大人になって突然発症するケースも。喘息の正しいケア方法
大人になってから急に発症する人も多いというアトピーと喘息。治療法は日々アップデートされているから、あきらめるのはまだ早い!押さえておきたい治療の基本から最前線までを、アトピーと喘息それぞれの先生に教えてもらおう。今回は、喘息について。発症のメカニズム、吸入薬の正しい吸い方、発作予防、最新の治療法まで丁寧に解説。
編集・取材・文/オカモトノブコ イラストレーション/石山好宏
初出『Tarzan』No.875・2024年3月7日発売
教えてくれた人:松瀬厚人さん
まつせ・ひろと/東邦大学医療センター大橋病院教授。アレルギー性気管支肺真菌症などを研究、『喘息予防・管理ガイドライン2021』ほか呼吸器系疾患のガイドライン作成にも多く携わる。著書に『「ぜんそく」のことがよくわかる本』。医学博士。
目次
症状のない時期こそきちんとケアを行おう
ゼイゼイ息苦しくて、咳も止まらない…。そんな喘息治療の現在地について、東邦大学医療センター大橋病院呼吸器内科教授の松瀬厚人さんに話を聞いてみよう。
「1990年代、喘息の原因に気道の炎症があることが解明されました。かつては発作時に気管支拡張剤を使うのみでしたが、以後は普段から炎症を抑えて発作を防ぐ吸入ステロイド薬が治療の中心に。薬の進化を伴うこの“ステロイド革命”で、患者さんの死亡数は激減したのです」
とはいえ、現在でも喘息の発作で命を落とす人は年間約2000人。軽く見ていたら突然、強い発作が起きる人もいるというから要注意だ。
「発作がなければ健康な状態と変わらないのも喘息の特徴であり、これが症状のひとつとも言えます。気道の炎症を抑える長期管理薬は普段から、発作時には即効性のある発作治療薬を適切に使い分ければ、日常生活や運動も問題なくできますよ」
気道に炎症が起きて狭くなった状態
喘息がある人は気道の粘膜に常に炎症があり、少しの刺激にも過敏に反応しやすい状態。やがて発作が起きると平滑筋が収縮して気道が狭まり、粘膜がむくんで痰などの分泌液も増加し、息苦しさに。さらに治療を放置したまま発作を繰り返すと、徐々に筋肉が硬くなって粘膜も厚くなる「気道リモデリング」が進み、苦しさが常態化。
Q, 喘息のきっかけになりやすいのはどんなとき?
「子供の喘息のほとんどはアレルギーが原因なのに対し、大人の場合は約3割がアレルゲンを特定できないタイプ。ただしその場合も、アレルギーの元凶でもある“好酸球”が発作時の気道粘膜に増えているため、治療法は基本的に同じです」
大人になって突然、発症する場合があるのも喘息のコワいところだ。
「発作にはさまざまな誘因が重なりますが、多いのは風邪や疲れ、ストレスなど。冷たい・汚れた空気やタバコの煙も気道を刺激します。特にアレルギー体質の場合、潜在的な気道の炎症がいったん発症すると戻りにくくなるリスクも。発症前でも後でも、粘膜の炎症を悪化させる風邪にはくれぐれも注意が必要です」
Q, 吸入薬は毎日続けないとダメなんですか?
発作が起きないとついサボりがちな吸入ステロイド薬だが、「毎日使うのが基本。中断すると気道の炎症が進み、ほとんどの場合で再発するどころか、命に関わるような大発作は軽症でも起こる可能性が」という。
気管に届いてこそ効果があるため、吸い方のコツもぜひマスターしよう。「全身への影響はありませんが、薬が口に残ると声がかれるなど副作用が出る場合も。うがいできない場合は、何か食べるだけでもOKです」
吸入薬の吸い方のコツ
Q, 発作の予防には他にどんな方法がありますか?
