受容体作動薬 ロゼレム 超短時間
オレキシン受容体拮抗薬 ベルソムラ 中時間

睡眠時間が長いと早死にするって本当?

長生きと健康の秘訣は、長すぎず短すぎない7時間睡眠

日本は世界一の長寿国、そして世界一眠らない国民。このふたつの事実から遠藤さんは「睡眠時間が短い日本人は寿命が長い」という結論を導き出している。

平均寿命と睡眠時間の国際比較

加齢 睡眠 病気 平均寿命と睡眠時間の国際比較 グラフ

短時間睡眠の日本人は世界一の長寿国。ちなみに2022年の段階ではアメリカの平均寿命は日本のそれより約8歳短い。

2008年、2009年のOECDのデータに基づきスリープクリニック作成

「日本人=睡眠不足=不健康という考え方が広まっていったのは、睡眠不足による眠気が数々の大事故を引き起こしたことで、睡眠時間を増やして眠気を解消させようというムーブメントがアメリカで起こったからです」

しかし、当のアメリカの睡眠時間は日本より約50分長く、寿命は約4歳短い。長く寝れば長生きできるというわけでもないらしい。

「睡眠時間が短いと長生きはできますが、短すぎるとミスに繫がり経済損失が増えます。短すぎず長すぎない7時間睡眠が最適と考えられます」

8時間睡眠以上では死亡率のリスクがぐっと上がるというエビデンスもある。寝すぎは禁物だ。

睡眠時間の長さと10年後の死亡リスク

加齢 睡眠 病気 睡眠時間の長さと10年後の死亡リスク グラフ

日本全国の40〜79歳の男女11万人を対象に調査した睡眠時間と10年後の死亡リスク。7時間睡眠が最も低リスク。

北海道大学大学院玉腰暁子教授、2004年のデータに基づきスリープクリニック作成

多趣味な人はよく眠れるって本当?

昼間よく活動する人は黙っていてもよく眠れる

眠れないのに床の中にいるのは起きている時間にやることがないからというのが最大の理由。体力がないから外出が億劫になり、子どもが親離れしたことで家事をする気もなくなり、結局やることがないのでベッドに入ってしまう。

「対策としては40代、50代のうちから起きていられる体力をつけることです。私が患者さんに勧めているのは1日7000歩歩いて活動することや、読書やプラモデル作りなど1日7時間のデスクワークをすることなどです。

歳をとったら睡眠力が下がるのはある意味仕方がないこと。だからアンチエイジングと同じで起きている時間をアクティブに過ごす。睡眠を鍛えることはできなくても昼間自分を鍛えることはできます」

ちなみに遠藤さんの場合、冬の週末はスキー、夏の週末はゴルフとアクティブに過ごすため夜もぐっすり、月曜の朝の寝起きもバッチリだそう。やはり多趣味な人は睡眠巧者なのだ。

いびきは体質? それとも病気?

睡眠時無呼吸症候群の可能性大です。

日中に集中力が甚だしく低下し、放っておくと心筋梗塞や脳卒中のリスク増など、深刻な健康被害が表れる睡眠時無呼吸症候群。そのサインのひとつはいびきだが、いびきなんて誰でもかくでしょ? と思っている人、それは大間違い。

加齢 睡眠 病気 いびきは体質? それとも病気?

「いびき=睡眠時無呼吸症だと思ってください。気道が狭くなることで乱気流が起こり、喉と鼻の粘膜が振動していびきが起こります。狭くなった気道が完全に塞がれてしまうと無呼吸になる。いびきはその前段階。専門医の診断を仰いで治療することをお勧めします」

主な治療法はCPAPという人工呼吸器を使って呼吸を確保すること。自分でできる対処法としては専用枕や抱き枕を使い横向きで寝ること。いずれにしてもいびきを指摘されたら即刻、病院へ。

仰向けと横寝・うつ伏せの比較

加齢 睡眠 病気 仰向けと横寝・うつ伏せの比較 グラフ

仰向けで寝た場合のいびきの回数は1時間当たり約100回、横寝・うつ伏せの場合は40回以下。低酸素や無呼吸も約3分の1に低下。

スリープクリニックの患者データより作成