心地よい睡眠へ導く寝室の作り方。
快眠のためには、まず眠る環境を整えることが必要。寝室を整えることから始めれば、あなたの眠りはきっと変わります。
取材・文/井上健二 イラストレーション/小林ラン 取材協力・監修/櫻井 武(筑波大学医学医療系教授、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長、医学博士)
初出『Tarzan』No.891・2024年11月7日発売
教えてくれた人
櫻井武(さくらい・たけし)/筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)副機構長・教授。研究テーマは「神経ペプチドの生理的役割、とくに覚醒や情動に関わる機能の解明」など。柳沢正史教授とともにオレキシンの発見に貢献。
目次
帰宅後の部屋は、本が辛うじて読めるくらいの薄暗さにする。
眠る準備でいちばん大事なのは光環境を整えること。ヒトがどの時刻に何をするかは、脳の体内時計が極めて正確にコントロールしている。
朝起きて光を浴びると体内時計がリセットされて、約16時間後に眠りの支度が整う。7時起床なら、23時頃には眠くなるはずだ。
だが、日が落ちて暗くなって強い光を浴びると、「まだ明るい」と体内時計に誤った信号が入力されるため、体内時刻が1時間ほど後ろにズレる。就寝時刻の直前には、覚醒が一時的に強まる「睡眠禁止帯」がある。この睡眠禁止帯も一緒に後退するので、いざ寝ようとしても目が冴えて眠れなくなってしまう。
「帰宅後の照明は辛うじて本が読める暗さの、200ルクス程度に抑えるべき。それなら体内時計も狂わず、睡眠禁止帯も動かずに済むでしょう」(筑波大学医学医療系の櫻井武教授)
スマホがあなたの体内時計を狂わせる。
部屋を暗くしても、スマホやタブレットなどを見続けたら、体内時計への誤信号となる。
「液晶ディスプレイは明るいうえに、白色を作るために青い波長の成分が多いのが特徴。網膜で光をキャッチするメラノプシンという受容体は青い波長によく反応するため、スマホやタブレットの光は体内時計を狂わす情報を送りやすいのです」
でも、ベッドでスマホを見ているうちに寝落ちした経験がある人は大勢いるはず。体内時計が乱れても眠れるのはなぜ?
「それほど睡眠不足だから。睡眠が足りないと睡眠圧(起きている時間が長いほど強まる眠気)が高まり、睡眠禁止帯でも容易に眠れるのです」
通勤中の電車や会議中に居眠りしたり、休日に平日より長く眠ったりするなら、睡眠不足の動かぬ証拠。うちへ帰ったらスマホやタブレットの使用は最小限に留め、早めに眠ろう。
遮光カーテンを閉めて眠る。
不眠の一因は、朝起きて日の光をきちんと浴びないこと。前述のように、体内時計のリセットには朝日による光刺激が不可欠。一日の始まりを早く体内時計に教えないと、眠くなる時刻はどんどん後ろに後退する。
明るくなれば自然に目覚めるのだから、カーテンやブラインドを開けて寝た方がいいという主張もある。すると、日の出とともに太陽光が浴びられるから、体内時計が睡眠と覚醒の正しいリズムを刻んでくれそうだ。
「しかし、季節によっては日の出とともに起きると、早く起きすぎる。その前日夜早く寝られたら問題ありませんが、夜更かししていると睡眠時間が足りなくなる恐れもあります」
遮光性の高いカーテンやブラインドを閉めて眠り、目覚ましで起きたらカーテンやブラインドを開け、朝日を浴びる。その方がむしろ自然なリズムで生活できるのだ。
エアコンの温度は25度前後に設定する。
安眠するうえで光とともに大切な要素は、寝室の温度。脳などの深部体温には個人差は少なく37.5度前後に保たれており、それが1度ほど下がるときにヒトは寝入りやすくなる。つまり睡眠中の深部体温は約36.5度だ。この深部体温を維持するのに最適な外気温は24.5度前後。これは「温熱的中性域」と呼ばれている。
「体温は放熱と発熱のバランスで決まる。暑ければ末梢血管を開いて熱を逃がし、それでも足りないと汗をかいて気化熱で熱を奪う。寒ければ褐色脂肪細胞が熱を作り、筋肉が震えを起こします。こうしたことをしなくても熱の放射や伝導、対流のみで深部体温が保てるのが温熱的中性域であり、ヒトは快適に感じて質のいい眠りが取れます」
暑い季節はエアコンを使って室温全体を下げ、寒い季節は暖房+掛け布団などを活用して、温熱的中性域を保ってほしい。
50%前後の湿度キープの鍵は木材!?
寝室の気持ちよさを決める要素は、温度だけではない。湿度も忘れてはならないポイント。温度がそれほど高くなくても、湿度が高いとムシムシして不快に感じるもの。湿度は50%前後がもっとも快適であり、湿度が高い季節は除湿機、乾燥しすぎる季節は加湿器などで上手に調整しよう。
湿度管理の重要性を教えてくれる面白いデータがある。筑波大学などの研究班が男女671人を対象に調べたところ、寝室に木材・木質材料が「多い」と答えた人たちは「少ない」と答えた人たちより、不眠症の疑いがある人は少なかったという。
木材・木質材料は寝室に安らぎと穏やかさを与えてくれるだけではなく、湿度を調整する働きもある。それが不眠症を減らすのにひと役買っている可能性もあるのだ。調湿機能を持つ建材や壁紙を用いることも寝室の快適さを保つのに役立ちそう。
手足が冷える人は浴槽入浴を。
寝室の温度・湿度を適切に保っても、寒くなると手足が冷えて寝付けない人が増える。ヒトは手足から放熱し、深部体温が下がるタイミングで眠る。手足が冷たいのは放熱ができていないサインだから、深部体温が一向に下がらず眠りにつけない。
「ストレスなどで自律神経のうち交感神経が高ぶると末梢の血管が閉じて冷えを感じ、放熱がうまくいかない。そういうときは浴槽入浴で一度温まると寝入りやすくなる。浴槽入浴の習慣に乏しい欧米では、これは“ホットスプリングエフェクト(温泉効果)”と名付けられています」。
入浴で体温が上がると、体内で体温を下げる仕組みが働く。それは体温が適正に下がってからもしばらく続くため、手足からの放熱が促されて深部体温も下がりやすくなる。その時間差を踏まえて、入眠時刻の90分ほど前に入浴すると、深部体温の下がり始めに眠りやすいだろう。