「症状に応じて薬の用量や組み合わせが変わり、吸入ステロイド薬も低用量から中用量、高用量とステップアップします。ただステロイドに即効性はなく、近年では気道をすみやかに拡張させる長時間作用型のβ2刺激薬を配合した吸入薬が登場。より効果を実感しやすくなりました」
重症の場合は抗コリン薬との3剤を合わせた吸入薬もあり、医師と相談しながら使用する薬を決めていく。
「気管支拡張薬はいずれも予防と発作止めの2タイプがあります。ただし炎症を抑える効果はないため、治療には吸入ステロイド薬との併用がマストです」
ステロイド薬にプラス。気道を広げる薬はおもに3種類
β2刺激薬
平滑筋に作用して気道を拡張させる。「短時間作用性β2刺激薬」は発作止めの主となり、効果がゆっくり長く続くのが「長時間作用性β2刺激薬」。即効性を感じやすいぶん、用量を超えて使いすぎると動悸や手のふるえなどの副作用が起きる場合もあるので注意。
抗コリン薬
気道を収縮させる神経伝達物質・アセチルコリンの働きを抑える。元は気道に慢性炎症が起きるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の治療薬で、COPDとの併発や、他の気管支拡張薬では効果が不十分なときに使われる。緑内障や前立腺肥大症がある場合は使用不可。
テオフィリン薬
カフェインの仲間で、気道を収縮させる酵素を阻害して気管支を開き、炎症を抑える作用もある飲み薬。かつては治療の第一選択肢だったが、現在は重症の患者さんに最後の頼みの綱として使われるのみに。また点滴薬は中等症以上での発作止めにも使用される。
抗アレルギー薬を併用する場合も
喘息の患者さんは、アレルギー性鼻炎など鼻に何らかの症状がある場合がほとんど。また抗アレルギー薬はアレルギー性の喘息でなくても効果を発揮する場合があり、発作を抑える補助的な薬として使用される。現在、喘息で使用されるのはロイコトリエン受容体拮抗薬が主流となり、他には鼻炎などの薬として知られるヒスタミンH1拮抗薬が使われる場合も。
ロイコトリエン受容体拮抗薬のしくみ
ロイコトリエンは、アレルゲンが体内に侵入すると肥満細胞から分泌される生理活性物質。ロイコトリエン受容体拮抗薬は、このロイコトリエンが作用するための受容体を阻害して働きを抑制し、血管や気管支周辺の筋肉の収縮を引き起こすアレルギー反応をブロック。気道の炎症を抑えて気管支を広げる働きもあり、他の抗アレルギー薬よりも即効性があるのが特徴だ。
Q, 発作の回数が増えて、症状も悪化してきました。正しい対処法は?
「発作が頻繁に起きて重症化した場合も、高用量の吸入ステロイドをはじめとする複数の薬を正しく使い、悪化の原因やアレルゲンにきちんと対処することが大前提です」
それでも症状が安定しない場合、アレルギー反応が強い人にとっては最先端のバイオテクノロジー技術による生物学的製剤が新しい選択肢に。
「薬ごとに作用のメカニズムが違うので、まずは事前の検査で適応を確認することが必要です。ただ重症患者さんの場合、全ての検査数値が高くなっているケースも多々。また生物学的製剤は非常に高額でもあるため、使用する薬は検査結果や経済状況も含め、主治医と相談しながら総合的な判断で選ぶことになります」
IgE抗体が多い→ゾレア(一般名・オマリズマブ)
2009年に喘息治療では初の生物学的製剤として登場。アレルゲンの侵入で増えるIgE抗体の働きを抑制するため、花粉症を併発している場合などに向く。薬価は比較的低め。
好酸球が多い→ヌーカラ(一般名・メポリズマブ)、ファセンラ(一般名・ベンラリズマブ)
2016年発売のメポリズマブは、免疫細胞が分泌するIL-5の働きを抑制。18年発売のベンラリズマブはIL-5受容体と結合することで、ともに好酸球の活性化を抑える。
呼気NOや好酸球数が多い→デュピクセント(一般名・デュピルマブ)
2019年に喘息へ適用拡大。気道に炎症があると増える呼気一酸化窒素(NO)や好酸球の活性化を広く抑制するため、アトピーや副鼻腔炎などとの合併がある人は特に向いている。
どれにも当てはまらない→ テゼスパイア(一般名・テゼペルマブ)
2022年発売。気道上皮から産生されるサイトカインの一種・TSLPの活性を阻害する。複数の炎症経路をブロックするため、アレルギーの原因がはっきりしない場合などに向く。